軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

194 忘れた頃に

百九十四

ミラとソウルハウルは、互いの手札を明かしてから、マキナガーディアン戦の作戦を組み立てる。考えうる限りの動きに対応するため、その内容は多岐に渡っていたが、昔取った杵柄というべきか、二人はそれらを即座に把握し覚えていく。

そうして概ね、マキナガーディアン即日討伐作戦が出来上がった。

「一先ず、こんなものかのぅ。後は、予定外の事には臨機応変、じゃな」

「だな。いつも通りだ」

どれだけ緻密に作戦を立てても、いつだって不測の事態というものは起こるものだ。そんな場面に出くわしてから、作戦がないので対応出来ない、なんて事にならぬよう、その場合は個人の独断で采配すると、九賢者内では決まっていた。

臨機応変に対応する。実に便利な言葉であるが、二人にとっては互いに信頼しあっているからこその投げっ放しというわけだ。

「さて、後は明日に備えて十分に休んでおくだけじゃな。と、そういえば妨害ゴーレムの調子はどうじゃ?」

少し眠気が差してきたのか、ミラは小さなあくびを浮かべつつ、そう口にした。

「今のところは順調だ。しかしまあ、学習能力から考えて次はどうなるかわからないって事を思えば、明日で仕留められる手段が出来たのはありがたいな」

「そうじゃな。まさか、あのような対応をしてくるとは驚きじゃったからのぅ。長期戦は考えん方がよさそうじゃ」

ゲーム当時、マキナガーディアンは、ただ決められた行動パターンを繰り返すという、正に機械らしいボスだった。

とはいえ、そのパターンは数百通りに及び、その全てを状況に合わせ巧みに繰り出してくるため、覚えれば勝てるなどという楽なものではない。全てのパターンに対して完全にとは難しい。せめて安定して対処出来る作戦を数種類準備するというのが定石だ。

そして今回、ミラ達が練った作戦も、この派生みたいなものである。

とはいえ世の中は広いもので、マキナガーディアンの全ての行動パターンを完全に記憶して撃破するなどという者達が、上位陣の極々一部にいた。アーク大陸の二大国家の一つ、ニルヴァーナ皇国の『十二使徒』だ。

かなりの変人揃いである。

「最初からあったのか、現実になった作用によるものか。どちらにしろ厄介な機能が出てきたもんだな」

実に鬱陶しそうな声でソウルハウルがぼやく。マキナガーディアンには学習機能がないように思われていたが、実は長期戦になればなるほど活きてくる仕組みだったのかもしれない。とはいえ今となっては、もう関係のない事だが。

「それも明日仕留めきれば、それで終いじゃ。策も秘策も十分に用意した。存分に暴れてやろうではないか」

「まあ、そうだな。久しぶりの全力には、丁度いい相手だ」

二人は自信満々にそう口にして、にやりと笑う。その表情はまるで、新たな試みに赴くマッドなサイエンティストのようでもあった。

「と、そういえば一つ、お主のやる気を更に引き立てる話があったのじゃった」

いよいよ眠る準備を始めた頃、ミラはトイレから出てくるなり、ふと思い出したようにそう口にした。すると準備もそこそこに簡素な敷物の上で横になっていたソウルハウルが、挑戦的な笑みを浮かべて振り向く。

「なんだ? 俺にやる気を出させるなんて相当な事だぞ」

やれるならやってみろとばかりな様子で、ソウルハウルはその場に座り直した。その口振りからして、随分と捻くれた自信があるようだ。

ミラはそんなソウルハウルに向かい合うようにして特製寝袋の上に座ると、それを語る。精霊王とマーテルから聞いた事。悪魔の刻印とは聖痕であり、そして確かに神命光輝の聖杯の力で、それをどうにかする事が可能であるという話を。

「とまあ、そういう訳じゃ。予定とは多少違うかもしれぬが、死ぬ事は避けられるという。要らぬ世話じゃったかもしれぬが、お主の選択の行く先は、精霊王と始祖精霊のお墨付きじゃ」

