軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

294 ブルースの依頼

二百九十四

話し合いの場としてミラが連れて来られたのは、見ただけで高級とわかるレストランだった。城の食堂に負けず劣らずの内装で、客層も随分と羽振りが良さそうな者ばかりである。

そんなレストランの二階。自己紹介も済ませた後、眺めの良い窓際の席で御馳走を頬張るミラ。その間にもブルースの事情説明は進み、そうかからずに彼の目的が明らかになった。

「という訳で、先日、戦没者を倒して、石を入手し実力を示した。あとはヴァルハラへ行くだけなのだ。どうか頼めないだろうか」

これまでで相当な人数に断られ続けてきたようだ。お願いするというよりは、これが最後と縋りつくような顔で頭を下げるブルース。

「なるほどのぅ、それで上級の術じゃったか」

話を聞き終えたミラは、食事の手を止めぬまま、それでいて納得したとばかりに頷く。

ブルースの頼み事。その内容は、ヴァルキリー召喚を習得するための補助であった。

会得のためには、ブルースが話していたように幾つかの手順が必要となる。

第一に、『天鏡の欠片』を入手する。次にそれを使い、ヴィグリズ古戦場で『黄昏の戦没者』という不死族の魔物を呼び出して討伐する。上級者でもてこずるような強敵だが、これを撃破して、ヴァルキリー達に力を示すのである。

「ただ少し遠いだけで、道中に恐ろしい魔物が出る事もない。そもそもヒッポグリフで飛んで行って、飛んで帰るだけだ。丸一日もあれば十分で時間もかからない。向こうでやる事も簡単だ。だから同行者も直ぐに見つかると思ったが、なぜか誰も依頼を受けてくれない。たった一人でいいにもかかわらず!」

順調に進んでいたはずが、同行者が必要になった途端に立ち往生。ブルースはその事実を嘆き、果実酒を一気に呷った。

(ふむ……わしの時はルミナリアに頼んだが、そういえば一人では行けんかったのぅ)

既にヴァルキリー召喚を会得済みであるため、ミラは当然、契約するために必要な一連の条件は知っている。

力をヴァルキリー達に示すまでの工程が終わっているのならば、後はもう簡単だ。彼女達が住まう地『ヴァルハラ』に赴くだけである。そして、証明した力に興味を示した相手と召喚の契約を結べば、晴れてヴァルキリー召喚獲得だ。

ブルースの現状も、話からしてこの段階である。後はヴァルハラに行くだけ。それで、攻守共に大活躍のヴァルキリーを仲間に出来る。

ただ、そこに至るまでに、もう一つ問題があった。それは、人によっては取るに足らない程度の問題だ。しかし今のブルースのように、特定の人によっては聳え立つ断崖の如き壁にもなった。

ヴァルハラ。それは遥か天上に存在する世界であり、加えて少し次元のずれた場所に存在している。ゆえに、そこへの行き方も特殊だった。

大陸各地に存在する、『天橋の秘境』。そこにある湖には、水の精霊と光の精霊がいた。その両者の力を借りて、『虹の階段』を空にかける事で、ヴァルハラへと至るという仕組みだ。

だが、事はそう単純ではない。そこで必要になるのが優秀な二人の術士であった。ヴァルハラという場所は、強者でなければ踏み入る事の許されない聖域だ。

そして、その強者と認めさせるために必要なのが上級の術というわけだ。

それらを揃え精霊達に認められれば、虹の階段を架けてもらえる。ただ、ここでも一つ作業が必要だ。一人は水の精霊と、もう一人は光の精霊と力を合わせ、指示を仰ぎながらそれを成す事。

ここで重要なのは、協力者が精霊であるという点である。特別な事でもない限り、精霊を認識出来るのは術士のみ。指示を聞き、把握出来なければいけないため、ヴァルハラへ行くには最低でも術士が二人必要となる。だからこそブルースは、術士の協力者を探していたのだ。

