作品タイトル不明
315 制圧部隊
三百十五
「さて、一先ずはこんなものじゃな」
暗殺者達の拠点にあった秘密の地下室。そこにいたボスと幹部達を捕縛布で全員拘束したミラは、一仕事終えたとばかりに抹茶オレを呷る。茶葉の生産が盛んなニルヴァーナの定番飲料だ。
捕縛を完了した後、ご苦労だったとワーズランベールを送還した今、地下室で動いているのは一人だけ。そんな一人だけとなったミラは、続いて部屋に散らばる包みを開いて中を検めていく。
「……もう少し、抑えめにしておくべきじゃったかのぅ……」
拠点を捨てて逃げ出すとなった状況において幹部達が持って行こうとした品々。相応な高級品ばかりと思えるそれらの半数以上は、見るも無残な状態になってしまっていた。
始めに部屋へ放り込んだ魔封爆石に吹き飛ばされた分だ。
だが、幾らかはその被害から免れたものもあった。
丈夫に作られた一級品の武具や、幹部が咄嗟に庇った芸術品などである。
それらは、ざっと見た限りでも、一つ数百万リフは下らないだろう逸品ばかりだった。
きっと残った分だけでも、合計で軽く億は超えると思われる。そこへ更に彼らが持ち出す事を諦めたものを加えれば、その倍くらいにはなるかもしれない。
ミラは各部屋も見て回りながら脳内でそんな計算をしつつ、にやにやと笑みを浮かべる。
中には盗品などもあるだろう。だが戦利品として、また謝礼金として幾らかは貰えるのではないか。そんな皮算用が止まらない。
と、そうして地下を調べ回っていたところで、ミラは重大な事に気付く。
「む……そういえば、どうやってここから出ればよいのじゃろうか」
ある幹部の一人が「入り口は塞いできた」などと言っていた。それは事実であり、地下へと下りてきた階段の上がぴったりと塞がっていた。それを目にしたミラは、ここにきてようやく自分が地下に閉じ込められている状況を察した。
一応、脱出口ならばある。ボス達が使おうとしていた、あのレバーを引いた先だ。しかし、どこに出るかもわからず、入り口は崩落するとの事。
(こういうのは脱出ついでに侵入者を諸共、なんていう仕掛けもあるからのぅ)
秘密基地から脱出すると同時に証拠を隠滅する。スパイな映画やら何やらで、よくある場面だ。崩落がどの程度なのかわからない今、迂闊に手を出すのは危険だろう。
(ならば、上かのぅ)
天井を破壊しての脱出という手もあった。見たところ、その素材は石のようだ。やってやれない事もない。
だが、見た限り相当に頑丈な造りだった。ちょっとやそっとの爆弾程度では、きっとびくともしないだろう。
となれば相応の破壊力が必要となるが、ミラは丁度いい孔を天井にあける手段を直ぐには思い付けなかった。ぱっと浮かぶのは、天井のみならずその上まで吹き飛ばしてしまいそうなものばかりだったのだ。そんな事をしては、後々面倒そうである。
どうしたものか。折角だと上の屋敷の方を物色……もとい倒し損ねた者がいないか確認したいところだが。と、そう思っていた時だ。
『団長、もう少しで援軍が到着しますにゃー!』
そう、半分忘れかけていた団員一号の声が脳裏に響いたのである。遂に本当の制圧部隊が到着するのだ。
『おお、そうかそうか。では、その者達に伝えてくれるか──』
上に制圧部隊がいたのでは、尚更強行突破は出来ない。色々な証拠を諸共に吹き飛ばしてしまうのを目の前で見られる事になるからだ。よってミラは、現状についてを詳細に団員一号を介して伝える事にした。
「という事ですにゃ」
新市街の大通りを、軍馬に跨り疾走していく集団が一つ。国より派遣された制圧部隊だ。その先頭、部隊を率いるように先導する騎士の背にしがみ付くようにして団員一号の姿はあった。
「既に壊滅とは……素晴らしい手腕ですね。流石は精霊女王と呼ばれるお方です」
そう答えた騎士の名は、セシリア。若くして制圧部隊の隊長を任された天才であり、またニルヴァーナが誇る十二使徒の直轄部隊の一人でもあった。
