軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

499 画像技術総合研究開発部

四百九十九

実験は無理だったが、それでも知識の探求や研究だけなら部屋でも出来る。

今日は、そちらに注力しよう。そう決めたミラは所長室から自分の部屋に戻るため、まず研究所の見取り図を広げた。

何かと広い研究所だ。まだまだ、その構造は完全に把握出来てはいない。ゆえに帰り道を確認するのだが、その途中に聞き覚えのある部署を見つけた。

「お、確かアストロが所属しているところじゃったな」

画像技術総合研究開発部。ここから最短で戻ろうとすれば、その前を通りがかるだろう場所にあった。

(ちょいと見てみたくはあるのぅ……)

研究者としてのアストロはどんな様子なのかも気になるが、もう一つ。彼が幽霊船調査を始めるきっかけとなった心霊写真というのも気になるところだ。

ファンタジーな世界で撮影された心霊写真。それはいったい、どういう写真なのか。怖いもの見たさという感情が余計に疼くというものだ。

「まあ、通り道にあるわけじゃからな……」

セーラー服という事もあり、見学の続きなどは後日にしようと思っていたミラ。だが、特に興味をそそられるそれが道中にあっては、少し心が揺らぐというもの。

また、このまま部屋に戻ったところで、後は明日まで部屋にこもり研究ノートと向き合うのみだ。

引きこもる前に少し見学するのも、いいかもしれない。そう考えたミラは、何よりも好奇心の赴くまま歩き出した。

「──というわけで、色々と写るカメラというのが気になってのぅ。ちょいと見に来たわけじゃよ」

「なるほど。なら室長に話を通してから、色々と案内しよう。それまでは、まあ好きに見ていてくれ」

白い廊下を進み、画像技術総合研究開発部に到着したミラ。話をするなら知り合いの方が早いと、入り口近くにいた者にアストロを呼んでもらい見学の旨を伝えたところ、直ぐに承諾された。

「しかしまた、他に比べると随分こぢんまりとした感じじゃのぅ」

小型の通信機か何かだろう、アストロが室長に連絡を入れている中、ミラは目の前の開発室を見渡しながら率直な感想を呟いた。

広さにすると三十メートル四方はあるだろう大きな部屋だ。だがこれまで見学してきた開発部ときたら、突き抜ける空と見渡す限りの畑に山であったり、建造物が聳える街であったり、サファリパークであったり、もはや部屋なのかわからなくなるような場所が目白押しであった。

だからこそとでもいうのだろう、ここは相対的に狭く見える。

だがこういった部屋の方が、むしろ開発室としての印象がより強く映るものだ。

当初は心霊写真が気になりやってきたわけだが、こうして機材やら何やらが並んでいる開発現場を前にすると自然に心が躍ってくる。特に試作品などが並んでいたら、もはや引き寄せられるのは当たり前であろう。

例に漏れずミラもまた壁際に並べられたカメラの数々を目にするなり、自然と吸い寄せられていった。

「──ほぅ、ここにはポラロイドもあるのじゃな。 ──おお、こっちはでっかいのぅ。 ──望遠鏡? いや、望遠レンズじゃな。いったい何倍あるのじゃろうか」

壁際に並ぶ数多くのカメラ。相当に色々と試作したのだろう。数十を超えるそれらは、カメラ本体のみならずレンズなども含め多種多様に揃っていた。

更に現代で見覚えのあるようなものもあれば、完全オリジナルなのだろう奇抜な形のものまで並んでいる。ここがカメラを開発している場所と知らなければ、何に使うのかわからないものも沢山あり、だからこそミラは余計に興味を惹かれていた。

「なんじゃこれは……? バズーカか?」

大きな円筒形の物体。最初はカメラ関係という事で、調子に乗り過ぎて作った超超望遠レンズかと思ったミラ。けれど確認すると、そもそもレンズが付いていないではないか。

ならばこれはなんだと首を傾げる。と、そのようにして楽しげに見学していたミラの傍に、そっと近づく影があった。

「えっと、それはだね。半分正解かな」

ふと背後から聞こえた声に振り返ってみれば、そこには照れくさそうにしながらも自信ありげに「スフィアカメラを打ち上げるための試作品だよ」と続ける男の姿があった。

「打ち上げる、じゃと?」

「うん、空高くにね──」

カメラと打ち上げ。一般的には、あまり結びつかない言葉同士である。あるとするならば、それこそ宇宙望遠鏡を宇宙になどといった規模の話だが、男の説明によると、これはその初期段階にあたるものだとの事だった。

