軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

296 虹の橋

二百九十六

一時間ほどかけて洞窟を進んだ先には、何もない空間が広がっていた。いや、一見すると何もないが、よく見てみると、地面に模様のようなものが描かれている。

「おお、これが話に聞いていた、第一の門か」

その模様は魔法陣だった。ブルースは、それを興味深げに眺めてから、カバンよりうっすら光る石を取り出す。『黄昏の戦没者』を倒した際に入手出来る、『導きの輝石』というアイテムだ。

ブルースが、それを地面の中心においたところで変化が起きる。魔法陣が淡く輝き、脈動を始めたのだ。

「さあ、次は第二の門だ」

そうブルースが緊張気味に呟いたところで、魔法陣の明滅が激しくなり、直後に光の奔流が広間全体を覆い尽くした。

強烈な光による明転。ゆっくり目を開くと、目の前には広大な草原が広がっていた。しかし、まだ洞窟から出たわけではない。上を見上げると、岩壁に走る無数の亀裂から、闇を切り裂くようにして、光の線が幾筋も差し込んでいたのだ。

「ほぅ、ここはこうなっておったのじゃな」

ヴァルハラへと至る道は幾つかある。ここはミラの知らぬ道であり、だからこそミラは、その光景に感嘆した。

やってきた場所は山頂にほど近い、山の中だった。それでいて緑に溢れた草原に差し込む光が陽だまりを生み出し、そこらにぽかりぽかりと浮かんでいた。

「なんと幻想的な……」

興奮冷めやらぬといった様子で、草原を見回すブルース。ただそれも束の間で、次には「おお、あれか!」と声を上げて駆け出していた。彼が向かう先は、草原の中心部。見るとそこには、光に煌く湖があった。

「まったく、何とも……昔のわしを見ているようじゃな」

ヴァルキリー召喚を目前にして、当時は自分も、あのように興奮していたものだと苦笑しながらブルースに続いた。

湖の大きさは、直径にして百メートルほどだろうか。しかも中央には島があり、そこは花畑になっていた。まるで差し込む光によってライトアップされているかのようだ。

「さて、いよいよか」

「そうじゃな。いよいよじゃ」

湖には、その中央の花畑にまで続く橋が架かっていた。幅は一メートルくらいで手摺や柱などは何もなく、ただただ平坦な板を渡しただけといったような、どこか心許ない橋だ。

ミラとブルースは、そんな橋を躊躇いなく渡っていった。目的地は、中央に見える花畑である。

「門番よ、どうか我らの前に姿を現したまえ」

花畑に踏み入ったところで、ブルースが天に向けて声を張り上げた。すると異変は、唐突に起きる。これまで静かだった湖面が波立ち、風が渦巻き始めたのだ。

吹き荒れる風によって花弁が攫われると、湖面より跳ねた水飛沫が宙を舞う。それらは空間を飛び回り、差し込む光に照らされて疎らに輝いた。

「おお……」

幻惑的な光景が次から次に現れる。それを前に思わずと言った様子でブルースが感嘆の声を漏らす。そしてミラはというと、煌く光景ではなく湖の方を見ていた。湖中からそっと上がってくる、精霊二人の姿を。

(あの時は、いつの間にか現れていて驚いたが、こんな単純な仕組みだったのじゃな……)

どうやら、それは彼女達なりの演出であり、どの入口でも共通だったようだ。あの時の演出はこのように行われていたのかと、ミラは当時の真実に得心する。と、そこで目が合った精霊の二人は、どこかバツが悪そうに視線を逸らした。

けれど二人はめげる事無く、そのターゲットをブルースに切り替えたようだ。

「私達を呼ぶ者よ。その理由を述べよ」

どこか作ったような威厳を浮かべながら声を揃え、ブルースの前に立ち並んだ精霊達。そんな試みが見事に嵌ったようで、「おお! いつの間に!」と、ブルースが声を上げる。瞬間、二人の精霊は、うっすらと得意げな笑みを浮かべた。それこそ、悪戯を成功させた子供達のように。

「理由は一つ。ヴァルハラへと赴き、ヴァルキリーと召喚契約を結ぶためである!」

驚いていたのも束の間。そう逸る気持ちのままながら、ブルースは堂々とした態度で答えた。精霊二人が急にどこから現れたのかという謎よりも、今は契約の方が優先であると息巻いている。

