軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

472 禁断の領域

四百七十二

柵に入らなければ問題ない。案内前にノリマサが言っていた事を守りながら、牧場を見学するミラ。

その広さもあってか、ここには実に多くの生き物がいた。

それこそ、牛や馬に豚、羊など、もう牧場ならば定番とも言える動物から、ライオンとサイに熊、加えてヘラジカやラクダといった動物園での定番もしっかりと網羅されている。

だがそれは、この牧場に入ってからまだまだ手前でのラインアップだ。更に進めば、次から次へと別の動物達の姿を見る事が出来た。

現代では見た事がなかったり、そもそも存在すらしていなかったりする動物達。

それらを見て回りながらミラが一番に驚いた事は、やはり何よりも、この世界ならではの動物の多さだ。

薄い霧を身にまとい姿を隠す鳥であったり、岩を砕くほどの角を持つ猪であったりと、現代ではお目にかかれないとんでも動物が存在する。

まだまだ知らない事ばかりだ。そう実感しながら見て回る事暫く、ミラはその者と出会った。

「この感覚……まさか、霊獣か!?」

森の手前側に沿って延びる道。両サイドを柵に挟まれたその道を進みながら、左手側に森、右手側に草原を映しつつ何ともいえない長閑さを満喫していた時である。

森からのそりと出てきた白い狼の姿を目にしたミラは、ここまで見てきた動物達とは明らかに違う雰囲気を感じ取り目を見開いた。

その白狼は、やはり只者ではなさそうだ。偶然姿を現したというわけではなく、いつもとは違う存在──客人のミラを感じ取り確認しに来たとでもいった様子だった。

まるでミラの事を見定めようとするかのように、じっと見据えてくる白狼。体長にして三メートルは超えているため、かなりの迫力である。

「急にがぶっと来たりしないじゃろうか……」

いったいその行動にどういった意図があるのだろうか。少し不安に思ったミラは、こんにちはと声を掛ける。

だが、通じないのか無視しているのか、反応は何も返ってこなかった。

ならばもういっその事と思い立ったミラは、手っ取り早く団員一号を召喚した。

「どんなにゃん題もぴたっと解決。ネコシエーター華麗に推参ですにゃ!」

ぴしっと決まった黒スーツに片眼鏡。そして杖を手にした紳士風で登場した団員一号は、「いかがしましたかにゃ、団長殿」と、少し気取って振り返る。

が、次の瞬間に白狼の視線がミラより移ったところで、その気配を察したのだろう。見上げるなり視線が合い、「にゃほぅ!?」という奇声と共に硬直してしまった。

「とまあ、このようにじっと見つめてくるのじゃが、意図がわからなくてのぅ。ちょいと聞いてみてほしいと思った次第でな」

白狼が放つ威圧感からして驚くのも無理はないと頷きつつも、だからこそどうしてこうも威圧感を放っているのか訊いてくれと団員一号を前に立たせるミラ。

「にゃっふ……。わ、わかりましたですにゃ……」

瞬間、天を仰いだ団員一号は、[こいつはデンジャーなミッションだ]と書かれたプラカードを杖代わりにして、白狼ににじり寄っていく。

ちょくちょく鋭い眼光に射竦められながらも、勇猛に歩を進める団員一号は『ちょっとお話、いいですかにゃ?』と、柵の内側ギリギリというギリギリの安全圏を保ったまま話し始めた。

「──というわけでしたにゃ! にゃかにゃか話のわかる奴ですにゃ!」

会話を終えた団員一号の報告によると、何でもこの白狼は、ここ数年の間に霊獣へと至った、いわば霊獣界の新参者だったそうだ。

けれど霊獣になったのはいいが勝手がわからず、加えてここは平和そのもの。はてさて何をすればいいのだろうと悩んでいたらしい。

そんな状況に、ふと現れたのがミラだ。とはいえ見知らぬ人間が増えただけならば、さしたる問題ではなかった。

しかし霊獣となった白狼の鼻はミラのみならず、そこに複数の強力な霊獣と聖獣の気配までもが微かに交じっている事を嗅ぎ取っていた。

いったい、この匂いはどういうわけなのか。そう気になったのが一つ。

もう一つは、そこにある霊獣の先輩の気配について確認する事。もしかしたら先輩霊獣と知り合いかもしれないと考えたようだ。そしてもしもそうであったら紹介してくれるようお願いして、霊獣とはなんたるものなのかを教えてもらいたかった、という事だ。

