軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

555 転移

五百五十五

(ふーむ、しかし、あのヨルヴィレド殿の後を誰が継げるのじゃろうな)

故人を見送った後、ミラは特に気になる問題について考えていた。それは、三神将の後継者だ。

三神将の継承。ヨルヴィレドも含め、現在の三神将は、かなりの任期を務めている。だが当然、代替わりもある事が三神国の歴史にはしっかりと残されていた。

三神国の歴史博物館に行けば、歴代の三神将の像が並んでいるのだ。

ゆえに今回も継承が行われるはずだが、はたして次代の三神将は誰になるのか。そしてその者は、ヨルヴィレドに比べてどれほどの実力なのか。

今後のアリスファリウスの防衛力に関係し、場合によってはこの先に待ち受ける『魔物を統べる神』との決戦にも影響のありそうな問題だ。

だからこそ余計に気になったミラは、ちらりとメルフィを見やった。

継承者については、生前からある程度は候補がいたはずだ。ならば再びヨルヴィレドの魂から直接聞き取ってきてもらえば、それが誰かわかるかもしれない。

「では、ありがとうございました、リーズレイン様。そしてミラさんも、お手伝い下さりありがとうございました。私はこれから早速、滞っている業務に戻らせていただきますね。では!」

と、ミラが期待したところ、メルフィはメルフィでじっとはしていられなかったようだ。長年の願いが叶い、祭の境界が望み通りに拡張されたとあってか、ようやく思う存分に仕分けられるぞと、それはもう張り切った様子で仕事に戻っていってしまったではないか。

こうなってしまっては、流石に彼女の仕事の邪魔は出来ない。

また何よりも後継者については、いずれアリスファリウスより公開されるはずだ。ここでネタバレなど聞かず、仲間達と一緒にそれを待つのも悪くはない。

そう思い直したミラは、仕事に戻るメルフィを見送った後、そのまま瞳を輝かせてリーズレインに向き直った。

(こっちもこっちで、最重要じゃからな!)

三神将逝去というとんでもない出来事を知ったが、それはそれ。何といっても今回は、無事に目覚めたリーズレインに対して非常に重要な用件があった。

その用件とは、当然『転移』についてだ。

「ところでリーズレイン殿──」

そう感情のまま口にしたミラは、直後に考え込む。さて、どうやって頼むのがいいのだろうかと。

精霊王やマーテルといった存在を身近に感じているため忘れそうになるが、何だかんだで相手は始祖精霊。世界の創世にも関わる神話クラスの超大物だ。

そんな相手に対し、『転移』出来るようになりたいから手伝ってなどと気軽に頼んでいいものなのか。

頼むにしても、何かしらの作法のようなものがあるのでは。と、今更ながらに気になったミラ。

「リーズレイン様。ミラさんはリーズレイン様のお力を借りて、転移が出来るようになりたいと希望しているみたいですよ」

どう頼もうかとしていたところだ。先ほど話していた要望をアナスタシアが伝えてくれた。

しかもそれだけではない。

「ミラ様は、私達をまたこうして引き合わせてくださった、大切なお方。是非ともリーズレイン様のお力で、どうにかならないでしょうか」

そう約束通りに、口添えまでしてくれたではないか。リーズレインとの色恋が絡むと恐ろしいが、それ以外では聖女の如き優しさを持つ。それがリーズレインの愛したアナスタシアなのだ。

「ふむ、転移か。しかし、あれは人間が扱えるものでは……いや、なるほど、そうか。そういえばミラさんには、精霊王様の加護があったね。制限も多くなるけど、それなら確かに可能か──」

アナスタシアの口添えもあって、その反応は極めて良好。リーズレインはミラの要望について真剣に考えてくれた。

始祖精霊の力。中でも異空間は、おいそれと人が扱える代物ではない。だが今のミラであるならばと幾つもの条件を考慮して、その可能性まで追求してくれたようだ。

そして下された結果は、制限付きだが転移は可能というもの。

「ところで、ミラさん。転移の力を得て何をしたい?」

転移は可能。ミラがその返答に喜んだ直後、そんな問いと共にリーズレインの鋭い視線がミラに向けられた。

転移という人知を超えた力を得たならば、それこそ可能性は無限大に広がると言っても過言ではない。そして同時に、それは幅広い悪事に利用出来るものだ。

とはいえミラには、精霊王とマーテルが味方についている。その事実から、人類に害を成すような事はないとリーズレインもわかってはいるだろう。

けれども、だからこそ改めてリーズレインは、そう問うたのだ。快く、そこに並ばせてくれという意を込めて。

「……転移の力を得て何を……か──」

真剣に問われたミラは、そこで一考した。

なぜならば、そこまで深くは考えていなかったからだ。

(うーむ……こういう時は、やはりこう、何か立派な事を言いたいところじゃが──)

