軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

360 捜査の基本

三百六十

「思った以上にでっかい街じゃったのぅ……」

ミディトリアの街にやってきてから三時間後。ユーグストの情報収集ついでに様子見も兼て街を一巡りしたミラは、小さなカフェの片隅で休憩していた。

街の広さは、だいたい三キロメートル四方の中に収まる程度だ。

その範囲に多くの建物がひしめき合っている。加えて人の密度もかなりなものであり、非常に賑わっている街であるといえた。

そしてユーグストがいるのは、この街の歓楽街という話であったが、ここで一つの問題が発生した。

ミディトリアの街は、かなり特殊な街であり、なんと全体の七割近くが歓楽街になっていたのだ。

街にある飲食店の九割方は、酒をメインにした酒場やバーやパブであり、レストランや今いるカフェなどは、ほんの一握りしかない。

他にも、キャバクラやホストクラブ、ラブホテルにショー劇場の類もそこかしこに見受けられた。

加えて風俗店までも、その中に堂々と立ち並んでいる具合だ。大通りには、娼婦や男娼と思える者達の姿も多く確認出来た。

雑貨などを扱うような店に並んでいるのは、甘味から煙草といった数多くの嗜好品が主だ。しかも場所によっては、禁止と指定されていない薬物の類まで堂々と陳列されている始末である。

また何よりも、この街の中心には、群を抜いて大きなカジノ施設がどんと鎮座していた。街のどの建造物よりも広く高い建物だ。

その外観は、もやは王城といっても過言ではない風格だった。

ミラが感じた、このミディトリアの街の印象。それは娯楽特化で節操がなく、華やかでありながらも品がないといったものだった。

人によっては、まるで夢のような街にも見えるだろう。だがそれでいて厳しい現実も内包した、欲望渦巻く大人の街。

それが、ミディトリアという場所なのだ。

(さて、どう調査したものか)

まだ正午近い時間でありながら、漂う雰囲気は夜のそれなミディトリアの大通り。その様子を窓から眺めつつ、ミラは、どうやってここからユーグストを見つけようかと考える。

ガローバから得られた情報は、ミディトリアの歓楽街を根城にしているというもの。詳細な場所というのは彼も把握していなかったため、ここからは、この広い歓楽街を捜し回らなくてはいけないわけだ。

よもや、街の大半が歓楽街だったとは。これは想定の範囲外だと、ミラはパラダイスオレを飲みながら、どのようにしてねぐらを絞り込もうかと悩む。

(目で捜す……のは、流石に無謀じゃな)

元プレイヤーだけが持つ目を利用して、街の者達を片っ端から 調べて(・・・) いくという手もある。だが、それには顔が見える位置まで近づかなくてはならず、何よりも対象人数が桁違いだ。現実的な案とはいえなかった。

(しかも、ワーズランベールの力を借りられないのも難点じゃな)

調査だなんだといった際に大活躍するのが、静寂の精霊ワーズランベールだ。その隠蔽能力によって、重要な場所だろうと何だろうと入り放題調べ放題なのだが、今回は少々状況が違っていた。

それの原因は、歓楽街全体に設置された防犯用の術具の存在である。

建物の上や路地の出入り口、店舗の前など、街を見て回った三時間のうちに、ミラはそれを何十と目にしていた。そして、あれは何かと気になり、近くの店の店主に訊いたのだ。

その答えが、防犯のための術具という事だった。

街のほとんどが歓楽街という、このミディトリアの街。真っ当な店もあれば怪しい店も多く、それだけに治安が良いとは言えない環境であるという。

しかもこの街には、大陸でも最大級のカジノ施設がど真ん中に存在している。日によっては、貿易が盛んな街以上の金が動いているのだ。

ともなれば、それらの集まった欲望を獲物にする悪党というのも、この街には多く流れ込んでくるわけだ。

(しかしまあ、何とも豪気な者がいるものじゃな)