そんな思いで様子を見に来てみたものの、新参ゆえに人の言葉はまだ理解は出来ておらず、どうして気持ちを伝えたものかと悩んでいた。

それが先ほどの状況であったわけだ。

「なるほどのぅ」

聖獣や霊獣の気配。きっとそれはペガサスやロッツエレファスなど、ミラが契約している仲間達のものだろう。

霊獣の鼻というのは、そういったものも嗅ぎ分けられるのか。まだ新参などというものの、流石は霊獣である。

そのように感心していたところ、ふと白狼の姿が目に入った。どうやら話を聞いたミラが、どう反応するのかを気にしている様子だ。窺うようにして、ちらちらとこちらを見ている。

姿や雰囲気などは何とも立派に見えるが、自身でいった通りに内面の方はまだまだ新人のようだ。

「うむ、わかった。お主が望むのならば、わしが手を貸すとしよう」

そんな白狼の反応を少しばかり可愛いと思いつつ、ミラはその願いを聞き入れた。

それと同時に団員一号がミラの言葉を伝えれば、不安そうな様子から一変し、白狼は嬉しそうに尻尾を振り始める。

ミラは、その期待に応えるべくして早速召喚術を発動した。

ペガサスとガルムにロッツエレファス。更にはガーディアンアッシュとウムガルナ、加えてポポットワイズやヒッポグリフなど、聖獣霊獣の類をこれでもかと召喚する。

対して白狼はというと、まさかこれほど同時に面会する事になるとは思わなかったのであろう。その表情は、喜びを通り越して萎縮してしまっていた。

けれどそれも束の間。

「──というわけで、困っておるようでな。わしも流石にその界隈については専門外じゃからのぅ。お主達に任せようと思った次第じゃ。して、どうじゃろうか。何かアドバイス出来る事なぞはあるじゃろうか?」

そのようにミラが白狼の事を伝えたところ、何やら皆がすこぶるやる気を見せ始めたではないか。

どうやら全員とも、先輩風吹かせたがりだったようだ。さあ行くぞといった様子で白狼を囲むと、そのまま森の奥へと連れて行ってしまった。

「後の事は、お任せください。との事ですにゃ!」

ロッツエレファス達の言葉を伝える団員一号。話によると、そのまま霊獣とはなんたるものかというのを、みっちり仕込んでくるとの事だった。

緊張している暇すらなく連行されていく白狼。

やがて森の奥が随分と騒がしくなっていくのを聞きながら、ミラは「まあ、こういうのはプロに任せておけば安心じゃな」と自分に言い聞かせるようにして散策を再開した。

英才教育を受けた白狼は、きっといずれ立派な聖域の守護者となるだろう。そして自分は彼の望みを叶えるために召喚しただけで、後はもう自然の摂理に任せただけ。

この結果どうなろうと、その言い訳一点張りでいこうと考えるミラであった。

「はてさて、ここはいったいどういう場所なのじゃろうか……」

散策を続ける事暫く。ミラは、壁で仕切られた施設の手前にいた。

そこには扉があるのだが、封鎖されており開く事は出来ないようになっている。

いったい、この先には何があるのだろう。ミラがそう気になったのは、貰ったマップのこの部分が黒く塗り潰されていたからだ。

なにゆえに、そこが黒く塗り潰されているというのか。何よりも黒く塗り潰されているという事は、この場所にはもともと何かがあったという事でもある。

何かがあった。けれど、わざわざ黒く塗り潰さなくてはいけない何かになってしまった。

その理由は、その原因は。そこに隠された秘密は。むしろ黒く塗り潰されているからこそ、余計に気になるというものである。

と、そういった諸々があった結果、ミラは今ここにいるというわけだ。

ただ壁は高く空を映す天井にまで届いているため、飛び越えていく事は不可能。また金属製の扉は何をどうしてもまったく反応せず、ちょっとやそっと力を込めた程度ではびくともしないほどに頑丈だった。

