軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

367 潜入キャメロットパレス

三百六十七

一人客として城に入る予定だったが、標的にどうやって近づくかといった部分が決まってはいなかった。

けれど『ミラクルヘヴン』の新人であるサリーに出会った事で、悩みは一気に解決した。王様相手の遊女として城に入るための切符を手に入れたのだ。

宿泊費も節約出来る、素晴らしい切符である。

後は王様とやらに会い、その人物がユーグスト本人だと確認次第、これを確保するだけだ。

「さて、待っておれよ……」

もしも違っていたら……などという事は考えずにやる気を漲らせるミラ。

イリスを男性恐怖症に陥らせた報い、そしてサリーの同僚を傷つけた事についても存分に償ってもらおう。

そんな意気込みを胸に、ミラは早速城の受付前にまでやってきた。

ミラは見ていた通り、受付に出張証を呈示した。すると途端に、受付の表情が気の毒そうなそれに変わる。

「そうか、君が今日の新人さんか……」

きっと彼は、こう思ったのだろう。また王様の犠牲になる者が来てしまったと。

しかも今回は幼く見える少女であるからか、彼は何か言いたげだった。

けれども客である王様は、この街一番の有力者だ。ゆえに帰った方がいいなどとは言えず、ただ彼は「何かあったら先輩達を頼るんだよ」とだけ助言して、キングルームに行く順路を教えてくれた。

「うむ、わ……──はいー、わかりましたー」

今の自分は新人遊女だ。そう心の中で思い返したミラは、意識的に言葉遣いと仕草を矯正し、まるで普通の少女の如く振る舞ってみせた。

とはいえ、これまで見た目相応の振る舞いというものを一切気にしてこなかったミラである。必死で繕った動きと言葉は少々やり過ぎ気味であり、いわゆるぶりっ子のようになっていた。

だが、その見た目の可愛らしさのお陰もあってか、さほど違和感はなく、受付に怪しまれるような事にはならなかったようだ。

そうして危なげなく受付を通過したミラは、そのまま宿泊施設に向けて進んでいく。

その途中の事だ。

(ふむ、わしには演技の才能もあったようじゃのぅ!)

宿泊施設の入口手前にあった大きな姿見。そこに自分を映したミラは、より遊女になり切るべく、それらしいと思うセクシーポーズを試していた。

ここから先は、目の肥えた客とプロの遊女が闊歩する戦場だ。偽物だとバレないように、より注意が必要である。

そう気を引き締めたミラは、それでいて自分のセクシー具合に満足げな笑みを浮かべ、自信満々に踏み込んでいった。

「これまた、とんでもないところじゃな……」

受付のあったホールからして煌びやかであったが、宿泊施設となっている区画は、それこそ王城さながらとでもいうほどに絢爛な造りとなっていた。

さり気なく置かれた調度品のみならず、壁や床、そして天井に至るまで本物に負けず劣らずの完成度だ。

さぞ王様も、この城に相応しいくらいに素晴らしい人物なのだろうか。思わずそう錯覚してしまいそうになるほどだが、その点についての答えは出ている。

ただの変態であると。

(さて、確か昇降機があると言うておったな)

思った以上の高級感に圧倒されるも、ミラは気を改めて廊下を進んでいく。

そこらの高級宿よりも上等な、この宿泊施設。本物の王城にも引けを取らないクオリティだが、一つだけ違うところがあった。

それは、人である。王城には、兵士だメイドだといった城仕えが多くいる。廊下であっても何かと賑わっているものだが、ここでは人の姿がほとんど見られないのだ。

とはいえ、それも当然か。場所が場所である。これから事に及ぼうというところで、そこらに係員がいたとしたら、共に何とも気まずくなるだろう。

それなりにアルカイト城やニルヴァーナ城を歩き回ってきたミラは、その違いを実感しながら前方を見通す。

見えるのは長い廊下と、数人の女性だ。きっと彼女達は──いや、彼女達も出張でやってきた遊女だろう。そう判断したミラは、更に遊女らしさを知るべく、彼女達を観察した。

(これまた……なんというセクシーさじゃろうか。まったく堪らんのぅ!)