筒はスフィアカメラという球体状のカメラを花火のように打ち上げるためのものであり、しかもそのスフィアカメラというのは特別な術式によって空中に留まれるそうだ。

「上手くいけば、魔獣の出現をいち早く見つけたり、魔物が多発する危険地帯の監視なんかも出来たりするようになる。また高度がもっと上がれば、天気予報も可能になるかもしれない。まあ、今はまだ一、二キロメートル程度しか飛ばせないけどね……」

現代技術のみの場合、地上から宇宙まで打ち上げるためには、それこそロケットを飛ばすくらいの本格的な設備が必要になる。だが、ちょくちょく物理法則などを無視する魔法の存在があるこの世界でならば、もっと簡単に行けるかもしれない。

いずれは、宇宙に。それが彼の目標であり、最近は風船を使う方法なども試しているらしい。とはいえまだ道のりは長そうだと、男は途中で苦笑した。

「宇宙か……遠い目標じゃのぅ。じゃがやはり男たるもの、目指す先はでっかくなくてはいかん! わしは好きじゃよ!」

最終的には、カメラを人工衛星のように衛星軌道上に乗せるつもりというわけだ。

何ともでっかい目標だろうかと、男の話に感心する。だがミラには、一つだけ思っていても口に出せない事があった。

それは、アイゼンファルドの存在だ。

天の皇竜として成長したアイゼンファルドは、その能力のみでみれば上空百キロメートルまで問題なく上昇可能──つまり単独ならば宇宙まで到達出来てしまえるのだ。

そんなアイゼンファルドにスフィアカメラを持たせた場合、彼の目標達成がぐんと近づく事は確実だろう。

とはいえ、それはカタログスペックのみでの話だ。実際に可能かどうかは試してみなければわからない。そしてミラは、そんな危険な事を大切な息子にさせる気は、さらさらなかった。

ゆえの沈黙であり、だからこそ心なしか大げさに男を応援していた。

「それより、俺のこいつを見てくれないか。このカメラは二次元ではなく三次元で撮影出来る……予定でさ──」

「これはフィルムじゃなくて専用の記録結晶を使うんだけど──」

「ところでこの辺りにあるのは全部、僕が試作したものなんだけどね──」

と、そんなミラの過剰気味な応援が影響したのか、遠巻きに様子を見ていた男達が急に主張をし始めた。

最高峰の技術者が揃い、ひたすら研究と開発に打ち込む日之本委員会の現代技術研究所。日々様々な発明が生まれる場所であるが、むしろそれが日常であるため、ちょっとした弊害が生まれていた。

それは、承認欲求の不消化だ。ここでは開発するのが当たり前過ぎて、もう成果を褒めるという事が少なくなっていたのだ。

加えて画像技術総合研究開発部は他と比べて規模が小さく、在籍する者達もまた褒め合う事に慣れていないようなタイプばかりが集まっていた。

ゆえに彼らは飢えていたのだ。これまでの頑張りを認めてくれる存在に。

そして本来ならば、その相手は誰でもよかった。しかし今回その枠に当てはまったのは、彼らが最も求めて止まなかった美少女ではないか。

ともなれば、やる事はただ一つ。男達はミラに認めてもらうため、己の傑作を携えて殺到していった。

「──ほぅ! これは術式を分解する事で発生するマナ残滓を利用しておるのか。よく考えたものじゃのぅ。しかしまだまだじゃな。分解を前提とするならば、いっそ専用の術式を構築してしまう方がよいじゃろう。 ──現像せずとも見られるのは、やはり便利じゃな。あとは画質さえ良ければといったところじゃが……ふむ、これは光と影の術式の応用で成り立っておるわけか。むしろこの場合ならば、いっそ幻影も交ぜてしまってはどうじゃ?」

少々浮つきながらも己の傑作を熱く語る男達。ミラはそんな彼らが作り上げたカメラを実際に確認しながら、これは見事なものだと称賛する。だが同時に、その欠点や改善点などについても触れていった。よく出来てはいるものの、どれもまだ試作段階であり改良が必要な点は幾つもあった。

そんな中でも術式関係のみならば、大陸でもトップクラスの知識と実力を誇るミラだ。ゆえに、その辺りについては的確な提案も一緒に並べていく。

「そうか……どうせ分解するのだから、もとより起動しなくてもいいのか……!」

「確かに。陰影を再現する事ばかり考えていたが、像が重なるところは幻影で補えば……!」

機械や科学の技術面においていえば、ミラが彼らに勝る点は一つもない。しかし術式においては彼らの遥か上をいくため、その発想と提案は男達が新たな着想を得るきっかけになったようだ。

