軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

334 希少品

三百三十四

『ありがとうございました! これでどうにかなりそうです!』

「うむ、忍耐が大切じゃからな。粘り強く頑張るのじゃぞ!」

通信を始めてから一時間とちょっと。ミラ先生による通信授業が終わった。

なお、生徒である女性の名はステラ。彼女が名乗ったその名は、コードネームではなく本名であった。

しかもステラはヒドゥンの見習いだそうだ。ドジであわてんぼうながらも実力はなかなかなもののようで、上級召喚の入口ともなる『円環シリーズ』も複数契約済みであったりした。

そんなステラの悩みをズバリと解決してみせたミラは、最後にエールを送って受話器を……置く直前でどうにか踏み止まった。

「って、用件がまだじゃろう!」

『──あ、そうでした!』

どうやらステラもミラの授業を受けられた事に満足し、肝心な部分を忘れていたようだ。

『えーと、こほん』

彼女は、そう改めるように言ってから『ご用件をどうぞ!』と続けた。

「うむ、では一つ訊くが──」

そう前置きしたミラは念のため、用件の前に質問を口にした。その内容は、今でもあちこちを飛び回っているだろうカグラ、もといウズメに伝言を伝える方法があるかどうかというものだ。

『……はい、それでしたら大丈夫です!』

少し考えるような間をおいてから、ステラは問題ないと答えた。彼女が言うに、現在は三日に一回の間隔で定時連絡があるため、その際に用件などは伝えられるそうだ。そして前回の定時連絡がちょうど三日前だったので、今伝言を預かれば、今夜にも伝えられるとの事である。

「おお、そうかそうか。それならば、伝言を頼む」

ああ見えて、色々と用意周到なカグラだ。これで数日中には、ヨーグから情報を訊き出せそうである。

とはいえ、この依頼は『イラ・ムエルテ』に絡む重要な案件だ。盗聴などを警戒したミラは、アルマが助けを求めているため、至急ニルヴァーナまで来てほしいという旨の伝言をステラに託したのだった。

五十鈴連盟の本拠地に連絡した結果、無事に伝言を預ける事が出来た。

用事が済んだミラは通信室を出た後、クラウスに言われた通り、そのまま廊下の向かいにある事務室を訪れていた。

「──というわけでのぅ。数日後に朱雀の式神であるピー助がここにやってくるはずじゃ。そうしたら、わしに知らせてもらえるじゃろうか。多分、王城にいると思うのでな。一報をくれれば迎えにこよう」

カグラへの伝言内容は、アルマが助けを求めているため、至急ニルヴァーナまで来てほしいという事と、ラトナトラヤ支部にピー助を送ってくれれば迎えにいくというもの。防犯面からして王城に直接というのは難しいため、そのような形となったわけだ。

「わかりました。ただ、そういう事でしたら、私が王城までお連れいたしましょうか?」

何日かしたらミラの手助けをするためにウズメのピー助がやってくる。そう理解したクラウスは承諾すると同時、そのように口にした。わざわざ支部に迎えに来ずとも、ピー助を王城まで連れていく方が早いと。

「おお、そうしてもらえると助かるが、よいのか?」

実にありがたい申し出にミラが問い返したところ、クラウスは苦笑しながら答えた。

「ええ、大丈夫です。むしろ、お客が怖がるからという理由で、ほとんど表に出られないもので。こういった機会でもなければ、ここでずっと事務仕事をしているだけですからね」

むしろ大手を振って外に出られると、クラウスは嬉しそうだ。

「そうじゃったか……それならば頼むとしよう」

警備や護衛といった役目なら、その強面さはプラスに働いたであろう。だが接客業となると、デメリットばかりが目立つというもの。ミラはその不憫さに同情しながら、クラウスの申し出を快く受け入れたのだった。