状況からして、ここは英雄的な答えを述べられたらベストな場面といえるだろう。

助けを求める声がしたら直ぐに駆け付けられるようにだとか、災害に遭った時、迅速に救助出来るようにだとかいった具合の答えだ。

けれどミラの頭には、初めから私利私欲のための理由しか存在していなかった。稼ぎの多い狩場を効率よく回れそう、遠出の際に移動時間が短縮出来そう、多少なら寝坊しても間に合いそう、などなど。

ミラが転移を求める理由は、それこそ、ただ単純に便利そうというだけの実に俗物的なものでしかなかった。

と、そんなものばかりではあったが、その中に一つだけ特に大切な理由がある事に気づいたミラ。

「ふむ、そうじゃな。わしの生活拠点にマリアナという者がおるのじゃが、何かと冒険なぞに出ていると、その間は会えなくてのぅ。じゃがほれ、転移が出来るようになれば、いつでもどこからでも会いに戻れるじゃろう? そうなれば、もう寂しくなくなるなどと思ったりしたのじゃよ」

今まで遠出をしている間などは、通信装置などを利用して寂しさを紛らわせていたものだ。けれど転移が可能になった暁には、いっそその都度、遠くからでも帰宅出来てしまう。

深いダンジョンの攻略中であろうとも、夕食はマリアナの手料理で腹を満たし共に眠る。なんて事も可能になるわけだ。

マリアナとルナがいる空間。そこで過ごす時間というのが、ミラにとっては最も癒される時であった。だからこそミラは、そんな大切な時間をもっと一緒に過ごしたいからと答えたわけだ。

「あれあれ? もしかして、そのマリアナさんってミラさんの大切な人?」

少々、惚気話のようにも聞こえるミラの答え。真っ先に反応したのは、アナスタシアの方だった。恋する乙女だったからこそ、余計に敏感なのだろう。彼女のラブレーダーが反応したらしく、それはもうギンギラとした好奇心を浮かべている。

「……あー、うむ。改めて聞かれるとこっぱずかしいのじゃが……まあ、そうじゃな」

ド直球に確認された事で少し照れたものの、それでもミラはしっかりと肯定した。マリアナは、大切な人で間違いないと。

とはいえ、それはつまるところ、転移という人知を超えた力を得てしたい事が恋人といちゃつく事と言っているようなものだ。

きっと多くの人が、宝の持ち腐れと思うであろう。転移には、それこそ無限の可能性が秘められているのだから。

けれどリーズレインの反応は、そんな当たり前とは大きく違っていた。

「うん、素晴らしい。全面的に協力しよう」

それはもう、前のめり気味に絶賛しての肯定だった。

彼は、どのような答えであろうと、『可能性のみならず危険も伴う力だ。慎重に使うように』などと答え、協力するつもりだった。

だが、そんなリーズレインは今、むしろ徹底的にサポートし、これに協力する気で満ち溢れていた。

なんといっても、ここまで愛に打ち込んできたリーズレインである。彼からしてみれば、『少しでも長く好きな人と一緒に』というミラの願いは、何よりも優先されるくらいの理由であったわけだ。

「まずは、これからだね」

言うが早いか、リーズレインはミラの正面に立つなり、その額に触れた。

「おお、おおおおおお!?」

その直後、圧倒的な力の奔流のようなものがミラの全身に駆け巡っていく。

身体の内から温かく、そして熱くなっていく感覚が広がると、次にはゆっくりと溶けていくかのように馴染んでいった。

「なんとこれは……リーズレイン殿の加護じゃな!?」

「その通り。僕の力を使うとなったら、まずはこれがないとどうにもならないからね」

異空間の始祖精霊リーズレインの加護。転移の方法は色々あれど、これからミラが会得しようというのはリーズレイン所縁の転移だ。ゆえにこれが必須であると告げた彼は、問題なく馴染んだそれを前にして嬉しそうに微笑んでいた。

(これまた、とんでもない加護を賜ったものじゃな!)