なお、ミラの場合はルミナリアの協力があった。その同行理由は、ヴァルキリー達が住まう楽園を見てみたいという実に単純明快なものだ。

(じゃが、それを堂々と言った事で、入口から先に進めず不貞腐れておったのぅ)

ヴァルハラに入ると、最初は小さな浮島に降り立つ事になる。そこから目的に合わせて他の島へと渡っていくのだが、ここで目的を問われたルミナリアは、美人揃いだと聞いて見に来た、などと素直に答えた。結果、不当な理由とされ、彼女が楽園の中心地に足を踏み入れる事はなかった。

ミラは、そんなどうでもいい事を思い出しつつも、まあまあとブルースを慰めながら、そのグラスに果実酒を注いでやる。

「報酬だって最高のものを用意した。何が不満なんだかわからん」

注がれた果実酒を、またも一気に飲み干したブルースは、盛大に溜め息を吐きながら愚痴を零す。

強さを証明するといっても、精霊と戦う必要などない。上級の術が使えて、精霊の指示通りに簡単な作業をするだけでいい。それにもかかわらず、これまで声をかけた術士は全員、首を横に振ったという事だ。

(不思議じゃのぅ。相当な好条件のはずじゃが)

概要を知るミラにとって、ブルースの依頼は上級の術が使える者にしてみれば薬草取りよりも簡単だった。それに加え、報酬も相当なもののようだ。

なぜ、これだけ楽な仕事でありながら、誰も引き受けないのだろうか。首を傾げるミラだったが、それはそれだ。同じ召喚術士であり、しかも塔所属となれば、手を差し伸べるのが当たり前というものだ。

「難儀な話じゃな」

同情するように応えたミラは、そんなブルースに、そっと優しく微笑みかけ「して報酬とは、いかほど用意したのじゃ?」と、一応念のためちょっと確認してみようかな程度の口調で訊いた。

「おお、報酬か。それは、これだ!」

余程、報酬に自信があったのか、ブルースは堂々とした仕草でカバンから取り出したそれをテーブルの中央に置いた。

報酬としてブルースが提示したもの。それは、大量の書類だった。

「……ぬ?」

金貨の山を思い浮かべていたミラは、その紙の山を前にして首を傾げた。はて、これはいったいどういう意味なのだろうかと。

「それは、何じゃろうか?」

結局、意味が解らず、そう問うたミラ。するとブルースは、待ってましたとばかりな笑みを浮かべ、饒舌に語った。

それには、長年にわたる研究成果が記されているという。塔で完全に門外不出となっている情報以外と、独自に研究した内容の全てが、この依頼の報酬であるそうだ。

術士の聖地、銀の連塔。大陸最高峰の術士が集うそこで日々研究され生み出されていくその成果は、名のある術士でも憧れるほどの英知の結晶である。

門外不出の情報を抜きにしても、その知識の価値に揺るぎはなく、まさに格別の報酬といっても過言ではないものであった。

しかしそれは、真っ当な術の研究書だったなら、という前提が入る。

ブルースが、これでもかというほど熱く語った研究内容。それは、本当に武具精霊には人格がないのか、というものだった。

(これは、また……)

銀の連塔には、大きくわけて二種類の術士がいる。

一つは、術の発展や進化を追及する、生粋の術士バカ。もう一つは、興味を持った事にとことん打ち込む、生粋の研究バカだ。

後者は時折、驚くような副次効果を生み出すが、九割九分は、ただの自己満足に終わる。そしてブルースは、この後者側の術士であった。

ただ、召喚術士であり、精霊との繋がりも強いミラにとっては、意外にもその研究内容は気になるところだったりする。だが、そこまでバカではないミラは、その話を聞いて、誰も引き受けないはずだと納得した。

「ふーむ……わしも召喚術士じゃからな。その研究には興味がある。しかし、武具精霊にかかわりの薄い者にしてみれば、報酬がないのと一緒じゃろうな」

研究の努力を認めつつも、必要な事はびしりと告げるミラ。一般的な術士にとって、一般的な術の研究からかけ離れた内容のそれは、あってないようなものだと。

「そうなのか……!?」

ミラの指摘を受けたブルースは、愕然とした様子で目を見開くと、弱弱しい手つきで書類を束ね、そっとカバンに戻していく。そして、「思えば、いつもこのタイミングだった」と呟いた。

