軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

429 エキシビション セロ対──

四百二十九

メイリンとノインのエキシビションマッチが終わった。

制限時間いっぱいで引き分けという結果となったが、その時間で繰り広げられたのは大陸でも最高峰であろう激闘だ。

会場に鳴り響く拍手喝采は、両者が退場してから次の試合のアナウンスがされるまで続いた。

『エキシビションマッチ一戦目は、実に白熱しましたね。私はきっと今日一日興奮が冷めないと自覚しております』

準備が進んでいく中、ピナシュが一戦目を振り返るようにして時間を繋いでいく。

そしてその間、ミラはメイリンとノインとの戦闘から得られた情報を、ここぞとばかりにメモへとまとめていた。

だからだろう。次のエキシビション開始まで、ほぼピナシュが話し続けた。

とはいえメイリンとノインが戦っている間は、ほぼミラが解説していたのだ。むしろ丁度いい割合といえるだろう。

そうしていよいよ、エキシビションマッチ二戦目の準備が整った。

司会者のコールが響き渡ると、舞台上には特別トーナメントの勝者セロが颯爽と現れる。

するとどうだ──。

「セロ様ー! セロ様ー!」

と、先程のノインに負けず劣らずなほどの黄色い声援でその場が一気にあふれ返ったではないか。

『誰もが知る、あの大ギルド、エカルラートカリヨンの団長セロ様、再びのお目見えです!』

また例に漏れずというべきか、それはもうピナシュのテンションも上がりっぱなしだった。

実況という事で多少はわきまえているのだろうが、ミラから見えるその顔と様子は、もはや恋する乙女どころか恋に堕ちた亡者の如くである。

ピナシュも含め、そんな観客達の声援に笑顔で返すセロ。すると更に観客席が沸きあがる。

そんな中、いよいよもう一人が舞台にあがった。セロが指名した対戦相手の登場だ。

十二使徒の一人である彼は、盾を持たず鎧さえも捨てた剣士であった。それでいて簡素ながらも派手めな服を纏う姿は、おおよそ剣士などには見えず、まるで休暇を満喫する社長とでもいった様である。

それはノインと違い一見した限り威厳的なものは感じられず、むしろ来る場所を間違えたのではとでも思える光景だ。

「すげぇ、アルトヴィード様だ!」

「おいおい、これってどんな戦いになっちまうんだ!?」

けれども、そのような印象は何も知らない者が見た時の場合。十二使徒の知名度というのは大陸レベルであり、瞬く間に歓声が広がっていった。

「いやぁ、まさか俺が指名されるとはなぁ。まったく準備してなかったんだよ。こんな格好ですまんね。ハハハ」

舞台上に立った男アルトヴィードは、その服装どころか、それこそ急に駆け付けたとばかりに裸足であり、その手に剣を一本持っているだけだった。

相手によっては、それこそ馬鹿にされているのではとすら受け取れるような姿といえよう。

けれどセロは、そんなアルトヴィードに憤った様子は一切ない。それどころか「いえ、貴方ならば、その剣一本あれば十分でしょう?」と微笑んでみせた。

「うん、まあ、その通りだ」

セロの目の奥に潜む、挑戦的な眼差し。それを受け取ったアルトヴィードは、どこか満足げに笑い返しながら鞘より剣を抜いた。

十二使徒『剣嵐のアルトヴィード』。彼は動きづらくなるという理由から防具の類を一切身につけず、それでいて数多の戦場を剣一本で戦い抜いてきた生粋の剣客であるのだ。

そして二つ名の通り、剣を振るう彼は、それこそ戦場を駆け抜ける嵐そのものでもあった。

(さて、どこまで通じるのか──)

そんなアルトヴィードと相対するセロは、剣を構えながら楽しげに笑っていた。

彼はアルトヴィードに勝てるとは思っていなかった。それどころか、このエキシビションマッチに勝つ気もなかったのだ。

勝利を狙うのなら、相性の良い相手を指名すればいい。だがセロが指名したのは、同じ土俵の相手。そして、その中でも格上な最上位クラスである。

けれど勝負を捨てたわけではない。

(──どこまで見極められるのか!)

