作品タイトル不明
431 招待
四百三十一
「と、そういえば先程、国家機密だと仰っていたが……つまりソロモン国王もダンブルフ殿については既にご存じという事か? いや、それ以前に、実はエルダー消失事件が国ぐるみの策略か何かで、その裏側で秘密の任務を行っていたりなどと……」
幾らかを話し終えたところで、ふとヘムドールがそのような事を言い出した。
国家機密。保身のため、身バレを回避するため。ダンブルフの事で追及されないようにと口にした言葉だが、裏を返せば国王であるソロモンは事態を把握しているという意味にもとれるわけだ。
ただヘムドールは、その直後に「いや、すまない! これは訊くべき事ではなかったな。忘れてくれ」と慌てて続ける。
実際のところ、こうしてダンブルフが存命である証拠のミラがいながら、ダンブルフの帰国が発表されていない今、そこに何かしらの思惑があるのではと疑問が浮かぶのは当然といえるだろう。
更にヘムドールは、そもそも九賢者がいなくなったという根本についてまで陰謀があったのではと考えたようだ。
とはいえ、流石にそれは考え過ぎというものである。
「いやはや、ソロモン王が知っておるのは確かじゃが、そこまで企ててはおらぬよ。むしろ、わしの師について知ったのは、ここ半年といったところじゃからな──」
下手に話を途切れさせて、そのままモヤモヤさせておくよりは、きっぱり言っておいた方がいい。そう判断したミラは、それと同時にちょっとした妙案を思いついた。
ソロモンの事について。今回のこの出会いは、彼が今悩んでいる問題について、相当な手助けになるのではないかと。
「──ところでじゃな。そのあたりのあれやこれやについて、わしの師に対するお主の気持ちを信頼して、ちょいと話があるのじゃが……」
ミラは神妙な面持ちで、ずいっとヘムドールに顔を寄せる。
するとヘムドールもまた、そんなミラの表情と話の流れから、国家機密にも関係してくるかもしれない内容ではないかと察したようだ。
彼がちらりと目配せをすると、無言のまま頷いたメイドは、カバンからヘッドホンのようなものを取り出して装着した。
話は聞かない。だが退室はしないようだ。
それは、ヘムドールが馬鹿な事をしないように見張るため。ミラの身を守るために。
だが同時に、ある事ない事でっち上げられてヘムドールが濡れ衣を着せられないようにという意味合いもあった。
ミラが内緒でヘムドールに話した事。それは、来月に開催されるアルカイト王国の建国祭についてだった。
しかも伝えたのは、それだけではない。アルカイト王国にて、ここ数十年来の大ニュース。そう、建国祭にて一部の九賢者達の帰国が発表される予定である事も彼に教えたのだ。
「な、なんと……なんと、あのお方達が……!?」
まず最初にヘムドールの顔に浮かんだのは驚愕だった。そして続くようにして歓喜が現れ、そのまま狂喜にまで達した。
ヘムドールは崇敬の念をその目に溢れさせるなり、「素晴らしい! 何という事だ! こんな日が来るなんて!」と、それはもう少年のようにはしゃいだ。
その様子を前に何事かとぎょっとするメイドだったが、ヘムドールはこの上なく喜んでいるだけだと伝わったようで、ほのかに微笑んでいた。
「とすると、もしやダンブルフ様もその時に!?」
大いに喜んだヘムドールは、はっと気づいたようにして期待に満ちた目をミラに向ける。
だが当然ながら、それは無理な話というものである。
「いや、わしの師は、まだちょっと来れそうにないのでな。建国祭は見送りとなっておるのじゃよ」
「なんと……」
ミラは、ダンブルフとしてその場に立つ気はなかった。また、国としても困惑が大きいだろう。
少なくとも今ではない。よってダンブルフの帰国は、当分お預けだ。そんな事を思い浮かべながら答えるミラ。
すると、舞い上がっていたヘムドールの勢いが急激に落ち込んだ。そのような意図はなかったものの、状況でいえば上げて落としたようなものである。彼の落胆も仕方がないというものだ。
とはいえ、元気でやっているというミラの言葉が効いたのか復活も早い。
「ところでじゃな。これを踏まえて、ちょいと相談があるのじゃが──」
少しばかりヘムドールが平静に戻ったところを見計らい、いよいよミラは要点を口にした。
建国祭について、そして九賢者の帰還について彼に話した理由。それは彼に建国祭への出席を検討してもらうためだ。
