軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

278 勝利の天使

二百七十八

カード大会の予選決勝は、終盤にきて一進一退の攻防となっていた。天使の応援を受け取ったイケメンは、僅かな隙もみせず出来得る限りの手を繰り出し、首の皮一枚で踏み止まる。その都度、黄色い声が沸き、観客達からも驚きの声が上がった。

時に、それほど入れ込んでいない場合、つい負けている方を応援したくなるという事があるものだ。特に負けの色が濃厚になってからの粘りと、逆転の可能性が垣間見えてきた場合など尚更に。

(むぅ……。随分と調子に乗りおって……。このままでは、折角のわしが負けてしまうかもしれぬ!)

気付けば会場全体の雰囲気が、イケメン寄りになっていた。敗北寸前からの巻き返しと、そこから続く粘り腰に誰もが呑まれていたのだ。

名も無き四十八将軍のシモーネクリスに九賢者のダンブルフが負ける。たかだかカードゲームの勝敗であり、当然現実とは違うが、何となく気に入らない。

ミラは、はらはらとした面持ちで展開を見守っていた。

イケメンのターン。未だにギリギリの状況だが、繰り出すのは常に逆転を狙う鋭い手だ。隙がないどころか、相手の僅かな隙さえ見逃さないという気迫のこもった集中力は、ここにきてよりいっそう高まっていた。

そんなイケメンの猛攻を、紙一重で切り抜けていく美女。だが、その軽やかさは曇り始めており、焦りの色が窺えた。それも無理はない。あと一撃、僅かに掠らせるだけで決着という、勝利が目前まで迫ったところから接戦にもつれ込んだのだ。しかも、逆転の色まで見え始めている。精神的に追い込まれるのも仕方がないだろう。

また、その焦りは美女のファン達にも伝染したようで、このまま負けてしまうのではないかといった陰鬱なムードが漂っているではないか。

(こういう時にこそ、信じて声援を送るべきじゃろうに!)

美女のファン達が発する声援には、その心情が混じっていた。ゆえに勢いがなく、イケメンを応援する黄色い声にかき消されてしまう。

その時、ミラが動いた。再び観客の中をすり抜けて、ずんずんと進んでいく。

そうして向かった先は、美女のファン達が集まっていた場所だった。

「このままだとまずい」「ダンブルフで一気に傾いたはずなのに」「あそこまで踏ん張れるものなのか」

美女のファン達は、そんな言葉を交わしながら、不安そうに盤面を見つめていた。その目には、このまま逆転されてしまうのではないかという懸念が浮かんでいる。

「お主達が、そんなに腑抜けてどうする。頑張っている今こそ勝利を信じ、応援するのがファンというものであろう!」

激戦に盛り上がる会場の中。美女のファン達の元まで辿り着いたミラは、その奥にまで潜り込んで、そう叱咤する。

美女は、強さでは負けていない。むしろイケメンより実力は上だろう。けれど今、追い詰められている。それはなぜか。

心で負けているからだ。

ファンの男達は、気付く。不安に飲み込まれてしまっていた事に。そして理解する。この状況を打破するために必要なものは何なのかを。

「ああ、そうだ。君の言う通りだった。ここで俺達が支えなくて、誰が支えるというのか!」

ミラの叱咤によって目を覚ました男達は、火がついたように熱い声援を美女に送り始めた。それに交ざってミラも応援する。そして余りにも騒がしくし過ぎたために、全員で店員から注意を受けた。

叱られてしまったと、皆で笑う。それを見て美女も笑っていた。するとどうだろう、戦況にも変化が現れた。

どうやら、精一杯の応援が届いたようだ。美女の様子が変わり、不安の色が消し飛んで猛反撃が始まったではないか。

気の持ちようというのは、どんな時でも大切なものだ。また、不思議と幸運を運んできてくれたりもする。

ミラとファンの声援を切っ掛けにして、戦況が再び美女側へと傾き始めた。そして美女が一気に攻勢に出たところで、会場がどよめく。同時に、イケメンのファン達が悲鳴染みた声を上げた。

