軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

258 億万長者の夢

二百五十八

「何の音かと見に来てみたら、精霊女王さんでしたか。話には伺っています。今回は、とびきり凄腕のAランクが協力してくれていると。いやはや、あの音からして、相当な激戦だったのでしょうね」

到着するや否や、どこかワクワクとした目でそんな事を口にした兵士長。なお、彼はデズモンドとはまた違う隊の者だ。

「しかし、けむに巻かれてしまいましたね。いや、まさかあのような逃げ方もあったとは」

遠く、ファジーダイスの声が消えていった方向を睨みながら、そう口にするのは越境法制官の男である。良く知るからこそ、今回のような場面は初めて見たと驚き顔だ。ただ、裏では密かに協力関係にあるからか、越境法制官の口振りは、流石ファジーダイスだといわんばかりな様子である。しかしながら、「そこまで追い詰めるとは、やはりAランクの冒険者さんは凄いですね」と、ミラへのフォローも忘れなかった。

「これまで相手にしてきた誰よりも手強い奴じゃったな」

一先ず謙虚に答えたミラは、そこで手にしたペンダントを思い出す。ファジーダイスに渡されたそれが何なのか、とりあえず訊いてみようと。

「ところで、これなのじゃが──」

ミラがそう言って、ペンダントを二人に見せた、その時である。

「おお! それは『銀天のエウロス』ではありませんか!」

目を見開く越境法制官。そして兵士達がどよめく中、兵士長もまた、それをじっくり凝視してから、その顔を驚愕に染めた。

「なんと……! ファジーダイスから取り返したのですか!? これは快挙ですよ!」

そんな事を兵士長が口にすると、兵士達と越境法制官が騒ぎ立てる。やれ億万長者だ、一攫千金だと。

「……えっと、なんじゃ。これは、そんなに凄いものなのじゃろうか?」

ただただ、ファジーダイスからぽんと渡されただけに過ぎないミラは、彼らの盛り上がりについていけず、そう基本的な事を質問した。その『銀天のエウロス』とは、なんぞやと。

「知らずにも、見事にこれを取り戻すとは……流石です!」

更に驚きながらも感動したとばかりに、兵士長は詳しい事を教えてくれた。

ファジーダイスに手渡されたペンダント『銀天のエウロス』。それは、ドーレス商会の会長が大切にしていた、最上級のお宝であった。

鏤められた宝石や、実に緻密に施された細工は芸術そのもので、更には人の手では決して生み出せない、自然な色合いが見事に調和している。

また、夜天に輝く星々を表したというそれは、話によると、商売の神の祝福が秘められているそうで、その価値は最低でも三十億は下らないそうだ。

「なんと……三十億じゃと!?」

手のひらに収まる三十億の星空。しかも越境法制官が言うには、今回の件で、価値が上がるかもしれないらしい。

商売の神云々というのが、意外にも冗談ばかりではなく、更に今回、かの大怪盗から今話題の精霊女王が取り戻した、という価値が加わったためだと。

なんと、この『銀天のエウロス』を手にした者は、一代でトップクラスの商人にまで上り詰めたという曰くがあるそうだ。しかも、その歴史は一度や二度ではなく、偶然とするには無理があるほどの逸話ばかり。

しかも、そんな商売繁盛の奇跡は商路にまで及び、これを持つ商会は、盗賊や魔物の類による被害が極めて少ないという。

それらに今回、盗まれても取り戻される、という逸話が加わった。

そのため、これを売りに出せば、直ぐにでも数多の商会長が交渉にやってくるだろうと彼は興奮気味に続ける。

「まったく、羨ましいですよ。三十億もあればもう、一生遊んで暮らせるじゃありませんか」

最高に贅沢な余生を送れる。教会所属の越境法制官でありながらも、彼は実に人間味全開な妄想を膨らませていく。

また兵士長はといえば、「俺は、商売を始めますね」と口にしてから、行商の途中で運命的に出会った女性と結婚する、なんて夢を語った。

そんな兵士長の言葉を聞いた兵士達は、金がなければ相手にされないでしょうからね、と口にして笑う。

「折角、お前達を専属の警備兵に雇ってやろうと思っていたのにな。もう、雇わんぞ」

へそを曲げた兵士長がそんな事を言うと、兵士達は前言撤回して、よいしょし始める。

(平和じゃのぅ……)