(いっその事、何か理由をつけてぶち破ってみようか……)

たとえば、とてもいい環境だったのでアイゼンファルドを遊ばせていたら、勢いあまってぶつかってしまったなど。

形あるものならば、きっとだいたい破壊出来る。ここで諦めるという選択肢などない。

そのようにして壁の前で考え込む事、数分。

「おおー、ここにいたかー」

失われた聖域についてのあれやこれやが落ち着いたのか、それとも途中でミラがいない事に気付いたのか。そんな声と共に、やっと見つけたというような顔のノリマサが後ろの森の中から出てきた。

「ようやっと思い出したようじゃな。まったく、案内途中でわしを放置しおって」

まるで迷子が見つかったとでもいうかのように、笑いながらやってくるノリマサ。そんな悪びれた色のまったくない彼に対して、ねちねちとした小言をぶつけるミラ。

ここには、沢山の動物達がいる。これがもしも普通の女の子であったなら、大変危険な状態になっていたというものだ。と、ミラはわかっていながらフラフラ出歩いた自分の事は棚に上げて不満だけを口にする。

「いやぁ、それは悪かった。けれど、あんな可能性を聞いたら考察が捗るのも当然ってものだ。仕方がない事なのだよ、うん」

それでもノリマサは、変わらずであった。むしろ元プレイヤーである事に加えて、高難度レイドボス素材を持ち込むような奴が、ここでどうにかなるわけがないと笑い飛ばす勢いだ。

「まったく……。まあよい。ともあれ丁度良いところで現れおったな。して……この先は、どういったところなのか聞いてもよいか?」

事実その通りだと考えたミラは、そのまま前方にある謎の施設へと話題を変えた。地図では黒く塗り潰されて、無かった事にされている施設。ここはいったいどういう場所だったのだろうかと。

「あー、ここは何と言うか……」

もしかしたら余程の謎が隠されているのかもしれない。または、とんでもない闇でも封じたというのか。ミラが改めて訊いたところ、何かと勢いだけはあったノリマサが、ここにきて初めてその顔に複雑そうな色を浮かべた。

出来るならば、あまり触れない方がいい。そう思っているような顔だ。

とはいえ、そんな返し方をされてしまったら余計に気になるというのが人の性。

「その様子じゃと、かなりの秘密がありそうじゃな」

秘密とは暴くためにあるものだ。そんな強い意志を掲げながらノリマサを見やるミラ。

すると彼は「いや。そこまで大きな秘密というわけでもないが──」などと答える。そうしたら次はミラが、では問題はなさそうだなと続けて迫った。

そうしたやり取りを更に数度ほど繰り返したところで、根負けしたようにノリマサがその秘密を語ってくれた。

「見ての通り、ここでは様々な生物の研究が行われている。その生態だったり能力だったり様々だ。で、その中の一つとして協和共存について研究する部署があった。……それが、ここだ」

そのように前置きしたノリマサは、けれど現在この部署は活動休止状態であると付け足した。

協和共存。それは人と共に暮らしていく事が出来る動物という意味だそうで、その中でも家畜などとはまた別のタイプ。つまりは、ペットに適した動物の研究である。

「ふーむ……」

いったいどれほどの秘密を隠しているのかと思えば、むしろ平和的とすら思えるような内容だ。何でも来いと身構えていたためもあってか、ミラはノリマサが告げた内容に、どことなく不満げだ。

