軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

217 能力更新

二百十七

次の目的地、ハクストハウゼンに向かって意気揚々と飛び立ってから数時間。ガルーダによって空を行くワゴンは実に快適であり、尚且つ窓から望める景色も絶景だった。

「やはり、最高じゃな」

緑が広がる大地、そして蒼く続く空。それを同時に眺めながら、ミラはその贅沢な環境を改めて実感する。

ワゴンの中は、秘密基地のような、とても寛げる空間になっている。ミラは今、そこでヨーグルトオレをちびちびやりつつ、屋台で購入してきた惣菜パンを食べていた。空の上で絶景を目に映しながらのおやつタイムだ。実に贅沢なひと時である。

「着くのは、明日の夕方頃かのぅ……」

おやつタイムを終え景色を眺めていたミラは、ふと現在地を確認して、そう呟いた。陸路ならば一週間はかかるであろう距離が、空ならば一日だ。旅程は順調であり、このままのんびりしているだけで明日には目的地だ。

古代地下都市で、あーだこーだと駆けまわっていたのが嘘のような長閑さであった。

「それもこれもお主のおかげじゃな。感謝するぞ、ガルーダや」

ガルーダが運んでくれるからこそ、今がある。ミラがそう感謝を述べると、ガルーダは喉を鳴らし応えた。その際、空の上にありながらワゴンの周囲が春風のような陽気に包まれる。ガルーダの纏う風には、感情が現れる。どうやら、余程嬉しかったようだ。とはいえ、ワゴン内のミラがそれに気付く事はなかったが。

「む……」

おやつタイムから暫くした頃、ミラは忍び寄る尿意に気付く。何だかんだと景色に誘われ、ヨーグルトオレを二本飲んだ影響が出てきたようだ。

あいにくと今は、空の上。精霊屋敷のトイレは直ぐに使えない。だが特注したこのワゴン。こんな時の事も想定済みである。

ミラは、そそくさと押し入れの戸を開き、その下段に潜り込んだ。そして更に、その隅にある床の戸を開くと、そこには備え付けの簡易便所が設置されていた。

ただ、スペースが限られるワゴンであるがゆえに手狭であり、高さにも制限があるため立つ事は出来ない。だが少女となったミラが利用する前提で設計されているため、意外にも不自由なく使えた。むしろ、その閉塞具合に安心感を覚えるほどだ。

しかも簡易とはいえ、そこは流石のアルカイト王国直属の技術者製。魔導工学の技術が流用されており、魔動石というコストが必要なものの、いつでも清潔である。余談だが、排泄物は処理された後、投棄される仕組みだ。そして高さ制限ゆえに、便座は和式である。

「ふぅ、スッキリじゃな。生活の全てがこの中で完結する。素晴らしいのぅ」

このワゴンは、ソロモンと相談して作り上げた理想の秘密基地である。古代地下都市では精霊屋敷にうつつを抜かしていたが、やはりワゴンはいいものだ。

と、そんな事を考えていた時、ミラはふと思い出す。精霊屋敷は、少しでも成長しただろうかと。

契約対象が成長、またはその絆が深まった場合、召喚時の魔法陣を拡張したりする事が出来るようになる。そうする事によって、様々な効果を得られるのだ。

(ついでに、サンクティアとワーズランベールも確認してみようかのぅ)

マキナガーディアン戦では、どちらも大活躍だったため、こちらも何かしら強くなったのではないだろうかと、ミラは考える。

思い立ったら即行動だ。目を瞑ったミラは、自身の内側に意識を向けた。

(ふむ、あの頃から、色々と増えたものじゃな)

内側に確かな繋がりを感じる。

ここまではもう慣れたものだ。そこから更に、精霊達との繋がりを強く意識していく。すると《系統樹》、ゲームによってはスキルツリーなどと呼ばれるものに似た一覧が脳裏に浮かんできた。それは開放する技能などの選択を行う契約術式だ。

改めてその繋がりを感慨深く感じながら、ミラは精霊屋敷とサンクティア、ワーズランベールの契約へ意識を向けていった。

(おお、遂にきおった。サンクティアの術式が強化出来るようになっておるぞ! しかし、ワーズランベールはまだじゃな)