セロは、自身の成長のためにアルトヴィードを指名した。今でも十分な実力を持つ彼だが、多くの出会い多くの経験を経て、今よりも更に強くなろうと決心したのだ。

だからこそセロは、自分と近く、それでいてずっと高みにいるアルトヴィードとの対戦を選んだ。その高みに至るためのきっかけを掴むために。

『なんて壮絶なのでしょうか。息つく間もないとは、まさにこの事です!』

『追刃という二つ名の通り、セロ選手の技は一度見切っても終わらないというのが強みじゃな。剣を振れば振るほどに領域を支配していく。しかし、その支配した領域を斬撃で塗り潰してしまうのじゃから、剣嵐というのはえげつないのぅ』

セロとアルトヴィードのエキシビションマッチ。それは、最初からクライマックスとでもいうべき程に怒涛の展開となった。

『にしてもこれまた、なんと解説泣かせな試合じゃろうか。説明しようにも次から次に状況が変わってしまい、それどころではない。もはや、見て感じろとしか言いようがなくなってきたのぅ』

冴えわたる剣技と剣技の応酬で始まった一戦は、開始より十分が経過した今も、ほんの一瞬すら途切れる事無く続いていた。

もはや、口を挟む間すらないのだ。

(しかしまた……あのアルトヴィードを相手に、ここまでとは。やはりとんでもない凄腕じゃな)

舞台の上。一瞬も絶える事なく切り結び続ける二人は、それこそ死闘とばかりな戦いを繰り広げながら共に楽しげな様子で剣を交わしていた。

剣を手にした者同士、何かしら二人の間に通じ合う何かがあったのだろうか。

そんな事を思いながら、そして適当な理由をつけて解説の手を緩めたミラは、それでいて見逃せないといった様子で注目した。

最高峰の剣士同士の激闘。そこに閃く技の数々は、それこそ達人の領域にまで達するものばかりだ。

その一部でもいいから武具精霊の技に組み込む事は出来ないだろうかと、ミラは探っているのだ。

またピナシュもピナシュで、それはもう真剣な眼差しで注目していたが、明らかにミラとは違う視線である。

と、そのようにして試合自体に盛り上がる観客と、他色々な感情が交じり合うセロとアルトヴィードのエキシビションマッチは、剣技と剣技が激しくぶつかり合うままに推移していく。

そして、こちらもまた制限時間一杯まで続く事となり、結果は引き分けとなるのだった。

『──と、以上で皆様への感謝の言葉と代えさせていただきます。また次の大会で会いましょう!』

エキシビションマッチの終わりを以て、闘技大会の全日程が終了した。

最後、アルマによる閉会の挨拶が響くと、これまでで一番の拍手喝采が鳴り響く。

刺激たっぷりの時間。夢のようなひと時。心躍る楽しい瞬間。その全てを提供したニルヴァーナ皇国と、それを成し遂げたアルマ女王。そして盛り上げた者達への感謝を込めて、長く遠く響き続けた。

この時をもって、数ヶ月にも亘って続いた闘技大会が遂に終了したのだ。

「ありがとうございました。ミラさんがいなかったらどうなっていたか……想像するだけで恐ろしいです」

「なに、大した事はしておらん。お主が上手く話をふってくれたからこそ、わしも要点をおさえて解説出来たのじゃからな」

闘技大会が終わったという事は、解説役のミラの仕事もまた完了となるわけだ。

ミラは試合の間、ずっと一緒だったピナシュと労い合った。そして互いの健闘を讃えながら、お疲れ様と実況室を後にする。

(ふぅ、これで遂に闘技大会も終いか。しかしまあ、途中で色々とあったものじゃのぅ)

ニルヴァーナにやってきてからの出来事をあれやこれやと思い出しつつ、王城に帰ろうかと廊下を行くミラ。

と、その途中だった。実況室に面する廊下の片隅、進行方向先の突き当たりに何やら二人の人影があったのだ。

(……む? あの者は──? と、おお? なんとヘムドールではないか!)

