軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

163 出立日和

百六十三

まだ空が白み始めたばかりの早朝。お手洗いに目を覚ましたミラは、そっとベッドから抜け出し用を済ませた。

「しかしまぁ、賑やかじゃったな」

明かりの消えたリビングで、ぽつり呟くミラ。微かな朝焼けの光が漂い静まり返るそこは、日を跨ぐまで鍋パーティで盛り上がっていたとは思えないほど、落ち着いた気配で満たされていた。

セントポリーでの祝勝会とは違う、不思議な温かさを思い出しながら、ミラは現在時刻を確認する。

時間は、午前五時。鍋パーティと、その後の雑談会が解散してから、まだ四時間ほどしか経っていない。けれど、一眠りしたからだろうか、それがとても遠い出来事のように思えて、ミラは少しだけ寂しさを感じた。

「お、随分と細かく変わっておるのぅ」

ミラがふと目にしたのは、様々な小物が並べられた飾り棚である。独自の風水に基づき整えられたそれは、ミラの無事を想うマリアナの願いそのものといえるだろう。

他にも探してみると、植木の中に黄色い亀の置物や、テーブルの下に虎のぬいぐるみなど、部屋のあちこちにマリアナの願いが隠れており、それを見つけるたびに、ミラはこそばゆい気持ちになった。

そうこうして、ようやく寝室に戻ったミラは、またそっとベッドに身を滑り込ませる。

「ミラ様?」

直ぐ隣で、小さくマリアナの声がした。最早当然といえるだろうか、マリアナが断固として引かなかったため、この日も一緒に寝ていたのだ。ちなみにルナも、枕元でぐっすり眠っている。

「すまん。起こしてしまったか?」

朝焼けの薄明かりの中、僅かに浮かぶマリアナの輪郭。鮮明に見えない分、その息遣いは特に際立つように感じ、照れたミラは少しだけ距離をあけて横になった。

「いえ、うとうとしていましたので」

「そうか」

静かな部屋に、二人の声が微かに浮かび上がる。そしてまた、柔らかな静寂が二人の間に生まれ、温かい時間が流れていく。それは、誰にも邪魔される事のない、優しい凪の刻。触れるより、言葉を交わすより、ずっと傍にいるという事を感じる不思議な瞬間だ。

そんな心地よい間を置いた後、ふと、僅かな衣擦れの音がした。

「ミラ様は、本日、出立なさるのですね?」

振り向けば、身体ごとミラに向き直ったマリアナの姿。やはり、どこか寂しそうなその様子に、ミラは無意識に目を伏せる。

「うむ。そうじゃな」

そうミラが短く答えたところ、「では、旅の準備をしておきます」と言ってマリアナが起き上がった。

「いや、そう急ぐ事でもない。昨日は眠るのも遅かったじゃろう。出るのは昼過ぎの予定じゃからな。ほれ、もう暫くじゃな……一緒に眠っていようではないか」

今更といえなくもないが、朝早くからマリアナに働かせるのは気が引けると、慌てて止めるミラ。それと同時に心の隅にあった、もう少しこうしてぼんやりしていたいという気持ちが、僅かに顔を覗かせる。

「……分かりました。ミラ様が、そう仰るのなら」

一緒に眠っていよう。思わずミラが口にしたその一言にマリアナは微笑み、再びベッドに身を横たえた。その際に、さりげなく二人の距離は縮まり、ミラは直ぐ傍に感じるマリアナの息遣いに戸惑う。

だが、それも束の間。ミラは精一杯の男気を振り絞り、マリアナの手を握って向かい合う。

「ほれ、アレがまだじゃったろう……?」

多少口ごもりながらも、ミラは照れたように笑った。するとマリアナも「そうでしたね」と微笑んで、ミラの手を握り返す。

少しして二人の間に、その絆の証となる温かい光が膨らんでいく。

と、その時である。不思議な光に目を覚ましたルナは、ねぼけまなこでミラとマリアナを確認してから、まるで誘われるように光に向けて歩き出し、そのまま二人の間で丸くなったのだ。