「あいつ、焦ったな」

美女ファンの一人が、そう呟く。にわかのミラには気付けない事だったが、どうやらイケメンが何かミスをしたようだ。事実、イケメンの顔には酷く動揺した色が浮かんでいた。

そこから先は、一気に流れが変わった。美女の繰り出す手が容赦なくイケメン側のユニットを駆逐していったのだ。

そしてとうとう、ラストターン。ダンブルフのカードが、イケメン陣営に最後の一撃を決める。

「勝者、レオナ!」

店員が美女の名を告げると、会場から大きな拍手が巻き起こる。そして、歓声が会場いっぱいに響いた。

逆転からの逆転。近年稀に見る名勝負と評される事となる決勝戦は、美女の勝利で決着した。また、一度はイケメンを応援していた中立の観戦者達もまた、そこから更に逆転してみせた美女──レオナの勝利に盛り上がり、会場は興奮冷めやらぬ状態だ。

「ところで、君はいったい? ここらじゃ見ないけど、君もレオナ姐さんのファンなのかい?」

表彰式の準備のため、一度控室に戻っていったイケメンと、美女──レオナ。そんな二人の背を見送ったところで、レオナファンの一人が、ふとミラに振り返る。その顔に、並々ならぬ期待を浮かべながら。

「わしか? ……いや、わしは通りすがりのダンブルフファンじゃ」

自分がモデルになったカードが負けるのが気に入らなかった。などというような事は言えるはずもなく、ミラは当たらずとも遠からずな返事を口にした。

「そっか、そっちの方か。でも、そうだな。俺達も好きだぜ、ダンブルフ。レオナ姐さんの切り札だからな!」

ファンの男は、少しだけがっかりした様子をみせたものの、直ぐに気を取り直して、そう笑ってみせる。そして、君とは気が合うのかもしれないな、などと照れたようにのたまい始めた。

「ありがとう、君のお陰だ」

美少女との出会いに浮足立っていた男を、そっと引きはがした後、入れ替わるようにして出てきた男。ファンのリーダーらしき彼は嬉しそうに笑顔を浮かべ、手を差し出してきた。

「何、礼を言われるほどの事ではない。ちょいとお主達が不甲斐なく見えてのぅ。ただのお節介じゃ」

ミラは、そう答えながら差し出された手を握り返す。そして、そこにいるレオナのファン達を一睨みしてみせた。

「それはもう、面目ないとしか言いようがないね……」

「だな」

「ああ、俺達とした事が情けなかったよ」

そう言って苦笑するファン達は、今回の事を胸に刻み反省して次に活かすと誓う。そして、ずっとミラの手を握り続けるリーダーをよいしょと押しやり、我先にとミラに握手を求めてきた。

ミラは、そんな彼らの手を握り返しながら、まあ頑張れと声をかけるのだった。

カードゲーム大会の予選を観戦した後、ミラはレオナが本戦でも活躍出来るようにと祈りながら、会場の店を後にした。

と、ちょうどその頃。店の奥の選手控室では、イケメンが酷く落ち込んでいた。

「いったいどうしたっていうんだ。いくら切迫した状態だったとはいえ、あんなミスをするなんてお前らしくないぞ」

落ち込むイケメンを気遣う友人。しかしイケメンは答えたくないのか、顔を伏せたまま、「何でもない」とだけ返す。

「何でもないわけないだろ。ちょうどあの時だろ。レオナさんのファンが騒がしくなったあたりだ。その直後から、様子がおかしくなったよな。……もしかして、彼らに何かされたのか?」

友人は気付いていた。イケメンが致命的なミスを犯す前、これまでにないほど集中していた状態が解けて、これまでにないほど気が散っていた事に。そして、イケメンがそうなってしまったタイミングが、レオナの反撃の切っ掛けとなった時である事もだ。

「いや、そんなんじゃない。知っているだろ、彼らはそんな事をするような者達ではないと」

レオナのファン達がレオナを勝たせるために、イケメンが不利になるような何かを仕掛けてきた。状況的には考えられなくもない。だがしかし、イケメンはそれを否定する。レオナのファン達は対戦相手も敬い接する、実に紳士的な者達であると知っているからだ。