隠す事なく色気を振りまいている女性達。その露出の高い服は扇情的でいて美しく、それでいてのギリギリ具合に興奮するミラは、そこでふと気付く。

(おっと、そういえば着替えぬとな)

サリーから受け取ったミニスカ浴衣は、まだカバンの中。話によると、城内に着替えのための部屋があるという話だ。

今のミラは、そこらの町娘風だ。

まだ遊女っぽくはなく、どうにも浮いた感じである。

早く着替えなければと周囲を見回すも、それらしい部屋がない。

と、そうしていたミラの目に昇降機が映った。その近くにあった案内板によると、キングルームの手前にも着替え用の部屋があるようだ。

行く道の途中にあるのなら手っ取り早い。そう考えたミラは、そのまま昇降機の前にまでやってきた。

(何やら、いい匂いがするのぅ……)

昇降機が下りてくるのを待つ、数人の遊女。

何かしら香水の類でもつけているのだろう。花のような香りが、ふわりと漂ってくる。

主張し過ぎず、ほんのりと鼻腔を擽る上品な匂いだ。

と、そこでミラは再び気付く。

見た目は完璧だが、匂いについては気にした事がなかったと。

そして今日のこれまでを思い返せば、あまり好ましいとは思えない状態が浮かんでくる。

何かと街を歩き回っていたため、ほんのりと汗ばみもしていた。しかもまだ着替え前だ。

(……もしかすると、わし、汗臭いのではないじゃろうか!?)

誰からも指摘されてはいないが、こういうものはあまり他人には言い辛いものである。

そう理解するミラは、それでいて昇降機が到着すると、匂いを気にしながらも他の遊女達と共に乗り込んだ。

ミラは昇降機の中、少しだけ遊女達から離れた位置に立ち、自分の匂いを確認する。

(ふむ……特にこれといって……)

匂ってみたが、汗臭さは感じない。とはいえ匂いというのは、どうにも本人にはわかり辛いものだ。

流石のミラとて、臭うなどと言われれば多少傷つく感性は持ち合わせていた。

(おっと、忘れておった)

昇降機が動き出したところで気付く。そういえば、まだ行先の階のボタンを押していなかったと。

プレイヤー達が作り出した技術だけあって、昇降機の基本構造はよく知るものだ。

見たところ、三階と四階のボタンが押されている。高級ながらも、この場所ではリーズナブルな部屋が集まる階だ。

ミラは遊女達の間から、ひょっこりと身体を出して、王様のいる最上階であるキングルームのボタンを押した。

すると、その瞬間だ。

いったい、どうしたというのか、そこにいる遊女達の視線が一斉にミラへと向けられたではないか。

(な、なんじゃ!?)

突然注目された事に、たじろぐミラ。そして同時に、脳裏を過った悪い予感。

(やはり……臭うのじゃろうか!?)

先程まで、その事について考えていたためか、近づいた事で汗臭いのがばれたのでは。だからこそ、こんなに見られているのでは。

そう慌てたミラだったが、理由はもっと単純なものであった。

「貴女……王様のところに……」

「見覚えのない顔だけど新人さん……? いえ、ごめんなさい、なんでもないわ」

「また来ちゃったんだね……でも、ごめん。私達じゃあどうにも──」

驚愕から憐れみ、そして諦めからの謝罪を残して、彼女達は三階で、そして続き四階で降りていった。

注目された理由。それは匂いなどではなく、ミラが最上階のボタンを押したからだった。

王様には十数人とお気に入りの遊女がおり、毎日ローテーションが組まれているというのは遊女界での常識だ。

当然彼女達も、それを知っていたのだろう。そして今回、見覚えのない少女が最上階行きのボタンを押したものだから察したわけだ。

また、新人が王様の犠牲になるのだと。

けれど彼女達には、どうにも出来ない。この街でも特に強力な権力を持つ王様に目をつけられれば、生きてはいけないのだ。

とはいえミラにとって、その辺りはどうでも構わない事であった。

「ふむ……特に問題はないと思ってもよいのかのぅ」

遊女達の反応からして、きっと指摘するような匂いではなかったのだろう。そのように判断したミラは、念のために自分の身体を嗅ぎ回してから、臭くない大丈夫だと信じつつ、最上階で昇降機を降りたのだった。

キャメロットパレスの最上階。キングルームという名のそこは、正しくその名の通りといった場所だった。

昇降機を降りると赤い絨毯の敷かれた廊下があり、正面には先程確認した着替え用の部屋があった。

ミラは早速、その部屋に足を踏み入れる。

(おらぬか……)