気付けば既に昼過ぎ。ステラのために行った召喚術講座によって、思った以上に時間が経過していた。

そんな事もあって空腹を感じたミラは、王城に帰る前に何か食べていこうかと東の大通りを進んでいく。

「これまた目移りしてしまうのぅ!」

昼食時という事もあるのだろうか。どこか閑散としていた東門前とは違い、東の大通りは人で賑わっていた。

やはり時間も相まって飲食店目当ての客が多く、大通りには屋台や売り子の姿も多く見られた。

そんな大通りをのんびり歩きながら、今の気分にぴたりと合う昼食を探すミラ。と、そうしている間にも、賑わう人々の声があちらこちらから聞こえてくる。

どこそこの出し物はよかっただとか、誰が優勝するかだとか、有名なギルドを見かけただとか。色々な話題が交わされているが、その大半は闘技大会に関係するものだった。

まだ準備の段階であるにもかかわらず、この盛り上がりようだ。メインの闘技大会の予選でも始まれば更に人は増えるだろう。

その事からして、この大会は既に成功といっても過言ではない状況といえた。

(とんでもないお祭り騒ぎじゃな。……じゃが、この裏にある狙いを考えると、それもまたここからが本番といえるのぅ)

闘技大会の裏で進行中の作戦。アルマから教えてもらい、また協力する事になったそれは、悪の組織『イラ・ムエルテ』を誘い出し、これを壊滅させるというもの。その作戦のうちの一つが、これからミラが就く護衛となっている。

このお祭りに沸く街の裏で、他にも多くの作戦が進行中との事だ。この闘技大会が終わる頃、大きく世界情勢が動く事になるのは間違いない。

(メイリンを見つけたら大会観戦を楽しむつもりで来たはずが、なんとも忙しない世の中じゃのぅ)

今回は仕事一割、観光九割という、ほぼ楽しむためのニルヴァーナ行きだった。しかし気付けば、巫女の護衛を依頼され、『イラ・ムエルテ』という悪の組織を壊滅させるための戦いに巻き込まれた。

(いや……もしや、もともと……)

たまたま来ていたからといった形で依頼されたが、思えば闘技大会の解説者として招待されていた事を思い出すミラ。むしろ巻き込まれたのではなく、もとから組み込まれていたのではないだろうか。

「まあ、いいじゃろう」

そんな可能性に気付いたが、巫女が今、危険な立場にいるというのは確かである。よってミラは、これが済んだら思い切り報酬でもせびってやろうと企み、不敵に微笑んだ。

と、そんな事を考えながら昼食を吟味していた時だ。大通りをのんびりとした速度で進んでいた馬車が、ミラの直ぐ傍で不意に止まったのである。

こんな往来のど真ん中で、どうしたのだろうか。そうミラが疑問を抱いた直後だった。

「『レストラン フェリブランシュ』闘技大会記念の臨時出張販売店でーす! ちょっぴり贅沢でお得なご馳走はいかがですかー!」

いったいどんな仕掛けなのか。馬車より颯爽と男女が降りて来ると、その馬車のワゴン部分が大きく開いたのだ。そして更に二人がそこから飛び出すと、柱やら看板やらを手際よく設置していき、あっという間に屋台を完成させてしまった。とんでもない早業である。

(ほぅ、『レストラン フェリブランシュ』といえば、見覚えがあるのぅ)

出来上がった屋台の上部に燦然と輝く、『レストラン フェリブランシュ』という看板。ミラは、その名をよく知っていた。このニルヴァーナに来る前に観光案内でチェックしていたのだ。それがラトナトラヤにて一番美味しく、一番高いとされる高級レストランであると。

見るとその屋台で売られていたのは、二種類の弁当だった。一つは魚介を、一つは肉をふんだんに使った弁当のようだ。手前に置かれたサンプルを目にしたミラは、一目で肉の弁当に惹かれていた。

とはいえ、高級レストランである。まだ一ヶ月以上は滞在するだろう今の段階で、大きな出費は出来ない。そう財布の紐を引き締めたミラであったが、その直後に気付く。

なんと弁当一つが三千リフである事に。

(なん、じゃと……!?)

ランチ一食で三千リフと考えた場合、高いと感じるものだ。しかし『レストラン フェリブランシュ』は、一番安くて小さな皿でも六千リフはするという高級店である。そしてサンプルを見た限り、弁当にはそんな店の料理がふんだんに盛り込まれていた。つまり、ゼロが一つ足りないのではないかと疑ってしまうような値段設定なのだ。

それを目にしたミラは、瞬間的に見間違いかと己の目を疑った。しかし、それは間違いではなかった。ミラが愕然としている中、気付けば次から次へと『レストラン フェリブランシュ』の屋台に客が殺到し、三千リフで弁当を買っていくのである。