その切り替えの早さに、精霊は少し残念そうだった。だからだろうか「そこへ至るに相応しい証を見せよ」と告げた二人の声は、どことなく不貞腐れているように聞こえた。

「では、私から」

勇んで前に一歩踏み出しだブルースは、アルカナの制約陣を展開し、それをロザリオの召喚陣へと変化させた。

『円環よりいざ参れ。漆黒の追跡者よ』

【召喚術:テンペスト】

ブルースが召喚術を発動させると、たちまちに召喚陣より暴風が吹き出した。それは、宙でつむじ風となって地面に突き刺さる。同時に風は霧散して、黒い虎だけがそこに残された。

暴風を纏って疾走し敵を屠る、攻撃力と速度を併せ持つ召喚術。それが上級召喚術の一つ、テンペストだ。

(ほぅ、あの目とあの牙、よく育っておるのぅ。そして……良い毛並みじゃ。なかなかやりおるわい)

ブルース、もといジュード・シュタイナー。彼と最後に会った日から三十年。あの頃から随分成長したものだと、ミラはどこか親心にも似た感情を抱く。

「見事です。門を通るに相応しいと認めましょう」

と、ミラが感慨に耽っている間に、精霊達の査定も終わったようだ。見事、ヴァルハラへ至る道を開くに相応しいと認められたブルース。自信はあったが僅かに不安もあったようで、彼は今、これでもかと晴れ渡った笑顔を浮かべていた。

「さあ、次は貴女の力……を……」

ブルースが終わり、次はミラが証明する番だ。と、精霊二人が何か見極めるように、じっとミラを見つめた時だ。両者の顔が、たちまち驚愕に染まっていったのである。

「貴女の中に……何か大きな力が……これは、えっと……精霊王様に似た……」

「こんな事って……でも……え?」

どうやらミラに宿る精霊王の加護を感じ取ったのだろう、光の精霊と水の精霊は、驚きの次に困惑を浮かべる。そして顔を見合わせて相談を始めた。

「本物? あれって本物?」

「いやでも、精霊王様って今……」

「じゃあ、似てるだけ?」

「精霊王様に似てるって、そんなのあるわけ……」

精霊王が精霊宮殿に引き篭ってから相当な年月が過ぎている。だからこそというべきか。その力の気配を感じても、まずは疑問が先にくるようだ。

(こういう時は、こうするのが早いじゃろう)

ひそひそと話す声が僅かに聞こえたミラは、そこから大体の理由を察して動いた。そっと歩み寄り、精霊二人の手を取ったのだ。

『ルナンリード、フォンティーネ、息災のようだな。サボらずに役目をこなしているようで安心したぞ』

直後、ミラを介して精霊王の声が伝えられた。すると二人の表情が、みるみる変化していく。その言葉、そしてミラの手を通じて感じられる力より、それが本当に精霊王のものであると確信したようだ。

ルナンリードと呼ばれた光の精霊は、「精霊王様!?」と喜びに染まる。フォンティーネと呼ばれた水の精霊は、「精霊王様の声だぁ」と涙ぐんだ。

「ミラ殿。それはどういった状況なのだろう?」

門番の精霊二人の変わりように困惑した様子のブルースが、そっと窺うように訊いてきた。対してミラは、振り向き答える。この二人に、精霊王の声を聞かせただけだと。

「なんと……そのような事も出来るのか!」

むしろ精霊の二人よりも驚いた顔をしたブルースは、「それでは──」と言いかけて、それに続く言葉を呑み込んだ。是非、私にも精霊王の声を聞かせてほしい。そう言おうとしたブルースだったが、先程からルナンリードとフォンティーネが夢中になって話している姿を見て、止めたようだ。親と子が語らっているような間に割り込むのは野暮だろうと。

精霊と関わる事の多い者にとって、または歴史に詳しい知識人にとっては、精霊王が数千年も前に地上から姿を消した事は常識だ。

今回の用事が済んだ後にでも、頼めば良い。そう心に秘めたブルースは、逸る気持ちもまた呑み込んで、その会話が終わるのをゆっくり待つ構えだ。そしてミラもまた仲介役に徹して、その会話をのんびりと聞きながら待つのだった。

「ミラさん、ありがとうございます」

「ありがとう。精霊王様が楽しそうで良かったです」

存分に語らえたようで、二人は満足した笑みのままミラの手を離した。互いに気遣い合うようなやり取りをしていた、精霊王と二人。長い年月が経っても色あせる事のない、その絆に、ミラもまた感心しながら「構わぬ構わぬ」と笑った。