ミラは、そう伝えるだけ伝えると、反応を待たずにそのままごろりと横になった。

「あれが聖痕、ね。まったくややこしい。だが結果、どうにかなるならどうでもいいさ」

悪魔の刻印に苦しむ一人の女性を救うため、神命光輝の聖杯を求めていたソウルハウル。けれど実際は彼女を苦しめていたのは悪魔の刻印などではなく、聖痕だった。

更に、この聖痕を聖杯の力で安定させた後、特別な癒しの力に目覚める。

ソウルハウルはそれらの事実に多少驚いた様子だが、どちらにしろ結果助かるなら問題はないと言い切った。そして同時に、にやりと口端を吊り上げる。

「そうなると、つまりこういう事か。その力を使うたびに、あいつは俺の死霊術に助けられたって事を思い知らされる日々を送る事になるわけだな」

ソウルハウルは敷物の上に寝転がり、それは愉快だと笑う。そして「長老の言う通り、俄然やる気が出てきたな」と、これまで以上に気力が満ちた表情を浮かべた。

「そうかそうか、それは頼もしいのぅ」

聖杯作りにかけた努力が無駄にはならなかった。当初の予定とは違ったが、ソウルハウルが張り切るならそれでいい。ミラはそんな事を思いながら服を脱ぎ寝袋に入る。

『素直になれない照れ隠しね。私にはわかるわ』

『そうじゃのぅ、いつか素直になれるとよいのぅ』

どこまでも愛を叫ぶマーテルの声が脳裏に響くと、ミラは諦めたようにそう応えて、そっと目を閉じた。

古代地下都市の七層目。そこで遂にソウルハウルと再会した次の日の朝の事。

寝起きのぼんやりした意識を朝のシャワーで覚醒させたミラは、既に用意されていた朝食にありついた。メニューはソウルハウルお手製のサンドイッチとスープ。それと、マーテル特製のステータスブーストフルーツだ。決戦前に丁度良いとして、ミラが用意しておいたものである。

その伝説級フルーツは、ソウルハウルの手によって綺麗に切り分けられ、皿に並んでいた。これまで丸齧りだったミラの食べ方に比べ、実に優雅な食卓だ。

なお、ソウルハウルは既に朝食を終えているようで、今は特別な上級死霊術に必要となる魔法陣を拵えていた。

「さて、作戦の再確認をするぞ。食いながら聞け」

「んむっむ」

ミラは、サンドイッチを頬張りながら了解の意を示す。何とも間抜けな姿であるが、それでも実力は確かだ。ソウルハウルは、ゲーム当時との落差に若干頼りなさを感じつつも、打ち合わせを始める。

打ち合わせ自体は再確認というだけあって、簡単なものだった。念のために、昨夜の作戦概要を今一度擦り合わせる程度だ。

「で、どちらかが瞑想を始めたら、防御に徹する、と」

「んむ。始めると、全ての感覚が遮断されるから注意じゃな」

瞑想。それは、ミラが技能大全で見つけた中でも、非常に便利な技能だった。正式には『転界心法』という名だが、それを行う姿が完全に瞑想のそれなので、二人はこう呼んでいた。

その習得条件は精霊の加護も含めて多岐に渡り、難度は相当高いが、九賢者ともなるといつの間にかそれらを達成していたりもする。なので後は、方法を知るだけでよかった。

結果ミラは数日前、技能大全でこれを知ったその日の内に習得し、ソウルハウルも昨夜の作戦会議中にものにしていた。

そして、肝心な『転界心法』の効果だが、それはマナの回復速度を大きく高めるというものであった。条件が厳しい分、その効果は確かであり、マナ最大値が非常に高いミラであっても、五分あれば最大まで回復出来るくらいだ。

しかし、デメリットもある。この効果中は、視覚、聴覚、嗅覚、触覚、痛覚が完全に遮断されるというものだ。

これの最も恐ろしいところは、痛覚の遮断である。瞑想中、攻撃を受けてもわからなくなり、気付けば致命傷を負っていた、なんて事もあり得たりする。

状況判断が非常に重要となる技能だといえるだろう。戦闘中に使うなら、尚更だ。

「リスクがでかい分、霊薬の中毒度を考えなくていいってのは最大の利点だよな。つまり上手く立ち回れれば、マナを気にせず最大火力が維持出来るって事だ。これはもう、術士なら必須になるだろ」

