軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

497 ミケの憤怒

四百九十七

英雄の墓を訪れた次の日の朝。数日ぶりに研究所に帰ってきた幽霊船調査チームは、その場で現地解散となった。

今回の調査は成果があったどころか、その正体の根幹にまで迫れたという事で、調査員達の調子はすこぶる良好である。

アノーテいわく、いつもならば満足げながらも疲れきった顔で帰ってくるが、今回は全員興奮しっぱなしだと本人もまた嬉しそうだ。

「ではまた夕食時にのぅ。わしはちょいと進捗を確認してくるのでな」

「はーい、じゃあまた後でねー」

そんな調査員達、そしてアノーテ達ともその場で別れたミラは、その足で開発室に向かった。現在、ミラ専用の特注品を制作している専用の開発室だ。

(これは何とも、忙しそうというか楽しそうというか……)

多くの超一流職人が、その技術の全てを絞り出して試行錯誤している開発室の様子は、鬼気迫りながらも異様な熱量に満ちていた。

様々な意見をぶつけ合い、技術と理論で殴り合い、互いに引かぬまま丁度いいところで手を取り合う。

乱雑に見えながらも向かう先は同じ。ゆえにそれぞれの技術が合わさって、思わぬ相乗効果を発揮するのだ。

その結果は成功したり失敗したりと様々だが、誰も彼もが最高傑作になる事を信じて疑っていないため、出た結果全てから次の一手が生まれる。

まるでお祭りのように賑やかで騒がしい開発室だが、それゆえに誰もが一切の遠慮なく意見を口にする。

それらをうまく擦り合わせていく事で、ミラの理想に少しずつ近づいているのがわかった。

職人達は真剣そのものだ。けれど同時に、誰もがその工程を楽しんでいるようにも見えた。

楽しむ事。きっと何においても、それは大切な要素であるのだろう。そして依頼人にとっても、その様子はどことなく安心出来るものだったりする。切羽詰まって阿鼻叫喚となった現場からは、もはや不安しか生まれないものだ。

だからこそ開発室の様子は、実に好ましいように見えた。

「お疲れ様じゃな。して、どうにか出来そうじゃろうか?」

それもあってミラは、進捗はどのような感じだろうかと気楽に顔を出す。

と、その際だ。多くの意見が飛び交う中で、一際大きな声が耳に入った。

「──このあたりからは、本人の正確なデータが必要なのにあいつときたら……!」

ミケの声だ。どうやら制作するにあたって、ミラのデータが必要な段階に突入しているようだ。けれどそのミラは、ふらふらと幽霊船調査に出かけていた。行きたくても開発のために行けなかったミケにしてみれば、愚痴が一つや二つ出ても仕方がないというものだ。

そんな開発室に響いたミラの声。瞬間、話していた全ての職人達の血走った目が一斉にミラへと向けられた。

「お……お邪魔じゃったようじゃな──」

明らかな悪寒に身を震わせたミラは、そのまま素早く身を翻す。けれど次の瞬間、「確保ー!」という号令が響く。

咄嗟に逃げ出そうとしたミラであったが、ここは様々な技術の最先端が揃う日之本委員会の研究所だ。それこそ多種多様な用途で大活躍する道具も無数に取り揃えられていた。

ミラは瞬く間に手足を拘束され、そのまま開発室の奥へと連れ込まれていくのだった。

その後、裸に剥かれたミラは特殊な装置の中に突っ込まれ、事細かにデータを取られた。

身長や体重諸々の身体データのみならず、魔力量やマナ変換力、エーテル干渉率に感応領域といった現代には存在しなかった要素を含む数値なども含め次から次へと調べ上げられていく。

