軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

363 ラノア

三百六十三

ユーグストの匂いを辿り行き着いたレストランにて、ミラはワントソを頼りに標的を捜す。

『なんじゃと……? しかしそちらに男はおらぬぞ』

女性客が圧倒的に多い店内。どれだけ目を凝らしたところで、ワントソが示す先に男の姿は確認出来なかった。

けれどワントソは、もう一度確認するように嗅いだ後『やっぱり向こう側からですワン』と、同じ方向を指し示した。

『いったい、どういう事じゃ……』

ともあれワントソが言うのならば、それは間違いないはずだ。

実は、ユーグストは女だったのか。または女装癖があり、そこに紛れ込んでいるのか。そんな可能性も視野に入れて、ワントソが示す場所へと慎重に歩み寄っていった。

『その人ですワン!』

席を探すふりをしつつ通路を進んでいたところで、ワントソがそう告げる。今この瞬間に隣にいる者こそが、追跡してきた匂いの終点であると。

ミラは僅かに歩く速度を緩め、そっと隣に目を向けた。

そこにいたのは、二人の女性だった。テーブルを挟み向かい合うように座り、何やら談笑している。

一人は輝くような金髪と、エメラルドのような緑の瞳をした美女。もう一人は清楚な黒髪と灰色の瞳をした、これまた大和撫子風の美人だった。

ワントソが言うに、どうやらこの黒髪の女性こそが対象だという事だ。

(これはまた、何とも……)

黒髪美人をちらりと見やったミラは、思わずその美しさに息を呑んだ。

この花街特区は歓楽街のトップなどと言われているだけあり、そこらにいる女性達もまた、どこを見てもトップクラスばかりだった。

そんな中で、この黒髪の女性は更に頭一つ抜き出るほどに美しく、また会話の最中に見せる笑顔は、少女のような愛嬌に満ちていた。

堪らず見惚れてしまうほどの魅力に満ちた女性である。まず女装ではないと判断したミラは、続けて 調べる(・・・) 事で、名前も確認する。

『やはり、ユーグストではなさそうじゃな。これは、どういう事じゃろうか』

黒髪美人の名は『ラノア』。つまり、探していた人物ではなかった。そもそも追跡用としてアルマから受け取った毛髪は、黒髪ではない。

だがワントソがユーグストの匂いを辿り行き着いた先にいた女性だ。きっと何かある。そう判断したミラは探りを入れるため、彼女の裏側になる席に腰掛け、メニュー表を手に取る。

それからしっかりとメニューを選びながら聞き耳を立てた。

「──でね、倒れちゃったわけ。使い慣れていなかったんでしょうね。それで急に強い薬なんて飲んだら、そうなっちゃうのも当然なのにね。まあ、そういうわけで半日の予定が十分で終わっちゃった」

溜め息混じりにそう話しているのは、金髪美女の方だ。話の内容からして、彼女もまた遊女らしい。

話の内容によると、どうやらハッスルしようとした昼の客が薬を飲んで倒れたそうだ。

それは、事件的なものではない。きっとその男は、折角やってきたこの超高級な花街を最大限に楽しもうとしたのだろう。半日という思い切った時間を予約し、強い薬を飲んで戦い抜こうとしたのだろう。

けれど、この街で一人の遊女と半日も遊ぶとなれば、とんでもない金額が必要になる。だからこそ彼は、わき目も振らずに頑張ったはずだ。

頑張って稼いで、頑張って蓄えて、遂にこの日が来たと思ったら、とっておきの薬を飲んで緊急搬送である。

当然、自己責任ゆえに返金などはない。つまり長い期間をかけて築き上げた彼の一世一代の大勝負は、準備の僅か十分で露と消えたわけだ。

(なんともまた……憐れな男じゃな……)

二人の会話から、だいたいの事情を把握したミラは、そのあまりにも惨たらしい結末に同情を禁じ得なかった。

と、そんな話をした後に金髪美女は「それでね、この後まるまる空いちゃったのよね」と続けた。半日の予定が十分で終了ともなれば無理もないだろう。

「ラノアは、この後暇だったり……するわけないか。花街特区で一番のお姫様に空き時間なんてあるわけないものね」

暇つぶしに付き合ってくれる相手が欲しかったようだ。金髪美女は期待するように言いながらも、途中で諦めたように苦笑した。確かめるまでもなく、暇なわけがないと悟っている様子だ。