ただ、その直後に今度は疑問顔を浮かべた。

ではなぜ、そんな平和的に思えるような研究をしていた部署が閉鎖になってしまったのかという問題が脳裏を過ったからだ。

「聞いた限り、こんなふうに消されるような場所ではなさそうじゃが……」

そのように思った事を告げたミラ。するとノリマサは、「ああ、これまで通りだったら、こうはなっていなかった」と、深刻な面持ちで答えた。

彼の表情から読み解くに、この部署で閉鎖につながるような何かが起きたのは間違いなさそうだ。

ペットの研究などという、何とも平和そうな部署を閉鎖に追いやった出来事。

もしや、何か人命にかかわるような事件でも起きたというのだろうか。それとも、愛玩の意味をはき違えた輩が暴走してしまったりしたのだろうか。よもや、研究において非人道的な行いがあったりしたのだろうか。

「で、何があってこうなったんじゃ?」

色々な事情を予想したミラは、それで真実は如何にと問うた。

その言葉を受けたノリマサは一呼吸置いてから、その答えに続く単語を口にする。「禁断の生物だ」と。

「禁断……じゃと? いったいそこで何があった……」

禁断。何をもってして禁断というのか。その点については不明だがノリマサの様子からして、それこそが部署を閉鎖するのに十分な理由であるのは間違いなさそうだ。

だからこそ更に追求してみたところ、その禁断に繋がる研究内容の一部が明らかになった。

いわく、ここでは品種改良も行われていたというのだ。

「もしや……」

ここは、ファンタジーの世界だ。となればもしかすると、それこそ本当にキメラのような存在でも作りだしてしまったのではないかと予想するミラ。

複数の動物の遺伝子を組み合わせた存在である、キメラ。生命への冒涜とされるような行為だが、マッドな研究者ならば、そこに手を染めてもおかしくはないというものだ。

むしろ、このような世界だからこそ、そのタガが外れ易くすら思えてしまう。

(流石にそこまでいってしもうたら、閉鎖もやむなしじゃな)

