軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

365 方針決定

三百六十五

(ふむ、いけるかもしれぬな!)

出張サービスでやってきた遊女専用の出入り口。それを前にして、これだと閃くミラ。

自分は、遊女として十分に通用する。あの花街特区マスターとでもいった雰囲気の紳士に間違えられたくらいなのだから。

そこに気付いたミラが思い付いた策。それは、出張サービスでやってきた遊女として入ってしまえば一人でも目立たない、というものだった。

だが、それを実行するには一つのハードルがあった。

先程入っていった女性が、受付に見せていた何かだ。

きっとそれは、出張で来た事を示すようなものか何かだろう。そしてその女性は、受付からカードのようなものを受け取っていた。

そのカードのようなものが何を意味しているのかはわからない。だが、何かしら重要な意味がありそうだ。客のいる宿泊施設への通行許可書などといった類である可能性は高い。

そして高級そうな場所だけに、どこでどれだけ、こういった身分証の提示が必要になるかもわからない。

遊女として入るのならば、受付に見せる何かの入手は必須だ。

(うーむ、どうしたものか)

これで何度目になるか。ミラは唸りながら、どう動くのが正解かと悩む。

そうしていたところで、また一人が裏の入口から入っていった。瞬間ミラは、思えばそのパターンもあったなと気付き、入口から離れた位置より素早く様子を窺った。

今回入っていったのは男であり、受付とのやり取りを、またワントソが中継してくれた。

その男は、一番お手頃で一番人気のある二時間プランでの手続きの後、どこか浮かれた様子で、「スマイルメイムのジャスミンちゃんで」と言っていたそうだ。

(なるほどのぅ、そういうシステムか)

ちょっと考えれば、わかるものだ。出張サービスで遊女が来るとなれば、当然男は一人で待っている事になる。となれば客もまた一人で入ったところで何もおかしくはない。

(よし、これじゃな!)

遊女を装う以外に、客として入るという選択肢が出てきた。

そもそも、宿泊施設があるのだ。となれば、ただの宿泊客もいるだろう。城内はペアばかりだが、一人でいたっておかしくはないはずだ。

ついついその場の雰囲気に呑まれ、そういう事でなければ入れないと考えが偏ってしまっていたと反省したミラは、軽い足取りで入口へと歩み寄っていった。

そして、その入口近くにあった看板に気付く。

(なぬ……!?)

それは、宿泊施設を利用するための料金表であり、そこには驚くべき──だがある意味で当たり前の事が書かれていた。

宿泊施設とはいえ、ここは花街特区の中心地だ。もちろん、ただの宿泊施設なはずもない。ここに一人で来るというのは、出張サービスの利用が前提であり、ここの宿泊プランは全てが出張サービスとセットだったのだ。

「さて……どちらも難度が高いが、どうしたものじゃろうか……」

「難しいところですワン」

城から離れ、周囲の広場にあるベンチに腰掛けたミラはワントソを抱いたまま、ユーグストを見つけるために、どうやって城に入ろうかと考え込んでいた。

思い付いた方法は、二つ。

第一の方法は、今の容姿を最大限に活かし、遊女として入るというもの。

だが見たところ、それには店から来たという証になるようなものが必要だと思われた。

実際、これだけ警備が厳重な施設だ。誰とも知れないような者が、何のチェックもなく行き来出来るはずもないというものである。

それを入手する手段となると、実際に店の門を叩くか、出張サービスでやってきた遊女を説得するか、ちょっとあれこれして貸してもらうかといったところだろう。

とはいえ、直ぐに所属出来る保証はなく、説得するにも説明が難しい。そして、あれこれして貸してもらうのも罪のない女性が相手では気が引けるというものだ。

(やはり、客に成りすますのが最善かのぅ)

ここはもう一つの方法である、客として入る方が最も簡単で早く確実だとミラは結論する。

けれど、これにも一つ問題があった。

どの宿泊プランにも付いてくる出張サービスだ。

当然ながら、その分だけ割高な宿泊料であるため、サービスは要らないなんて言えば、ならばなぜこの施設に来たのだと怪しまれる事間違いなしだ。宿泊するだけならば、もっと条件が良くて安い宿がいっぱいあるのだから。

かといって、サービスを利用するのもまた問題だった。

(男を寄こされたら、堪ったものではない)

全ての性が集まる花街特区だけあって、当然ここには女性向けの店も沢山あった。

今回ミラは、ユーグストの捜索という事もあり、男を対象とした場所だけしか見て回っていなかったが、この花街特区は東と西で、男向けと女向けで分かれた造りになっている。

そしてこの城は、その境界線のど真ん中に立っているわけだ。

ともなれば、女性客用の宿泊プランもまた当然用意されており、男娼の派遣サービスも行われている次第である。

この城に宿泊するとなったら、当然とばかりに男が派遣されてくるわけだ。

(いや、しかし……中には百合百合なペアもおったのじゃから、それだけとも限らぬのではないじゃろうか!?)