一人は見覚えのある者だった。試合の時とは違い、ほんのり貴族然とした雰囲気の普段着姿であったため僅かに気づくのが遅れたミラ。だが試合で見たその顔は、覚えている。

オズシュタインの三神将、ウォーレンヴェルグ・ヴィルターネンの孫、ヘムドール。

かつては、やんちゃ過ぎる少年であったが、今は随分と渋みの増したダンディズムに溢れているではないか。

ともあれ相当な立場である彼が、そんなところに突っ立って、いったい何をしているのか。

そして隣にいるのは女性。ただ、その服装などからしてメイドのようだ。彼の世話係として同行しているのだろう。

一瞬、『久しぶり』と声をかけようとしたミラであったが、彼と出会ったのはダンブルフだった頃だ。今の状態で話しかけては、不自然以外の何物でもない。

そして何より、下手に話して万が一にも正体がバレるのだけは絶対に避けねばならない。ダンブルフという威厳を守るためにもだ。

よってミラは何をするでもなく、ただその前を通り過ぎた。あの時の生意気で世間知らずな少年が立派に育ったようで良かったと、心の中で思いつつ。

その直後だ。

「君、ちょっといいかな。ミラさん、だね? あのダンブルフ様の弟子だという。その事について、少し話をする時間をもらえないか?」

なんとヘムドールの方から声をかけてきたではないか。

これに驚いたのは、ミラだ。

ダンブルフの弟子。その事で話があるそうなヘムドール。それはいったい、どういう内容なのだろうか。単純に、弟子であるミラから師の話を聞きたいというだけか。

それとも、よもやアルマ達と同じくミラの正体がダンブルフだと気づいたとでもいうのか。

ミラの脳裏には、最悪からまだましなものまで様々な展開が浮かんでは消えていく。

「ふむ、如何にも。わしが弟子のミラじゃが……どのような話が望みじゃろうか?」

ともあれ、じっと黙ったままでは不審がられてしまうと、ミラは何でもない風を装って振り返った。

するとヘムドールは僅かな驚きを顔に浮かべるなり、どこか安心したような、それでいて嬉しそうな笑みを浮かべた。

「えーっと、ここではなんだから私の控室とかでもいいかい?」

そう言って廊下の先の方を指し示すヘムドール。

するとだ──。

「お坊ちゃま。初対面の女性をいきなり部屋に誘い込もうとするなんて、貴方は野獣か何かですか?」

おつきのメイドが、それはもう冷たい眼差しでそんな言葉を言い放ったではないか。

「うっ……! いや、これはそういう事ではないぞ。ただ、このような場所で立って話すような内容ではないと思ったからであって──」

「──それならば最低でも、師匠のダンブルフ様について話がしたいと、一番の要点だけでも伝えるべきでございましょう。前にも同じ事を忠告させていただいた気もしますが、お坊ちゃまの頭は鳥ですか?」

「ぐふぅっ……!」

ヘムドールの言い訳に対して、それはもう次々と出てくる辛辣な言葉達。

もはや回避も防御も許さぬとばかりな言葉によって、ヘムドールは瞬く間に打ちのめされていく。

雰囲気から何から変わろうと、彼が三神将の孫であるのは変わらない。つまりは相応の権威を持っているはずだが、メイドの言葉によってズタボロにされている今の姿は、そのようなものとは無縁に見えた。

(む? このメイド……何やらどことなく……)

と、ミラはそんな二人のやり取りを前にして、かつての出来事を思い出す。

本当に最低最悪でどうしようもなかった少年期のヘムドール。同級生に貴族仲間、はては親族にまで疎まれていた彼だったが、唯一そんな彼を決して見捨てる事のなかった毒舌メイドが一人いた事を。

だが見た限り年の頃を考えると、その時の彼女本人ではないと思われる。ここにいるメイドは、二十そこそこくらいに見えたからだ。

だが、その口ぶりやヘムドールの扱い方からして、かの毒舌メイドの面影があった。

「──というわけでございまして、大変お手数かとも存じますが、少々お付き合い願えませんでしょうか。私も同席いたしますので間違いは起きない、いえ、いざという時は刺し違えてでもお止め致しますので」

「いや、だからそういうつもりはまったくないからね!?」

それはもう丁寧に用件を伝えるメイドと、うろたえるヘムドール。もはやそこに、セロと戦っていた時の渋さは微塵も残ってはいなかった。

いったい、この三十年の間に何があったのか。詳しい事はわからないが、一つだけわかる事はある。

今、彼の手綱は彼女が握っているようだ。