そして、それは事実でもあった。

「うん、ごめんなさい。今日はこの後、王様のところなんです」

やはりというべきか、ラノアもまた遊女のようだ。一時間後に王様なる人物から予約が入っていると話す。

流石は花街特区だ。王様まで通っているのか。などと驚くミラであったが、どうやら真実は違うようだった。

「あー、また王様か。貴女ってほんと気に入られているわねぇ。気が利いて男前で、しかもどこの大富豪かってくらいに金払いも最高。普通なら羨むところなんでしょうけど、まったく羨ましくないのは、やっぱり彼が度を超えた変態だからかな」

そう言った金髪美女の声には、言葉通りに羨望の色はなく、むしろ憐憫にも似た感情が浮かんでいた。

「あれさえなければ、ただのエッチでお金持ちなおじ様なんですけどね」

溜め息と共に呟いたラノアの声には、諦念が入り交じっていた。それほどまでに王様とやらの変態性は相当なようだ。

また、その会話から王様というのが、いわゆる常連客に付けられたあだ名のようなものだとも判断出来た。

(ふむ、王様か……)

王様と呼ばれているド変態。ミラは、その人物が気になっていた。

大富豪かというくらいに金払いがいいと言っていた事からして、そのような呼ばれ方をしているのだろう。

だが、本当にそれだけが理由なのか。そう考えたミラの脳裏に一つの推測が過った。

(もしや、あの城に──)

そこに可能性を見出した直後だ。

「いらっしゃいませー、ご注文はお決まりでしょうかー?」

ハッとしてメニュー表を置いたところで、颯爽と店員がやってきたのである。それはもう、見計らっていたかのような迅速さだった。

実に働き者な店員であるが、今は何かと都合が悪い。盗み聞きしていたとバレたら面倒というものだ。

ゆえに一般客に徹するのが定石であり、こういった際に注文するメニューというのもだいたい相場が決まっている。

どこの店にもある定番。そう、コーヒーを一つ、だ。

「うむ、ロイヤルチーズケーキと、ロイヤルティーオレを頼む」

否、ミラは聞き耳を立てながらもしっかりとメニューを確認していた。そして、しっかりと好みを見つけていた。

笑顔でそれを口にしたミラに、エージェントの如く標的を見張るプロフェッショナルさは微塵もなく、ただただおやつを食べに来た少女さだけがあった。

今の姿だからこそ出来た、完璧ともいえるほどの潜伏術である。

「かしこまりましたー」

注文を聞き終えて去っていく店員を見送ったミラは「さて」と呟き、今一度ラノア達の会話に聞き耳を立て直す。

(──む、さっき何かに気付いたような……)

はて、店員に声を掛けられる前に何を考えていたか。何か重要な事を思い付いたようなと首を傾げるミラ。

と、そうしている間にも、ラノア達の会話は続いていた。

「それでね、王様の相手は新人さんには辛いから──」

昨日もラノアは、王様なる人物の相手をしていたようだ。また王様は毎回複数人をまとめて呼んでおり、昨日はそこに初仕事の新人がいたという。

ラノアが愚痴るに、新鮮という事もあって新人は存分に可愛がられたらしい。それも徹底した変態行為の数々でだ。

「あの子、大丈夫だったかな」

新人が限界だとして途中で代わったそうだが、初めてで王様の相手をさせられるのは辛かっただろうと、ラノアは心配気味だ。

それに対して金髪美女もまた、「それは厳しいかも」と同情した様子である。

(そうじゃそうじゃ、王様じゃった!)

いったい、どんなプレイだったのか。何とも心を擽られる内容であるが、ミラはその会話を聞いて直前に気付いた事を思い出す。

(きっと金払いのよさだけではない。王様と呼ばれているのには、他にも要素があるはずじゃ。例えば……城を拠点にしている、とかのぅ!)

そう、城である。ミラが一先ず向かおうとしていた場所、花街特区の中心にある一番大きな建造物。それの外観は、まんま城だった。

まだ何の施設かはわからないが、居住出来る部屋があったり、宿泊出来るようになっていた場合、そこにユーグストがいる可能性は高いとミラは睨んだ。

その要因の一つとなったのは、二人の会話にあった言葉。

王様なる人物の変態性である。

ニルヴァーナの巫女であるイリスが見せつけられた変態プレイの数々。

その一端を参考に聞かされていたミラは、予感した。二人が話す王様という人物こそが、ユーグスト本人なのではないかと。

ともなればワントソがユーグストの匂いを追跡した結果、このラノアという女性に辿り着いたのも納得である。

話によると、ラノアは王様のお気に入りだ。それはもう、共にいた時間も長いだろう。つまりは、ラノアにユーグストの匂いが移っていてもおかしくはないわけだ。

試しにワントソに確認してみたところ、『長く一緒にいれば、そういった事も有り得ますワン』との事だった。

(これは、きっと決まりじゃな)

