軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

286 ロスト・ワイルド

二百八十六

「しかし、闘技大会か。腕が鳴るのぅ!」

メイリンの事もあるが、それはそれだ。ミラは召喚術が健在である事を世に知らしめる絶好の場だと盛り上がる。狙うは当然、無差別級の優勝。きっとどこかでぶつかる事になるだろうメイリンは強敵だが、良く知る相手だからこそ秘策もある。

優勝賞品の伝説級武具と賞金五十億リフを思い、にやにやといやらしい笑みを浮かべるミラ。

だがそれは、泡沫の夢と消えた。

「あー、実はその事なんだけどね……」

大いに夢を馳せるミラを前に少しだけ言い辛そうにしながらも、ソロモンはとんでもない事実を告げた。ニルヴァーナ側より、精霊女王ミラの出場は遠慮してもらいたいという旨の手紙が別途に届いている、と。

「なん……じゃと……?」

むしろ精霊女王といえば、飛ぶ鳥を落とす勢いで名の上がっている冒険者だ。むしろ特別リーグに招待されてもいいくらいだろうと、食って掛かるミラ。だがソロモンは、そんなミラにそっと伝えた。「君の正体に気付き始めたみたい」と。

ソロモンが言うには、どうやらニルヴァーナの上層部で精霊女王が九賢者ダンブルフであるという疑惑が浮かんでいるようなのだ。

アルカイト王国とニルヴァーナ皇国は、かつてより親しい関係にあった。その要因は、ニルヴァーナの君主がアルテシアの亡き夫の妹だからだ。そしてその妹もまた、今はこの世界にいる。

ゆえにアルカイトとニルヴァーナは、今でも友好関係にあった。

かつてより関係があったため、かの国の者達とは多く冒険を共にした事もあり、また、模擬試合などもよく行った。それがきっと今回の手紙の原因でもあるのだろう。

「なんという事じゃ……」

良く知っているからこそ、精霊女王の噂からその正体に疑いが向けられた。そして良く知っている相手だからこそ、かつての威厳がと体裁を気にするミラ。

「まあ、あれだけ活躍したわけだからね。君を良く知る者にとっては、簡単なのかもしれないよ。僕も直ぐにわかったわけだしさ」

今更、手遅れにもほどがある。あれだけ召喚術で暴れれば、予想は出来た事だ。心ではそう思っていても口には出さず、ソロモンはそっと一通の手紙を差し出した。そこには、どこか言い訳めいた文が書かれていた。

要約するならば、精霊女王と噂される冒険者のミラという人物は、そちらの九賢者の一人で間違いないだろうかという伺い。そして、もしそうだとしたら、出場しないように取り計らってくれないかという要望。最後に、それが十二使徒たっての願いだという懇願であった。

「多分、あの日の事を今でも引きずっているんだろうねぇ……」

かつて、九賢者と十二使徒による模擬戦。個別に行われたそれは勝敗も色々だ。ただ、十二使徒側から一つだけ、次の模擬戦における条件の追加の嘆願があった。それが、『軍勢』を控える事、である。

ただでさえ手強いヴァルキリー七姉妹の相手に加え、どれだけ倒しても起き上がってくるダークナイトの群れは、彼ら彼女らの心を容赦なくへし折っていたのだ。

今回の大会は、勝者と十二使徒の特別試合で幕を閉じる形となっている。もしもミラが最後まで勝ち上ったら、十二使徒はかつての悪夢をもう一度経験する事になるわけだ。

だからこそ、嘆願の手紙が届けられたのだろう。そしてそこには最後、申し訳なさそうに『よければ、実況枠で招待させてください』と記載されていた。

「そんなバカな……」

かつての悪行(?)が原因で、召喚術の素晴らしさを世に広める機会を失ってしまった。ミラはがっくりと項垂れながらも、ここは一つ弟子として押し通してはどうかと提案する。