(ただ、一介の冒険者であるはずが、エスメラルダ様をあそこまで慌てさせるなんて。いったいどんなお方なのか……)
団員一号がやってきた時、ちょうどその傍にいたセシリアは、その時の様子を思い出しながらどこか不安げな表情を浮かべる。十二使徒のエスメラルダを慌てさせるほどの冒険者など、まったく想像もつかないからだ。
ただ、既に暗殺者達の拠点は壊滅させたという事。しかも一人でだ。
(丁重に、丁重に……)
丁重に王城へとお招きするようにというエスメラルダの指示を今一度心の中で反復したセシリアの顔に、今度は緊張が浮かんだ。拠点の制圧だけならばともかく、賓客の出迎えまで兼任する事となった彼女は、田舎上がり故に未だ慣れない礼儀作法を思い返しながら、現場へと静かに急いだ。
ニルヴァーナ皇国の首都、ラトナトラヤの新市街の端。夜もほどよく深まってきた時間。周りの家からは、所々の窓から明かりがこぼれている。そんな、一見すると長閑な住宅街では騒ぎが起きていた。何事かと顔を覗かせる者があちらこちらに見受けられる状況だ。
閑静な住宅街でもあるそこを騒がせていたのは、特にこれといった噂のない場所だった。
夜な夜な怪しい儀式をしている家や、時折奇声が聞こえる家、いかにもな目つきの男が出入りする家、いるはずだが住人を見た事がない家など。他にも問題になりそうな場所が多々ある中、敷地の広さ以外に目立ったところのない屋敷が今、とんでもない事になっていたのだ。
いったい何が起こっているのかと、周辺住民の興味が集まる屋敷。塀に囲まれたその敷地内には、不気味なほどに静まり返った屋敷と、そこを包囲する白い騎士達の姿があった。しかも白い騎士達は、ただならぬ気配を放っているではないか。
家の二階などからそれを目撃して戦々恐々する人々。何事かと言葉をかわすも、近づく事はなく遠巻きに見守るだけ。
と、そこである時を境に一転、盛り上がり始めた。そんな騒動の中心地に、制圧部隊が颯爽と駆けつけたからだ。
「おお、あれは騎士セシリアではないか」
遠眼鏡で覗く美人好きな紳士が、驚きの声を上げる。
「これは凄い……なんの部隊なんだ。精鋭揃いだぞ!」
更に軍事好きの男が、遠眼鏡で部隊を一望した後、興奮気味に叫ぶ。ニルヴァーナ軍にある各隊の中でも、優秀な者達を揃えた制圧部隊。それはマニア心をくすぐる顔ぶれだったようだ。
普段は、これといった刺激のない閑静な住宅街。だからこそとでもいうべきか、物々しい様子であるにもかかわらず、住民達の興味は増すばかりのようだった。
『うむ、そうじゃ。そこからもう少し……そこじゃ、その下が入り口じゃ!』
ところ変わって屋敷の地下。自力で脱出する事を中断したミラは、制圧部隊の隊長であるセシリアに、ここから出してもらおうとしていた。
暗殺者達の拠点であった現場は、ミラの手勢が既に陥落させていた。よって制圧部隊の仕事は拠点の調査と、そこらで打ちのめされている者達の捕縛だけとなった。
そうして指示を終えて手すきとなったセシリアに、ミラは団員一号を介して、地下に閉じ込められてしまったというような事情を伝えたのだ。
すると、どうにか出来るかもしれないという答えが返ってきた。
破壊するしか脱出手段がなく、自分でやると破壊し過ぎてしまう恐れがある。だが、責任者であるセシリアにやってもらえば、何かあっても彼女の責任だ。などという卑怯な逃げ道を考えつつ場所を伝えたミラは、そこから幾らか下がって『いつでもよいぞー』と、上にいる団員一号に合図を送った。
さあ、どうなるか。ふと訪れた静けさの中、ミラは塞がれた入り口を見つめる。と、その数瞬後だ。
キンッと、何か小さな音が響いた。それも一度ではない。二度三度、四度……繰り返し繰り返し響き渡った後に再び静けさが訪れた、その直後である。
入り口付近の天井から何か欠片のようなものが落ちたかと思ったところで、突如亀裂が走り、その付近の天井が全て崩れ落ちてきたのだ。
