軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

321 名簿チェック

三百二十一

ニルヴァーナ皇国の首都ラトナトラヤに到着した日。アルマ達と遅い夕飯を一緒にし、当然の如く別々に入浴してから通された客室で、ミラはそのまま眠りについた。

そうして翌日の朝。目を覚ましたミラは朝の支度を整えて、しゃっきりとした気持ちで部屋を出る。

「おおぅ!?」

出た直後、扉の傍で待機していた侍女の姿に、びくりと肩を震わせた。城という環境と侍女という存在が、かの天敵であるリリィを記憶より呼び起こさせたからだ。

「おはようございます、ミラ様。ご用意がお済みでしたら、食堂へご案内させていただきます」

清楚でいて、落ち着いた所作の侍女。ここまではリリィも同じだが、目の前の侍女からは、その奥底に黒く蠢く何かが一切感じられなかった。実にすっきりとした透明感に満ちている。

「うむ、よろしく頼む」

侍女といえばリリィなどという間違った印象が、あまりにも強く焼き付いている。だが本来、侍女の中にあのような者がそういるはずもない。これが本来の姿である。

この城は寛げる城だと安心したミラは、侍女の後に続いて食堂へと赴いた。

「朝から喰い過ぎてしまったかのぅ」

食後、満足そうに呟いたミラ。通された食堂は、ビュッフェ形式となっていた。本来は客人用ではなく、使用人達の朝食として用意されているものだという。

ただ、ミラならば貴賓用のモーニングコースよりもこちらの方がいいだろうというアルマの計らいがあったようだ。

それは、大正解だった。好きなものを好きなだけ食べて、デザートで締めたミラは、それはもう幸せそうであった。

そうして朝食が済んだ後、再び侍女に案内され、そのままアルマの部屋へと通される。

「では、失礼いたします」

そう言って下がる侍女に「案内感謝する」と礼を言ったミラは、振り返りアルマと対面する。

「おはよう、じぃじ」

「うむ、おはよう」

そう簡潔に挨拶を交わしたところで、ミラは執務机の上に散らばる書類を見て思う。女王様も大変そうだな、と。

それから、よく眠れたかだとか、朝食は絶品だっただとか、昨日のミラの活躍によって色々とわかりそうだとか、巫女の護衛についての件だとかを話し合った。

「おはようございます、ミラ子さん」

「うむ……おはよう」

暫くしたところで、エスメラルダもやってきた。朝からにこやかな彼女は、昨夜に約束した大会出場者の名簿を用意してくれていたようだ。既に別室にまとめてあるという事だった。

「時間が空いたら手伝いにいくねー」

そんなアルマの声を背に受けて、なるべく早めに頼むと答えながら、ミラはエスメラルダの後に続いた。

やってきたのは、沢山の棚が並ぶ大きな部屋だった。エスメラルダが言うに、ここは情報管理部の保管室だそうだ。

幅が三百メートルはあるのではというほど広く、中央の吹き抜けから見上げると、それが四層も重なっているのがわかる。流石は大国というべきか、管理されている情報の量がアルカイト王国とは比にもならないほどだった。

「これはまた……とんでもないところじゃな」

「こういうところにいると、価値観が狂いそうになるわ」

その光景を前にミラが呟くと、エスメラルダは苦笑気味に答えた。

どうやらエスメラルダも、もともとが庶民気質なようだ。今でもまだ、王城暮らしは慣れないと笑う。

と、そんな事を話しながら到着したのは、書類室の更に奥にあった部屋。主に書類の整理などを行う場所だそうだ。

「これはまた……とんでもない量じゃな」

多くのテーブルと椅子が並ぶ部屋の一角、大きなテーブルの上に高く積み上げられた書類の山を目にしたミラは、見ただけで疲れ切った声をもらした。その山の全てが、大会出場者の名簿であったからだ。

「それじゃあ、ミラ子さん。私も用事を済ませたら手伝うから……頑張ってちょうだいね」

案内だけしたエスメラルダは、そう言って去っていった。

手を貸してくれるというアルマとエスメラルダだが、女王と十二使徒という役職だけあって相当に忙しいようだ。

「まあ、こうしてまとめておいてもらえただけでも有難い事じゃな……」

少しだけ寂しく感じながらも、ミラは最初の束を手に取る。

出場者名簿は、まず出場する試合別に分けられていた。術士クラスや十八歳以下のトーナメントごとといった具合だ。

そして、そこから登録順に並べられていた。つまり、早く来た者から順になっているというわけだ。

メイリンの性格を考えるなら、やはり無差別級だろう。そして、この大会の事を知ったら、いの一番で飛んでくるはずだ。よって登録順も、そこまで後ろになるとは考え辛いというもの。