「──お、流石九賢者。この辺りは桁が違う……と、はい次」

測定が終わったかと思えば、装置から出され、そのまま次の装置に放り込まれる。「いつまで続くんじゃー!?」というミラの声は、蓋が閉じられると共にかき消された。

そうしてたっぷりと検査漬けにされたミラは、数時間の後にようやく解放される事となった。

「帰って早々にこれとは……。しかし、じゃからこそ期待も出来るというものか」

検査薬だ伝導性を上げるためのジェルだなんだといって、身体中に色々と塗りたくられたミラは今、シャワールームにてそれらを洗い流しているところだ。

捕まってから散々な扱いであったが、その全てからミケ達のやる気というものが窺えた。だからこそ、ここまで徹底的に調べるわけだ。若干、憂さ晴らし感もあったが。

今回のために集結したミラ専用アイテム制作チームは、鬼気迫るほどに本気である。

その結果、より良いものが完成するならば今回のような扱いも甘んじて受けよう。そう思ったミラだったが──。

「なんじゃ……これは……」

シャワーで全身を洗い終わり、さあ着替えようかと更衣室に出たところ、何やらそこに頼んでもいない着替えが置いてあったではないか。

マリアナが用意してくれた手持ちの服があるため、そのようなものは必要のないミラ。けれど置かれていた着替えには、一緒にメモも添えてあった。

『一日のマナ励起力場の平均値とアニマ拡散値の極点を計りたいから、明日の検査までこれで過ごして』

どうやらその着替えもまた、検査に必要らしい。

だが、そんなメモと共にあったのはセーラー服だった。どこからどう見ても、セーラー服であった。

「……いったい何を考えて──」

検査用というのなら、当たり障りのない簡素なローブなどで十分だろう。しかし手に取ってよく確かめてみても、やっぱりそれは見紛う事なきセーラー服だった。

と、そのように再三確認していたところ、メモがはらりと落ちた事でその裏にも何か書かれている事に気づく。

はて、他にはいったいどんな注文があるというのか。

ミラはしかめっ面でそれを拾い、内容に目を通した。

「また、無茶苦茶じゃのぅ……」

そこには、一度着たら検査の時まで脱いではいけないとあった。風呂の時ですら着たままでというではないか。

ただ、特別製であるためマナを通せば手軽に乾燥出来るそうだ。

また他にも色々な注意事項などが並び、最後に次の一文が添えられていた。

『追伸、服を選んだのは、オペミトランだ。気づいた時には、これに調査素子が組み込まれた後だった。この点については本当に済まないと思っている。だが交換と再調整は面倒なので、これで我慢してくれ。 ミケ』

「こんなところで仕掛けてきおったか、あの変態が!」

そこにあったミケの言い訳めいた言葉。その中に登場した名前に、ミラは覚えがあった。

服飾における達人級の職人オペミトラン・スクラブオール。彼の作る服は性能もさる事ながら、そのデザイン性においてもプレイヤー達の注目を多く集めていたものだ。

トップの職人兼デザイナーとして、プレイヤーの誰もが一度は耳にした事のある職人。それがオペミトランだ。

だが、そんな彼にも一つ欠点があった。それは彼の名前に含まれている。

スクラブオール。それが意味するところは、スクールのオールをラブしている、というもの。そう、オペミトランは学校に関連する服の全てを偏愛する男だったのだ。

制服など当たり前。水着や体操服のみならず部活関係のユニフォームに至るまで、学校の気配が含まれるものに並々ならぬ情熱を燃やす。それがオペミトラン・スクラブオールという人物だ。

「余計に着づらいのじゃが……仕方がない」

かの変態が用意したセーラー服というだけで拒否感に苛まれるが、検査のために必要というのならば着ないわけにもいかない。そのデータによって完成度が変わるとしたら尚更だ。

よりよいもののために、ミラはセーラー服に袖を通してスカートも穿いた。

「無駄に着心地が良いのが、何とも言えん……。しかもこの感じ……ブースト率も相当じゃのぅ」

ただのセーラー服と侮るなかれ。それは達人級の職人が己の魂を込めて作り上げた一着だ。ゆえに秘められた性能も一級品。まるで大いなる母に抱かれているかのような安心感があり、更には身体の内から力が湧いてくるような万能感までもがこみ上げてきた。

それなりに上等な装備よりも、このセーラー服を着た方が強くなれるだろうという、とんでもない一着だ。

「……しかしまあ、流石わしじゃな!」

色々と思うところはある。だがセーラー服というのは元々完成されたデザインであり、だからこそミラの魅力を存分に引き立てていた。

魔法少女風ばかり着せられていたが、たまにはこういう普通の制服というのも悪くはない。

もっと無難なデザインの服も沢山あるが、リリィ達のせいでイメージが偏ってしまっているミラにとっては、セーラー服という部類の服もまた一般的の部類に入ってしまっていた。

更衣室に置かれた姿見の前でセーラー服姿の自分を見つめるミラは、その美少女ぶりを改めて確認しながら満足げにその場を後にするのだった。

「とりあえず、昼飯にするかのぅ」

いつもと服装が違うせいか、心なしか新鮮な気分で廊下を行くミラ。

その途中、すれ違う者達が色々な目で見てきた。

美少女とセーラー服の組み合わせは、やはり最強であるゆえにそれも仕方がない。中にはオペミトランの仕業だと察したのか、同情的な目もあった。

ともあれ精霊女王として注目を浴びてきたミラにとって、多少の視線はどこ吹く風だ。

「カレーハンバーグ定食を頼む!」

食堂に到着したミラは早速カウンターにて、本日のオススメとあったメニューを見て即座にそれを注文した。

食堂にある本日のオススメ。前に雑談していた時、アノーテから教えてもらっていたのだ。それは普段よりも上質な食材が採れた時にのみ登場するメニューであるため、優先的に頼むべしと。

上質な食材で作られたカレーハンバーグ定食。いったいそれは、どれほどの美味しさなのだろうか。大いに期待しながら料理を受け取ったミラは、さてどのテーブルで食べようかと食堂内を見回した。

するとそこで見知った顔が目に入る。ミケだ。食堂の端、角側の席に誰かと向かい合うようにして座っていた。

相手は白衣の後ろ姿だけであるため誰かわからないが、どちらも昼食で来たのだろう。テーブルには料理が置いてある。けれど、どうにも二人は食事よりも会話の方に熱が入っている様子であった。