どうやら、これまでの間に結構な人数が話を聞いてはくれていたそうだ。しかし、依頼内容を告げ報酬の話をすると途端に雲行きが怪しくなり、結果断られる。そんな事ばかりだったと、ブルースは項垂れる。

「あー……なんじゃ。冒険者への報酬は、現金の方が簡単で良いぞ。誰にとっても価値が一定じゃからな」

あくまでも、その研究は悪くない。塔の仲間のよしみとばかりにフォローしつつ、一般的な報酬のあり方を伝えるミラ。するとブルースは「なるほど……そういうものなのか」と納得した様子で頷き、カバンから袋を取り出した。

「こういう時は、幾らぐらいがいいのだろうか」

報酬は現金で。そう学んだブルースだったが、ここでもう一つの問題に直面する。それは相場だ。快く依頼を引き受けてくれる金額とは如何ほどか。これまで、そういった状況とは無縁だったため、ブルースは適正な報酬額を知らなかったのだ。

そしてミラもまた、その点では同類だった。

「さて……幾らじゃろうな」

思えば、まともに依頼をこなした事がないため、ミラもまた冒険者が受ける依頼の相場を知らなかった。肩書はAランクであり、『精霊女王』などという二つ名までついているミラ。しかしその実態は、冒険者としてハリボテもいいところであった。

「とりあえず、五百万リフでどうだろうか?」

袋の中をじゃらじゃらと漁ったところで、ブルースが今回の報酬を提示する。

「五百万……じゃと……?」

ミラは、その金額に慄いた。相場についてはわからないが、今回の任務の難度からして、それが破格の高さである事は判断出来るというものだ。

と、そうして思わぬ報酬額にミラが驚いていたところ、ブルースは、それをミラの思う逆に捉えたようだ。

「足りなかっただろうか? 一先ずは手持ちの半分ほどにしてみたのだが」

そのような事を口にしたブルースが、「では八百万では──」と報酬の上乗せを口にし始める。と、そこでミラは素早く待ったをかけた。

「とりあえず同じ召喚術士のよしみとして、依頼は引き受けよう」

まず初めに、そう告げたミラ。するとブルースは思案顔から一変し、「おお、引き受けてくれるか! ありがとう!」と、喜色満面に喜んだ。そして、「こういうのは前払いがいいのだろうか」などと呟きながら、金貨を数え始める。

そこで、再びミラがブルースを制した。

「いや、待つのじゃ。報酬については、後で相場を調べてから決めるのがよいじゃろう。今後、同じような状況になった時のためにものぅ」

相場よりも明らかに高いその報酬は、実に魅力的であった。しかしミラは、そこをぐっと抑えて謙虚に提案する。冒険者総合組合にて、だいたいの相場を確認するべきであると。

五百万リフで手持ちの半分という事からして、どうやらブルースは相当な金持ちであるようだ。しかし、だからといって適当に決めてしまうと、ブルースのためにならない。次があった時のためにも相場を知っておくべきだと、ミラは考えた。

「なるほど……確かにミラ殿の言う通りだ」

依頼を断られ続けてきた事を思い出したのだろう。ブルースは、その言葉を真摯に受け止めたようだ。そして、食事が終わったら早速術士組合で確認してこようと続け、機嫌良さそうに食事を平らげ始めていった。

食後、ミラ達は術士組合にきていた。予定通り、相場を確認するためだ。なお、まるで人攫いのように出ていったブルースが、一時間ほどしてミラと仲良く戻ってきたものだから、術士組合内は俄かにざわつき気味だ。