「──というわけでのぅ。今ソロモン王は、式典に誰を招待するかで難儀しておるようなのじゃよ。そこでちょいとばかし、考えては貰えぬじゃろうか?」
ミラは、そこに秘めた魂胆まで包み隠さず告げた。他国への牽制のため、戦争抑止のためにも、三神国の威光を貸してほしいのだと。
「おお! いやはや、そんな記念すべき場に参列出来るとなれば、私としては喜んで駆け付けたいほどに光栄な事だ!」
政治的利用だろうとなんだろうと何のその。むしろこの立場を利用してアルカイトの建国祭に行ける、九賢者の帰国を見届けられてラッキーだとばかりな様子のヘムドール。
「……しかし、本当に私などでいいのだろうか。もしかしたらミラ殿は知らないのかもしれないが、正直なところ私自身の評判となると、あまり好くない。こんな私が出席しては、むしろアルカイト王国に迷惑をかけてしまいかねないほどにだ」
一度は喜んだヘムドールだが、彼が抱える問題はよほど重いようだ。
嬉しい反面、ヘムドールは自身が背負う悪評がどのように影響してしまうかを心配し、その懸念を口にした。
九賢者の帰還。その知名度と数々の逸話、そして術士界に与えた影響からして、大陸中を巡る大ニュースになる事は間違いない。
また、ニュースの舞台となった建国祭についても同時に広まるだろう。ともなれば、この大ニュースの見届け人となった建国祭の臨席者にも相応の注目が集まるのは必至だ。
当然というべきか建国祭の進行において、これだけの大事を臨席者に説明しないはずがない。つまり、そこに揃った者達は、九賢者の帰還を祝うために集まったという見方もされるわけだ。
人によっては九賢者など物語の中の存在であり、特に若者世代にはピンとこない者などもいるだろう。
その指標となり得るのが、見届け人。多大な力を持つ大国、誰もが知る偉大な人物などが揃っているほど、事の大きさを理解しやすいというものだ。
そして、だからこそ見届け人達が持つ印象も大事であった。
「ふむ……何やら客席の方でひそひそと囁かれておったアレじゃろう? 親の七光りだとか、特権で今の地位を無理矢理手に入れたとかいう」
その点においてヘムドールが持つ印象というのは、確かに好いものとは言い難い。ミラは、それについての噂は耳にしている。
ヘムドール・ヴィルターネン。彼は、かの三神国オズシュタインが誇る大将軍、三神将ウォーレンヴェルグ・ヴィルターネンの孫である。
その立場と名は、そこらの小国の王すらも凌駕するほどのビッグネームだ。
影響力という面でみれば、大陸でもトップクラスと言えるだろう。
しかし、だからこそ彼の名と共に広まった悪評もまた、相応の影響を及ぼす事になるわけだ。
ミラが口にしたのは、その実でほんの一部だった。真偽といった部分を考慮しなければ、それこそ沢山の噂が大陸中を飛び交っている。
「ああ、そうだ。だからこそ、私などが出てしまったら迷惑をかけるだけになるかもしれない。個人的に大恩のあるアルカイト王国だ。それだけは避けたい」
この話を持ち掛けられた時、最初に見せたヘムドールの表情。きっとそれが彼の本心のはずだ。
九賢者の帰還というサプライズ付きの建国祭。その招待客としての出席を、彼は心の底から喜んでいた。けれど、今後にかかわってくるような重大な式典だからこそ、彼は感情を押し殺す。
ソロモンに、そして九賢者への恩を仇で返してしまうかもしれないと懸念して。
愚かだった少年時代から三十年以上経った今も、まだ当時の印象が残っている。だからこそ彼は、これまでの間、自国の式典にすらも出た事はないそうだ。
ヘムドールが慎重になるのも無理はない。特に過去を悔やみ、それを償っていこうとしているのならば尚更、その過去の事で自分自身のみならず、周りにまで悪影響を及ぼすわけにはいかないというものだ。
きっと、それが彼なりの覚悟なのだろう。
「ふむ、確かにヘムドール殿の言う事も一理ありじゃな……」
むしろ政治的観点から見れば、ヘムドールの方が状況を冷静に捉えられているとすら言えた。
そして、自身の利よりも相手側の立場を尊重するなど、少年時代の彼ならばあり得なかった事だ。
「じゃが、今後はわからぬぞ。今回の試合では負けたものの、決勝までは勝ち進んだじゃろう。しかもその間に、若手有望株筆頭のジャックグレイブを打ち負かすばかりか、大陸中の犯罪者が震え上がる賞金稼ぎまでをも下したではないか。そこまでの活躍を見せたのじゃから、もうヘムドール殿の実力を誰もが思い知ったじゃろう。いずれ自然と、七光りだ特権だといった噂も消え去ると思うがのぅ」