やはりダークナイト千体に持たせたからだろうか、サンクティアとの契約はより深まり、強くなっていた。色々と術式を弄れそうである。けれど、ワーズランベールには変化がない。仕事が地味だったからか。それとも上級精霊ゆえに、余程成長限界値が高いせいだろうか。

どちらにせよ、そのあたりはゆっくりやっていけばいい。今回一番の目的は、精霊屋敷だ。

そこから続けて精霊屋敷の契約の確認をしようとした、その途中だ。ミラは別の拡張出来る契約に気付いた。

(おお!? 何と……これも現実になった影響とでもいうのじゃろうか)

ゲーム時代に契約していた精霊は、そのどれもが限界に達していた。ゆえにミラがこの系統樹を全体的に見たのは、随分と久しぶりの事である。

現実となったこの世界で、新たに契約したワーズランベールやサンクティアについては、時折個別に確認していた。だが、それ以外については、限界に達していた事もあり、さほど気にする事もなかった。

いつからそうだったのか。ダークナイトとホーリーナイトの契約術式が、限界を突破していたのだ。更なる拡張が可能な状態となっている。

その事実に驚いたミラは、急いで全ての契約を確認してみた。

結果、他にも全てが拡張可能であった。

(わしは間抜けじゃのぅ。昔のまま、勝手に限界だと思い込んでおったという事か……。成長するだけでなく、絆までこれほどとは……)

ミラは、契約した全てのもの達に感謝して、近いうちに挨拶だけでもしておこうかと考えたのだった。

と、感傷に浸っていたのも束の間。ミラは、ここぞとばかりに術式の拡張を始めた。最初は、事の発端となった精霊屋敷である。確認したところ、見事に拡張可能となっていたのだ。

契約術式の拡張。それは、召喚時の魔法陣に様々な効果を追加する事だ。その内容は、防護膜の強化や、能力値の上昇、特定の属性に対する耐性付与などなど、多岐に渡る。更には、契約ごとにも大きく変わる。

今回、精霊屋敷の場合は、戦闘には関係ない拡張項目ばかりであった。なおミラが選んだ拡張内容は、浴室に浴槽を追加するというもの。これでシャワーだけでなく風呂にも入れると、ミラはご機嫌だ。

そうして精霊屋敷を手始めに、ミラは全ての契約術式を拡張していった。

(やれやれ……。もっと早くに気付いておれば、マキナガーディアンもずっと楽に倒せたかもしれぬのぅ……)

確かな成長の手応えを感じながら、ミラはそっと意識を表に戻す。

「どれどれ……」

立ち上がったミラは、試しとばかりにホーリーナイトを召喚する。しかし、今回のそれはいつもと違っていた。ホーリーナイトはミラに重なるように、ミラを包み込むように出現したのだ。

「ほぅ、これは凄い。重さはまったくないのじゃな!」

それは、新たな拡張要素。《武具精霊装着》によるものだった。効果はその名の通り、武具精霊を装備として纏うというものであり、ホーリーナイトは今に見合った姿、まるで姫騎士の如き鎧となってミラを護っていた。しかも、その鎧の防具としての性能は、元となったホーリーナイトに準ずるもの。そのため相当に成長したミラのホーリーナイトが元となったこの鎧は、そこらの鎧よりも遥かに高性能である。しかも、フルフェイスの兜は着脱自在だった。