「これはまた……とんでもない腕前じゃのぅ……」
音を立てて崩れ落ちたのは、ミラが伝えた場所のみ。つまり地下への入り口があった地点だけが、綺麗に抜けたわけだ。しかも瓦礫となった天井の残骸を見てみると、破壊したのではなく切り刻んだように等分されているではないか。
どうやら、石の天井を剣で斬ったようだ。それはもう鮮やかな切り口だった。その残骸一つから、セシリアの剣の冴え具合が窺えるほどだ。
制圧部隊という危険な組織を相手するための隊の長を務め、更にはニルヴァーナという大国に従軍するだけあって、その実力もまたとびきりであるようだ。
「ささ、こちらですにゃ」
ミラが感嘆していると、空いた天井から団員一号が下りてきた。そして、その声に招かれるようにして更にひらりと舞い降りたのは、濃い青色の鎧をまとった女性だった。
その女性は地下に降り立つなり、正面にいたミラの姿を捉え駆け寄ってきた。
「この度は、ご協力感謝いたします。貴女様が……えっと……」
一礼した女性は、それからしっかりとミラの事を見据え、そして少々困惑の色を浮かべた。一見すると純朴そうな女性。それでいて鎧姿の今は、立派な騎士のそれに見える。そんな彼女が動揺している様は、どこか可愛らしくも見えた。
「なんじゃ? どうかしたか?」
「あ、申し訳ありません。えっと、精霊女王様であるとお聞きしていたのですが、その、聞いていたイメージと違いまして……」
どこかおかしな様子にミラが問うたところ、女性は姿勢を正してそう答えた。聞いていたイメージとは、きっと銀髪で魔法少女風というものだろう。だが今のミラは変装をしているため、黒髪で地味な町娘風の服装だ。だからこその相違に戸惑ったようだ。
「おお、これじゃな。潜入とあって、今はちょいと変装をしておるのじゃよ。結果、奴らはわしの正体に気付かぬまま、召喚術の餌食じゃ」
そう適当な事を語ったミラは、それでいて得意げに笑ってみせる。事実、結果は変わらずとも、精霊女王だと気付かれていたならボス達ももう少しは対応が出来ていた事だろう。
「おお、それはお見事です」
ミラのくだらぬ自慢話に対して律儀にそう返した女性は、そこでふと思い出したように姿勢を正し「改めまして、制圧部隊隊長セシリアと申します」と、挨拶を口にした。
「うむ、わしはミラじゃ。知っての通り、精霊女王などと呼ばれておる」
そう自己紹介を返したミラは、団員一号から勲章を受け取ってアイテムボックスにしまう。それは、正真正銘の本人であるという証明にもなる行動だった。
「それで早速ですが、ここの幹部達はどちらに!?」
団員一号が「そして小生こそが──」などと言い出したのをスルーして、キリっと表情を引き締めるセシリア。何よりもまず大事なのは、確実な幹部達の確保だ。真面目なセシリアは、ミラが「あの奥の部屋じゃ」と言うや否や「失礼します」と口にして確認しに行った。
「仕事熱心じゃのぅ」
感心感心とばかりに頷きながら、ミラもその後に続く。と、その後ろでは出番のなくなった団員一号が、ぼそぼそと何かをやっていた。
「時には使者、時には怪盗。しかしてその正体は、闇に生きて闇に死ぬ影の如き忍び、ですにゃ……」
マスター忍者の格好に着替えたものの見る者は誰もない。団員一号は[正に影の如し]と書いたプラカードを手に、とぼとぼとミラ達の後を追った。
「ひゃあぁぁぁ!」
静かな地下に悲鳴が響いた。セシリアの声だ。捕縛した幹部達を確認しに奥の部屋へと向かったのだが、そこで彼女に何かあったのか。
「何事じゃ?」
どうしたのかとミラが顔を覗かせたところ、そこにはダークナイトらを前に剣を抜いていたセシリアの姿があった。だが状況はそこまでであり、セシリアは剣を抜いた体勢のまま、少しバツが悪そうな表情を浮かべている。
それらを前にして、ミラは全てを悟った。
