軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

54 夜の来客

五十四

ミラが天幕から出ると、賑わう声が真っ先にその耳に入る。

「野菜切ったわよ」

「おう、この器に入れておいてくれ」

「鉄板、洗ってきたよ」

「もうすぐ枠が組みあがるから、少し待っててくれ」

見て取れるのは四人。レッドとホワイト、そしてミラには見覚えの無い二人だ。そこではレッドを中心にバーベキューの準備が始まっていた。ミラが忙しない様子に少し戸惑っていると、その内の一人が、天幕から出てきたミラを見つけ走り寄る。

「君がミラちゃんだね。僕はグリーン。よろしく! ところでさ、今日はもうこんな時間だし、ここで休んでいくって事でいいんだよね?」

グリーンと名乗った人物は、肩まである栗毛色のセミロングの女性だった。ミラに向けられた笑顔は明るく、そのトーンの高い声は活発そうな印象を与える。要所要所を部分的に補強した迷彩色のコートを羽織っており、そのコートの中には数十を超える凶器が僅かに見え隠れしていた。

「ふーむ、そうじゃな。そうさせてもらえると、ありがたいのぅ」

天魔迷宮を出た後すぐに飛び立てば、夜遅くだがハンターズビレッジまでは着けただろう。だが、今から向かっても日付が変わるのは確実だ。ミラは、少し考えるとグリーンの言葉に頷き、そう願い出る。

「もちろん良いに決まってるよ!」

「でもー、寝床は人数分しかないよー。どうするのー?」

少し間延びした声に顔を向けると、そこには見知らぬ顔のもう一人である女性が包丁を手に立っていた。反対の手には、切っている途中であろう歪に刻まれた野菜が握られている。どことなくカボチャに似た野菜だ。

その女性はミラより少し背が高い程度だが、全体的にしっかりとした体格だ。ボサボサとした赤黒い髪、太い眉から、ミラは彼女がドワーフ族であるとすぐに分かった。

「あー、ミラちゃんだねー。ホワイトから聞いてるー。あたしはね──」

「待つんじゃ。当ててみせよう!」

ドワーフの女性の言葉を途中で制すると、ミラはこれまでのメンバーの名前を反芻する。

(この者達は色で呼び合っているようじゃ。マルチカラーズと言っておったしのぅ。そして、ブルー、ホワイト、レッド、グリーン、隊長のシルバー。こういったもののトップはゴールドかシルバーが定番じゃろうし。となると……)

ミラは思考する、この中で居ない定番は何色かと。そして幾つか候補が挙がる。

(ブラック……これは女性の色ではないのぅ。となるとピンクか……ううむ、失礼じゃがピンクというには色気が足りん。そしてこの、のんびりとした雰囲気、だとすれば……)

完全な独断と偏見。そして勝手な思い込みに、間違った認識から答えが導き出される。

「お主は、イエローじゃろう!」

「パープルだよー」

どこから来たのか不明な自信を満々にして宣言するミラ。だが、返ってきた答えは、頭の片隅にも存在していなかった色。

「…………それは、反則じゃ」

何かを粉微塵に打ち砕かれたミラは、夜の闇を照らすランプの灯りの下、羞恥に身を丸くし屈み込むのだった。

「……ミラさんは、一体どうしたんだ?」

天幕から出てきたブルー。賑やかな準備の影の方で縮こまっていたミラに、びくりと一瞬身を引いてからホワイトに問い掛ける。

「言うなれば、結局この場に居なかったのに、犯人はこの中に居るって宣言した探偵?」

「なんだそれは……」

全く要領を得ない返答に顔を顰めるブルーだが、その隅でミラはビクッと背中を震わせている。

「つまり、かかなくていい恥をかいただけよ」

自信満々だったミラの顔を思い出しながら、ホワイトは口元に手を当てて笑うと、その原因を事細かくブルーに伝える。

「それはまた……恥ずかしいな。なんだって、イエローだと思ったんだか」

「なんでかしらね」

特に他意はないブルーとホワイトの只の会話に、ミラは止めを刺されていた。

楽しげな声に誘われて天幕から出てくるシルバー。ミラの話は即座にその耳に入る事となる。勲章の事もあってか、その表情は複雑だったが、丸まったミラの姿を目にすると、細かい事はどうでもよくなり笑い飛ばす。