だが、そんな事などお構いなしに、二人は依頼掲示板の前に立つ。

「ふむ……畑の警護で一日二万リフか」

「村周辺の魔物の討伐が、一体で三千リフのようだな」

まずは、新米くらいのランクの相場を順に調べていく。この辺りの依頼は、個人や複数人が共同で出資しているというタイプが多く見られた。地域に密着した内容だ。

「ほぅ、森に棲みついた魔物の調査とな。特定出来れば三十万のぅ。素早さが重要じゃな」

「鎧鱗トカゲの甲殻の入手か。十キロで二十万リフ。ほほー、そんなものか」

中級クラスになったところで、報酬の桁が上がる。この辺りは、同じ個人の依頼主でも、商人や職人などが目立った。また、冒険者総合組合が発行している依頼も、この辺りから出始めてくるようだ。

「おお、この辺りから一気に跳ね上がるのぅ。魔物の巣の破壊で、百五十万リフとは」

「捜索隊の支援と護衛で、二百万リフか。何の捜索かはわからんが、このくらいでいいのだな」

流石は、上級冒険者の入口とされているだけはある。Cランクの依頼は、危険度に加え報酬も百万を超えるようだ。ただ、更に上のBランクAランク用の依頼もあるはずだが、組合に置かれている掲示板には掲載されていない様子だった。

「のぅのぅ、ちとよいか?」

そうミラは、そこらにいた適当な組合員を捕まえて、その事を訊いてみた。そんな彼の話によると、Bランク以上の任務は、専用のファイルにまとめられているとの事だ。そのランクにもなると、中には開示制限のある依頼や任務があるためらしい。

ここまできた事もあり、少しだけ気になったミラは、そのファイルを見せてもらった。依頼については素人だが、一応ミラは精霊女王として有名なAランク冒険者である。見たいといえば、見れるものだ。

(これはまた何とも……。夢があるのぅ)

満月晶花の入手、千万リフ。近海を荒らす海賊の討伐、二千万リフ。魔獣の捜索と討伐、三千万リフ。新規ダンジョンの調査、五千万リフ。などなど、Bランク、そしてAランクの内容は、バリエーション豊富でいて、かなりの難度を誇るものばかりだった。

けれどその分、報酬もまた桁が違う。この辺りをこなせるようになれば、億万長者もあっという間だろう。しかも組合員の話によると、このファイルにも載っていない、一部の冒険者のみに発行される特殊な依頼もあるそうだ。

例えばミラのように精霊王との面識があったり、また大規模ギルドのように人脈が広かったり、単純に武力が突出していたりといった特徴のある冒険者には、そういった特殊な依頼が発行され易いとの事である。

「なるほどのぅ」

冒険者事情について、ここにきてようやく触れたミラは、感心すると共に思う。イメージ通り、夢のある職業だと。

「ところでじゃな、ちと参考ばかりに訊きたいのじゃが──」

目的であった大まかな相場は把握出来た。後は、ブルースの依頼報酬を決めるだけだ。そこでミラは折角だとして、組合員に問うてみた。上級の術が使える事だけが条件で、戦闘予定は無し。目的地に行った後、帰るだけの依頼の場合、報酬は幾らくらいになるのかと。

「その内容は……」

ミラの問いを聞いた組合員は、そっとブルースに視線を向けた。やはり、何度も断られ続けてきただけあって、ブルースの依頼内容は組合内で有名になっていたようだ。そして、その報酬も。だからこそ、組合員の顔には驚きが浮かんでいた。ミラの問いから、彼は察したのだ。二人が組合に戻ってきた理由を。

「上級の術というのは、やはり生半可な努力では習得出来ません。ただ、危険度は低いので、五十万リフといったところでしょうか」

だからこそというべきか、既に試算済みだったようで、組合員が答えるのは早かった。

「ふむ……そうじゃな。確かにそのくらいがよさそうじゃ」

その金額に納得したミラは組合員に礼を言って、再びブルースと合流する。そして、さも自分で計算したとばかりな顔をして、「この辺りの相場からして、お主の依頼は五十万リフが妥当じゃな」と告げたのだった。