着替え中の遊女はいないようだ。

その事に残念がりつつ、ミラはミニスカ浴衣に着替えた。

もともとはサリーが着るための衣装だったためか、そのまま着ると完全なミニスカ状態にはならない。

ただ、遊女用のフリーサイズというのは特別製なようだ。簡単に丈を調整出来る仕組みとなっていたため、ミラは自らの手で裾を上げ下げしていた。

「おお、これはなかなか──……いやいや、これは短すぎじゃろう──……うむ、わしの美少女っぷりは留まるところを知らぬのぅ!」

などとのたまいながら、ミラは自分が最高に可愛く見えるバランスを狙って丈を仕上げた。

そうして着替え終えたミラは、いよいよ赤絨毯の廊下を抜ける。

目の前に広がるロビーは、ダンスパーティでも開けるのではと思えるほど広く華やかだった。

そんなロビーにミラが踏み込んだ直後の事。ロビー全体が、張り詰めたような緊張感に包まれた。

見ると、そこには十人ほどの遊女達の姿があった。しかもその全員が、目も眩むほどの美女ばかりときたものだ。

流石は毎日のように複数の遊女と同時に楽しんでいるという王様だ。これほどまでの美人を集めるばかりでなく、待機させているとはとんでもないと、僅かばかりに羨ましがるミラ。

とはいえ、そう暢気に構えてばかりはいられないようだ。そこにあるほとんどの視線がミラに向けられているだけでなく、どうにも怒りの感情が込められているように感じられたからだ。

(な……何じゃろうか、まだ何もしておらんのじゃが……)

もしかしたらロビーに踏み入れる前に挨拶をするだとか、左右の決まった足から入らなくてはいけないだとか、そういったローカルルールみたいなものでもあったのだろうか。

それとも、まさか偽物だとバレてしまったのではないか。

とげとげしい様子の遊女達を前に理由を思い浮かべては、どうしたものかと考えるミラ。

場合によっては、ここまでこれたのだから、あとは強硬突破してしまうという手もあった。

まだ王様がユーグストであると確定したわけではないが、それはそれ。まずは権力を笠に着て変態し放題な男を成敗すると考えれば、突入してしまうのも悪くない。

と、そのように色々と策を立てていたところだ。

「貴女、もしかして『ミラクルヘヴン』の新人さん?」

一番ツンケンした美女が歩み寄ってくると共に、そう問うてきたのだ。

「うむ──はい、そうですー、ミラクルヘヴンから来ましたー」

まだ名乗っておらず、出張証も見せてはいない。にもかかわらず言い当てられた。

既に連絡が入っているのか、単純に新顔だから察したのか。その点はわからないが、彼女達の怒りの理由がはっきりしない今、ミラはとりあえず無知な新人で乗り切るべく素直に肯定で返した。

「あいつ──……!」

すると、どうしたのか。場の雰囲気が余計に悪化した。

美女はツンケンしながらも、先程までの態度はまだ温和だったのだとはっきりわかるほど、ミラが応えた後の反応は厳しかった。

明らかに、ミラが肯定したのが原因だ。

けれど、彼女は「あいつ」と口にした。

いったいどいつだと様子を窺うと、その怒りの対象はミラにではなく別に向いているとわかる。

また変化したのは、その美女だけではない。同時に他の待機している遊女達も、一斉に険呑な気配を醸し出し始めていたのだ。

いったい彼女達は何に対して、誰に対してこのような怒りを露わにしているのだろうか。共通する原因があるらしい。

しかし、どうにもそれがわからないミラは、だからこそ彼女達の迫力に気圧されてたじろいだ。

すると──。

「あ、驚かせちゃったかな、ごめんなさいね。貴女に怒っているわけじゃないから。貴女をここに寄越した、ボッツに怒っているの」

再び様子が一変。怒髪天状態だった美女の表情が一瞬で変わったではないか。今はまるで、子供の頃近所にいた優しいお姉さんとでもいったような印象だ。

(わしをここに寄越した、ボッツ……誰の事じゃろうか)

美女の言葉を受けて、ミラは首を傾げる。彼女達の怒りの矛先となっているボッツとは、何者かと。

そうミラが考えている間の事だ。遊女達が喧々囂々と声を荒げ始めた。

「ああもう、あいつ! 大事な新人なんだから守ってあげてって言ったのに! どうして今日もこさせるのかな!」

「ほんと、店の事しか考えていないのね。最低」

「相手が王様だからといっても、そこは死守しないといけないわ」

「私、何があってもミラクルヘヴンでは働きたくないわぁ」

と、彼女達の言葉を聞く限り、それはもうミラクルヘヴンが大ひんしゅくを買っていた。

そしてミラは、その遊女達の会話の流れから現状を把握する事に成功する。

(なるほどのぅ……つまりボッツという人物は、ミラクルヘヴンの支配人といったところか)

