軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

268 精霊観光社

二百六十八

全員が乗り込み、誰一人欠けていない事を確認した後、いよいよ精霊飛空船が動き出す。

子供達は全員、船首にある展望室に集まっていた。大きな窓から見える視点が徐々に空へと上がっていくにつれ、子供達の興奮もまた上昇していく。

やがて高度は千メートルにまで達した。森に囲まれた緑ばかりの場所から、視界を遮るもののない空の展望室へとなれば、そこから見える光景は、それこそ今までとは別世界だった。

どこまでも遠く、彼方にまで続く空に子供達は見入る。

大空を優雅に進んでいく精霊飛空船。いったい誰が企画したのか、子供達をアルカイト王国に送り届けるだけのはずだったが、精霊飛空船の針路は直線ではなかった。移り変わる景色を見下ろしながら、あれはなんだこれはなんだと騒ぐ子供達。

そんな中、ふとスピードが落ちる。すると子供達の声が一斉に大きくなった。展望台の正面に捉えられたもの。それは、大陸でも随一の大瀑布だったのだ。

「これはまた、大迫力じゃな」

年少組に囲まれながらそれを眺めるミラは、大陸屈指の観光スポットを前にして、そう呟く。

アルカイト王国までの旅路。それは、ただの帰路とはならず、幾つかの見どころを巡るという観光旅行となっていた。森の中の閉塞した場所で暮らしていた子供達に、広い世界を見せてあげたい。カグラが言うには、仲間のそんな声がきっかけとなって、今回の旅程が立てられたそうだ。

「まあ、中には見てみたかった、っていう場所も含まれているみたいだけどね」

これまでは緊急の移送や物資の搬送ばかりでしか出番のなかった精霊飛空船だが、今回は違う。そのためか五十鈴連盟のメンバーも子供達の世話ついでに、存分に楽しんでいるという事だ。

「というわけでな。明日の昼頃に到着する予定じゃ」

『わかったよ。それじゃあ、準備して待ってるねー』

通信装置を使い、そう到着予定をソロモンに伝えたミラは、そのまま精霊飛空船の一室に赴く。そこには既にカグラとアルテシア、ラストラーダが揃っていた。

夜も遅い時間。精霊飛空船で巡る観光旅行が余程楽しかったのだろう、騒ぎ疲れた子供達は早く眠りについていた。そんな子供達の事を教師陣と精霊達に任せ、ミラ達は思い出話に花を咲かせる。

これまでの事、これからの事。きっと色々とあるだろう今後の予定なども交えつつ、四人は深夜まで大いに語り合った。

一眠りした早朝。早くに目が覚めたミラは、甲板で朝日を浴びながら、サマーシーズンオレを楽しんでいた。四季の森で採れた夏の果実をふんだんに使ったという逸品だ。

「ミラ様。お時間、よろしいでしょうか!?」

程良い酸味が寝起きの舌に心地良い。と、目覚め始めたばかりの大地を眺めていたところ、ミラの許を訪れる者がいた。

振り返ると、それは五十鈴連盟に協力している精霊だった。しかも一人だけではない。多くの精霊達が、そこに集まっていたのだ。

「な、なんじゃろうか?」

どことなく鬼気迫る表情の精霊達の様子に、ミラは若干、気圧されつつ応える。すると精霊の一人が代表して、それを口にした。「是非、今一度精霊王様のお声を聞かせていただけないでしょうか!」と。

先日のアンルティーネの件から察せられるように、精霊達にとって精霊王とは特別な存在のようだ。懇願してくる精霊達の表情は、それこそ輝くほどの希望に満ちていた。

さて、どうだろうか。今の言葉を聞いていたかと精霊王に問うたところ、『む、どうしたのだ?』という答えが返ってきた。常にミラを介して見学しているわけではないため、今回の精霊達の願いは聞こえていなかったらしい。ただ、問えば直ぐに返事が出来る程度の繋がりはある。

改めてミラが説明すると、『ミラ殿に面倒をかけるとは、困った眷属達だ』などと嬉しそうに応える精霊王。

精霊王と精霊達の会話は、朝食の時間になるまで続いた。精霊王を父のように慕う精霊達と、精霊達を子供達のように思いやる精霊王。その関係は、人のそれと比べてみても広く深い。それでいて、人の親子にも似た温かさがあった。