そういう事ならば、当然か。そうミラが部署の閉鎖理由に納得したところだった。

「……ん?」

はてさて、気のせいだろうか。前方にある封鎖された扉が開いたかと思えば、誰かがそこから出てくる姿が見えたではないか。

しかも足取り軽くだ。禁止されている場所からこっそりとではなく堂々と、それでいて何となく楽しげですらあった。

「のぅ……今、閉鎖された場所から出てこなかったか?」

「……ああ、出てきたな」

明らかに、おかしな状況だ。封鎖されているはずが、当たり前のように誰かがそこから出てきた。

決定的瞬間を目撃したという勢いでミラが振り向けば、ノリマサが分の悪そうな顔で視線を逸らした。

「いったい、どうした事じゃ?」

封鎖というくらいだ。部署は全て片付けられて誰も立ち入れないようにされているのだろうと思っていたミラは、どうにもそうではなさそうな状況に疑問を抱く。

今、あの中はどうなっているのか。禁断の生物というものを生み出してしまったがゆえに取り潰しとなった、闇の深い部署ではなかったのか。

渦巻く疑心と疑問、そして何よりも膨らむ興味を胸にノリマサへと迫るミラ。

「まあ、今のは……なんというかだな」

対してノリマサは、急に歯切れが悪くなった。どうやら、相当に決定的な場面を目撃してしまったようだ。

出来れば、そのままそっとしておきたかった。知られずに済ませたかった。そんな感情がありありと窺えるほど、その顔には観念した表情が浮かんでいた。

しかし、それでいて彼は真実については明言しなかった。

中には何があるのか、何がいるのか。そのように問うミラに、ただ「あれは禁断の生物だ。見れば戻れなくなるぞ」とだけ忠告し、直ぐに立ち去る事を薦めてくる。

その言葉からして、どうやらその扉の先には先ほどノリマサが言っていた禁断の生物が、まだ存在しているようだ。

しかも、見れば簡単には戻ってこれなくなるというではないか。

それはどういう意味なのか。何かしらの呪いでもかけられるのか。はたまた、それほどまでにおぞましいとでもいうのか。

それでいて、では禁断の生物とはどういったものなのかと訊いてみれば、口を濁すばかりで明確には答えてくれないときた。

意味深なノリマサの言動。だがしかし、それほどまでに危険なものだとしたら、なぜ先ほど誰かがそこから楽しげに出てきたというのか。

「ここはやはり、この目で見た方が早そうじゃな!」

ここまで気になるような言葉を並べられた以上、はいそうですかと引き下がれるはずがないというものだ。

この場で問答するよりも、直接確認した方が早い。そう考えたミラは、いざとばかりに歩き出す。

「待て、何度も言うがやめておいた方がいい。あっという間に時を奪われかねないぞ」

ミラを止めるようにして、そんな言葉を投げかけてくるノリマサ。

これが最後のチャンスだ。彼の顔には、そんな色がありありと浮かんでいた。

だが既にその手の言葉は逆効果だ。むしろそこまで言わせる禁断の生物とはどういったものなのかと、興味を刺激するだけにしかならない。

「もうここまできたら、引き下がれぬというものじゃよ」

何が待ち受けているというのか。ミラは興味を持って扉へと歩み寄り、いざと覚悟を決めてそれを押し開いた。

「おお……何というか、普通じゃな」

扉の先には、これまでとほぼ変わらない光景が広がっていた。

見た限り、ただ単に大きな草原の一部を壁で仕切っただけとでもいった状態だ。言ってみれば、研究用の放し飼いスペースの中にペット用を用意しただけという単純な作りだ。

もしも禁断の生物とやらが暴れ出したら、この程度の囲いではひとたまりもないのではないかと心配になってしまうくらいである。

と、そんな仕切られた空間の隅に、小屋のようなものが立っていた。

あれは何かとノリマサに訊いてみたところ、事務室兼、飼育スペースであるとの事だ。

見たところ草原の方には、これといって怪しい影は見当たらない。つまり禁断の生物とやらは、その建物内にいるのだろう。

「ふむ。あそこが本命というわけじゃな」

そのように目を付けたミラは、いざと一歩を踏み出す。

そこでノリマサが「本当に行くんだな?」と、今一度最後の確認といった様子で問いかけてくる。実に深刻そうな顔だが、それでもミラの決意が揺らぐ事はなかった。

「うむ、ここまできたらほかに選択肢はないじゃろう」

力強く頷き答えたミラ。となれば、もう止めはしないとため息交じりに言ったノリマサは、「それなら、俺も最後まで付き合おう」と笑みを浮かべて並び立った。

彼もまた、そこへ飛び込む覚悟を決めたようだ。

二人は大きく頷き合うと、小屋に足を踏み入れていった。

「これは……これはいったいどういう事じゃ!?」

禁断の生物。ノリマサが話す言葉からして、どれほど恐ろしいものなのかと身構えていたミラは、小屋の中に広がる光景を前にして絶句した後、ありったけの疑問をノリマサにぶつけた。