「ほら、お嬢ちゃん。飯時に辛気臭い顔するものじゃない。その程度、恥でも何でもない。ブルーの武勇伝の方が数倍上だが、あいつは図太く生きてるだろう。見てみろ、あの堂々とした姿を」

シルバーが隅の方で丸まっていたミラに歩み寄り、他には聞こえない声で語り掛ける。その言葉にミラは顔を上げ、シルバーが視線で指し示した方を見る。そこには悠々とした表情でバーベキューの準備に混ざっていくブルーの姿があった。

「いいか、お嬢ちゃん。ああ見えてブルーの奴は──」

シルバーから語られたブルーの過去。それを耳にしたミラは、どこか晴れ晴れとした表情で立ち上がっていた。

「この程度で恥ずかしい等と、わしとした事が軟弱じゃった」

「そうだ。私達のチームのメンバーに、その程度を恥と思う必要はないのだよ」

良い笑顔を見せるシルバーの隣で、ミラはブルーに温かい眼差しを注ぐのだった。

「隊長とミラちゃん。もうすぐ始めるからこっち来てくれ」

「ああ、直ぐいこう」

バーベキューの準備を終えたレッドが、天幕の陰に居る二人に声を掛ける。シルバーは片腕を上げて了承の意を返すと、ミラも小さく頷いて返した。

一団に合流した二人に、ブルーがカップを差し出す。

「まずは皆で乾杯だ。隊長はいつもの場所。ミラさんは、グリーンの隣な」

ミラはカップを受け取ると、そのままグリーンに肩を抱かれて「こっちこっち」と女性陣の集まる側へと案内されていく。

竈を中心に組み上げられたバーベキューのセットは、大きな円形の鉄板を中心に、食材を載せた木皿が並ぶ。立席形式となっており、シルバーが定位置につくとレッドが音頭を取り始めた。

「今日はキメラの一人を捕らえるという、最高の転機が訪れた。この功労者はブルーとホワイト、そして何よりミラちゃんの助けあってこそだ。そこで今回、この席を設けさせてもらった。俺の取っておきの肉を大放出だ。存分に食ってくれ。乾杯!」

『乾杯!』

合唱するような声が夜天に響き、それぞれが手にしたカップを高く掲げて打ち鳴らす。勢いで零れ落ちた雫が鉄板の上で激しく踊り、その一瞬を盛り上げる。それに続き次々と食材が焼かれ始め、一帯は香ばしい匂いと騒ぐ音に包まれていった。

喧々囂囂と過ぎたバーベキューの片付けも終わり、その夜は解散となると、メンバーはそれぞれの天幕へと戻る。

天幕は、男性用と女性用で分けられていた。食べ過ぎ気味のミラは、ふらふらとした足取りで、当然の如くホワイトに女性用へと案内されている時。

「ぬ……?」

光の届かぬ森の中。そこから草むらを揺らす音が小さく聞こえると、こちらを窺うように潜んだ何者かの目が僅かに覗いた。

「小さいわね。特に問題はなさそうよ」

「うむ、そうじゃな」

二人は反射的に生体感知で、その何者かを捉える。そして小さな反応から森に棲む小動物であると判断し、天幕に入ろうとした。だが次の瞬間、森の中からソレが飛び出し、ミラへと向かって一直線に向かっていく。