「さて……見つかりますように……」

そう祈ってから、ミラは無差別級の名簿の一冊目を開いた。

デジタルデータでの情報管理は、非常に便利である。条件を設定すれば、一括で並べ替えなりなんなりと自在に出来るのだから。

確定している『仙術士』というクラス別にでも分けられたら、ずっと楽そうだ。そんな事を考えながら名簿をめくり、クラスを確認し続ける事、三十分と少々。

「あ……おった」

なんとクラスの欄に、きっちり『武道仙術士』と書いてある人物がいたのだ。それは武道家であり、仙術士でもあると言っていた彼女がいつも名乗っていたもの。仲間内では有名な呼び方だった。

更に名前の方を確認してみたところ、その人物の名は『メイメイ』とある。

仙術の九賢者の名は、『メイリン』。多少は弁えているであろうから、偽名を使っているという予想と、偽名ながらさほど凝った名ではないという推測も見事にぴたりと当てはまった人物が見つかったわけだ。

「まさか、ここまで推理通りにいくとはのぅ。ふむ……ファジーダイスの一件で、わしの中に眠る探偵の才能が目覚めたのかもしれぬな!」

この人物こそが、捜しているメイリン本人で間違いない。そう確信したミラは、自信満々に笑う。そして、あまりにもあっけなく見つかったなと、名簿の山を見つめながら、そっと苦笑した。ここまで集めてもらっておいて、全体の一割も確認せずに見つけてしまい、少々申し訳ないと。

「まあ、運が良かったという事にしておこうか……」

そう言い訳を用意していた時だった。ドタドタと足音が聞こえたかと思ったら、バーンと部屋の扉が開いたのである。

「じぃじー、手伝いに来たよー!」

「進捗は如何ですか?」

そう言って顔を出したのは、アルマとエスメラルダだった。朝の公務を素早く終わらせて、約束通り手伝いに来てくれたようだ。

「おお、わざわざすまぬな。じゃが……」

ただ、既に見つかったも同然なため、二人を苦笑しながら出迎えたミラは、そのまま黙って名簿を差し出した。

「どうしたの?」

はてと首を傾げながらも、その名簿に視線を落とすアルマとエスメラルダ。それから少しした後に彼女達も気付いたのだろう、「あ……」と短く声を上げた。

「これは、メイリンちゃんで確定だよねー」

「ええ、きっとメイちゃんね」

二人もまた、間違いなくメイリンだと確信したようだ。いざ名簿の山に挑もうとしたところで既に必要がなくなったという事実に、若干気が抜けた様子だが、見つかったのならそれでいいと笑い合う。

「えっと、それでメイリンちゃんの宿泊先はっと……」

捜していたメイリンは、確かに闘技大会へ来ていた。それはほぼ確定したが、問題はその先。知りたいのはメイリンの居場所だ。

出場登録の際に、滞在場所として宿の名や仮設キャンプの番号などを記入する欄がある。それを確認する事で、放浪修行娘のいつもは安定しない居場所がわかるという算段だ。

「アダムス家……って、どこなのさ」

「あらあら、どこかしらねぇ」

見ると、そこにはただ『アダムス家』とだけ書かれていた。念のため、ラトナトラヤにある宿泊施設名簿を確認したが、『アダムス家』などという名の場所などなかった。

となれば、考えられるのは一つ。

「これはつまり、どこかの個人宅に居候しておるという事か……」

「うん、多分そう」

「そういう意味でしょうねぇ」

そのように三人の意見は一致した。メイリンは今、アダムスなる人物の家に居候しているようだと。

「アダムス……何者じゃろうか」

宿泊施設ならば簡単だったものの、個人宅となると、また面倒だ。アダムスは、さほど珍しい名ではない事に加え、ラトナトラヤは数十万人規模の大都市である。どれだけの候補がいるか見当もつかなかった。