妄想話で盛り上がる彼らのやりとりを眺めながら、苦笑するミラ。ただ、そこでふとした違和感を覚えた。兵士長も越境法制官も、この『銀天のエウロス』が、自分のものになった事を前提としているところにだ。

彼らの話によれば、これは盗品である。となれば、元の持ち主に返すのが義務というものだろう。ミラは、そう考えていた。

しかし、その点についてミラが触れたところ、二人から驚きの言葉が返ってきたではないか。

「そうか、精霊女王さんは、ずっとファジーダイスを追いかけていましたね」

「それなら、知らなくても無理はないでしょう」

そんな事を言った後、二人が、その理由について教えてくれた。なんでも、ミラがファジーダイスを追っている間にも、裏で色々な事が動いていたようだ。

それは、何を隠そう、ファジーダイスが置いていった証拠に関係する事柄であった。

教会側は、大司教に提出された証拠を精査し、ドーレス商会の行ってきた悪事を把握。そこから即座に、ドーレス商会長を拘束。更に術士組合に提出された証拠品を含め、簡易法廷が開かれ、商会の解散が決議される。

また、その際に全財産が差し押さえられた。だが、それが発令された時、『銀天のエウロス』は既に盗まれていた状態であったため、その対象外となっていた。

つまり、今はもう返すべきドーレス商会はなく、結果ファジーダイスから取り戻したそれの所有権は、そのままミラのものになった、というわけだ。

「おお……なんと……」

知らずの内に、三十億の価値があるお宝が自分のものになっていた。二人から理由を聞いたミラは、まさかの出来事に驚愕しながらも、ペンダントを見つめてにやりと笑う。

換金してしまおうか、それとも商売の神の加護とやらを活かす方法でも考えてみようかと、そんな妄想を繰り広げたミラ。だがそこで、ふと気付く。なぜ、あのタイミングで、ラストラーダがこれを渡してきたのかと。

(あ奴は、これをわしに寄越して、どうするつもりだったのじゃろうか)

そう思ったミラだったが、少しして、その理由に気付いた。それは何よりも、ここにいる兵士達と越境法制官の反応から明らかであったと。

ファジーダイスから宝を取り戻した凄腕冒険者。彼らは、ミラの事をそう称賛している。しかし、もしもあのまま、逃げられた形になっていたらどうだったか。単純に逃げられた、という結果だけが残る事になるのではないか。

昔のよしみとでもいうべきか。それはきっと、ミラのメンツを守るためだったのだろう。

(随分と粋な事をしおるな)

ペンダントの理由を、そう解釈したミラは、ならばこそ自分も応えなければと考え、苦笑した。

もしもミラが現れなければ、このペンダントは換金されて、恵まれない孤児院の未来に投資された事だろう。となれば、次にやる事もはっきりしている。

「これがわしの物というのならば、そうじゃな……では、子供達のため、教会に寄付するとしようか」

三神教会は、慈善活動として沢山の孤児院を抱えている。ミラは、その運営資金にしてくれと、越境法制官にペンダントを差し出した。

「ほ……本気、ですか?」

ペンダントを前にして、あからさまに困惑の色を浮かべる越境法制官。また兵士長はといえば、完全に絶句しており、正気かとばかりにミラの事を見つめていた。

「冗談で、このような事は言わぬ。生憎と、そこまで金銭には困っておらぬし、商売をする予定もないのでな。商売の神の加護があるというのなら、有意義に使ってくれる者の手に渡った方が良いじゃろう」

そう答えたミラは、何ならこれを商人に譲る際、孤児院への物資を格安で提供する事などの条件を付けるのもいいのではないかと付け加えた。

「本気、なんですね……わかりました!」

ミラの言葉を真摯に受け取った越境法制官は、ゆえに今は受け取れないと答えた。

「これほどの特別な寄付なのですから、教会で寄贈式を行いましょう!」

突然そんな事を言い始めた越境法制官。彼は、これほどの寄付となれば、この場で簡単にやりとりするわけにはいかないと話す。そして正式な場を設けて──丁度今、この街に来ている大司教様に直接、寄贈するべきであると力説した。

なお、その提案には、これだけ貴重なものを持って行くなど怖くてとても無理だ、という彼の心情が半分ほど隠れていたりする。

「うーむ……そこまでする事では──」

「──いえ、こういうのはきっちりとするべきです。大々的に、寄付された事を知らせる事によって、内部での不正を抑止する効果もあるのですから」

ミラが僅かに難色を示した途端、越境法制官は猛追をかける。教会の者でありながら、教会内部に横領する輩がいるような事をさらりと口にしたが、彼は至って真剣な顔で、寄贈式の大切さを説く。