ゲリラ的に現れた屋台でありながら、驚くべき集客力だ。他にもある屋台に比べると、三千リフという値段はかなりの高額だ。けれど客達は、一切の迷いもなく弁当を手にしていく。

そのためか販売を開始したばかりにもかかわらず、並んだ弁当はもう残り半分を切っていた。

「わ……わしも……わしもー!」

瞬く間に人の波に呑まれてもみくちゃにされていたミラは、ここでどうにか我に返り、負けるまいと前に出た。

「ふぅ……買ってしもうた」

まるで嵐のような出来事だった。馬車が止まってから五分足らずで『レストラン フェリブランシュ』の弁当は売り切れとなり、これまた来た時と同様に素早く撤収していった。

そんな嵐が過ぎ去った大通りに佇むミラの手には、手提げ袋が一つ。あの騒動の渦中に巻き込まれつつも、どうにか『レストラン フェリブランシュ』の弁当をゲットする事に成功していた。しかも、二種類ともだ。

「……いや、なぜ買ってしもうたのじゃろう」

一瞬でお祭り騒ぎとなった後、その波が引いて静けさを取り戻した大通りの只中で、ミラははてと首を傾げた。

思えばまだ、昼食は何にしようかと考えている途中だった。これだというものが決まる前だった。それにもかかわらず、気付けば一つ三千リフという高額な弁当を二つも買っている。

ミラが呑み込まれたのは、人の波だけではなかった。それは勢いと集団心理だ。

値段だけで見れば高めだが、中身を見ればお得な弁当。それが目の前で飛ぶように売れていき、瞬く間に売り切れ間近になる様を目にしたミラは、ほぼ反射的にそこに続いていたのである。

そして気付けば周りの勢いにのせられて、二つセットを買うという大盤振る舞いだ。

(じゃが……不思議と後悔はないのぅ)

ミラは袋の中の弁当を見つめながら、少しだけにやりと笑う。そこにあるのは弁当にしてみれば高いが、『レストラン フェリブランシュ』の料理として見ると破格の安さといっても間違いはない、最高クラスのお得弁当だからだ。

損得で考えるなら、圧倒的に得が勝る買い物が出来たわけである。今回は完全に周りに流される形で散財してしまったが、ミラは悪くない買い物だったと満足そうだ。

また、ミラがそう考えるのには値段以外にも理由があった。

それは希少性だ。『レストラン フェリブランシュ』が出す闘技大会記念の臨時出張販売店。そう販売員が言っていた通り、先程の屋台は闘技大会だけの特別な屋台なのだ。

更にミラは、大いに殺到した客達の話し声を幾つか聞いていた。その内容からすると臨時出張販売店は、ラトナトラヤのどこかで先程のようにゲリラ的に開店するのだそうだ。

ゆえに、お金があるだけでは買えず、また待てばどうにかなるという代物でもなかった。今では出会えたらラッキー、買えたら超ラッキーという大会イベントのような認識であり、だからこそ開店して早々にあの殺到ぶりだったわけだ。

そうした弁当騒動が過ぎ去ってから、まだ一分程度の今。大通りには、臨時出張販売店の出現情報を聞いて駆け付けたのだろう者の姿がちらほらとあった。辺りを見回しては「間に合わなかったかー!」と嘆く者達。それほどまでに競争率は高く、だからこそ希少性も日ごとに高まっている様子だ。

(さて、早く帰って、ゆっくり楽しむとしようか!)

そんな光景を前にしつつ弁当をアイテムボックスにしまったミラは、買い損ねた彼らを尻目にペガサスに跨り、颯爽と飛び立つ。ちょっとした優越感に浸りながら。

「おかえり! お腹空いたんだからね!」

王城の執務室に戻ってきたミラを迎えたのは、どうにも脈絡の曖昧なアルマの言葉だった。

「む? なんじゃ、食うておらんのか?」

時刻はとっくに昼時を過ぎている。幾ら女王の仕事が忙しいといっても、食事の時間まで取り上げるほど鬼畜な臣下ではないだろう。そう疑問を抱いたところ、思わぬ答えが返ってきた。

「今日はイリスと初の顔合わせだから、早く親睦を深めるためにと思って昼食を一緒にって用意しておいたんだから! じぃじが帰ってきたらイリスの部屋にいって、そこでとっておきの昼食を美味しいねって食べながら自然と仲良くなってもらって、じぃじは危なくないって知ってもらうつもりだったの! だからまだ食べてないのよ!」