その部屋の中央には、捕縛布で拘束したボスと幹部達が転がされていた。そしてもしもの時に備え、複数のダークナイトでそれを囲むように見張らせていたという構図だ。
一見すると、生贄を捧げて怪しい儀式でも行なっているような、そんな光景だった。しかも部屋に踏み入れた者に対し、同時に振り向くという警戒ぶりだ。
部屋に入って早々、ダークナイト達に睨まれれば驚くのも無理はないというものである。
「えっと、その……何でもありません……」
びっくりしたのは、ほんの一瞬。そっと剣を収めたセシリアは、何事もなかったとばかりに転がる幹部達を検めていく。
「ふむ、そうか」
ミラもまた、そんなセシリアを気遣って、それ以上追及するような野暮な事はしなかった。だが空気の読めない者が、ここに一人……いや、一匹。
「乙女の悲鳴はヒーローシグナル! どんなピンチも即参上、正義の戦士、ケットジャスティスここに見参ですにゃ!」
団員一号、わざわざ忍び装束から特撮めいたヒーロースーツに着替えての登場である。颯爽と宙を舞い、ひらりと身を翻しての着地からニヒルなヒーロースマイルだ。
しかし、駆けつけたその直後。ヒーローは「お嬢さん、どうしましたにゃ?」という言葉と共に、送還の光に包まれて消えていった。
何か反応してあげるべきだったのではないか。そんな顔で振り向いたセシリアに、ミラは無言のまま首を横に振って応えた。
ダークナイトの手によって丁寧に眠らされている幹部達。その顔や服の他、隠されていた暗器などを手際よく見つけ出しては確認していくセシリア。その手つきは慣れたものであり、正に凄腕の捜査官とでもいった雰囲気がそこにはあった。
「これは……まさか、ヨーグ!?」
幹部達に続き、少々雑に眠らされた痕跡の残るボスを調べ始めた時の事。セシリアは、そこで息を呑むように声を上げる。
「なんじゃ? 知っておるのか?」
セシリアが名前らしきものを口にした。もしや有名人だったのだろうかと気になったミラは、そう問うた。するとセシリアは少しだけ考え込んだ後、「はい、このヨーグという男は、とある組織に属しているという疑いがあるのです」と答えた。
「組織、じゃと? つまりここは、その組織とやらの拠点じゃったというわけか?」
どうやら、ただの暗殺者集団ではなく、更に大きな組織の一部だったようだ。
ではいったい、何者だろう。そうミラが詳細を訊こうとしたところ、先にセシリアが口を開いた。
「この件につきましてはエスメラルダ様より、直接、ミラ様へお話があるとの事でございます。今回仰せつかった私の任務は、もう一つございまして。それが、ミラ様をエスメラルダ様の下へとお連れする事でした」
そう改めるようにして告げたセシリア。なんでも彼女は、制圧は簡単に終わるだろうからその後に、ミラを丁重に王城へ連れてこいと、そう特別に命じられていたそうだ。
「精霊女王様の事、お忙しいとは存じますが、どうかご同行願えないでしょうか? きっと今回の件の報酬や、おもてなしの御馳走などが用意されているはずですので」
幹部達を調べていた時は、まるで百戦錬磨の捜査官のような雰囲気のあったセシリアだったが、ここで一転する。
きっと、エスメラルダより下されたこの特命を果たせないと、彼女にとって困った事になるのだろう。何やら急に必死な感じで懇願し始めた。しかも、助けると思ってだの、何でもしますからとまで続く。
「わかったわかった。王城にまで出向けばよいのじゃな。構わぬ構わぬ」
メイリンを見つけるために名簿云々という理由もあり、どちらにしろ王城へ行く予定だったミラは、セシリアを宥めるようにしながら快諾した。
「あ、ありがとうございます!」
ミラの答えに喜び笑顔を咲かせたセシリアは、それから大声で副隊長を呼んだ。そして、もう一つの任務のためにこの場の指揮を預けると伝える。すると副隊長もまた、どこか安堵したような表情を浮かべ「ありがとうございます」とミラに一礼した。
エスメラルダの特命は、相当なようだ。