精霊の加護というのは、ただ信頼の証というだけではない。それぞれに特殊な恩恵があるのもまた特徴だ。

転移に必要と言っていたが、リーズレインの加護には、きっとそれ以外にも何かの恩恵があるはずだ。

いったい、どんな恩恵が。と、ミラが当たり前のように興味を抱いていたところ──。

『リーズレインよ。ついでにミラ殿と召喚契約も交わしたらどうだ? そうすれば、こうしてミラ殿に触れずとも、いつでもこの我が構築した精霊ネットワークに参加出来るぞ』

『そうよそうよ、そうしましょう。いつでもお話出来たら嬉しいわよね。それに、これまでずっと心配かけられてきた分、お話ししたい事も沢山あるんだから、ね?』

ミラに加護を与え終え、その額から手を離そうとした寸前に、精霊王とマーテルが急にそんな提案をしてきたのだ。しかもマーテルの声といったら、特に神妙で圧が込められていた。

『……わかった。ミラさんがよければ、そうしよう』

精霊王の勧誘に応えてか、それともマーテルの圧に屈してか。リーズレインは少しだけ苦笑気味に、だがちょっとだけ愉快そうに微笑み頷いた。

「なんと……!」

異空間の始祖精霊の加護を得られたのみならず、まさかの召喚契約までも可能ときた。あれよあれよという展開に驚くも、同時に歓喜するミラ。

そうして善は急げと、召喚契約が結ばれる事となった。

ミラが《契約の刻印》を発動させると、リーズレインは直ぐにそれを受け入れる。

瞬間、眩い閃光が周囲を埋め尽くした。マーテルと契約を結んだ時もそうだったように、やはり始祖精霊クラスとの契約は、その反応も膨大なようだ。

双方の繋がりを構築するための刻印は特別製。ゆえに集まるマナと精霊力は尋常ではなかった。

とはいえ、それは何かを傷つけるようなものではない。やがて静かに集束すると、ミラの身体へと吸い込まれていき、リーズレインとの確かな繋がりがそこに生まれていた。

「うむ、問題なしじゃな。これからもよろしく頼む、リーズレイン殿」

「こちらこそ」

召喚契約の成功と共に、ミラの頭には繋がりを通じて様々な情報が流れ込んでくる。またリーズレインが精霊ネットワークに繋がった事も、はっきりとわかった。脳裏では精霊王とマーテルが彼の新規接続を歓迎している声が響いていた。

『なるほど、これは凄い。精霊王様もまた、面白い事をしたものだ』

精霊ネットワークに触れたリーズレインは、素直な感想を述べた直後に「暫くは、大変そうだ」と呟いていた。

原因は、マーテルだろう。それはもう積もりに積もった話が無数にあると、これからたっぷり時間をかけて語る気満々だったからだ。

とはいえ、その辺りはどうにも出来ず、更には下手に触れる気もないミラは、それら全ての話を聞き流していた。

「ねぇねぇ、今のなに? 何がどうしたの?」

と、盛り上がり始める精霊ネットワークから現実に意識を戻したところだ。気づけば正面に、半分据わった目をしたアナスタシアが迫っていた。

ともあれ、彼女の反応も当然と言えるだろう。加護を与えたと思ったら、続けて何かわからない光が辺りを埋め尽くしたのだから。

「おおぅ……。あー、今のはじゃな。召喚契約を結ばせてもらったのじゃよ。ただただそれだけの事じゃ。マーテル殿や、他にも沢山の精霊達と召喚契約を結ばせてもらっておる。わしは、召喚術士じゃからな!」

ミラは、何もかも全てを一気に説明した。特に『召喚』という部分を殊更に強調する。リーズレインと特別に何か、というものでは断じてないとアナスタシアにはっきりと証明する必要があると察したからだ。

「召喚術……。そういう事だったのね。何があったんだろうって、びっくりしちゃった。つまりいざという時に、ミラさんを助けに行けるって事ね。うん、いいと思う」

下手に誤解しないように全てを明かしたのが功を奏したのか、アナスタシアの反応は穏やかなものに変わった。

「まあ、リーズレイン殿ほどともなると、わしの腕前ではまだ召喚出来ぬのじゃがな。どちらかというと、精霊王殿の輪に参加する事がメインじゃのぅ」

当然ながらリーズレインは、まだ術式を確立出来ていない超越召喚の領域にある。よってそのように言葉を続けたミラは、先ほど手を繋ぎ皆で話していた、あの繋がりの中にリーズレインも加わったのだと告げた。