そう怒涛の勢いで理由を口にしたアルマ。どうやら彼女は、護衛のミラと巫女のイリスが一緒に食事をする事で早く打ち解け合えるようにと考えていたようだ。

しかしミラは昼時を過ぎても帰ってこず、かといって用意した仲良し作戦を中止にも出来ず、結果アルマは空腹状態を紛らわせるため、仕事に打ち込みながら帰りを待っていたという。

また、それはイリスも同じだという事だ。きっと今頃、なかなかこない新しい護衛を待ちながらお腹を空かせているだろうとアルマは言う。

「そういう事ならば、出る前にじゃな……」

多分きっと、それを聞いていればもう少しは早く戻っていた。戻れた、はずだ。ミラは通信の途中から始まった召喚術の講義について思い返しつつ、予め教えておいてほしかったと告げる。

「だって、こんなに時間がかかるなんて思ってなかったんだもん」

アルマは、ぷいっと横を向いて不貞腐れるように唇を尖らせた。五十鈴連盟の支部にある通信装置を使い、カグラを呼び出す。こういえば簡単だが、色々なチェックとかがあったのだろう。と、アルマはミラが遅くなった原因を、そのように思っているようだ。

瞬間、ミラの脳細胞が急激に活性化する。

「あー、そうじゃな。すまんすまん。やはりほれ、向こうのトップと連絡をとるのじゃからな。色々とあるのじゃよ」

そのように、ありもしない事をさも真実のように語るミラ。実際にここまで戻るのが遅くなった原因は、九割方が召喚術の講義だ。用件自体は、五分程度で全て伝え終えていた。よって直ぐに切り上げていたならば、もう一時間は早く帰れていた事だろう。そして今頃は三人ともお腹満足で、和気あいあいとしていたはずだ。

「まあ、それなら仕方ないけどさ。……で、どうだったの? カグラちゃん来てくれそう?」

今回は、ミラの人脈で繋がった可能性である。だからこそアルマは空腹の原因についてはそれ以上を口にせず、その結果を問う。ヨーグの尋問をしてくれるのかどうかと。

「うむ、大丈夫そうじゃ。三日おきに連絡を取り合っておるとの事でな。今夜の定時連絡で伝えてくれるよう頼んでおいたぞ。早ければ明日にも動きがあるじゃろう」

カグラが引き受けてくれたならば、直ぐにでもピー助をこちらに寄こすはずだ。連絡の後にそうしてくれたならば、明日中にはラトナトラヤに到着するだろう。

特に今回は、アルマからの頼みである。きっと反応は早いと確信するミラは、そのままそうなった時の対応についても話した。五十鈴連盟のラトナトラヤ支部の支部長がピー助を連れて城にくるという事と、その支部長が凄く強面であるという点を特に念入りにだ。

「というわけで、門番や衛兵達に伝えておいてくれるか。クラウスという人物が訪ねてきたなら警戒せず、わしを呼んでくれるようにとな」

確認も兼て、ピー助の受け取りは自分で行う。その間、巫女の傍を離れる事になるが、そこは大陸最強の召喚術士なミラである。本人がいなくとも護衛を継続出来るだけの戦力はいつでも揃える事が出来るというものだ。

「じゃあピー助君が来たら、そのままここに連れてきちゃって。カグラちゃんには、その時にわたしから改めてお願いするから」

アルマもそのあたりについては承知済みのようだ。安心して言葉を続けてバチンと書類に印を捺してから「よし、終わり!」と立ち上がった。そして「お陰様で随分と捗っちゃったわよ!」なんて小言を口にする。

ミラが戻るのが遅かった分、溜まっていた書類仕事が大分片付いたようだ。アルマは大きく伸びをしながら、清々しそうに笑う。

だが次の瞬間に腹の虫の音を響かせると、恥ずかしそうに表情を一変させて、八つ当たり気味にミラを睨んだ。

ミラは自然と目を逸らすようにしながら、では早くいこうかとばかりな態度で先に執務室を出る。そして同時に思う。帰りに買ってきた弁当は、このまま秘密にしておこうと。

最初は、レアものをゲットしたと自慢するつもりだったミラ。だが空腹で待たせたまま、豪勢な限定弁当を買っていたなどと知られたらどうなる事か。それはもう、火を見るよりも明らかだった。