「寝惚けていても、甘えん坊じゃのぅ」

「ルナも、ミラ様の事が大好きですからね」

きゅい、と小さく声をあげるルナを優しく撫でながら、ミラとマリアナは微笑み合うのだった。

いつの間にか眠りに落ちていたミラは、朝の少し遅い時間に起き出した。気付けば目の前にマリアナの姿はなく、ルナが丸まって寝息を立てているだけだ。

「気持ちの良い朝じゃのぅ」

朝日が差し込む寝室で、うんと伸びをしたミラは、そのまま優しい音と匂いに誘われて部屋を出る。

「ミラ様。おはようございます」

「うむ、おはよう」

それはもう、何度目の光景か。新婚生活という言葉を脳裏に描きながら、ミラはマリアナに世話になりっぱなしな朝を過ごす。

シャワーを浴びて、侍女達特製の新作衣装に着替え、ようやく起きてきたルナと一緒に朝食を摂る。嬉しくてこそばゆい、当たり前のようで尊い一時が流れていった。

朝食の後は、マリアナと一緒に旅の支度を始める。ミラは必要になりそうなものを倉庫から取り出し、アイテムボックスに収めていく。

その間、マリアナは着替えをカバンに詰めていた。その途中、ルナが青い毛玉を銜えて来ると、それをカバンの片隅に入れる。

「偉いですよ、ルナ。お守りも入れておかないとです」

どうやらそれは、ルナの毛でマリアナが作ったお守りだったようだ。幸運を呼ぶというピュアラビットの毛をふんだんに使った、大変贅沢なお守りである。

倉庫から戻ったミラは、様子見がてら、マリアナの作業を覗き込む。そして、ピンク色の下着類がずらりと並んでいる事に驚嘆した。聞けばなんでも、今月のミラのラッキーカラーがピンクなのだそうだ。

随分と慣れてきたとはいえ、乙女度最大の下着は、まだまだ難度が高いと苦笑するミラ。だがその時、ふとした予感が脳裏を過ぎった。

(今月のラッキーカラーという事なら、既に!?)

慌ててこっそり今の下着を確認したミラは、乙女ちっくに飾られた自分の姿に、ただただ笑う。甲斐甲斐しくマリアナに世話されていた着替えの時、既に仕込まれてしまっていたのだ。

(……まあ、流石は、わしじゃな。似合っておるではないか)

清純な白や、妖艶な黒も着こなしてきたミラは、乙女なピンクに彩られた自分を見つめながら、その内慣れるだろうと、やけくそ気味に笑った。

二人と一匹で穏やかな時間を過ごし、旅の支度も整った頃。気付けば、もう昼過ぎであった。

昼食は、朝の内に仕込んでいたようで直ぐに終わる。同時に旅先で食べられるようにと弁当も用意していたようで、ミラは出来立ての愛妻弁当を大切そうに受け取った。

そして、いよいよ昼の中頃。出発の時間となる。

「では、行ってくる」

「行ってらっしゃいませ」

召喚術の塔の傍。ガルーダに牽引されたワゴンの前で挨拶を交わすミラとマリアナ。早ければ一、二週間で帰れるものだが、どことない寂しさが二人の間に揺らいでいた。

そんな時、「きゅいっ」と寂しそうな声をあげて、ルナがミラに飛びついた。

「おっと。仕方のない子じゃのぅ。マリアナの言う事をよく聞いて、良い子にしておるのじゃぞー」

ルナを受け止めたミラは、そのまま抱きしめ頬を摺り寄せる。するとルナは、それに応えるように「きゅいー!」と嬉しそうに鳴いて、ミラの頬をぺろりと舐めた。

「マリアナや。苦労ばかりかけるが、引き続き、ルナの事も頼む」

そう言ってミラは、ルナを抱き直してからマリアナに差し出す。その手の中で、ルナは満足そうな目をミラに向けていた。

「はい、お任せ下さい」

ルナを受け取ったマリアナは、少しだけ羨ましそうにルナを見つめ答える。

少しの時間でも、別れる時は物悲しい気分になるものだ。しかし、それは果たして偶然か。そうする事で元気になれる者もいるのだと、ルナに教わったミラは、思い切ってマリアナを抱きしめた。

「ミラ……様?」

マリアナは、驚いたように声をあげる。その際、マリアナの手からぴょんと飛び降りたルナは、二人の事を見上げながら「きゅい」と、また嬉しそうに鳴いた。

「ほれ……なんじゃ……。ルナばかりでは不公平じゃからな!」

自身でも大胆な行動をしたと感じていたミラは、少ししてから、そう言い訳めいた言葉を口にする。けれど次の瞬間、改まるようにして「では、行ってくる」と、マリアナの耳元で囁いた。

「はい。行ってらっしゃいませ」

ぎゅっと抱きしめ合い温もりで心を満たした二人の間には、もう寂しさなどが紛れ込む余地はなく、この日は晴れやかな笑顔に彩られた、絶好の出立日和となったのだった。