特徴である塔盾はなくなった、というより、術式調整の際にミラが自ら剣と盾を解除していた。ミラの戦闘スタイルからしてみれば、両手は空いていた方が戦いやすいのだ。

なお、今まで通りのホーリーナイトとして運用する事も当然可能だ。

「まだまだ、強くなれそうじゃな」

これまでの限界を超えた成長。契約術式の強化。新しい契約によるものではない。これまで培ってきた力が、今以上に強くなるという可能性に、ミラは心から喜んでいた。

召喚術士最強と謳われていた当時。それは達成感と同時に己の限界を知る事でもあった。契約術式は、既に全てが限界まで拡張済み。成長の余地はもうないとミラは思っていた。

しかし今回、そうではないとわかった。深く結ばれた絆が、まだまだ成長出来るとミラに教えてくれたのだ。

もしかしたら、これまでの限界は、そのように設定されていただけなのかもしれない。ゲーム時代の事を思い出しつつ、ミラはふとそんな事を考える。

ゲーム当時と、現実の今との違い。気付いていないだけで、まだ沢山の要素がありそうだ。

いつぞやコピーしたソウルハウルの研究資料を取り出したミラは、いつかそれらを目にする事を楽しみにしながら、更に強くなるための勉強に勤しんだ。

「しかしまあ、ソウルハウルの奴め。随分と先に進んでおるではないか」

空を行くワゴンの中。寝転がりながらソウルハウルの研究資料の写しを確認していたミラは、少々不貞腐れるようにして、そう呟いた。

ソウルハウルがこの世界に降り立ったのは、ソロモンよりも早かったと思われる。ソロモンが日課としていたフレンドリストの確認。その確認によって判明したのは、数名の九賢者がこの世界にやってきた時期。だが、ソウルハウルの名は、そこにはなかった。つまり、ソロモンが観測を始める前からこの世界にいたという事だ。

その三十年という時間は途方もない。その間、研究を続けていたソウルハウルの研究資料は、ミラが纏めている資料の遥か先をいっていた。

当然といえば当然だが、負けず嫌いのミラは直ぐにでも追いついてやるとばかりに、その資料を更に深く読み込んでいく。

そうして瞬く間に数時間が過ぎた。外は夜の闇に覆われ、空はどんよりとした雲の合間から僅かに星が覗いていた。

「おっと、もうこんな時間じゃったか」

時刻は既に、夜の九時。資料に夢中になり過ぎて気付かなかったが、思えば随分と空腹であると、ミラは外を見つめながら思う。

とにもかくにも、ハクストハウゼンへの道のりは、半分以上を消化出来た。今日はここまでにしておこうと、ミラは川の畔に着陸するようにガルーダへ指示を出す。

どうやら直ぐ近くに川はなかったようで、暫く旋回した後、少し遠くに見つけた川の傍へ飛んでいき、ガルーダは指示通りの畔にワゴンを下ろした。

「今日はご苦労じゃった。明日も頼むぞ。ゆっくり休んでくれ」

ミラは、ガルーダにそっと触れて労いの言葉をかけてから送還する。ガルーダは、任せとけといわんばかりに翼を広げ、光の中に消えていった。

その後、精霊屋敷を召喚したミラは、まず空腹を解消するために弁当を食べ始めた。

「うむ。やはりこれが正解じゃな」

料理をする手間も時間も必要ない。食べたいと思った時、空腹を感じた時に、すぐそれを満たせる。弁当を買い込んだのは大正解だったと、ミラは出来立てそのままの焼肉弁当を味わいながら実感した。

そうして腹を満たし終えたミラは、ここまであえて触れなかったそこに向かう。そう、先ほど拡張して浴槽を追加した浴室だ。

これまではシャワーで我慢するしかなかった。それでも十分に贅沢ではあるが、いよいよ人里離れた場所にありながら、今度は風呂にまで浸かれる。

ミラは逸る気持ちを抑えつつ、ゆっくりと浴室の扉を開けた。

「おお……。風呂じゃ……。見紛う事無く、風呂じゃ!」

シャワーだけしかなかったそこは、見事に拡張されていた。シャワーの隣に、しっかりとした造りの石風呂が出来上がっていたのだ。

その大きさは、一般家庭にある浴槽と余り変わらない。しかし光沢のある表面をした石風呂は、貴族屋敷らしくとても高級そうな輝きを秘めていた。

ただ一つ問題があるとすれば、そこには湯が張られていない事だろう。

「弁当を食っておる時に、溜めておくべきじゃった……」

楽しみを後にとっておいたがゆえの後悔だった。しかし、その程度の事でへこたれるミラではない。即座に蛇口を全開にして、湯を溜め始める。湯量からして、十分もすれば入れるようになるだろう。

精霊屋敷というとんでも存在でありながら、風呂に湯を張る方法は、とても庶民的である。しかしミラは、少しずつ溜まっていく湯を眺めながら、楽しげに微笑む。

どのような環境下であろうと、精霊屋敷を召喚出来れば風呂に入れる。それがたとえ、吹雪吹き荒れる雪山であろうとも。その秘められた可能性の始まりという事もあってか、ミラは今後に期待を膨らませていく。風呂に入れないような場所で入る風呂。その何とも魅力的な事か。