褒めてもらいたかっただけのはずが、まさかのアドバイスである。けれど、それが余計に彼らの心に響いていた。褒めてくれるばかりか同じ目線で考えてくれたという事が、より親近感を刺激したのだ。

特に『理解』というのは、思わず勘違いしてしまう男が多発する要素の一つである。

「中でも、これとかよく出来たと思うんだ──」

美少女との絡みに盛り上がる男二人。そんな二人を尻目に、もう一人もまた期待した顔でミラの言葉を待っていた。

「うむ確かに。このステルス性と機動力は相当じゃな。危険地帯の調査などで大活躍しそうじゃ。しかし本当にそれだけが目的か? のぅのぅ? 他に怪しげな使い方なぞ考えておらぬじゃろうなぁ?」

自信作だという自走型のカメラを見せてもらったミラは、不敵な笑みを浮かべながら男に迫る。

カメレオンのようなカモフラージュ術式を搭載し、ラジコン操作で走り回るカメラは、どんな危険な場所にでも潜入して調査を行える優れものといえるだろう。

だがそれは同時に、隠し撮りなどといった類にも利用出来る代物だった。

「白状するなら今のうちじゃぞぉ?」

「え!? えっと……いやぁ、その……」

お風呂などを筆頭に、狙える場所は数知れず。男ならば思いつかなかったはずもあるまいと、ミラが試すように見据えたところ、やはり考えた事はあるようだ。男は慌てたように視線を逸らせる。

ただそれでいて、彼の顔はそこはかとなく高揚していた。美少女に弄られるという経験が余程希少だったのだろう。しかも内容は下ネタ傾向にあるときた。

「思い付きはしたが、断じてそんな使い方はしていないから!」

動揺もしていたようだ。男は照れながら、それはもう馬鹿正直に答える。無いと答えればいいものの、余計にからかうネタを提供する言葉を口にしてしまったのだ。

「ほほぅ、でも思い付きはしたのじゃなぁ」

にやにやといやらしい笑みを浮かべるミラ。なお、最初に思い付いてそれに触れた自身の事は棚に上げての追及である。

この中で一番不純なのは誰なのかと言うと、それはミラだろう。しかしその見た目が真実を全て覆い隠してしまっていた。

楽しげに男達をからかうミラと、ドギマギしながらも、ちょっと嬉しそうな三人の男。

離れたところから見たその光景は、まるでマニアックな部に降臨した姫と、それを囲う男達といったものであった。しかもミラがセーラー服という事も相まって、更に部活らしさが増しているため、余計に姫感が増していた。

「──なんと、闘気が見えるのか。これは凄いのぅ。このような感じに見えるものなのじゃな」

盛り上がっていく中で更に幾つものカメラを見せてもらったミラは、特にその一つの性能に驚いた。

複数の術式と特殊な魔導工学製術具を組み合わせて作られたというそれは、なんと戦士クラスでなければ知覚出来ないという闘気を写真に収める事が出来るというのだ。

実際にその写真を見せてもらったミラは、写真の人物から溢れるように広がっている赤い光のようなものを見て、これが闘気かと感心する。

「ところで、この写真の男は……もしやお主か?」

それと同時に気付いたミラは、ふと隣の男を見やる。この闘気を溢れさせている写真の人物が、そこにいる白衣の男とそっくりだったからだ。

「その通り。それは俺だね!」

どうやら写真に写る闘気量は、戦士クラスとして相当なもののようだ。それはもう自信ありげに答える男。とはいえ術士であるミラにしてみれば、闘気を見るのは初めてであり、それがどの程度なのかという基準を持ち合わせていなかった。

「ほほー。して、これは凄い方なのかのぅ?」

だからこそミラは残る二人の男に、そう問うた。そしてこういった場合において返ってくる言葉は一つというもの。

「いや、全然」

「まあ、このくらい普通かな」

見事なまでに鼻で笑う男二人。誰だってこの程度は余裕であると語り、自分の方がもっと凄いと豪語する。

「いやいやいや。これは写真用にちょっとだけ闘気を纏ってみせた程度のものだから。本気出したら写真が俺の闘気で真っ赤になって、よくわからなくなっていたからな。だからこのくらいに抑えておいたんだよ」

笑われた男も負けるものかと反論する。全力でやればこの比ではないと構え気合を入れる。

「おお……!?」

瞬間、何か気配が一変したような感覚を覚えたミラ。またそれに続けて「俺もそのくらい軽いぜ」「まだまだ、その程度じゃないよなぁ?」などと男二人が口にするなり、更に圧迫するかのような気配が周囲に満ち始めた。