「今回は仕方がないよ。君も、余り向こうを困らせたくないでしょ?」

模擬戦は避けられているものの、それ以外は仲の良い相手だ。レイド戦などでは、頼り頼られる間柄であった。ソロモンの言う事ももっともであろう。

大会前まで、もう少し大人しくしておけばよかった。そう後悔しながら出場を見送ったミラは、意気消沈気味になりながらもソロモンと別れ、エミリアの指導に向かうのだった。

ニルヴァーナ皇国で闘技大会が開催されると聞いた後も、基本的にミラの日常は変わらなかった。

大会の開催まで、まだそれなりの期間が空いているというのもあるが、何よりメイリン用の衣装作りに時間がかかっているからだ。

流石の侍女達であろうと、ソロモンやルミナリアの記憶によるメイリンのサイズでは、やはり身体にぴたりと合う服というのは難しかった。そのため多少の自由が利くように調整出来る仕組みを施し、それでいて格闘戦に支障なくまとめていく。デザイン段階からして、相当な難度だったのだ。

しかし、流石は侍女達であろうか。見事にデザインを完成させ、今は絶賛制作中だ。

メイリンに大会で満足するまで戦ってもらうためには、その衣装を持って行く必要がある。ゆえにミラはそれが完成するまで、これまで通りの生活を送っていた。

ただ、それでいてなかなかに多忙な日々だ。召喚術の研究と実験に、クレオスの特訓。そしてエミリアの個人レッスンもまた、あれからずっと続いていた。

本人の努力とミラの指導によって、エミリアの実力はここ数日の間で飛躍的に高まった。その結果、なんと三体までの同時召喚を実現させている。これは、ミラも驚くほどの才能だった。

また、クレオスの特訓も順調だ。立場というものもあるためか、エミリアの指導とは比べ物にならぬほどのスパルタであったが。しかし、その甲斐もあって、ホーリーナイトの部分召喚は、もう実戦レベルである。更には、ここに同時召喚も組み合わせる事が出来るようになっていた。ダークナイトの部分召喚も、あと少しといったところだ。

それに加えて、召喚術科の臨時講師として教壇に立ったり、教師であるヒナタの訓練に付き合ったり、召喚術科の授業内容などを共に考えたりもしていた。

そんな多忙を極めていた合間の事。今日は休日であり学園もまた休みという事で、ミラは個人レッスンや特訓を無しとした。それを伝えた際、エミリアは残念がったが、休息もまた大切な訓練だというミラの言葉が効いたようで、存分に休息すると息巻いていたものだ。なおクレオスは、心なしか安堵した様子だった。

そうして休日のこの日、ミラは朝から研究やら何やらと忙しそうにしていた。エミリアとクレオスに教える要点をまとめたり、超越召喚の事で精霊王に相談したり、色々な効果の魔封爆石を実験的に拵えたり。忙しいながらも、楽しく過ごしていた。

しかし、それも昼食までの事。人に言っておいて、自分が根を詰め過ぎるのはどうだろうか。そう精霊王に言われたミラは、確かにと考えを改め残りの時間をゆったり過ごす事に決めたのだ。

「ほぅ、新装開店とな」

優雅な昼下がりをマリアナと共に満喫していたミラは、その会話の中で出てきた店に興味を惹かれる。

店の名は「ワイルドバディ」。品揃え豊富なペット用品店であり、ルナ用のあれこれは全てそこで購入していたそうだ。そんなワイルドバディは、何でもここ一ヶ月ほど改装していたらしい。それが丁度今日のこの日に新装開店セールをするという。

休日にセールとはご苦労な事だ。ミラは店員達を心の中で労いながらも立ち上がる。

「よし、そこに行ってみようではないか」

部屋のそこらに置いてある、ルナ用のあれこれ。何かと重宝する多種多様なそれらを扱う店とは、どのような店なのか。ミラは期待を胸にルナを抱き上げた。

これからお出かけするぞとミラが言うと、ルナは「きゅいー」と嬉しそうに答える。そして当然マリアナも、心なしか軽い足取りで出かける準備を整えていた。

「あちらです、ミラ様」

「おお! 思っていた以上に大きな店じゃな」

銀の連塔が見える大通りに面した場所に、その店『ワイルドバディ』はあった。

「そして、思った以上にキラッキラじゃな」

ワイルドバディという名とは裏腹に、淡色でパステル調に染められた、何とも可愛らしい印象の外観だった。だがここでマリアナが一言。前は、確かに名前通りといった印象であったと。