「こやつは……!」

ソレは逃げの姿勢になれば捕らえる事は困難を極める俊敏さをもって、ミラの足に擦り寄った。正体は青い毛並みの兎、幸運の象徴ピュアラビットだ。

きゅいきゅいと鳴き声を上げて抱っこをせがむ青兎の姿に、ミラは堪らず屈み込むと両手を伸ばして抱き上げた。

「それは、ピュアラビット? 初めて見たわ。警戒心が強いと聞いてたけど、珍しいわね。人に慣れているのかしら」

ホワイトは、そう言いながらミラの肩越しに青兎を覗き込む。だが、ホワイトの姿を目にした青兎は怯えたように身を捻り視界から外れると、ミラの胸に深く潜る。同時にホワイトは肩を落とし、慣れているわけではないと確信した。

本来、ピュアラビットは決して自ら人前には姿を見せる事は無い。だが、今ミラの腕に抱かれている青兎は安心したように身を任せており、きゅうきゅうと鳴いてはミラに甘えていた。

「もしやお主……ここまで着いて来たのか?」

自分に馴れているピュアラビットなど、記憶には一匹しか居ない。天魔迷宮の入り口で堪能した、あのピュアラビットだけだ。そう考えたミラは、即座にケット・シーを召喚する。

小さな魔法陣から無数の子猫が飛び出しラインダンスを披露すると、真ん中のケット・シーを残して紙吹雪と共に消える。そしてフィニッシュポーズのまま、期待の視線を込めてミラを見上げるケット・シー。

「ふむ、まあまあ。八点じゃな」

「高得点きたにゃー!」

手品師風の衣装に身を包んだ子猫は、[感動した!] と書かれたプラカードを誇らしげに掲げる。すると、ミラの後ろで声が上がった。

「何この可愛い仔っ……」

突然現れた子猫に目を輝かせて詰め寄るホワイト。ケット・シーは若干驚きながらも、立てかけたプラカードに肘を置くと「見る目があるにゃ」と調子に乗る。そのプラカードには [みんなのアイドル] という文字が装飾されて輝いている。

「早速じゃが、団員一号よ。こやつの通訳を頼めるか」

ミラは、そう言うと手に抱いたピュアラビットをケット・シーに向ける。

「お安い御用ですにゃ」

胸を叩き答えるケット・シー。「では、よろしく頼むぞ」とその頭を一撫ですると、ケット・シーを挟んでピュアラビットに、何故ここに居るのかと問い掛けた。

幾つかの言葉を交わすと、ミラは困ったような、しかし嬉しそうに青兎の頭を優しく撫でる。

ピュアラビットは、やはりミラの後を追い掛けてここまで来ていた。そして人が少なくなったところで姿を見せたのだという。その理由は、唯一つ。ミラの傍に居たかったというものであった。ミラは、その心に激しく悶えると同時に、現実的な考えも巡らせる。方々へ飛び回る任務を遂行しているので、時には危険な場所にも踏み入る事がある。そんな場所には連れて行けないと。

「慕ってくれるのは嬉しいんじゃが、危険な場所に行く事もあるのでな……場合によっては守りきれる保障も出来んのじゃ。じゃから……」

ミラの言葉をケット・シーがピュアラビットに伝える。すると期待の込められた瞳は徐々に俯き、泣くように声を上げる。そしてぱたりと耳を畳み、先程までの嬉しそうだった雰囲気は欠片も無くなると、ピュアラビットはただただ寂しそうに身体を丸める。

ミラは、激しく葛藤していた。この先、自分の力でも油断できない場所に行く事になるかもしれない。その時、ピュアラビットまで気が回るかどうか。自分の事を慕いついてきて、結果死なせてしまったらと思うと、ミラは今以上に心が苦しくなるのを感じた。

「その時は誰かに預ければ良いのではないかしら? 私も知り合いに、ピニャちゃんを預かってもらってるわよ。あ、ピニャちゃんていうのは、私の飼い猫なの。そこの猫ちゃんより可愛いんだから」