「見ての通り……と言いたいが、少しばかり説明が必要だろうな」

ノリマサはというと、まるで誘われるかのようにして足元に寄ってきた子犬を一匹抱き上げながら、真面目な顔でそう言った。

そう、子犬である。しかもそれだけに留まらない。

なんと小屋の中には子犬のみならず子猫やヒヨコ、子ウサギに子熊、子狐、子アザラシに子ペンギンなど。様々な動物の赤ちゃんが元気よく遊び回っていたのである。

「説明とは、どのような説明じゃろうか。どうにも聞いていた印象とは正反対なのじゃが」

これらのどこに禁断要素があるというのか。どこからどう見ても、赤ちゃん動物用の保育所だ。

禁断どころか、この可愛らしさは楽園級であると、ミラもまたころんと足元に転がってきた子猫を抱き上げて頬を緩ませる。

なぜこうも、赤ちゃんは特別に可愛いのだろうか。その誘惑に抗いきれず素直に従うミラ。

それでもノリマサへの言及は続けた。ここまでさんざん言ってきておいて、ただ騙すだけのつもりだったのか。もしやこの楽園を独占するための方便だったのかと疑いながら。

「まあ、そうだろうな。流石に見ただけではわかり辛いかもしれない。ただ、この子達の事を知れば、何がどう禁断なのか理解出来るだろう──」

ノリマサは優しく子犬を撫でながら、この部署が禁断に至った理由を語り始めた。

いわく、ここの部署は、人と共に生き、人と共に暮らし、人に寄り添い、人を癒してくれる。そんなペットの研究をしていただけだったそうだ。

この世界には、現代に存在しなかった動物が沢山いる。そんな数ある動物達の生態を調査し人との親和性を探って、これをパートナーとする暮らし方を模索する。そういう研究が行われていた。

「──ただ世界が違うためか、基本である犬や猫なども現代に比べて小さな相違点があった。知っていたか? こちらの犬や猫は血液のタイプが少し人に近い。だからかネギ類を食べても大丈夫だったりするんだ──」

ファンタジーな動物にばかり目がいってしまっていたが、犬や猫など長く人の生活の中に溶け込んでいた動物達にも、まだまだ知らない事は沢山ある。

そういった事から、この部署では現代に存在する動物なども集め研究を続けていったという。

ただ、そうすれば自然とつがいが出来て、赤ちゃんが生まれる。この小屋は、そんな赤ちゃんのための保育所として利用していた場所だった。

「研究する中で赤ん坊が生まれ、また育て。時には里親なんかに預けたりしていた。ちなみにその中で一番世話になったのが、アトランティスのあいつだ」

沢山の動物を飼育し、加えて生態調査も兼ねているため余計な手は加えない事もあってか幾らか隔離しているにもかからわず、ちょくちょく子供が生まれるようだ。

基本的には保育所にて育てているのだが、時折、里親になりたいなんて言ってくる殊勝な者がいるらしい。

「あー……あの蹴撃聖女じゃな」

「そう、彼女だ。いったいどこから話を聞きつけてくるのか。特に可愛い子が生まれたら、その一週間以内に連絡がくる。まあ、こちらとしては助かっているからいいんだが」

話の流れからミラが概ねを察すると、ノリマサはその通りだと告げるなり、これまでに百匹以上の子供達の里親になってくれたと苦笑する。

蹴撃聖女。ノリマサの話からミラが思い浮かべたその女性は、アトランティスが誇る 名も無き四十八将軍(ネームレスライン) の一人『王雷のシラユキ』だった。

なぜシラユキだと簡単に予想出来たかというと、プレイヤー達の間では動物愛好家として非常に有名だったからだ。それでいて現実ではペット不可な物件での暮らしを余儀なくされていたため、戦闘の際には鬱憤を晴らすかのような暴れぶりも有名だったりする。

その戦闘スタイルは、自己強化と自己回復を増し増しにした近接戦特化。戦士クラス並みに前衛もこなせるという武闘派な麗人だ。

なお古武術を基礎とするメイリンと違い、彼女は様々な流派を取り入れた総合格闘スタイルを得意としている事もあってか、二人は何かと理由をつけては試合をしていたものだ。

と、実に血気盛んな印象のあるシラユキだが、動物愛好家ぶりもまた、それに負けず劣らずなほどであった。

そんな彼女が大国アトランティスの将軍という立場を得て、しかも好きに出来る庭を与えられたとなったらもう何をするかは火を見るよりも明らかというもの。

ノリマサが言うに、今のシラユキの庭は、ちょっとした動物園になっているという事だ。

「いやはや、まったく。動物好きが更に加速しておるようじゃな。じゃがそう聞くと、どんな庭になっているのか見てみたくなるのぅ」

相変わらず過ぎるシラユキの現在に苦笑しながらも、少しばかり興味を持つミラ。特に彼女は動物は動物でも、可愛い動物に目がないタイプの動物好きであるからだ。

そんなシラユキの好きが集まった動物の庭。そこにはどれほどのモフかわがいるのか。気になっても仕方がない。

ただ、ミラが当時を思い出しながら、そんな事を呟いたところだ。

「おや、その様子だと、もしかして彼女の知り合いだったりするのか?」

シラユキはアトランティスの将軍として、また大の可愛い動物好きとしてプレイヤー達の間で有名だった。ゆえに里親候補のアトランティスの将軍といえば、だいたいのプレイヤーはその正体に辿り着けるだろう。