そして何より自身が不調に陥った原因について、イケメンはよく理解していた。

「……ああ、そうだな。じゃあ何なんだ。試合中に、あんな馬鹿みたいに気を散らすなんて余程の事だろ。何があったっていうんだ」

友人もまた、レオナファン達の紳士さについては把握していた。けれど、それ以外に原因が思い付かないのも事実だった。イケメンの実力、そして試合への意気込みを知っているからこそ、その時の状態が信じられなかったのだ。

「それは……」

言い淀むイケメン。話し辛い事なのか、それとも話したくない事なのか。その判断がつかないが、友人は彼と真っ直ぐ向かい合った。

「俺にも言えないような事か? だったら聞かない。でもな、もし悩みがあるなら相談に乗るぞ」

今回だけではない。もしもまた大きな試合があった時、同じような状態に陥ってしまってはいけない。今のうちに、その原因を排除するべきだ。友人はそう考えたが、その言葉を呑み込んだ。試合に負けて直ぐの今である。気持ちを整理する時間も、きっと必要だろうと。

そうして他愛のない話を交わし始める。手札の強化が必要だとか、新しいレジェンドレアでも探してみようかなどなど。やはり好きなのだろう、内容はカードゲームについての事ばかりだ。

と、そうして暫くした後の事だった。

「実は、あの時なんだけど──」

気持ちが落ち着いたのか、イケメンは、気を散らしてしまった原因について語り始めたのである。

試合の終盤。目に見えて敗色濃厚となっていた時。どうにかレジェンドレアを引き当て難を逃れ、反撃のチャンスを見出せた頃。

「あの瞬間、運が巡ってきたと思った。けれど知っての通り、次のターンでレオナさんもまたダンブルフを出してきた。その時だったんだ」

思い出しながら話すイケメンは、そこでふと、熱に浮かされたような恍惚とした笑みを浮かべた。そして「その時に聞こえてきたんだ。あの、可愛らしい声が」と続ける。

「可愛らしい、声? それがどうお前の不調に関係するんだ。回りくどいのはいいから、早く原因を教えてくれ」

知りたいのは、調子を著しく逸した原因だが、どうにも要領を得ない事を話すイケメン。その事を友人が指摘すると、これは大切な出会いの瞬間だからと言って、イケメンは順序良く話す事を崩さなかった。

「見つけたんだ。天使を」

「は?」

余りにも抽象的過ぎるイケメンの言葉に、友人は思わず間の抜けた声で返した。だが、そんな事は一切気にせず、イケメンは更に語っていく。

イケメンは、言った。レオナの切り札であるダンブルフをあのタイミングで出された瞬間、敗北を確信したと。しかし、その時、ふと聞こえた声に顔を上げると、そこに天使がいたのだとイケメンは微笑んだ。

「初めて見た瞬間、凄く身体が熱くなったのを覚えている。しかも彼女は、僕を応援してくれている子達と一緒にいたんだ。天使が僕を応援してくれている。そう思った時、自分でもわからないくらいに強い何かが込み上げてきた。すると不思議な事に、これまで見えなかった勝ち筋が見えてきたんだ。あれはきっと、天使が運んできた奇跡だったのかもしれない」