ただ、我慢出来なくなったのだろう。その会話にマーテルが加わった事で、そのやりとりに変化が見られた。

どうやら精霊達にとって始祖精霊という存在は、絶対的な姉や兄といった立場になるようだ。しかも人と恋愛しているという精霊の一人がいた事で、これまでの家族会話から恋愛話へと突入していった。

ミラは、精霊達の生活やら恋愛観やらをのんびりと聞きながら、今日もいい天気になりそうだと空を仰いだ。

「なるほどねぇ。だから、あんなに皆が立候補してきたってわけかぁ」

朝食も終え、今日も今日とて観光地を巡りながらアルカイト王国に向かう中。ミラが朝の出来事を話すと、カグラは納得いったとばかりに苦笑する。

何でも今回、五十鈴連盟の本拠地にて、ミラの要請で精霊飛空船を出すと言ったところ、そこにいた精霊達全員が是非にと同行を願い出たそうだ。それほどまでに子供達を、とカグラは思っていたらしいが、ミラの口からもう一つの理由が明らかになった事で、むしろそれまで以上に腑に落ちたようだった。

どこか超然とした存在に感じられるが、やはり精霊達もまた、誰かの子であるのだと。

昨日よりも充実した様子の精霊達を見つめながら、カグラはクスリと微笑んだ。

寄り道しながらも順調に進む精霊飛空船は、昼の中頃を過ぎたところで、いよいよアルカイト王国の領内に入った。ここでもまた、観光のため遠回りしてから、首都ルナティックレイクに向かう予定だそうだ。

小さな山脈を越え更に進む事暫く。展望室の窓から、目的の場所が見えてきた。

それは、九本の聳え立つ塔。全ての術士が憧れる地。最強の術士、九賢者の拠点である『銀の連塔』だった。

そして、この『銀の連塔』だが、やはり術士にとっては特別な存在なのだろう。これまでの観光地と同じように子供達が、知ってる知ってない、凄い凄くないと騒ぐ中、乗組員達の一部、術士である者達が子供そっちのけで盛り上がっていた。

なお、精霊飛空船で子供達を届け終わった後、乗組員には自由時間が与えられる事になっている。術士達は、その時間でシルバーホーンを本格的に観光する予定を立てているようだった。

「なんだか、懐かしいな」

「懐かしいわねぇ」

「変わらないなぁ」

もう何年振りになるのだろうか。ラストラーダとアルテシアにカグラは、窓の外に見える光景を前にして感慨深げに声を漏らす。

「そうじゃろう、そうじゃろう」

安堵したような表情の三人の横顔を覗きながら、ミラもまたそっと笑う。かつて皆がいたその場所に、こうしてまた全員が集まれるようにと願いながら。

一通りの観光が終わった後、一行は、いよいよルナティックレイクに到着する。精霊飛空船はソロモンの指示通り、アルカイト学園の校庭端に下ろされた。

そこには技術者と思われる者達が待機しており、着陸した精霊飛空船を見事な手際で係留すると、同時に下ろされたタラップも素早く設置する。

広い校庭もまた、子供達にとっては目新しいもののようだ。嬉しそうにタラップを降りていくと、次には大きな校舎に仰天する声を響かせていた。

「ようこそ、アルカイト王国へ」

そう歓迎の言葉を口にしたのは、スレイマンであった。ソロモンの代わりに、色々と案内しに来たようだ。

「今回は、受け入れて下さりありがとうございます。これから、よろしくお願いしますね」

「よろしくな!」

アルテシアとラストラーダがそう答えると、スレイマンは畏まるようにして「こうして、お迎えする事が叶い、感無量にございます」と一礼した。アルテシアとラストラーダ。二人の九賢者の帰還を、心底喜んでいる様子だ。

(思えば、正式に帰還となるのは、これが初めてになるのじゃな)

いつも冷静沈着な面持ちの彼が、目に見えて嬉しそうにしている様は新鮮であり、ミラは今回も良い仕事をしたなとほくそ笑んだ。

そうして一通りの挨拶を済ませ終えたところで、一行はスレイマンの案内で新しい孤児院に向かった。

なお五十鈴連盟組は、ここで作戦完了となり、それぞれ街に繰り出していく。中でも術士達はといえば、早速シルバーホーンに行くための馬車を借りにいったようだ。

また、ミラのワゴンは、城の技術部に運び込んでおくとの事だ。何でもワゴンを造った技術者達が、そろそろメンテナンスをしたいと言っているそうで、到着を今か今かと待っていたという。きっと、データ採取も兼ねてのメンテナンスであろう。一応今日一日で完了するはずだとの事だ。