ただ、どうにもミケの様子が少しおかしい。頭を抱えて天を仰いだり、かと思えばテーブルに突っ伏したり、それでいて次には駄々っ子のように両手両足をジタバタさせたりしている。

いったい誰と何の話をしているのだろうか。もしかしたら、作ってもらっているものに何かしら原因があったりするのではないか。

少しの好奇心と膨らんだ不安を胸に、ミラはそのテーブルに近づいていった。

「あ!」

幾らか近づいたところでミケと目が合った。その直後、彼女は声を上げて席を立ち、「あんまりじゃないか!」と叫びながら駆け寄ってきた。

「えーっと、何の事じゃろうか?」

むしろ交換するのが面倒だからという理由でセーラー服を着せられているこちらにこそ文句を言う資格があるのではないか。そんな事を思いながらも、ミラは何についてなのかさっぱりわからないと返す。

するとミケは更に恨みがましい表情を強めながら、「幽霊船調査の事に決まっている!」とむくれながら告げた。

「いや、何か飛び火してしまったようですまない……っと、うん、ミラさんも大変だな」

その言葉と共に振り返った白衣の男は、アストロだった。

なお彼はミラの服装を見るなりぎょっとしたように目を見開くも、次には誰の仕業か、どういった経緯かを把握したようだ。その目には直ぐに同情気味な色が浮かんだ。

ミラ以前にもオペミトランによる犠牲者が存在していたようだ。実にはた迷惑な趣味である。

「まあ、ともかくだ──」

そんな彼が、現状について簡単に説明してくれた。

知っての通りミケもまた幽霊船調査隊の一員だったが、今回はミラ用装備の開発のため欠席となった。

今は行けなかった彼女のために今回の調査と、その結末について話したところだったという。見るとテーブルには料理の他に、昨日アストロが書いていた思い出ノートも置かれていた。

そして問題は、今回の調査の進展具合だそうだ。

謎ばかりであった幽霊船の正体について決定的な証拠を見つけただけでなく、更に深くまで踏み込んで、色々と解決解明までしてしまったではないか。

「……なるほどのぅ」

たまたま参加出来なかった調査で、一気に解決したと聞いたミケの気持ちは如何ほどのものか。

話を聞いて事情を理解するほどに、ミケの様子と反応に納得がいったミラ。何度も調査に出向いては空振りで帰ってきたという積み重ねがあるミケの上を、悠々と飛び越えていった形になるわけだ。

しかも解決には、光る目といい海底調査といい、ミラの活躍が大きく影響している。しかも初参加で解決まで見届けた形だ。ミケにしてみたら、それはもう不満を叫びたくもなるだろう。

「私がどれだけ情熱を注いでいたか、わかっていただろう? それなのに、ああ、それなのに君達ときたら! よくもまあ頑張っている私に、こんな仕打ちが出来たものだよ!」

幽霊船の秘密解明のみならず、ファンタジーの科学でもまだ解明出来ない幽霊との邂逅までも果たした今回の調査。その全てがミケの好奇心に刺さりまくるものばかりであり、だからこそ現場にいられなかった事を悔やんでいるようだ。

いうなれば、皆でクリアを目指してこつこつ進めていたゲームを、たまたま一緒に出来なかった日にクリアされたような状況だ。

しかも調査を見送った理由がミラ用術具開発であり、調査解決の立役者がそのミラ本人ときたものだ。ミケの胸の内に沸き上がった感情というのは、もう何とも言えないほどに複雑であっただろう。

「まあまあ、落ち着くんだ。ミラさんがいなければ、そもそも幾ら調査しても解決まで辿り着けなかったかもしれない。また今回の件で、色々と考察出来そうな情報が幾つも出てきた。特に私が気になるのは、幽霊船そのものだ。まだ謎ばかりとはいえ、かの船長達が幽霊として現れたというところまでは、まあよしとしよう。だがあの幽霊船は何だったのか。船の幽霊とでもいうのか? それとも船長達がその幽霊パワーで作り上げた幽霊的存在とかか? まったく謎過ぎる。だからまだ調査は、これからと言えるのではないかと思うわけだ」

幽霊船調査は、まだまだ終わりではない。そのようにミケを説得するアストロ。

実際のところ今回の一件で、外海に大きな注目が集まる事となるだろう。加え、言われてみればと思うのが幽霊船そのものだ。

「そういえば、そうじゃな」

ミラもまた、その疑問に同意した。アストロの言う通り、そもそも幽霊船とは何だったのかと。幽霊という存在になると、船のように大きなものすら自在に造れたりするというのか。だとしたら、その力とはどういったものなのか。それとも船自体に何かあったりするのか。

解決したはずが、まだまだ残る謎に首を傾げるミラ。

と、そんなアストロの説得が功を奏したのか、ミケの顔に好奇心が浮かび始めてきた。

「なるほど、それは確かに気になるところだね」

幽霊船の正体には迫れたが、根本的な部分については不明のまま。その点がミケの怒りを少し和らげたようだ。そして同時に今回の一件は、その部分にアプローチするためのきっかけとなった。

それらを踏まえた結果ミケは、「うん、でかした!」と手の平を返してミラを称賛するのだった。