「にゃんですとー」

のろけ話を語るかのように甘ったるい声で話すホワイト。突然比較され落とされたケット・シーはプラカードを取り落として「あんまりですにゃー」と項垂れる。

だが、その言葉にミラはようやく気付いた。何も年中一緒に居るという訳でなければ、手は幾らでもあると。ケット・シーのお陰で会話が出来るという状況が、その方面の考えを無意識に隠してしまっていたのだ。本来、小動物と暮らすというのは、飼い主とペットという関係が一般的だろうという事を。

そう思い直すと、ミラは条件をケット・シーに言ってピュアラビットへ伝えさせる。その内容は、常に一緒に居られる訳ではないが、自分の帰るべき住処で暮らす事は出来る。そこにはもう一人居るので、言う事を良く聞いて良い子にしてる事。それなら帰った時に何時でも会える。最後のは、ミラの望みだ。ミラも出来れば一緒に居たいが、危険には巻き込みたくないので家で待っていてくれ。そういう意味合いである。

ケット・シーが、その言葉を伝えると、ピュアラビットは顔を上げてミラの胸に飛び込んだ。そしてきゅいきゅいと鳴き声を上げて、目一杯に甘える。

「それで良いと言ってますにゃ。何でも言う事聞くので、よろしくおねがいします、らしいですにゃー」

「良かった、良かったわね」

ピュアラビットの返事を伝えるケット・シーの隣で、ホワイトが何故か涙を浮かべながらしきりに頷いていた。

ミラは、ケット・シーを労い送還すると、晴れてミラのペットとなったピュアラビットを抱いて、ホワイトと天幕へ入る。寝る準備をしていたグリーンは、その青兎を目にすると音も無くミラに駆け寄り、その青いまん丸に破顔する。ミラに抱かれ、完全にその庇護下に居るピュアラビットは、僅かに怯えるも逃げる事は無く、グリーンとホワイトに存分に可愛がられた。

パープルはというと、ミラ達が来る前に眠ってしまっている。今日は誰よりも早く任務で出ていたので、バーベキューの途中で限界がきたのだ。今は、気持ち良さそうに寝息を立てていた。

「わしは隅を貸してもらえれば良い。上等な毛皮があるので、それで十分じゃ」

小隊で動く各マルチカラーズ隊は、小回りが利くように荷物は最小限である。なので客人用の寝床など用意されているはずがない。では、ミラはどうなるのかというと、誰かの寝床にお邪魔する事となるのだ。

ホワイトとグリーンは歓迎の姿勢でミラを迎える。対してミラは、空の旅用に持ち出した、ふわふわの毛皮を手に天幕の隅で抵抗していた。寝床とはいえベッドの様なものではなく、簡素で寝心地を考慮した大き目の寝袋といったものだ。大人二人では窮屈そうだが、ミラの身体なら問題無い程のゆとりはあるだろう。

「今の時期、深夜になると寒いわよ」

「そうだよ。それに、そんな所で寝たら身体痛くなっちゃうんだから。僕と一緒に寝よう。見た目はぺらっぺらだけど、寝心地はいいんだよ」

ホワイトとグリーンは、そう誘いをかけるが、ミラは頑なに首を振る。女性と一緒に寝るのには、やはりまだ後ろめたい感情があったからだ。

最終的にはホワイトとグリーンが折れて、ミラの主張が通る事となった。

コートを脱いで、毛皮に包まり横になるミラ。寝心地が良いとは言えないが眠れない事もなく、目を瞑ると程よい眠気に誘われる。そんなミラに寄り添うように、ピュアラビットも丸くなる。

やがてミラが小さく寝息を立て始めると、ホワイトとグリーンは、起こさないようにそっと寝床へと運んだ。それに気付いたピュアラビットは、運ばれていくミラを見上げながら、足元をてててっと追い掛ける。そしてミラがホワイトの寝床に下ろされると、即座にその隣を確保し丸くなった。