どうにか抜け道はないかと考えたミラは、そんな可能性を思い付いた。これだけ幅広くフリーダムな場所である。ならば当然、百合が乱れ咲くお店もあるのではないかと。

それならばまだ……などと考え始めたが、一番の問題はそこではなかった。

(いやいや、男じゃろうが女じゃろうが、そもそも来られては面倒じゃ!)

城に入った後にやる事は、ユーグストの居場所を特定し、これを確保するというもの。

当然だが部屋でのんびりなどしている暇もなく、誰が来ようと留守になるわけだ。

そうするとどうなるかといえば、やってきた相手が困る事になる。そして施設の者に報告するなりといった行動をとると思われる。場合によっては、急病なども考慮し、扉を開けて部屋を確認するかもしれない。

そして部屋にいないのがバレる。そうすれば次は、どこにいったのかとなるはずだ。

施設関係者によって捜索されたりでもすれば、術やら何やらの監視が厳しい城内である。直ぐに見つかってしまうだろう。

また、そんな騒ぎを起こしてしまえば、ユーグスト本人に勘付かれる恐れもあった。

ならばいっそ、相手が来るのを部屋で待った場合はどうか。

色々と済ませた後に、などというつもりは毛頭ない。そのまま放置も不自然だ。そうすると、やる事は一つ。やってきた者には眠っていただいて、その間にユーグストの捜索をするというものだ。

これは名案である。そう思ったミラだったが、少しして、それは問題ばかりだと却下する。

出張サービスでやってきた相手を、薬で眠らせる。ミラが帯びた使命どうこうを考えず、この行為だけを抜き取ってみれば、問題しかない事は明らかだ。

「うーむ……出来るだけ遅れて来てくれれば……──!」

チェックインから、数時間以上たっぷりと余裕をもって遊女が来るなら。そう理想的な状況を思い浮かべたミラは、そこで完全に頭から抜け落ちていた可能性に気付いた。

時間指定くらいなら、普通に考慮してくれるのではないかと。

「こんな単純な方法に気付かぬとは、やはり少し毒されてきておるのかもしれぬな……」

花街特区に漂う、華やかで淫靡な雰囲気。それに中てられたというべきか、気が焦っていたというべきか、遊女には早く来てほしい気持ちがあったためか、うっかりしていた。

そう自分の視野の狭さに呆れながらも、ミラはこれならいけると立ち上がった。

選ぶ宿泊プランは、一晩。そして遊女の出張サービスを夜遅くにまで延ばせば、その空いた時間をユーグストの捜索に充てられる。

その後、任務を完遂してユーグストを連行すれば、遊女だ何だといったものは有耶無耶で終わるだろう。

これが現状で考えられる一番の策だ。

そう確信したミラは、城内には連れて入れないワントソを送還、しようとした。

だがそこで、不意に手を止める。これも防犯装置に感知されてしまうのではないかと思い至ったからだ。

召喚体の送還についても、ミラは研究の末に仕組みを把握していた。

その仕組みは、実に単純だ。

召喚体の安全のため、召喚術には強制送還の術式が組み込まれている。送還は、この術式を手動で発動させるだけの事なのだ。

ただミラは、この部分が気になった。強制送還の術式の 起動(・・) に、防犯装置が反応してしまうのではないかと。

「さて、この場合は……」

感知される恐れがある以上、送還は出来ない。そう判断したミラは、ならばどうするかと考える。

まず、ワントソを城に連れては入れない。

だが隠れられそうな場所は、この近くになさそうだ。

外でそのまま待機していてもらう手もあるが、こんな場所にクー・シーがいるというのは、何とも不自然に見えるだろう。しかも、そこそこ詳しい者がじっくりと調べればワントソが召喚体だとわかるはずだ。