「えっと、それじゃあ改めて、貴女の力を……──」

「──……って、必要あるのかな? だって精霊王様が一緒だし」

再び門番の任に戻り、ぴしりと威厳のありそうな態度を見せたルナンリードだったが、そこでフォンティーネが疑問を投げかける。ヴァルハラへ至るに相応しいかどうかと確かめるための試験だが、精霊王に認められているのだから、今更なのではないかと。

「確かにそうだけど……でもやっぱり決まりだから。変な前例作っちゃうと、今後面倒そうじゃない?」

「うーん、それもわかるけど。わかりきった事を要求するのもどうかと思うんだよねぇ」

そう、またもひそひそと話し始めた二人。対して、今回も僅かばかりに声が聞こえたミラは、やれやれと苦笑しながら、ロザリオの召喚陣を一つ配置した。

『円環よりいざ参れ。純白の癒し手よ』

詠唱の後、するりと現れた純白の蛇は、そのままミラの首から腕にかけて巻き付いた。そうしてミラは、その腕を掲げるようにして言う。「ほれ、これで問題ないじゃろう」と。

今回は例外として云々とするより、通常通りに進めた方が早い。そうミラは先に判断したのだ。

「気を使わせちゃったみたい……どうしよう?」

「どうしようって、もうやるしかないじゃないの」

グダグダしている間に決まり通りとなった。よって試験は問題ないが、二人はミラが気を使ったのだろうと察したようだ。

「……見事です。門を通るに相応しいと認めましょう」

どこかバツの悪そうな表情を浮かべながらも、そのまま進める事を選んだらしい。気丈な態度を取り繕うルナンリードとフォンティーネ。そして、それを誤魔化すためか、そこからの段取りは早かった。

「それでは、虹の橋を架けましょう」

そう声を揃えると、ルナンリードがミラを、フォンティーネがブルースの手を取り、その手を高く掲げる。

ミラとブルースは、精霊達の指示通りに、手を動かしていった。するとどうだろう。湖のあちらこちらから噴水のように水が宙へと噴き上がり、水滴が舞い踊ったのだ。そして眩いほどの光がそこに差し込むと、淡く虹が浮かび上がっていく。

だが、現象はそれで終わらない。徐々にだが、虹の輪郭が鮮明になっていくではないか。

それは、三分ほどの出来事だった。その間に、虹は確かな実体へと変わり、花畑に現れた。

「おお……これは凄い」

その虹は階段として、光り輝く空高くへと続いていた。その光の先こそが、ヴァルハラ。ブルースは、ようやく開かれた道を前にして、感動に打ち震える。また精霊の二人はというと、そんなブルースの前に立ち、どうだといわんばかりに胸を張っていた。

遂にヴァルハラへ行く事が出来る。ブルースは精霊達に礼を述べると、逸る気持ちを抑えもせず「さあ行こう、ミラ殿!」と、その階段に踏み出していった。

「お気をつけてー」

「また、いつでも来てねー」

そんな見送りの言葉に手を振って応えたミラは、駆け上がっていくブルースの後をのんびりと追いかけた。

なお、精霊王と二人が話している時に、それとなく訊いたところ、ルナンリードとフォンティーネは門番という特別な任についているため、召喚契約は結べないという事だった。

なかなか愉快そうな二人だっただけに、少々残念だ。そんな事を心の中で思いつつ、ミラは階段を上る。

ヴァルハラへと続く虹の階段。そこから望める景色は、不思議そのものであった。

光を抜けた先は、フィルズ島の上空に繋がっていたのだ。しかも階段を一段上がるたびに、大地がみるみる遠のいて、空が急速に近づいてくる。そこから更に二十段ほど上がると、今度は見渡す限りの雲海が目の前に広がっていた。

(いつ来ても、不思議な感覚じゃのぅ)

フィルズ島に到着した時は、雲一つない快晴だった。つまり目の前に浮かぶ雲海は、フィルズ島の上空にはないものであり、既にこれまでいたところとは違うという証。そう、ここから先は、神域と呼ばれる場所なのだ。

「しかしまた、随分と元気じゃのぅ」

見上げると、ずっと先を軽快に駆けていくブルースの姿が見えた。遠くからでもわかるほど、興奮冷めやらぬ様子だ。それでいて、ところどころで立ち止まっては、忙しなく周りを見回し、はしゃいでいる。

非現実の世界にあった、更に非現実な世界。そんな感覚を抱いた当時の事を思い出しつつ、ミラは天国というのがあるのなら、こういう場所なのだろうかと夢想した。

どういう仕組みになっているのか、階段を更に進むと、広がる空に無数の島が現れた。その島々は螺旋状に連なっており、更に高い空へと続いている。

そう、その島々こそが、ヴァルハラであった。