「一先ず、社会統括部にいって、全アダムスさんをピックアップしないと、かな」

これ以上の情報はないため、アダムス家を一軒ずつ回ってみるしかない。そのためには、国で管理している住民情報を調べる必要がある。そうアルマが言うと、何軒くらいあるのだろうかと、ミラはげんなりとした顔を浮かべた。

「それにしても、個人宅だなんて驚きよね。メイちゃんの知り合いだったのかしらねぇ」

そんな事をぽつりと呟いたエスメラルダ。しかし、あちらこちらを放浪している修行娘に、寝床を貸してくれるような都合の良い知り合いなどいるのだろうか。そう誰もが疑問を抱く。

「あ、メイリンちゃんて、じっとしていれば可愛いから……」

不意にアルマが、そんな事を言い出した。犯罪チックな香りのする事態ではないのかと。

「流石に、それはどうかしら」

いくら何でも、そこまでの事ではないだろうと、エスメラルダは否定する。彼女を力づくでどうにか出来るような者は、まずいないと。

だが同時に、三人の脳裏に一つの予感が過る。言葉巧みにとなれば、可能性も多少は出てくるぞと。

「アダムスかぁ……」

「アダムスさん……ねぇ」

「ともかく、アダムスなる人物を調べてみなければ始まらぬな」

ここで話していても進展はない。まずは、社会統括部とやらに行ってみよう。そうミラが口にしたところだった。

「あの、新しい参加者名簿が運ばれてきたのですが、こちらへお持ちした方がよろしいでしょうか?」

扉のノックの後、一人の女性が顔をのぞかせたのだ。

彼女はエスメラルダの指示で、テーブルにある出場者名簿を運んだ者だった。あるだけ運ぶようにという指示だったため、大会の受付から追加で届いた出場者名簿も運んだ方がいいのかと考え、こうして訊きに来たようだ。

「ありがとう。でも、もう大丈夫よ」

メイリンだと思える登録者を見つけた事で、出場者名簿の出番は終わった。よって、新しい名簿は必要ない。エスメラルダが労うように答えたところ、女性は「かしこまりました」と一礼する。

だが彼女は、そのまま帰ろうとはしなかった。極度に緊張した顔をしつつも立ち去らず、何かを考え込むように俯いたのだ。

「まだ、何かあったのかしら?」

そうエスメラルダが問うたところ、女性は意を決したように顔を上げた。

「あの……アダムス先輩がどうかしたのでしょうか!?」

そう言った彼女の顔は、不安というより心配に染まっていた。どうやらアダムスがどうたらという、先程までの話し声が聞こえていたらしい。

そして彼女の先輩にあたる人物に、アダムスという名の者がいるようだ。そんな先輩と同じ名を、女王と十二使徒が悩んだ声で口にしていたとなれば、何事だと思うのも仕方がない事だ。

「ほぅ……そのアダムス先輩とやらの事を聞かせてもらってもよいじゃろうか?」

こんな身近なところに、一人目のアダムスの情報が転がっていた。これは、ただの偶然なのか、それとも。何かしら感じ入るものがあったミラは、真っ先に反応する。

「あの……えっと──」

女王アルマと十二使徒のエスメラルダ。そんな二人と一緒にいた謎の少女ミラを見て、何者だろうかと戸惑う女性。だが、その堂々とした態度を前にして、女性はどこか反射的に答えた。

アダムス先輩。話によると、彼は騎士隊の隊長であり、今は闘技大会の受付責任者だそうだ。

「ほぅ……受付責任者か……」

それを聞いたミラは、ピンと閃く。もしかしたら、早々に当たりを引いたのではないかと。

メイリンの事である。きっと、宿だなんだといった事など、まったく気にせず大会の登録にやってきたと思われる。となれば登録の際に、その点について色々なやりとりがあった事だろう。

「して、お主から見て、そのアダムス先輩とやらの人柄はどうじゃ? 例えば、捨て猫を放ってはおけなかったりとかせぬか?」

ミラは、更に深いところまで踏み込んでいく。すると女性は戸惑いつつも、少しだけ顔を赤らめながら口を開いた。

「はい、その通りです。怪我している野良猫とか、直ぐに連れて帰っちゃうんです。そして責任感が強くて、誰にでも優しくて、それでいて乱闘を始めるような人達を、軽く制圧出来ちゃうくらい強いんです」