新しい孤児院は、アルカイト学園の裏側にある。よって学園の敷地内をそのまま縦断していくのだが、やはり見るもの全てが珍しく映るのだろう。子供達は、観光地巡りをしていた時と同じくらいにはしゃいでいた。

更に教師陣も、その学園の規模と充実した施設を前に目を輝かせる。そして、お隣さんになるよしみで少しだけ使わせてもらえたりしないかと、相当本気で交渉する計画を立て始めていた。

また、これだけ大勢の来客も珍しいのだろう、何だ何だと見学しにきた生徒達が、そこらから顔を覗かせている。

「む、あそこにおるのは」

ふと見えた教室の窓。距離にして十メートル程度だろうか。何人も顔を覗かせているその中に、ミラの知る人物がいた。召喚術科の教師ヒナタだ。

とすると、もしかして同じ教室からこちらを窺っている者達は、召喚術科の生徒だろうか。

召喚術科は最近になって軌道に乗り始めたため、同じ一年生でも年齢がバラバラという話だが、見ればその通り、同学年とは思えないほど年齢に差があった。

(む……どこかで見たような?)

窓から見える生徒の中に、金髪でツインテールな少女の姿が見えた。少し小生意気そうな顔立ちで、いかにもお嬢様といった雰囲気の少女に、何となく見覚えのあるミラ。しかし、いつどこでかを思い出すまでに至らず、またそこまで気にする事もなかった。ただ、少女の方はそうでもないようだ。

ミラの姿に気付いたヒナタが、嬉しそうに手を振ってきた。ミラは、それに手を振り返し応える。きっとその様子から、顔見知りであると気付いたのだろう。ツインテールの少女がヒナタと何かを話し始めた。

その直後だ。教室にいた生徒達の視線がミラに集中したのである。なぜか自分の事のように自信満々な顔をしているヒナタの様子からして、きっとミラの事を話したのだろう。ダンブルフの弟子だとか術技審査会の事だとかを。それを証明するように、生徒達の顔には驚愕と羨望の色が浮かんでいた。

しかし少女は少し違った。何かショックを受けたかのように、その場で茫然と佇んでいたのだ。

と、そのように注目を集めながら、進み続ける事暫く。学園を横断し終えたミラ達は、遂に目的地である新しい孤児院に到着した。

「これはまた、随分と良い場所じゃのぅ」

アルカイト学園が完成する前、仮の校舎として使われていたというそこは、思った以上のところだった。

頑丈な石造りのそれは、そこらの屋敷より一回りも二回りも大きな三階建てであり、孤児院というよりは、何かの宿泊施設のようである。

「なんて素晴らしい……」

教師の一人が、思わずといった口調でそう呟いた。全てがハンドメイド感満載だった今までから、一気に職人が手掛けた一流の建築物だ。その変化具合は、やはり衝撃的だったのだろう。教師陣の表情には、希望がありありと浮かんでいく。

「俺、いちばーん!」

今日からここが皆の暮らすところだと、スレイマンが説明した直後の事。そんな声と共に駆け出したのは、年長組の男の子だった。やはり、じっとしていられなかったのだろう。きらきらとした笑顔を浮かべ飛び出すと、当然とばかりに他の子達も楽しげに笑いながら校舎に突入していく。

「ああ、こら! もう、落ち着きのない子達ですみません」

女性教師の一人が、そうスレイマンに謝罪してから子供達を追いかけていくと、更に数人がそれに続いた。

と、そんな時だ。不意にスカートの裾を引かれ振り向いたミラの目に、輝くような顔で見上げてくる年少組の子達の姿が映った。そう、年少組は釣られて飛び出してはいなかったのだ。

ここ数日でミラの教育が行き届いた結果か、周りの勢いに乗せられず、ミラの言いつけをそこそこ守るようになっていた子供達。だが、どうやら限界が近いらしい。そわそわと落ち着きなく、しきりに校舎を見ている。

「わかったわかった。ほれ、お主達も行ってこい。ただし危ないのでな、走るでないぞ」

ミラが許可を出すと、年少組は「はい!」と元気よく返事をして、言いつけ通りに走らず、早歩きで校舎に飛び込んでいった。