(見えはせぬが……もしや闘気を高めておるのじゃろうか。まったくわからぬが……何となく肌がぴりつくこの感じからして、この三人、相当な腕前じゃな)

術士は闘気を知覚出来ない。だが微かなりとも、その闘気によって生じる空間の変化や大気の重圧などで間接的に感じる事は出来た。

その感覚からして、技術者ながらも目の前の三人は相当に戦えるタイプのようだ。しかも今は美少女にいいところを見せようと余計に張り切っているため、その闘気はいつも以上に漲っていた。

「んー? なんだどうした? 三人ともそうしていたら誰が写真をとるんだい?」

と、男三人が張り合っていたところである。室長への報告を終えたのだろう、そんな言葉と共にアストロが歩み寄ってきた。どうやら彼は三人の傍にあるカメラと迸る闘気を目にして思ったようだ。闘気が写るカメラがどのようなものか、ミラに実演してみせようとしていたのだろうと。

だが闘気を纏っていたら、それが影響して上手く写らないという欠点がカメラにあった。だからこそアストロは、やれやれと苦笑しながらカメラを手に取り、少し離れてから三人をパシャリと撮影した。

「うん、いい感じだ。このくらいなら、ちゃんと撮れているだろう」

そう快活に笑いながら男の一人の肩をぽんと叩きカメラを手渡すアストロ。その仕草と言葉は、代わりに撮っておいたよと言わんばかりである。

「あ、ああ。ありがとう」

実際は、ただ男比べをしていたようなものだ。だがはつらつとしたアストロの笑顔を前にすると、そんなつもりではないと言い辛いのだろう。男は素直に礼を言ってカメラを受け取っていた。

ただ同時に三人は、ここで争っている場合ではないと瞬時に悟る。そして慌てながらも迅速に、まだ紹介していない試作カメラに手を伸ばした。

「人によって闘気の色味なんかも違っていたりするからね。術士のミラさんにとっては、なかなか面白い写真になったと思うよ。そして、これもまた見えないものを写すというコンセプトから派生したものだ」

ちょっとばかり得意げに言葉を続けながらミラに振り返るアストロ。そしてミラはその言葉を聞いて、ここに来た目的の一つを思い出した。

「おお、そうじゃそうじゃ。その見えないものがどうというやつが気になっておったのじゃった。お主が言っておった、幽霊船調査のきっかけになったという写真を是非見てみたいと思うたのじゃよ!」

試作品だなんだを見学している間に忘れかけていたと、アストロの言葉で思い出したミラは、好奇心を顔いっぱいに浮かべながらアストロを見やった。

心霊写真。元の世界でもまた何かと話題にはなっていたが、その大半が作りものだ。

けれど今回は違う。まだ画像の加工だなんだといった段階までは進んでいない中で撮られた、極めて信憑性の高い心霊写真だ。

加えて幽霊というのは、このファンタジーな世界にありながらも、なお正体を解明出来ていないオカルト現象ときたものだ。

怖いもの見たさの心が動くのも当然であろう。

「おお、あの写真か。いいとも、いいとも。こっちに保管してあるぞ」

一も二もなく承諾してくれたアストロは、そう言って歩き出す。となればミラもまた、「どれどれ、楽しみじゃのぅ」と後に続いた。

そうするとその場に残るのは、男三人。

「また、あいつか……」

「なんでこうも、来る奴みんなあいつなんだ……」

「……まあ、調査隊のリーダーだからじゃね?」

稀に、この画像技術総合研究開発部を訪ねてくる女性がいたかと思えば、それはだいたいアストロの客。

彼らは幾度となく繰り返されるその流れに、うんざりしていた。

とはいえ、元からさほど客が来ることもない場所だ。加えてアストロが趣味で調査団を立ち上げてそのリーダーとなったならば、調査団関係の客人が訪れる事も、いわば当たり前であろう。

三人の男は、とっておきの試作機を手にしたままため息を零し、いつも通りだったかと苦笑する。

「お主達も、わざわざ付き合わせてすまんかったな。楽しかったぞ」

そんな時、ミラはふと振り返り三人の男に向けて礼を言った。待っている間、暇せずに楽しめたのは彼らのお陰だからだ。

「いや、全然」

「またいつでも来てくれよな」

「まだいっぱいあるからさ」

突然の言葉に戸惑った男達にとっては、そう答えるので精一杯だった。だがそんなありきたりな言葉であったが、そこには切に願う気持ちが存分に込められていた。