標的は、城にいる。そう確信したミラは、だが直ぐに動こうとはせずに注文したメニューが来るのを待った。

その後も続くラノア達の話を聞き続ける事暫く。

王様以外に遭遇した変態達の情報交換や、行儀よく花街特区を楽しむ紳士の事、そして商売をしていく上で重要な薬などについても話が広がっていた。

(な……なんともまた、大変そうじゃのぅ……)

生々し過ぎるラノア達の会話に、そういう真実は聞きたくないと耳を塞ぎたくなるミラであったが、重要な情報を聞き逃さないためにも黙って耳を澄まし続けた。

なお、その途中で精霊王とマーテルが感想をぽろりと呟いている。

精霊王曰く、『昔に比べて、随分と決まりが整っているのだな』との事だ。

どうやら精霊王が知る数千年前にも風俗店はあったようだ。そして当時は、今よりもずっと色々な部分で適当だったらしく治安も悪かったという。

人の、性にかける情熱は底が知れないなと笑っていた。

マーテルはというと、一夜だけの関係から真実の愛に辿り着く時もあるのだと、こういう場所ではそういった例も多いのだと静かに燃え上がっていた。

身請けがどうとか言っては、『それも愛よね』としみじみ呟くマーテル。

彼女にとっての愛は、花街であろうと関係ないようだ。余りにも広くて深い愛である。

「お待たせいたしましたー」

と、そうこうしている間に、注文したメニューが届いた。

「おお……なんてロイヤルなのじゃろうか」

ロイヤルチーズケーキと、ロイヤルティーオレは、その名の通りのロイヤルさだった。

ファミレスのような店でありつつ、さながら王室で出てきそうなメニューを提供する。それがこの店のコンセプトのようだ。

当然、値段も相応であるが、決戦の前の腹ごしらえだとミラは贅沢なおやつタイムを堪能した。

「それじゃあ、また今度」

「ええ、今度は一緒にお買い物に行きましょ」

「いつになるんでしょうね。まあ、楽しみにしているわ」

ミラがおやつを楽しんでいる途中、ラノア達が席を立った。もう店を出るようだ。

ただ彼女からは、十分に必要な情報は得られた。もうこれ以上張り込み続ける意味はないだろう。そのためミラは、まったく気にした素振りを見せず、ただの一般客になりきったまま、ロイヤルチーズケーキを頬張っては、その至福の味わいに震える。

その最中、「あっ」と声を上げてラノアが駆け戻ってきた。そしてミラの隣を抜けて席まで戻ると、「あったー」と呟いて、また駆けていった。

どうやら財布を席に忘れてしまっていたようだ。

清楚でいて、しっかりしていそうな雰囲気だが、おっちょこちょいなところもあるようだ。

と、そういった感想を浮かべながらロイヤルティーオレで、ほっと一息ついたところだった。

『先程のラノアさんと仰る女性、オーナー殿を気にしているような様子でしたワン』

そう、ワントソが気になる報告をしてきたではないか。何でも忘れ物を取りに行くという行動の中で、ミラの隣を抜けていった二度とも、ちらりとこちらを窺うように見ていたというのだ。

『なんじゃと……? もしや、盗み聞きしているのがバレていたのじゃろうか……』

そういった気配は一切感じられなかったと驚くミラ。ただワントソが言うに、その視線から敵意のようなものは一切感じられなかったそうだ。

『もしやライバルとして気に留まった、とかかのぅ』

一目見て感じた通り、また話を聞いていた限りからして、ラノアはこの花街特区で一番の遊女との事だ。

そんな彼女のステージに突如やって来た、その立場を脅かす可能性のある美少女である自分。ともなれば気にされるのも無理はないと、ミラは余裕をもって微笑む。

(なーに、安心するがよい。わしは、ちょいと立ち寄っただけの冒険者じゃからな)

ラノアの美しさも相当だが、負ける気は毛頭ない。とはいえ、そもそも争う必要もまたどこにもないというものだ。花街特区の一番は彼女のものである。

ミラは謎の自信を浮かべつつ、のんびりとおやつタイムを満喫してから店を後にするのだった。