「……とられちゃった……」

端に下ろしたミラの隣、寝床のど真ん中に陣取る青い兎。その結果、ホワイトはグリーンと抱き合うような姿勢で寝る事となるのだった。

夜が明けてミラは自然に目を覚ますと、寝惚け気味に周囲を見渡す。

「あー……、そうじゃった……」

五十鈴連盟の天幕に一晩厄介になった事を思い出しながら呟くと、その寝ている場所に首を傾げた。

天幕の隅で毛皮に包まっていたはずが、いつの間にか柔らかいマットが敷かれた寝床の上に居たからだ。そしてそこには、心地良さそうなピュアラビットの姿もある。だがホワイト、グリーン、パープルはもう天幕内には居らず、外からささやく話し声が聞こえてきた。

(お節介な、者達じゃな)

ミラは小さく微笑み枕元に畳んであったコートを羽織ると、目覚めの良い朝に感謝し、ピュアラビットを起こさないようにそっと天幕を出る。

朝食の準備をしていた女性陣だったが、ミラの姿を目にするとその手を止めた。

「あら、おはよう。よく眠れたかしら?」

ホワイトは、そう言うとミラの乱れた服と髪を整える。

「おっはよう。もうじき朝ごはんだよ。ミラちゃんは、嫌いな食べ物とかあるかな?」

幾つかの食材が入れられた器を手にしたグリーンが、ミラに問いかける。

「おはようー。あっちにシャワー用意したから、使ってねー」

パープルが指し示した先には大きな木の枝から吊り下げるように円錐形の天幕が張られていた。

「うむ、おはよう。お陰で良い目覚めじゃった。それと、この中には嫌いな物は無いので大丈夫じゃ」

そう答えながら、ミラはパープルから大き目のタオルを受け取る。

「中にタオル掛けがあるから、使い終わったらそこに掛けたままでいいよー」

「分かった。ありがたく使わせてもらおう」

ミラは礼を言うと、促されるままにシャワーのある天幕に入る。深い緑色の天幕の中は、二層に分かれていた。脱衣所とシャワー室だ。

ミラはコート、ワンピース、下着の順で脱いでいくと、簡易な台があったのでそこに重ねて置く。

湯はレバーを捻ると天井の穴から出る仕組みになっており、ミラが操作すると温くも心地良い適温で降り注いだ。

淡い照明が、ミラの白い柔肌を照らし出す。雫は髪を湿らせると頬から首、そして胸へと伝い、更に下腹部へと流れ落ちる。幼さを残しながらも女性らしさを垣間見せる肢体は、水気を帯びて一層妖艶な光沢を湛えていた。

眠気を徐々に振り払っていくシャワーの刺激を肌で感じながら、ミラは大きく伸びをする。水滴の弾ける音は、押し出すようなか細く声を掻き消すと、包みこむように繰り返し繰り返し響き続けた。

全身を隈なく流し終えたミラは、借りたタオルの肌触りに満足しながら身体を拭うと、アイテムボックスからカバンを取り出し、なるべく地味な下着を選んで身に付ける。

ミラがシャワー天幕から出ると、メンバーが勢ぞろいして竈を囲っていた。

「ぬ、すまん。もしや待たせてしまったか?」

ミラがそう声を掛けると、ホワイトが振り返りそれを否定する。

「大丈夫よ。男勢はまだ寝惚け気味だから。それよりも髪が濡れたままよ。乾かさないと」

言いながらホワイトはミラを椅子に座らせ、後ろからミラの髪を手櫛で梳き始める。すると、みるみるうちに濡れた髪は、一本一本さらさらに乾いていく。

頭を引かれるような重さが無くなり、手で軽く髪に触れると少しだけ温かくなっていた。

「ほう……これは無形術か?」

ホワイトが髪を整える中、ミラはそう問い掛ける。

「ええ、そうだけど……もしかして知らないのかしら?」

「うむ、初めて見た」

ホワイトの使用した術は、生活系として分類されている無形術の一つだ。髪を乾かす、服を乾かす、飲み水を出す、明かりを灯すといったように数多く存在している。だが、そのほとんどが三十年の間に開発された術なのだ。ゲーム時では髪や服が濡れる事など気になるような事ではないのだから。