防犯用の術具は、そういったならず者達から街の利益を守るために、そして誰もが安心して楽しめるようにと、この街に住む謎の重鎮が私財で設置してくれたものだそうだ。

しかも、すこぶる高性能ときたものだ。

その効果は、術や術具といった類の効果で存在を誤魔化している者、つまりは偽装したり隠れ潜んでいたりする者をことごとく感知してしまうらしい。

更に、活性化したマナの感知──いうなれば術などの発動にも反応するとの事だ。

しかもこの術具が反応すれば、一分も経たずに警備兵が駆け付けるようになっているというではないか。

その効果は確かなようで、店主の話によると、今では滅多にそういった輩が街に紛れ込む事はなく、術を使うような物騒な喧嘩も起きなくなったそうだ。

(実験してみたいところじゃが、警戒されては面倒じゃからのぅ、どうしたものか)

防犯用の術具に対して、ワーズランベールの力は通用するのか。そこがすこぶる気になっていたミラ。

光学迷彩のみならず、音やマナ、気配までも隠蔽してしまえる静寂の力だ。そこらの犯罪に利用されるような術具だなんだといったものとは違うのである。

だが、それでも絶対ではない。加えて術具の感知方式が判明していない点も懸念材料だ。もしかすると、静寂の力すらも見破ってしまう事だって十分に考えられた。

だからこその実験ではあるが、術具がずっと優秀で感知されてしまった場合が問題だった。

それはつまり何者かが隠れて潜入しているという事実を伝える事となるからだ。

ユーグストは、かの『イラ・ムエルテ』の最高幹部である。この防犯用術具の感知報告を受け取れる立場にある事は十分に考えられた。

場合によっては、むしろ『イラ・ムエルテ』を追う者達を素早く見つけるために、ユーグストがこれを設置したという可能性だってある。

そう、街の利益がどうやらというのは建前であり、こういった時のために防犯用術具を配置したのだと。

そんな代物である。これには触れないのが賢明だ。

(もうガローバの件が伝わっているかもしれぬからな。下手に刺激しない方がよいじゃろう)

最高幹部の一人であるガローバが、ニルヴァーナ側に拘束された。その情報が既にユーグストに伝わっていたとしたらどうか。その次の日に近くまで侵入者がやってきたともなれば、間違いなく刺客の存在を疑うはずだ。

(そう、ここで逃げられるわけにはいかん。慎重に、慎重にいかねばならぬ……)

実験したいという欲に駆られるミラ。だがどうにかそれを抑えて、地道に捜査していく事を決めた。

とはいえ、ならばどうやって捜すかという問題にまた戻った。

(聞き込みは……駄目じゃな)

最高幹部という点からして、ユーグストはこの街の大物として知られている可能性が高い。加えてイリスの例を見る限り、かなり度を超えた変態だ。ともなれば、この街に詳しい者から話を聞けば、その居場所を絞り込めるだろう。

だが同時に、こちらが調べている事が相手側にも伝わってしまうという恐れもあった。ユーグストが、この街の誰と繋がっているのかわからないからだ。

もしも運悪く繋がりのある者に訊いてしまったとしたら、面倒な刺客を送り込まれたり、とっとと逃げられたりするのは間違いないだろう。

つまりミラは動きを掴まれないように、また誰にもそうと覚られずにユーグストを捜さなくてはいけないわけだ。

(んーむ……ここはやはり、捜査の原点に立ち戻るべきじゃな、うむうむ)

よって色々と考えた結果、こっそりと足で探す以外の方法を思い付けなかったミラであった。

地道に足で捜す。そう決めたミラはカフェを出た後、人目につかなそうな場所を探して路地裏に入り込んでいく。

だが、どうにもこういった街だからだろうか、歓楽街でなくとも人目につかなそうな場所には先客がいた。実にお盛んで情熱的な街だ。

また路地裏などには、そういった事を求める者達が集まっているようで、そんなところをうろついていれば誘われるのも必然だ。

しかも、すこぶる積極的である。

(うーむ……こっちは変態共の巣窟じゃな……)