「あと半分ほどじゃろうか……」

居ても立っても居られず服を脱ぎ、全裸で待機していたミラは、じらすようにじわりじわりと水位を上げていく湯面を見つめ、そわそわと落ち着かない様子だった。

「……ふむ。ついでじゃからのぅ」

じっとしていられなかったのだろう。ミラは時間を潰すために、『水だけで簡単魔動式洗濯袋』を取り出して、そこに脱ぎ捨ててあった衣服を投入する。更にアイテムボックスから着替えの詰まったカバンを取り出し、そこに溜め込んであった使用済みの下着も追加した。

「こんなものじゃな」

洗濯袋の容量ギリギリだが、何とかなる。そう判断したミラは、蛇口から湯を注ぎ、袋の口を塞いだ。

「後は、待つだけ……っと。実に便利じゃのぅ」

スイッチを入れると、じゃぶじゃぶ音を立て始めた洗濯袋。これだけで衣類が洗えるというのだから、ディノワール商会の技術力には驚きである。ただ当然、本格的に洗った時には敵わない。しかし、さほど汚してもいないので、これで十分だというのがミラの考えだった。

「まだ、もう少しか……」

洗濯の作業を終えたミラは、浴槽に振り返る。湯面はあと二割ほど満杯には足りなかった。しかし、身体の小さなミラである。既に肩まで浸かるには十分な量だ。しかしミラは、妥協しない。湯船に入ると同時、溢れ流れる湯の音の心地良さもまた、風呂で味わえる一つの贅沢だからだ。

「お、贅沢といえば、あれの出番ではないか!」

最高の一瞬を思い描いていた時、ミラの脳裏に、それを更なる極上に導く存在が浮かび上がった。

湯上りに飲む一杯だ。火照った体に染み渡るそれは、正しく風呂においての画竜点睛といっても過言ではないだろう。

そしてミラは、いつか精霊屋敷で風呂に入れるようになった時のため、その一杯を担えるであろう品々も買い出し済みであった。

「記念すべき初めての風呂じゃからな。ここは慎重に選ばねば……」

アイテム欄を開いたミラは、この時のために用意した品々を見つめ吟味し、今に相応しいものの厳選を始める。

そうこうして数分後、ミラは一本の瓶を選び出した。すると続けて、またもディノワール商会製の魔動式冒険者グッズを一緒に取り出す。

それは、『簡単ひえひえ冷却ボックス』という道具であった。片手で持てる程度の大きさで、性能はその名の通りに冷却だ。箱型のそれに入るものならば、なんでもキンキンに冷やす事が可能である。なお姉妹品に、『簡単ほかほか加熱ボックス』なるものもあった。これも性能は名前通りだ。

ミラは、魔動筒をセットした冷却ボックスに、選び出した瓶を入れてスイッチを押した。

風が渦巻くような音が、僅かに聞こえてくる。これで、後は待つだけだ。

と、風呂上がりの一杯の仕込みが終わったところで、浴室から水の流れる音が響いてくる。見ると、ようやく湯船が湯で満杯になっていた。

「いよいよじゃな!」

浴室に飛び込んだミラは、蛇口を捻り湯を止めて、そっと湯船に手を浸ける。風呂は四十数℃を超えた熱めであり、見事にミラ好みの仕上がりとなっていた。

「これじゃこれじゃ」

風呂がベストな状態である事を確かめたミラは、いざとばかりに右足を湯船に入れる。途端に足を包み込む圧と熱。ミラは足元から込み上げてくるような何かを感じながら、左足もそこへ浸けると、そのまま一気に全身を湯船に沈めた。

「あ、ああ、あー……。極楽じゃぁ」

ミラは身体が感じるままに、悦の声を漏らす。同時に浴槽の縁からは、ざばりと湯が流れ落ち、滝のような音色を浴室に響かせた。身体が小さいがために、昔ほどの勢いはない。しかし、その瞬間に感じられる征服感は健在だ。そして湯を無駄にした事による背徳感は、全身を巡る程よい熱の刺激と共に、快楽に似た感覚を呼び起こす。

ミラは支配者の如く湯船で両足を投げ出し、待ちに待った風呂の時間を堪能した。