技能『転界心法』の特性上、自動で身を守る事が出来る使役系の術者にとって、一番重要なデメリットを大きく軽減出来るという利点があった。

その点が特に気に入ったようで上機嫌なソウルハウル。その理由について、実は霊薬の調達がかかわっていたりする。

強力な回復効果をもつ霊薬は、ゲーム時代よりも価格が高騰している傾向にある。けれど、さほど金銭面で困っていないソウルハウルが気にしているのはそこではなかった。

問題は、数だ。価格高騰の原因は、流通数の減少によるところが大きいのだ。金があっても、品がなければ意味はない。

特に、相当無茶をしてここまできたソウルハウルにとって、この霊薬の存在はとても重要だった。

「マナ回復の霊薬を呑み過ぎたせいで、生命力回復の霊薬が飲めなくなった、何て事は減りそうじゃな」

「でかいな」

ミラがぽつりとゲーム時代のあるある話を口にすると、ソウルハウルは当時を思い出したように、にやりと笑った。

一定以上の強力な回復効果を持つ霊薬には、中毒度という問題がある。効果が強いがゆえに、身体に与える影響が大きく、霊薬を服用し過ぎると意識の混濁や酩酊状態に陥り、場合によっては失神してしまう事もあった。

そのため霊薬をいつ使うかというのもまた、上級での戦いでは重要な要素なのだ。

なお、そこまで強力ではない回復薬なら、いくら飲んでも中毒にはならない。ただ現実となった今は、流石に度を超すと腹を下すなどの症状が出たりはするが。

「まあ、これを知れただけでも、長老に会えた価値はあったな」

ソウルハウルは、描きあがった魔法陣を、『写し紙』に写しながらそう呟く。

「なんじゃそれだけか? ほれ、もっとあるじゃろう。旧知の友に会えた喜びとかもじゃな」

「あー、そうだな。上級の術が──」

上級の術が解放された事にも感謝している。ソウルハウルは、そう口にしようとした瞬間、ふとそれを感じ険しい表情を浮かべた。

「何かあったようじゃな。もしや、またゴーレム等が消されたか?」

ソウルハウルの表情に気付いたミラは、昨夜の様子と似ている事から、そう予想する。

「ああ、正解だ。残りはもう四体と少なかったが、今、その反応がまとめて消えた」

どうやらミラの予想は正解だったようだ。ソウルハウルは手早く、魔法陣の写しを終えると戦闘準備を整えた。同時にミラも、いよいよかと立ち上がり、最終確認を済ませる。

「マキナガーディアンが学習し終えたのかのぅ」

「かもしれないな。武装まで回復されては面倒だ。早めに出るぞ」

言うが早いかソウルハウルは、精霊屋敷を飛び出していく。

妨害のゴーレムが消えたという事は、暫くしてマキナガーディアンの回復、もとい修復が始まるという事だ。そして直れば直るほど、破壊済みのマキナガーディアンの武装もまた復活する。実はそれが、かなり厄介だった。

「武装解除からやり直しは、きついのぅ……」

当然、その事を重々承知しているミラもまた、室内を片付けてから精霊屋敷を送還すると、急いでソウルハウルの後を追いかけた。

部屋から出たミラ達は、そのまま廊下を駆け抜け、最深部へ向かう。

一つ目の角を曲がり、二つ目の角を曲がり、そして三つ目の角、ゴーレム達を並べていた廊下に差し掛かるその角を曲がった時、ミラとソウルハウルはその足を止めた。

「なんとも、このタイミングで出てきおったか……」

「ああ、そういえばこのパターンもあったな」

二人の前方、廊下の只中。そこには、ゆらりと佇む一つの影があった。スクラップを張り合わせたような胴体、二本の腕、四本の脚、頭部は仮面をつけたからくり人形のように無機質で、左右の手には柄のない刃を携えている。