またも抽象的な言葉を口にするイケメン。だが、何かと付き合いの長い友人は、そこまで聞いたところで、彼が何を言いたいのかを把握した。

「つまり、それが絶好調になった要因だったわけだ。で、そこから絶不調に落ち込んだって事は、その天使ってのが、どうこうしたって事か」

今までにないほどの集中力と、引きの強さを見せつけていたあの瞬間。一気に試合の流れを変える事が出来た切っ掛けに関わる天使。

天使とは比喩で、そのくらい可愛い子だったのだろうと察した友人。となれば、そこから一転して急降下した原因もまた、その可愛い子だろうと予想するのは実に容易い事だ。

事実、それは正解であり、イケメンはあからさまに項垂れた。

「ああ……俺を応援してくれていると思ったけど、違ったんだ。天使は、俺を応援してくれてはいなかったんだよ」

そう口にしたイケメンは、どこか愚痴を零すようにして、その時目にした光景を語った。

あと一息。勝利が目前まで迫った時の事。ギリギリの状況だったレオナを必死に応援する彼女のファン達の声が響いた。

あの時の応援には、レオナの勝利を信じる、とても熱い心がこめられていた。勝負相手ながら素晴らしい仲間達が応援してくれているのだなと、イケメンは感動したそうだ。

「だけど、僕だって負けてはいない。いつも応援してくれる皆がいる。そして何より、天使がいた──はずだった」

その時の事を思い出したのだろう。イケメンは、そこで急に黙り込んだ。けれど少しの後、ぽつりぽつりと言葉を続ける。

騒がしく応援し過ぎて、店員に注意されたレオナのファン達。と、そんな彼らの中に、見間違えるはずもない、あの天使の姿があったのだと。

「最初は自分の目を疑ったよ。余りにも嬉しかったから、幻覚まで見るようになってしまったのかってね。……けど違った。そこにいた天使は本物だったんだ」

絶望だとばかりに天を仰いだイケメンは、更にその天使が、レオナファン達と仲良さそうに話していたと付け加えると「その瞬間、何か魔法が解けたみたいに、勝利が見えなくなってしまったよ」と笑った。

「なるほどな」

友人は、イケメンの説明で大体の事情を把握した。そしてもう一つ、本人も自覚してないであろう事にも気付く。イケメンは、その天使という子に恋をしたのだろうと。その結果、これまでにないほどの調子が出た。けれど、レオナファンの男達と仲良くしているところを見て、嫉妬が生まれた。結果、これまでの調子が一転してしまった。

話を整理してみれば、簡単な原因である。

(そういえばこいつ、これだけモテるのに愛だの恋だのとは無縁だったよな)

きっと初めて恋をしたのだろう。そして、初めての感情ゆえに、その起伏が激しかったのだろう。何かと付き合いの長い友人は、はてどうしたものかと考える。

ちらりとイケメンを見てみれば、やはりずっと尾を引きずっているようで、いつもとは全然違い、落ち着きがないのがわかる。それは、かつて見た事のないほどであり、友人の目には異常事態とも映っていた。

(中途半端な恋に、決着をつけた方がいいかもな)

たまたま会場にいた子に、初めての恋をした。しかも激しく感情を揺さぶられてしまうほど、強い恋だ。友人は思う。消化不良な想いを秘めたままでは、今後に、ふとした事で影響が出るのではないかと。

「で、もう一度、その天使に会えるってなったら、会いたいか?」

試合は全て終わったが、この後には予選終了の打ち上げ会が店で行われる予定になっていた。イケメンがいう天使がレオナのファンならば、きっと大会本戦出場を祝うため会場に残っているだろう。

友人は、そこで少しだけ、イケメンの初恋に付き合ってもらおうかと考えた。それが上手くいくにせよ、いかないにせよ、今の中途半端なままよりはましになるだろう。どこまでも落ちていくような絶望を浮かべた今のイケメンよりは。

「……会いたい」

長考の末、イケメンはそう一言小さく呟いた。そして更に「会って確かめたい」と続ける。

「確かめるって、何をだ?」

「あの男達との関係をだ」

友人が訊くと、イケメンは即答した。あの男。つまり、天使が楽しげに話していたというレオナファン達の事だ。

「まあ、わかった。じゃあ捜してくるから、ここで待ってろよ。お前が出ていくと、また騒がしくなるだろうからな」

単純に、ファン同士なのではないか。そう思った友人だが、まあそれを訊いてスッキリするならと立ち上がる。

「ところで、その天使の特徴を教えてくれるか?」

そういえば、容姿については一言も聞いていなかった。その事を思い出した友人は、扉の前で振り返る。

「ああ、それは──」

初対面でありながら、余程良く観察していたようだ。イケメンは、天使の見た目について詳細に語った。