ワイルドバディは、かつて狩猟用のペット用品を扱っていた店だった。だが、時代の流れに乗り愛玩用のペット用品も扱い始め、今ではそちらがメインになったとは、マリアナが仲良くなった店員から聞いた話だ。

そして今回、そんな時代の流れに合わせ、改装によって大きく外観を愛玩寄りに変えたわけだ。

「随分な盛況ぶりじゃな」

セールの効果か客が多く、大通りの中でもその店の前だけ、やけに賑わっていた。ミラとマリアナは、そんな客達の間を抜けて店に向かう。だが、その途中で、二人は足止めを食う事となった。

原因は、ミラが抱きかかえていたルナである。その珍しさもだが、何よりもその可愛らしさを小動物好きな客達が見逃すはずもない。

「そうなのねー、ルナちゃんっていうのー。可愛いわねー」

「こんな近くでピュアラビットを見られるなんて夢みたい!」

一時的ではあるが、店よりも大盛況となったルナ。だが、余り人には慣れていないため、それも数分の間だけ。

ここに集まった愛好家達は、弁えている者ばかりのようだ。ルナが「きゅい」と丸まってミラの胸に潜り込んだところで鑑賞会は即お開きとなった。

「大人気じゃったのぅ。流石はルナじゃな!」

「はい、流石はルナです」

我が子が一番可愛いと胸を張るミラと、当然とばかりに同意するマリアナ。

と、実に自慢げで嬉しそうな二人の様子をルナは見ていた。可愛いと誰かに褒められる事で、ミラとマリアナを喜ばせる事が出来る。それを知ったルナの中で、ちょっとした気持ちが生まれる。そしてそれは、いつか人見知りを克服するきっかけとなるものだった。

それは、まだずっと先の事だろう。だが今日のこの瞬間こそ、ルナがアイドルウサギとして活躍する未来が開けた瞬間でもあった。だが、それはまた別の話だ。

「これはまた、外観以上じゃな」

ワイルドバディの店内に踏み込んだミラは、店内を見回しながらそう素直な感想をもらした。パステルカラーで彩られた店内は広々としており、女性向けのファンシーショップとでもいった雰囲気だったのだ。

マリアナが言うには、この辺りも随分と変わっているようだ。改装前は、木目などの自然な色合いを基調とした内装だったと。

随分と思い切った改装である。だが、客達の声を聞くと、なかなかに好評なようだ。しかも、ただ改装しただけでなく、ペット愛好家達が喜ぶ施設なども増えているとの事だった。

ルナ用に、新しい何かを買おうと店内を見て回るミラとマリアナ。すると、新しい施設とやらも自然と目に入ってきた。

一つ目は、カフェだ。大切なペットと一緒に食事やお茶を楽しめるカフェが店内にあった。当然、ペット用のメニューも完備である。

人用のメニューと同じように盛り付けられた料理の数々。そして、ケーキなども豊富に揃っていた。

「これはまた、なかなかの値段じゃな……」

それだけ手が込んでいるゆえか、人用とさほど差のないペット用の値段に驚くミラ。ただ店内を覗いてみると、むしろそれらペット用がメインであるとばかりな盛況ぶりだった。

ペットを愛してやまない者達が集う、実に不思議な空間だ。そんな印象を受けたミラだったが、ふと美味しそうなそれらを前に瞳を輝かせるルナを見て、なんとなく気持ちを察した。