全体的に鈍い鉛色をしたそれは、ぎりぎりと身体を軋ませ、ミラ達に振り向いた。

左右非対称で、全てが寄せ集めのようなその姿は、初見の頃と変わってはいるが、それでも内包する異様さは変わっていない。

ここで現れたのだ。古代地下都市七層目の徘徊型ボス。『機械仕掛けの徘徊者』が。

「思えば、残りのゴーレムが四体ならば、確かにこやつでもまとめて破壊は可能じゃな」

「そうだな。二回目で登場とか、随分と気を持たせてくれたもんだ」

ミラとソウルハウルは、油断なく敵を見据えたまま、どうしたものかと考えた。そして先に答えを出したのは、ミラであった。

「奴はわしが引き受けよう。お主は予定通り、戦場を 作って(・・・) おいてくれ」

一歩二歩と踏み出していき、徘徊者の注意を引きつけながら、ミラはホーリーナイト二体とダークナイトを一体召喚する。

油断さえしなければ勝てる相手とはいえ、マキナガーディアンに次ぐ戦闘力を誇る徘徊者は、見た目通り金属の体からして耐久値が非常に高い。二人でかかっても、場所の狭さなどの条件から、討伐まで五分以上は必要になるだろう。

問題は、マキナガーディアンの回復だ。ソウルハウルが言うに、一つ前のゴーレムが自爆してから既に八分は経過しているという。間もなく回復が始まる時間であった。そのため徘徊者を片付け終わる頃には、幾つかの武装が修復されている事だろう。

それらを踏まえて、ソウルハウルは「わかった」と即答する。そして一気に飛び出したダークナイトとホーリーナイトの陰に隠れて走った。

直後、徘徊者が動く。気味の悪い駆動音を響かせて、四本の脚を巧みに操り狙いを定め、飛びかかる。

するとどうした事か、徘徊者は接近するダークナイトとホーリーナイトには目もくれず、手にした二本の刃をソウルハウルに向けて振り下ろした。

影に隠れているにもかかわらず、的確にソウルハウルだけを狙った一撃。しかし、ソウルハウルはそれを意に介さずに脇を駆け抜けていく。良く知っているからだ。徘徊者が無視した騎士達が、どういうものかを。

瞬間、徘徊者の刃はホーリーナイトの塔盾に衝突して、激しく火花を散らした。

拮抗する力と力。しかし、その直後、廊下に響く駆動音が一際高まると、途端にホーリーナイトが押され始める。

(流石の馬力じゃな……)

Aランクの更に上をいく戦闘力を持つ徘徊者。流石のミラでも、下級召喚だけでは押さえ切れない様子だ。

徘徊者は、ホーリーナイトの塔盾を弾くと、ミラに背を向け駆ける。またもソウルハウルを狙うつもりのようだ。

(わしを無視してソウルハウルを、か。ボス部屋に近づくものを優先的に攻撃する、というパターンかのぅ)

状況から瞬時にそう判断したミラは、自ら奥に向かっていく。

その前方、ソウルハウルを追撃する徘徊者は、背後をとるべく先回りしていたもう一体のホーリーナイトによって、その進行を妨害されていた。

しかし、徘徊者の強烈な一撃によって、ホーリーナイトが大きく弾かれ道が開く。

盲目的にソウルハウルを追おうとする徘徊者。その体を黒い刃が襲った。それは、ミラが変異させたダークロードの形無き剣。マナで形成された黒刃だった。

自由自在に繰り出されるその刃は、徘徊者の頑強な装甲に確かな傷を穿つ。同時に追いついたミラは徘徊者の前に回り込み、自身の前方、先を行くソウルハウルと徘徊者を隔てる位置にホーリーナイト二体を並べる。

【召喚術・変異:ホーリーロード】

ミラが術を発動すると、ホーリーナイトは眩い光に包まれた。そして、その光の中より、変異を遂げた二体の騎士が姿を現す。より装甲を増した純白の騎士は、その左右の手に城壁と見紛う程の重厚な巨盾を携えていた。

ホーリーロード。それは、ダークロードとは対照的に、ただ護る事にのみ特化した存在であった。その防御力は見た目通り鉄壁だが、代わりにその機動力も見た目通りに鈍重で、多少動く壁としての役割しか出来ないのがホーリーロードの欠点だ。

けれど今、空間の限られた場所であるこの通路において、ホーリーロードはその能力を最大限に発揮した。完全に護りに徹したホーリーロードは、上級レイドボスの一撃にすら耐えられる。そして徘徊者は強敵とはいえ、どちらかといえば手数で攻めるタイプであり、ホーリーロードを抜けるだけの火力は持っていないのだ。

通路を塞ぐように巨盾を構えるホーリーロード。並ぶ二体のその間、徘徊者の体では通り抜けられない程度の隙間から徘徊者の姿を覗き込みながら、ミラは上手くいったとほくそ笑んだ。