(……面倒じゃのぅ)

ミラが気乗りしない理由は、単純にその一言に尽きた。式だなんだと形式ばった場というのを苦手とする者は多いだろう。ミラもまたその類に漏れずである。しかも今回は、教会側の上位に位置する大司教が相手だというのだ。出来れば、このまま越境法制官に預けてしまいたいところである。

「では、私はこれで! 早速、寄付の話を大司教様にお伝えしておきます。明日に、教会までご足労お願いします!」

ミラの心境を察したのか、そんな言葉を口にした越境法制官は、逃げるようにその場を離れる。そして「あ、一応、来るかもしれない、としておきますのでー」と最後に付け加えて、そのまま駆けて行ってしまった。

来るかもしれない。きっとそれは、ミラが心変わりした場合の事を思ってのものだろう。

「大事になったのぅ……」

心変わりする事は、きっとない。となれば、明日は確実に寄贈式だ。溜め息を吐いたミラは、『銀天のエウロス』を手にしたまま、ちらりと兵士長に視線を向ける。

「……おっと、ではそろそろ私は、報告に戻るとしましょう」

お前から渡しておいてくれ。そんな心の内をミラの表情から読み取った兵士長は、即座にそんな事を言って数歩後ずさる。そして、「では、明日の寄贈式、頑張ってください」と言葉を残し、足早に去っていった。また兵士達は、流石は精霊女王様だとか、懐が深いというような声を口々に上げながら、兵士長の後に続くのだった。

兵士長と越境法制官らに逃げられ……別れた後、ミラは地下水路を進んだ結果について、まだ現場にいるクリスティナから詳細な報告を受けていた。

『ふむ……そうか。そのような場所じゃったか。うむ、ご苦労じゃったな。ではゆっくりと休むが……む? なんじゃ? ああ、そういう事ならば、明日は休息するように、わしが言っておったと伝えれば良い。うむ、構わぬ構わぬ』

最後にそう労いの言葉をかけたミラは、クリスティナを送還し、考え込んだ。

ファジーダイスを追って入り込んだ地下水路。そこに残っていた、否、残されていた痕跡は、明らかにどこかへと誘導しようとするものであった。

ただ、ファジーダイスが意味もなく、そのような事をするはずもない。そう考えたミラは、増援としてクリスティナを呼び、兵士長のデズモンドにその場を任せ、捕捉していたファジーダイスを追った。

そして、ミラがファジーダイスと対決している間に、地下水路側でも色々な事が起こっていたわけだ。

(やはり、犯罪が隠されておったか。しかも、これは……)

クリスティナの報告によると、痕跡を辿り行き着いた先には、頑丈な鉄の扉があったという。そしてその奥には、人相の悪い男が五人と、拘束された子供が十二人いたそうだ。

なお、現場は即座に制圧し、子供達は全員無事だという事だった。また、その際、そこにいた男達を尋問したところ、その場所が人身売買の拠点として使われていたと判明する。

つまりファジーダイスは、その現場を押さえさせるために兵士達を誘導したわけだ。

(人身売買の拠点を暴く事が、わざわざ地下水路に逃げ込んだ理由じゃったというわけか。まったく……あ奴らしいのぅ)

不可解だった怪盗の行動に納得がいったミラは、かの友人は、昔となんら変わっていないと笑う。

更に、地下水路の入口のあった屋敷の主と、その屋敷の者達は、これら人身売買への関与についての取り調べのため、全員拘束されたらしい。

屋敷の使用人については、わからない。だが主人の方は間違いなく黒であろうと、兵士、傭兵共に満場一致したと、クリスティナは語っていた。

「一先ずは、これで一件落着じゃな」

今回のファジーダイスの仕事によって、ドーレス商会と一つの貴族が、その罪を暴かれる事となった。きっと怪盗側からすれば、予定通りの大勝利な結果だろう。

そしてミラもまた、ファジーダイスの正体がわかり、『銀天のエウロス』というお宝を手に入れるという大収穫だ。

ラストラーダとの詳しい話は後日になり、明日に寄贈式を行う羽目にはなったが、それでも十二人の子供達が救われた今夜、ミラは機嫌よくペガサスの背に跨り街に戻るのだった。