最初に街を一巡りした時は、大通りが中心だった。その際は幾らかの視線を感じたものの、それ以上の事はなかった。

だが裏側に入り込むと、まったく別な街の顔が見えてくる。ただの少女ならば、きっと食いものにされていたであろう危険な街だ。

けれど、ただの少女ではないミラにしてみると、ただ変態めいた者が多いだけの場所だった。

「ふむ、ここでよいか」

迫る男らを軽くあしらい、さっさと路地裏から抜けて歓楽街からも出たミラは、近くの安宿で部屋を借りる。宿泊だけでなく、三時間の休憩で三千リフという料金設定もある宿だ。

なお受付は一人で、しかも少女がきたという事もあって不思議そうな顔をしていた。

「さて──」

さほど広くなく、中央に大きなベッドが居座るその部屋。

人目に付かず、更に防犯用の術具も近くにない事を確認したミラは、早速とばかりに召喚術を行使した。

【召喚術:クー・シー】

現れたのは、小さな魔法陣。するとそこから、ぴょこっと頭が出てきた。シーズーのような子犬の頭だ。

子犬はしっかりと安全確認をするように、そして何かを警戒するかのようにきょろりきょろりと周囲を見回す。

そして「猫はいないですワン」と呟き、ぴょんと魔法陣から飛び出して、たたたとミラの許へと駆けてくる。

「オーナー殿。吾輩の出番ですワン?」

出番が来た事がよほど嬉しいようだ。ミラの足元に到着するなり、そのつぶらな瞳をキラキラさせながら期待に満ちた顔で見上げてくるクー・シー。

「うむ、ワントソや。今回は、お主でなければ難しい状況でのぅ。力を貸してくれるか」

「もちろんですワン!」

ミラが頼むとワントソは、ぱたぱたと尻尾を振って答えた。それはもう、やる気満々だ。

クー・シーであるワントソは、ケット・シーである団員一号と同じく、諜報関係の能力に優れた頼りになる仲間だ。

また、それでいて両者の能力は大きく違う。

団員一号が、直感や技術といった面で仕事をこなす行動タイプに対し、ワントソは計算や推理といった頭脳タイプであるのだ。

そしてもう一つ、ワントソならではの特技があった。

「では早速、これなのじゃがな──」

そう言ってミラが取り出したのは、一つの箱だった。それは出発前にアルマから預かってきたものである。

ユーグストの件で渡したいものがあると、アルマは言った。それが、この箱の中身だ。

蓋を開けると、そこには数本の髪が入っていた。そう、ユーグストの毛髪である。

イリスが、その能力を行使するために使用しているものの他、いざという時のための予備として数本が保管されていた。

けれど、ここで終わりにするのならば、もう、いざという時の予備は必要ないとしてミラに預けられたものだ。

『じぃじの仲間なら、これを有効活用出来るよね』

それが、これを受け取る際にアルマが口にした言葉だ。

事実、この毛髪を有効活用する手段がミラにはあった。

毛髪は、呪術だなんだといった類の触媒としても活用出来る。だが今回ミラがとる手段は、もっと単純で正攻法なやり方だ。

「さあ、ワントソや。この匂いの人物が、この街のどこかにいるそうでな。お主の鼻で捜してくれぬか」

そう、匂いの追跡である。特にワントソの鼻というと、その嗅覚は、もはや人の常識では収まらない域にあった。

加えてワントソは、クー・シーだけが使えるという特別な魔法の使い手でもある。その魔法を使えば覚えた匂いを、空間的に認識してしまえるのだ。

つまり、ユーグストがワントソの嗅覚か魔法範囲内に入れば、たちどころに位置を特定出来るというわけである。

ただ街には防犯用の術具があるため、今回この魔法はお預けになりそうだ。

「お任せくださいですワン!」

胸を張って答えたワントソは、鼻をクンクンいわせて匂いを覚えた。これで後は、街を回って捜すだけだ。

隅から隅まで歩けば、どこかで見つけられる。とはいえ、こういう時はそれなりに狙いをつけるのが定石というものだ。

既に下見を済ませているミラは、その中でも可能性の高そうな場所を頭の中でピックアップしていった。