軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

289 旅立ちの予感

二百八十九

学園の校舎を突っ切って、訓練棟の前まで来た時だ。丁度そこから出てきたクレオスと出会った。

「おお、クレオスではないか。今日は訓練の授業じゃったのか?」

ミラがそう声をかけると、クレオスは直ぐに駆け寄ってきて、その通りですと答えた。今は訓練後の片付けを終えたところだそうだ。

そして今回の訓練では、エミリアにも指導を手伝ってもらったとの事である。

「彼女は日に日に成長しておりますね。卒業後は、是非とも召喚術科の教師になってほしいものです」

冗談半分に言いながらも、クレオスのその顔は至極真面目だった。

現時点で正式な召喚術科の教師は、ヒナタ一人。思えば賢者代行のクレオスが頻繁に学園にいる事を考えると、教師不足は明らかといえた。生徒数が増えてきた今、その影響はより大きくなっていく事だろう。召喚術発展のためには、新たな召喚術科の教師の確保もまた重要になりそうだ。

ただ、エミリアは貴族の娘であるため、その希望が叶うかどうかは難しいところだ。

「ところでミラ様。今朝、ソロモン様からのご連絡がありましたが……いよいよ次の任務へご出発になるのでしょうか?」

朝早くに、ソロモンから入った通信。メイリンの衣装が完成したという話をクレオスも聞いていたようだ。

「うむ、そうじゃな。あと二週間もすれば、予選が始まるからのぅ。その前には捕まえたいところじゃ」

闘技大会開催の報せが各国に届けられてから、約一ヶ月。きっとメイリンの事である。そろそろ現地入りしているはずだ。そして間違いなく無差別戦に出場し、予選から目立つ事になるだろう。そうなる前に見つけ出して変装させるのが最初の目標だ。

「やはり、そうですか。そうすると、彼女の指導も今日で区切りになるわけですね」

ミラがニルヴァーナに向かえば、当然エミリアの指導は出来なくなる。とすると、特別授業として訓練場に来ていたエミリアが通常の授業に戻るわけだ。

ミラが指導する時は同時召喚の授業を行っている時であったため、数歩先を行くエミリアには物足りないものとなるだろう。別の授業に変更するか、それともこのままエミリアに教師役をしてもらうのがいいかと、考え込むクレオス。

「それならば、教師役が良いじゃろう。理解とは人に教える事で、より深まるものじゃ。わしも、エミリアとお主に色々教える中で、気付けた事もあったからのぅ」

知識や技術を上手に伝えるためには、教える側もまた、どうすればわかり易くなるかと見直すものだ。そして、それがより理解を深める結果に繋がる。

エミリアには、だいたいの事は教えきった。後は本人がどう理解していくかである、とミラは話す。

「なるほど……。確かにその通りです。わかりました。では明日からエミリアさんには、こちら側に立ってもらうとしましょう」

召喚術科の教師としても長いクレオスである。ミラの言葉に多くの心当たりがあったようだ。同時召喚の授業の際は教師役として頑張ってもらい、理解を深めていけるようサポートする。そうクレオスは言った。

「うむ、よろしく頼むぞ」

きっと帰ってくる頃には、今より更に成長している事だろう。ミラはエミリアの成長を楽しみに思いながらも、もう一つの楽しみだとクレオスを見やった。

「となれば、お主の特訓も今日で区切りとなるわけじゃな」

クレオスには、部分召喚を中心に教えていた。今日の特訓は、その総ざらいをしようか。どこまで理解出来ているか楽しみだ。そう、ミラがにやりと笑うと、クレオスは苦笑しながら目を逸らした。

「では、また今夜にのぅ」

そう口にしてミラが歩き出してから、少しした時だ。何かを考え込んでいたクレオスが不意に呼び止めた。

「あーっと、ミラ様……。実はですね」

どこか悩むような様子でありながら、クレオスは続けた。「今日は、教材作りや準備などが重なっておりまして、塔には帰れそうにないのです」と。

「ほぅ、そうじゃったのか」

どうやらクレオスは、今日の特訓を受ける事が出来ないようだ。そうすると次は随分先になってしまう。

「それならば、仕方がないのぅ。じゃがまあ、必要最低限は教え切っておるからな。お主ならば、どうにか出来るじゃろう」

今日まで毎晩続けてきたクレオスの特訓。一回一回は、そう長くない。だが相手は賢者代行の肩書を持つ者だ。遠慮なく教え込んだため、その一回は相当に濃い訓練であった。そのため部分召喚に必要な事は全て叩き込んである。

部分召喚と同時召喚の合わせ技や、時間差での行使など、応用についてはまた今度。戻って来る頃には基礎を完璧にこなせるようになっている事を願うぞとミラが笑いながら告げると、クレオスは「最大限に努力します」と戦慄を浮かべながら答えた。