「ルナも、食べてみたいか?」

思えば、ルナの主食は野菜スティックばかりだった気がする。それを思い出したミラは、試しにそう訊いてみた。するとルナは「きゅいっ!」と元気よく答える。

「そうかそうか。食べてみたいのじゃな」

キラキラが更に増したルナの瞳からして、その気持ちがはっきりとわかった。それならば帰りに寄ってみるのもいいだろう。そうミラが思った時である。

「では今夜は、ルナ用のケーキを作りましょう」

そうマリアナが言ったのだ。

それは母と外出している時に、よくある一幕だった。店に並ぶ美味しそうなものを見て食べたいと言ったら、家で作ってあげるから、というアレである。

こういう時は、だいたい残念な気持ちになる事が多い。食べたいと思ったのは、今目の前にあるものだからだ。そのため、がっくりしそうなところだが、それを聞いたルナの表情は喜びに満ちていた。そしてミラもまた、その気持ちは良くわかった。

むしろマリアナならば、店以上のものを作るだろうからだ。

「良かったのぅ、ルナや。今夜はケーキじゃぞー」

そうルナに語り掛けたミラは、その後に「しかしケーキか。ふむ……わしも、甘いものが食べたい気分じゃのぅ」などと、さりげなく主張した。

「それでは帰りに、材料を買わないとですね。ルナは……キャロットケーキが食べたいのですね。それと折角ですので、もう一つ。モンブランを作る事にしましょう」

ミラとルナが、ちらりと気にしたカフェのメニュー。マリアナはその視線から、両者が望むものを見抜いたようだ。確認するように、それを口にしたマリアナ。対してミラとルナは、「うむ、それは良いな」「きゅいー」と、素直に賛成の意を表するのだった。

そうして夜のデザートが決まった後も、店内巡りは続く。

改装したワイルドバディには、カフェの他にも、ジムやプール、運動場に撮影スタジオなんてものまで新設されていた。そしてどれもが、ペットと共に利用出来るようだ。

また、当然それだけではない。ペット用品もまた非常に充実しており、ミラは既に購入予定のルナ用の玩具を幾つか手にしていた。

他にも、トイレの砂などの必需品をマリアナが選んでいく。

「これはこれは、マリアナ様」

そうして会計まで済ませたところで、店の者がやってきた。どうやら、その者こそがこの店の店長であるようだ。

話によるとマリアナは、極めて希少なピュアラビットのオーナーと崇められている様子だった。だからだろうか、ワイルドバディに新設された施設の特別利用券が手渡されていた。

随分と太っ腹な事だ。けれど、そこには多少の打算もあるのだろう。滅多に見られないピュアラビットが顔を見せる店となれば、それなりの宣伝効果が見込めると。

とはいえ、補佐官室とミラの部屋だけでは、ルナにとって少々手狭である事は確かであった。安心して遊べる新しい場所が出来るのは、ミラからしてもありがたい事だ。

(プールか……。この季節は特に良いのぅ。ルナは泳ぐのが上手じゃからな!)

ルナとの遊び方が広がった事に喜ぶミラ。だが、そんなミラの目に、あるものが映った。それは、店のずっと隅にある区画だ。

パステル調の淡い色彩の店内とは違い、その一角は、自然の色合いが残った場所となっていた。そしてそこには如何にも狩人といった、いかつい男がおり、端の方には繋がれて大人しくしている黒狼の姿もあった。

それを見てミラは、直感する。あの一角こそが、かつてのワイルドバディのメインであった、狩猟ペット用品売り場なのだろうと。

じっくり見ると、どういった商品が扱われているのかわかってくる。

小動物を捕らえるための網や、多彩な用途に使えそうなワイヤーロープ。更には魔物の攻撃にも耐えられそうな装甲や、刃物に術具といった、戦闘寄りの品まで揃っている。

しかも、それらは全てが、狩猟ペットが扱う事前提で設計されているのだ。きっと、そこにいる黒狼をフル装備にすれば、とんでもない戦力となるだろう。見た目からして熟練さを醸し出すいかつい男と黒狼を見つめ、そう想像するミラ。

だが同時に思う。カラフルで女性の声が賑やかな愛玩コーナーの脇に、ポツリと存在するそこは、何だか時代に取り残されたかのようであると。

難しい表情で、真剣に装甲を選んでいる狩人の男。縮小されながらも狩猟ペットコーナーを利用する彼の背に哀愁を垣間見たミラは、時代という流れの残酷さを思い、ほろりと心で涙するのだった。