誰が何のために。そんな疑惑が広がるかもしれない。ユーグストに警戒するきっかけを与えるのは極力避けるべきだ。

ぬいぐるみのふりをしたまま待っていてもらうなんて方法もあるが、誰かに拾われては面倒である。

「折角、何事もなくここまで来たのじゃからな。急がば回れじゃ」

幾つか考えた結果、ミラは一番確実な方法を選んだ。それは、街の外に出て送還する、というものだ。

やる事が決まったのなら行動は迅速。ミラは直ぐに歩き出した。

まずは、中央広場から花街特区の出入り口にも繋がっている夢見通りを真っ直ぐ進んでいく。大きな店の並ぶ、最上級なメインストリートだ。

と、その途中で今一度、この街でオープンしたばかりという店『ミラクルヘヴン』の前に差し掛かった。

すると──。

『オーナー殿、泣いている女性の声が聞こえますワン!』

ワントソが、そんな事を伝えてきたのだ。

そのよく利く耳で、遠くの声を捉えたようである。燃えるような正義感をその目に宿し、声がしたという方向を視線で示す。

とはいえ今は、ユーグストを捕らえるという極めて重要な任務の真っ最中だ。寄り道などしている暇はない。

場所が場所だけに、揉め事が多そうな事に加え、ただの痴話喧嘩という線も強い。いちいち首を突っ込んでいたらきりがないというものだ。

「ふむ……ちょいと様子だけでも窺ってみようかのぅ」

だが、泣いている女性を放ってはおけない。それが男の在り方だ。

ワントソの漲る使命感に同調したミラは、とにもかくにも確認だけしておこうと、その声がしたという方に向きを変えた。

ワントソが示した場所は、『ミラクルヘヴン』の裏側の辺りであった。そして、そこまで行くには、少し離れたところにある横道から路地裏に入り込む必要がありそうだ。

「この奥じゃな……」

夢見通りと交差するようにして伸びる一本の道。そこを曲がってから少し進んだところにあるのが路地裏の入口だ。

路地裏は表の夢見通りと違い、落ち着いた──というより簡素な様子だった。

遊女とはまた違う、どこかの店のスタッフらしき人物が大きな荷物を抱えている姿などが見える。

どうやら路地裏は、そういった裏方仕事を担当する者達が行き交う道になっているらしい。買い出しだなんだといった雑用の際に、この道をつかっているわけだ。

「さて、ここを曲がってと……」

さも、どこぞの店の関係者ですよといった顔で路地裏に入り込んだミラは、奥に進む事で手前からではわからなかった、もう一つの路地裏の顔を目の当たりにする。

入口から見て、視線の通らない場所。角を曲がった辺りには、ベンチに座り気ままに寛ぐ遊女の姿がちらほらと見受けられた。

裏方仕事だけでなく、店の者達が寛ぐための休憩場所でもあるようだ。

ミラは与り知らぬところだが、店内は気持ちを高ぶらせる香が焚かれているため、こうして休憩時は外に出る事が多いのである。

それでいて休憩しているという事は、一仕事終えた後という意味でもある。そこらで寛ぐ遊女達は何とも言えない色香を纏っており、見方によっては表通りよりも男が喰いつきそうな雰囲気が漂っていた。

(しかも無防備なところがまた……)

ちらりと垣間見えるたびにドキマギしながら、そんな路地裏を進み、丁度『ミラクルヘヴン』の裏側に差し掛かったところである。

「うう……そう──けど、そんな──だなんて聞いて──」

ワントソが言う通り、泣いている女性の声が聞こえてきた。どうやら何か話が違うと訴えているようだ。

「でも貴女が自分で行くと言ったのでしょう──」

対して、もう一人の女性の声も聞こえた。優しくも厳しく諭すような口調だ。

ここだけを聞くに、泣いている女性は、自分で行くと言ったにもかかわらず、急に行きたくないと言い出したようだ。

(ふーむ……これではまだ、判断出来ぬな)

場合によっては泣いている女性を助けようと駆け付けたミラ。だが、どうも様子からして、おいそれと介入出来るものではなさそうだ。もう一人の女性が言う事も、もっともである。

とはいえ泣くほど嫌だと言っているのにも、わけがあるのだろう。

ミラは一先ず詳細を把握するべく、そのまま二人の話を聞いてみる事に決めた。

ただ路地裏とはいえ、ちらほらと人通りはある。そのまま立ち聞きしていたら、怪しまれる事は必至だ。

ゆえにミラは、そこらにいる休憩中の遊女を真似て、近くのベンチに座った。そして更に休憩感を出すため、レモンジンジャーオレを手に聞き耳を立てる。

ただ残念ながら、ミラには他の遊女のような色香を出す事が難しいようだ。頑張って溶け込もうとするも、羞恥心の無い少女程度にしかならない。

しかしミラは完璧に演じられていると自信満々だった。