「へぇ、そうなんだー。そんな利点まであるんだね」

召喚術については、さほど詳しくないアナスタシア。ゆえに召喚契約についての反応はいまいちだが、それに付随する精霊ネットワークに対しては興味を抱いたようだ。

精霊王とすら繋がっている精霊ネットワーク。すでに日常に溶け込んでいるためか何げなく言っているミラだが、本来その価値は計り知れないものである。

と、そんな事をミラとアナスタシアで話していたところだ。

「ああ、そのお陰もあって、術が構築出来なくても問題ないと思うよ──」

リーズレインが、何やら得意げな様子でそんな言葉を挟んできた。

「──僕の力に転移がある事を忘れたのかな? 僕の力が必要になったら、この繋がりを介して呼んでくれればいい。召喚するまでもなく、直ぐに駆け付ける事が出来るからね」

はて、どう問題ないのだろうかとミラが首を傾げたところ、リーズレインは、実にわかりやすい理由を告げた。

そう、異空間を通じてどこにだって転移出来てしまう彼ならば、わざわざ超越召喚という超絶難度の手順を踏まなくても、どこへだって来てもらえるのだ。

「おお、そういえば確かにそうじゃな……! いやはや、これはとんでもなく心強いのぅ!」

いつでもどんな時でも情報を共有出来る精霊ネットワーク。それを通じてミラの居場所を正確に捕捉出来るからこその芸当である。

召喚術士だからこそ、召喚する事にばかり気がいっていたミラは、そんな単純な方法を失念していた。

ただその場合は、召喚時の防護であったり、召喚技能の補助効果などの対象外になってしまう。とはいえ相手は始祖精霊だ。そのような補助などなくとも、むしろ召喚術による制限がなくなる分、その力を大いに発揮出来る事だろう。

召喚に時間を取られず、更には莫大なマナまでも必要とせず、それでいて絶対的な切り札にもなる始祖精霊リーズレインという援軍を要請出来る。

いざという時は、その力で確実に撤退も出来る。もはやどれだけの怪物が相手であろうとも、即死以外ならばどうとでもなる手段を得たわけだ。

「おっと、転移といえば。リーズレイン殿、そろそろそちらの方もじゃな──!」

思った以上にとんでもない事になったと実感したミラは、それでいて転移への憧れも忘れてはいない。

今の話からして、精霊ネットワークを介してリーズレインに頼めば、どこへだろうと転移させてもらえそうだ。

とはいえ、その都度に始祖精霊の手を煩わせるのは忍びなく、何よりもミラ自身、そこまでわがままを言う度胸はなかった。流石に始祖精霊をタクシーのようには扱えないというものだ。

ゆえに、出来る範囲は全て自分自身で済ませられるようにしておきたいというのが一つ。そしてもう一つは単純に、転移という技術そのものへの興味だった。

「ああ、そうだったね。それじゃあ──」

そう言ってリーズレインはミラの右手をとり、そこに嵌められた空絶の指環に触れた。

するとどうだ。仄かな光が灯ると、ミラの全身にリーズレインの加護紋が強く浮かび上がったではないか。

「よし、完了だ」

リーズレインいわく、空絶の指環はとても相性がよかったので、そこに転移の力も追加したという。

それからミラは、その使い方や注意点などの説明を受けた。

まず一つ、転移先に指定出来るのは一ヶ所のみ。そして指定した場所に転移した時は、元居た場所に一度だけ戻れる転移点が残るらしい。

つまりは、どこでも好きな場所に好きなように転移出来るというものではなく、あくまでも先ほどミラが答えた通り、どこからでも家に帰る事が出来るというような効果になるわけだ。

とはいえ、これにはまだまだ拡張出来る余地があるそうだ。

今よりもずっと加護が馴染み、転移にも慣れてくれば、転移先を増やすのも可能だろうとリーズレインは言う。

「これで遂にわしも転移が!」

制限は多い。けれど、出来ると出来ないとでは雲泥の差がある。しかもこの先、成長するときた。

もしかしたら今後、それこそ今までよりもずっと遠くへと旅立つ日がやってくるかもしれない。けれど、いつでもどこからでもマリアナの元に帰れる今、どこへなりとも気兼ねなく冒険に出かけられると、ミラはまだ見ぬ冒険の旅に思いを馳せるのだった。