ただミラの反応は、有名だから知っているという以上の関係があるのではと察せるようなものだった。

しかも事実として色々と交流があったため、そこらのプレイヤーよりずっと親しい関係にあるミラ。加えて彼女は人よりも動物重視であるためか、そこまで深い付き合いのあるプレイヤーとなると、これが結構限られる傾向にあった。

「いやいや、友人から聞いた時よりも、などと比べただけでな。話した事もない。それよりもじゃな、禁断の生物とやらについて、そろそろ教えてはくれぬか!?」

もしかしたら、そこから自分の正体に辿り着いてしまうかもしれない。そんな懸念を抱いたミラは咄嗟に誤魔化すなり、話の流れを本筋に戻すよう促した。赤ちゃんだ里親だ将軍だといった事ではなく、ここにいるという禁断の生物とは結局なんなのかと。

「まあまあ、わかったわかった。とはいえ、ここまで話した内容も無関係ではないぞ。見ての通り、動物の赤ちゃんは可愛いだろう。だから、この保育所にはそんな赤ちゃんを愛でるために、毎日多くの者達が休憩がてら訪れていたんだ。……で、ある時にその中の一人が、全てのきっかけとなる禁断の言葉を発した──」

そこまで話したノリマサは抱いていた子犬を地面に下ろし、そのまま駆けていく姿を見守るように目を細めた。それから保育所にいる動物の赤ちゃん達を見回しながら、その言葉を口にした。

「──赤ん坊のままだったら最高だな、ってな」

ノリマサは、それが全てのきっかけであると告げた。

そして、その言葉と現状を念頭に置いて今の状態を見てみると、この環境の真実が自ずと見えてくる。

「もしや、この赤ちゃん達は……」

ミラは胸に抱いた子猫をじっくりと見つめ直す。くりくりした目で丸っとした、とても愛らしい子猫だ。思わずほおずりしたくなるほどの可愛さが満ち満ちている。庇護欲だ母性だ父性だなんだと、さまざまな感情を掻き立てられる、可愛いの化身。そんな子猫だった。

しかし、そこには一つだけ間違いがあった。

「そう、ここにいるのは、もう赤ん坊ではない。全てが成獣──つまり、もう大人なんだ」

ノリマサが言っていた禁断の生物。それこそが、この赤ん坊の姿をした成獣であった。

「可愛い方がいい。可愛いだけでいい。そんな人間の一方的なエゴによって誕生した動物達は、人の庇護がなければ生きていけず、ただ愛玩されるためだけに生まれてくる。このような研究を禁断と言わずに何という」

深刻な面持ちで現状を語るノリマサ。だがしかし、そんな苦悶する彼を心配してか子犬や子猫──いや犬猫達が『大丈夫?』といった様子で集まってきた。

人間のエゴによって生み出された、禁断の生物達。けれども、だからこそその存在は、その可愛らしさは別の意味でも禁断であった。

「くっ……可愛いっ……!」

倫理や精神では研究を否定していても、目にした可愛らしさには抗えないようだ。ノリマサは、その禁断の生物達に屈すると一匹ずつを優しく抱き上げて可愛がり始めた。

「まあ、これは抗いきれぬじゃろうな……」

話を聞けば、少しばかり行き過ぎた研究であったと頷ける。だが、その結果生み出された禁断の生物達に罪はない。

むしろならばこそ存分に可愛がり、幸せになってもらうのが一番ではないか。

ミラは悉く陥落したノリマサに、けれどそうなっても仕方がないと視線を逸らす。それから『遊んでー』と見上げてくる動物達を抱き上げるなり、こちらもまた陥落したのだった。