それ故に、ミラは生活系と分類される無形術は、ほぼ未習得といっていい状態だ。

「すぐに乾かした方がいいわよ。濡れたままだと痛みやすいんだから。こんなに綺麗な髪なのに勿体無いわ」

ミラの髪を見つめたまま、溜息混じりにホワイトが呟く。羨ましいと。何となく不穏な気配に身を引くと、ミラは艶やかな自身の銀髪を指先で弄りながら思う。

(無形術か……。確かにこういった術があると便利じゃろうな。となると後は習得方法か……)

無形術。それは、習得方法が現在分類されている魔術、聖術、召喚術、仙術、陰陽術、死霊術、降魔術、退魔術のどれにも属さない術の総称である。習得方法に一貫性が無く、中にはいつの間にか使えるようになっていたという術まであるくらいだ。

ミラが習得している無形術の一つに照明となる光球を出す術がある。これは松明などの明かりを持ち、暗闇の中に合計十時間居ると使えるようになる。

簡単なものから厳しいものまで多種多様。それが無形術であり、最も術の種類が多い系統だ。

「のぅ、その術──」

「絶対、髪は乾かせた方がいいわ。教えてあげる……いいえ、教えさせて」

ミラが習得方法を訊こうと口を開いた瞬間、ホワイトの方から先に告げられる。杜撰な手入れで、ミラの綺麗な銀髪が霞むのに耐えられなかったのだ。

ホワイトの勢いに反射で頷いたミラは、髪を乾かす無形術の他にも細かい手入れのレクチャーを受ける事となった。

「頭皮を洗う時はー……髪を濯ぐ時はー……乾かす時はー……寝る時はー……あと兎ちゃんを洗う時もー……」

ホワイトの講義が終了してから、ミラは何かをぶつぶつと呟いたまま、洗脳された亡者の如く虚ろに中空を見つめ続けている。対してその髪は綺麗に整えられており、両サイドは三つ編みにされ、一見すると貴族のお嬢様だ。そして背後では、何かをやり遂げた満足感からホワイトが満面の笑みを浮かべていた。

その頃には男勢もほぼ覚醒しており、ミラの状態から何があったかを察する。そして、見て見ぬ振りのまま、朝食が始まった。

その途中、突如女性陣の天幕から、何かが飛び出した。一瞬身構える男性陣だったが、その青いまん丸はミラの膝に駆け上がり、きゅいきゅいと喉を鳴らす。

「おお、起きたようじゃな」

そう言うとミラは、その頭を撫で、続いて胴へと移行し、やがて夢中になる。ホワイトとグリーンが隙間から手を伸ばすと、パープルも恐る恐るとその毛並みに触れる。男性陣はそれを覗き込んでいた。

「その仔が話に聞いたピュアラビットか。これは我々にも運が巡って来たという事かもしれんな」

「本当に青いな。親近感すら覚える」

「こいつはまた、丸々してて美味そうだな」

最後のレッドの言葉に、ほぼ全員の視線が同時に突き刺さる。若干遅れて、ホワイトの視線も突き刺さった。特にミラの目は魔眼一歩手前だ。

「いや……冗談だって……」

身の危険すら感じたレッドは慌てて視線を走らせると、サラダの残りを手で掴み、ピュアラビットの鼻先へと差し出す。

「ほら、腹減ってるだろ。たっぷり食っていいんだぜー」

ピュアラビットは、ぴくりと鼻先を動かすと、その葉を少し齧る。少しずつ少しずつ食べるその姿に、その場に居る全員が頬を緩めると、レッドだけは自分から意識が逸れた事に大きく胸を撫で下ろすのだった。