彼女達の怒りの原因はつまり、昨日新人が酷い目に遭ったにもかかわらず、またボッツとやらが新人をここに寄越したからという事だった。

昨日の新人がされた仕打ちについては、サリーから幾らか聞いている。それはもう酷い扱いだ。

だからこそ、ここにいる遊女達は、またそのような事にならぬよう新人を寄越すなとボッツに忠告したのだろう。

けれど、王様の権力を前にして店の保身に走ったボッツは、要請通りに新人を送り出すに至る。

大切な従業員を守らずに、店を優先した。その点が彼女達の怒りに触れたわけだ。

店側の事情というのもまた大切ではあるが、彼女達が言う事もまたもっともである。

立場的にはライバルともなるが、それでも他の遊女を気遣っている様子からして、彼女達にとっては仲間でもあるようだ。

花街特区とは何とも不思議な場所だ。そのようにミラが感心していた時だった。

「何だか騒がしいけど、どうしたの?」

そうこうしている間に、昇降機がもう一往復していたようだ。開いた後ろの扉から出てきた女性が、今の様子を前にそう問うた。

「あ、ラノアさん、聞いて下さい。またボッツが新人を──」

「酷いんですよ、あんなにラノアさんが言ったのに──」

長い黒髪の女性。ラノアと呼ばれた彼女は、ここにいる遊女達にも一目置かれた存在らしい。それはもう告げ口でもするかのように、ボッツを責める声が続いた。

(む……この者は……!?)

振り向いたミラは、その女性の姿を見て直ぐに気付いた。その人物が先程ファミレスのような店で確認した、花街特区一番の遊女であると。

元はと言えば、彼女が「王様」と口にしていた事が、ここにまで辿り着いたきっかけだ。

王様が一番お気に入りである遊女のラノア。思えば、今日も仕事だと言っていた。ここで出会う事になるのも当然の流れだ。

と、そのようにミラがラノアと出会った事を思い出していた時。

「──それでラノアさん、新人のこの子は来なかった事にして、無理矢理にでも帰してあげた方がいいんじゃないでしょうか」

「そうです、ボッツが拒否したか、受ける新人が一人もいなかったって事に」

遊女達が、そんな事を言い出したではないか。

彼女達にとってミラは、エンドコンテンツに送り込まれたビギナーのようなものだ。ゆえに、それは気遣いであり優しさである。

しかしミラにしてみれば、ようやくここまで潜り込めたという状況だ。ここで帰されてしまうわけには、いかないというもの。

(……この際、ドMの新人という体で──)

帰らされる事を回避するためには、どうすればいいのか。そう考えて咄嗟に思い付いたアイデアは、自分をドMにしてしまうというものだった。

むしろドMの少女であるため、王様に酷い扱いをされに来た。そういう事にすれば、きっと彼女達も帰そうなどとは言わなくなるだろう。

ただ、その代わりにミラの精神がガリガリと削られていくのは間違いない。

けれど帰されるよりはましである。

そうミラが作戦を練っていたところだ。遊女達の訴えを聞きながら前に出たラノアが振り返り、ミラとばっちり目が合った。

その瞬間、ミラは思う。彼女はあの店での事を覚えているだろうかと。

ワントソが言うに、すれ違った際、ラノアはミラを気にするような素振りを見せていたという事だ。

遊女のライバルとしてならば問題はない。だが、それ以外だったとしたらどうか。

この偶然のようで必然な再会を怪しまれるかもしれない。

そこから細かい部分を訊かれたりしないかどうかと身構えるミラ。多少ならばサリーに聞いたが、深く掘り下げられるとボロが出る状態だ。

と、ミラが懸念していたところ、ラノアはそっと微笑んでから再び彼女達に向かって振り返った。顔までは覚えられていなかったのか、まるで初対面であるかのような反応だ。

「そうしたいところだけど、ここにいるって事は受付を通っているわけよね。それならもう記録されているから、ここでいなくなったら、むしろこの子の責任になってしまうわよ」

それが新人を無事に帰そうという遊女達の声に対してラノアが返した答えだった。

「あ……」

「そう、ですね……」

その言葉で、昨日みたいな惨状にならぬようにと声を上げていた遊女達の表情が一気に曇る。

ここに来る前であったのならば、店側が拒否して遊女を出さなかったという形に出来る。

けれどここにいるという事は、下の受付で派遣証を提示したからだ。無事に到着しながらもいなくなったとしたら逃げ出したとみなされ、その責任は遊女に向けられる。

それがここでのルールらしい。ゆえに善意の帰還命令を受けずに済みそうだ。

(どうなるかと思うたが、これで王様とやらの面を拝めそうじゃな)

予定通りに遊女として近づいて、思いっきり殴り飛ばす事が出来そうだ。ミラは、そう心の中でほくそ笑んだ。