どうやらアダムスは、余程のお人好しなようだ。そして、だからこそこの女性は、必死でもあるのだろう。女王と十二使徒の会話に割り込んでしまうほどに。

「ふーん、そっかそっかー」

「あらあら、まあまあ」

アルマとエスメラルダは、その様子から彼女の内に秘められた淡い恋心を察したようだ。不敵な笑みを浮かべながらも、どこか微笑ましそうであった。

そしてミラもまたそれに気付いたが、こちらは「ほほーう」と、にやにや気味だ。

ただ、そんな三人の反応を前にして、女性は不十分だったと感じたらしい。いったい何が原因で、アダムスの名が挙げられていたのか。それを知らぬ彼女だが、悪い事にならないようにといった思いで、更に最新のエピソードを語り始めた。

「えっと、あの……一月くらい前の事です。一人の女の子が大会の出場登録にきたのですが──」

そうして女性が話した内容は、まさかというほどにミラが想像した通りのものだった。

無差別級の試合出場の登録をしに来た少女は、最後の宿泊場所についての欄に、初めは『どこでも』などと書いていたそうだ。

ただ、『どこでも』では意味が分かり辛い。それはどういう意味かと問うたところ、少女は近隣の森でも公園でも路上でも、といった意味の『どこでも』であると答えた。

それを聞いた受付の者達は、困惑したそうだ。衛兵達のお陰で治安は悪くないとはいえ、少女をそのような場所に寝泊まりさせるなど出来ないだろうと。

だが、金銭の持ち合わせがほとんどないため宿に泊まるのは難しい。選手キャンプもあったが、集団生活である事と、各施設や食事、消灯の時間などが決まっていると伝えたところで拒否されたそうだ。

(実にらしいのぅ。好きな時に食べて好きな時に寝る自由人じゃったからな)

その女の子がメイリンであると決まったわけではないが、間違いないと確信するミラは、そんな感想を抱きながら続く女性の話に耳を傾ける。

終始、どこでもまったく問題ないという少女。流石にそのような暮らしはさせられないため、選手キャンプを勧める受付員。そのようにして、どっちとも話が決まらずにいたところで、問題を聞き付けたアダムスがやってきたという。

「アダムス先輩も、女の子が『どこでも』なんて看過出来ないって同意してくれまして。それで一つの案を出してくれたんです」

熱く、それでいてうっとりと語る女性。

お金がないので宿には泊まれない。自由人なので集団生活は窮屈になる。そんな少女をアダムスは実家に招いたのだそうだ。そして少女は今、アダムスの家族達と仲良く過ごしていると、最後に女性は羨ましそうに言って言葉を締めた。

「なるほどのぅ」

「とりあえず、問題なさそうかな」

「そう、優しいのねぇ」

女性が語った出来事は、正しく出場者名簿にあった『メイメイ』なる人物の宿泊先が『アダムス家』となっていた理由そのものだった。

経緯を知ったミラ達は、納得といった様子で頷いた。すると女性の方も、その反応に安心したようだ。顔には安堵の色が浮かんでいた。

(これは、幸先がよいのぅ!)

思わぬところで『アダムス家』を探す手間が省けたと喜んだミラ。ここまでわかれば、後はアダムスの実家を聞いて、メイリンで間違いないであろうメイメイとやらに接触するだけだ。

「それじゃあ、アダムス君をここに呼んできてもらってもいいかな」

話も一段落したところでアルマが告げた。その直後、女性の顔には再び緊張が浮かぶ。

心を寄せる相手が女王直々の呼び出しを受けたとなれば、心配になるのも無理はない。表情からその感情を読み取ったエスメラルダは「安心なさって。悪い話じゃないのよ」と、優しく微笑みかける。

「わかりました。直ちに呼んで参ります」

エスメラルダの言葉によって、不安が解消されたようだ。女性は素早く跪いて一礼してからアダムスを呼びに飛び出していった。

そうして、待っている間の事だ。今いる場所は、情報管理部の奥の部屋。ニルヴァーナ皇国の情報が集まる中心地。よってミラ達は、折角だからとアダムスについて調べ始めた。

メイリンだと思われる少女がご厄介になっている実家について。そして何より先程の女性が恋心を抱いている相手は、どんな男なのだろうかと。

完全に出歯亀根性である。