「さて、暫く留守にするのでな。後の事は頼んだぞ」

「はい、お任せください」

明日の朝には出発するため、今日のこの時の後、帰ってくるまで会う事はないだろう。託すようにミラが言うと、クレオスはどこか誇らしげに答えてみせた。

と、そこで更にクレオスの肩にポンと伸ばした手を乗せて、そっと囁くミラ。もしも、戻ってくるまでに部分召喚を習得しきれなくても大丈夫だと。

「その時は、習得出来るまで、じっくりと特訓に付きおうてやるからのぅ」

「き、きっと、習得しきってみせます……!」

本気の特訓が、どれほどのものか。過去を思い出したクレオスは僅かに肩を震わせながらも、どうにか平静な顔を保ち頷くのだった。

そうして、暫しの別れの挨拶を交わしたところで、ミラは訓練棟に、クレオスは校舎へと向かって歩き出す。

その途中、ふと立ち止まったクレオスは、訓練棟を振り返りながら、ふと思う。

(さて、ああ言った手前、明日の授業用に何かしら用意してみましょうか)

今日は塔に帰れない。それは、クレオスのついたささやかな嘘であった。その理由は、ただ特訓を回避するためではない。もう一つの大切な、それでいて己の身を守る意味もあるものだった。

これできっと大丈夫だ。そう信じながら、クレオスは召喚術科の教室を目指し進む。明日の授業内容について考えながら。

訓練棟にて、昼休み後。ミラは予定通りにエミリアの指導を始めた。その途中、ふとリリィ達の事を思い出し、エミリアを紹介してみるのはどうか、などという生贄的な考えを巡らせる。今度もまた、一ヶ月以上は出ずっぱりになるはずだ。となればリリィ達の欲望が、それだけ溜まるというもの。

しかし、ミラはそこをぐっと堪えた。やはり、可愛い生徒をそんな目には遭わせられないと。

ミラが裏で色々と考えている中でも指導は進む。そして今日の分の時間もあっという間に過ぎていった。

「さて、今後の事じゃが──」

ここ最近は、隔日で続いていた指導だが、今日で一旦終了だ。明日から用事があるため、ニルヴァーナに向けて出発する。ミラがそう伝えたところ、この世の終わりだとばかりな顔をしたエミリア。そんな彼女にミラは、先程クレオスと話していた事について告げた。

「これまでにわしが教えた事を、他の生徒達にもわかるように伝えてみよ。感覚だけでなく、理論として理解出来るように考えて伝えるのじゃぞ」

明日からは同時召喚の授業の際は教師側に立ち、より理解を深める努力をする事。それが出来たら、また帰ってきた時に続きの指導をしようとミラは約束する。

「私が……教える……。わかりました! 頑張ります!」

最初は戸惑った様子だったものの、ミラの約束が効いたのだろう、エミリアの目には気力が漲っていた。

「ありがとうございました。ミラ先生! また、よろしくお願いします!」

次の指導は、何ヶ月か先になるかもしれない。けれど約束が嬉しかったのか、エミリアはやる気満々な様子で帰っていった。

指導の賜物か、ここ最近のエミリアの成長は著しい。きっと帰ってくる頃には彼女も約束を果たし、理解をずっと深めている事だろう。今度は何を教えてみようか。そう、ミラは楽しみが増えたと微笑む。

「わしも、頑張らねばな!」

エミリアの成長を見守っていたミラもまた、それに負けじと気合を入れて訓練棟を後にした。

次にミラが訪ねたのは、学園に隣接する孤児院だった。

何だかんだで週に二度は顔を出していたため、このくらいの時間に子供達がどこにいるかは大体把握している。

ミラが顔を出すと、年少組の子供達は花火に火をつけたように喜んで殺到してくる。そんな子供達を愛おしく抱き留めたミラは、早速いつものように遊び、召喚術の素晴らしさを教え込んでいった。

夕方を少し過ぎた頃。ミラは、塔へ帰る前にアルテシアに明日からの事情を話した。今日を境に暫く立ち寄れなくなると。

「ニルヴァーナで闘技大会が開催されるようでのぅ。ちと行ってくる事になったのじゃよ」

ミラが、そう理由を説明したところ、アルテシアは少しの間を置いた後「なるほど、メイリンちゃんね」と納得したように頷いた。ミラの任務内容を知っていれば、闘技大会と聞いただけで誰を捜しにいくのかわかるというものだ。

「それじゃあ、ミラちゃんは暫く来れないって、私からあの子達に伝えておくわね」

また、それだけでなく、もう一つの気持ちを汲み取ったアルテシアは、そう続けながらミラの頭を撫でた。子供達が悲しむであろうそれを、ミラが言えずにいた事に。

「うむ……よろしく頼む」

見た目のせいが十割であろう、アルテシアの子供扱いは変わる事がなかった。だが、その点についてはその通りだと感じていたミラは、撫でられるまま、アルテシアに伝言を託したのだった。