かつてのやんちゃぶりもそうだが、中でも一番観客達の野次が多かった部分が、その家柄などに関係するところだった。
どこの世界も、上流階級、特権階級といったものへの反発心は強いようだ。少しでも優位に立って責められる大義名分があれば、言わずにはいられない。それが人の心理というものである。
だが今回ヘムドールは、祖父の力ではなく己の実力で以て巨獣騎兵団の軍団長に選ばれたのだと証明してみせた。
彼が試合でみせた強さは、その立場に相応しいと誰もが思い知るほどに鮮烈だったからだ。
「そ……そう、だろうか? 優勝は逃してしまったが……」
これまでに相当な努力を重ねてきたからだろう。ヘムドールは、強さにおいてはそれなりに自信があるようだ。ゆえにミラの言葉を受けて、その目にどこか期待するような色を浮かべる。
「うむ、自信を持っても良い。精霊女王と呼ばれておる、このわしが保証しよう! しかも決勝では、あの大陸最大規模を誇るギルド、エカルラートカリヨンの団長を相手に、あれほどの戦いを繰り広げたではないか。わしもキメラクローゼンとの折で、かの団長セロとは知り合いでのぅ。その強さもそれなりに把握しておる。あの者の強さは、そこらの冒険者の比ではない。負けたからといって弱いなどと、あの試合を見た後に言える者などおらぬよ」
少なくとも自分の目には、オズシュタインを背負って立つヘムドールの未来像が見えた。と、そのように締めくくったミラ。
するとヘムドールは、あからさまとも言えるほどの喜びをその顔に浮かべた。しかし次の瞬間には、「私としては是非ともと答えたいのだが……」と、悩ましげに目を閉じた。
そう上手く行く保証などないとわかっているからだ。
実際のところ、冷静かつ現実的なのはヘムドールだ。ミラは、彼がダンブルフ派と知った事もあり、少々熱くなり過ぎているきらいがある。
「……ならばこうしようか──」
ヘムドールの態度を鑑みて、幾らか冷静さを取り戻したミラは、そこで一つの案を提示した。
その案とは──
「──発表予定の九賢者らの過半数が希望すれば、参加してもらう。これでどうじゃろう?」
当日の主役となる九賢者達の判断に委ねる。それがミラの思いついた方法であった。
ヘムドールが憧れるダンブルフと同列の九賢者達。また彼にとっては、ダンブルフと同じくらいに恩のある者達だ。
「九賢者の皆様方の判断……。わかった、もしも私に許可をくださるのならば、その時は喜んで祝賀の末席に並ばせていただこう! そして、それが叶った暁には、必ずや九賢者様方を見届けるに相応しかったと思われるよう、精進していくと誓おうではないか!」
そんな面々が出席を求めてくれるのなら断る理由などない。それどころか、噂も過去も払拭するほどに立派なオズシュタインの将となってみせると、ヘムドールは決意を胸に答えた。
そのようにして、アルカイト王国の建国祭についての話はまとまった。
それから少々の雑談を交えたミラとヘムドール。そして幾らか過ぎたところで、そろそろ戻る時間だと彼のお付きのメイドが告げた。
「──おお、そういえば、これは単なる興味なのじゃが。試合の時は師匠から聞いていた話とは別人なほどの強さで驚かされた。ヘムドール殿は、どのような特訓を積んできたのじゃろうか」
今日はお開きだと立ち上がったところで、ミラはふと気になっていた事について問うた。
かつての、あの強いのは権力だけだったヘムドール少年が、何をどうしてどうやれば、セロとあれほどの戦いが出来るまでに成長するというのか。
そんな、単純な興味だ。
それに対するヘムドールは、少しばかりばつが悪そうに苦笑を浮かべながらも、その理由を口にした。
「ああ、強くなりたいと言ったら、祖父が喜んでくれてね。毎日稽古をつけてくれたんだ」
「なんと……」
彼の強さの大本。それはまさかの三神将直々による稽古であった。
孫に甘過ぎたウォーレンヴェルグの様子が脳裏に浮かんでくるようだと、絶句するミラ。同時に、それはもう当然強くなるはずだと大いに納得した。
さりげなく特権階級ぶりを聞かされたミラは、その事はあまり他で言わない方がいいかもしれないと彼に助言して、別れの挨拶に代えるのだった。