軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

160 帰宅

百六十

アルカイト王国に帰還したその日。ソロモンと語り明かしたミラは、そのまま王城で一泊した。

そして迎えた朝の事。ミラは当然のようにやってきたリリィに起こされ、寝ぼけ眼のうちに着替えさせられたあと、食堂に連行されていった。

途中でタバサ等も合流し、随分と騒がしい朝食を終え、リリィ達の願望通りに身だしなみを整えられてから、ようやくミラは、執務室に赴いた。

「一度、塔に顔を見せてから出発だったよね」

「うむ。次もまた、それなりにかかりそうじゃからな」

昨夜、ミラは古代都市に向かう前に塔に帰る旨を伝えていた。近況や次の任務についての報告、塔の状況の確認など色々と羅列したミラだが、マリアナに会いたいからという理由だけは伏せたままだ。

「あ、出張ばかりで申し訳ないって、奥さんに伝えておいて」

「なっ、そういう関係では、のぅ……」

「さて、誰を思い浮かべたのやら」

赤面してうろたえるミラを眺めながら、ソロモンはからかうように、だがどこか優しい顔で笑った。

「いってくる」

「はい。気をつけていってらっしゃい」

むすりとしたミラと、にこやかなソロモン。短い挨拶を交わした二人は、最後にいつも通りの様子でにやにやと笑い合う。そしてミラは執務室をあとにし、ソロモンは机の書類を前にため息をもらした。

術士の街、シルバーホーン。その中心には、街の象徴であり術士の聖地でもある銀の連塔が、悠然と聳えている。そして周囲を覆う大きな壁には、空からの侵入を防ぐ特別な術式が組み込まれていた。

この術式は、出る際には反応しない仕組みになっており、クレオスのワゴンのように敷地内から直接飛び立つ事が可能だ。

しかし、ワゴンで帰ってきた場合には、この術式に行く手を阻まれる事となる。

「お、ソロモンが言っておった場所はあそこじゃな」

銀の連塔の周囲にある広場は観光地となっており、特に正面の門は、ほぼ一日中、人で賑わっている状態だ。そのため、ガルーダで降りるには不向きである。なので比較的人の少ない、もう一つの門を使うようにと、ミラはソロモンから聞いていた。

見れば広場の一箇所に、ガルーダが着陸出来そうな空き地が確認出来た。しかもそこは、湾曲した小さな池で遮られており、人が近づけないような造りになっていた。

ガルーダに指示して、ワゴンをその場所に着陸させたミラは、颯爽と大地に降り立ち、 塔鍵(マスターキー) を手に門を開ける。

そして今度は、敷地内にワゴンを牽き入れるため、ガルーダを送還してガーディアンアッシュを召喚しようとした時だ。

いつの間にか池の周りに集まっていた観光客達と、目が合ったのである。

大いに賑わいをみせる観光客達。中には、ミラの事を羨望の眼差しで見つめる、術士と思しき者の姿も交じっていた。

銀の連塔。ここは今、アルカイト王国が誇る最大の観光スポットだ。人の数だけ楽しみ方もまた生まれる。表通りとは大きく離れたこの門は、比較的静かなものの、時折クレオスやアマラッテ、そして陰陽術の塔の代行等が、どこからともなく乗り付ける場所であった。

ゆえに、そんな一瞬を見れたらいいなという期待を持って、足しげく通う者達もまた多い人気のスポットとなっているのだ。

(……着陸し易いだけで、人の数は変わらぬではないか!)

無数の視線にさらされたミラは、素早くワゴンに戻って、瞬く間にガーディアンアッシュを召喚すると、そのまま塔の敷地内に飛び込んでいった。

一瞬の賑わいを見せた裏門では、そこに集まった観光客達が、その余韻の中で一層騒いでいた。

ガルーダが飛んできたので、クレオス様だと思ったら違った。あれは、誰だろうと。

「ガルーダの大きさがクレオス様のより大きかった気がする」

「私も、そう思った。あと、色合いも」

観光客達がそんな会話をする中、その後の召喚術も驚くほど速かった、術の構築を目で追えなかった、という術士達の興奮した声も飛び交う。

「もしかして今の子が、最近噂になってる弟子とか?」

誰かが、ふと口にしたその言葉をきっかけに、裏門では更なる憶測と妄想で溢れ返る。

正真正銘ダンブルフの弟子。ダンブルフの隠し子。またはクレオスの隠し子。転生したダンブルフ。いやいや、実はダンブルフ本人。などなど、想像力逞しい者達は、さりげなく大正解しながらも、彗星の如く現れたミラの話題で、大いに盛り上がり続けるのだった。

召喚術の塔に帰ってきたミラは、相変わらず閑散とした塔内を突き進みつつ、少なくても在籍しているという研究員はどこにいるのかと不貞腐れつつ、最上階に上っていった。

(な……なにやら緊張するのぅ。こういう時はやはり、ただいま、なのじゃろうか)

自室の正面。暫く離れていたからか、そこに立った途端、懐かしさと共にかつての一時が思い出のように浮かぶ。そして、その思い出の中にひらりと漂う、帰りを待っていてくれる者がいるという感覚に、得も言われぬものを感じミラは戸惑う。

けれど、今はここが帰るべき場所であると考えているミラは、ようやく意を決して扉を開いた。

「今帰ったぞー」

どこか単身赴任から戻った夫のような心持ちで自室に入ったミラ。だが、少し待っても返事が無い。どうした事かと部屋を見て回り、寝室までこっそり覗いてみるも、そこにマリアナの姿はなかった。

「もしや……!」

勢い良く振り向いたミラの視線の先には、浴室に続く脱衣所の扉があった。その瞬間ミラの脳裏を過ぎったのは、かつて偶然にたまたま意図せずして目撃した、着替え中のマリアナの姿。

抜き足差し足でその扉に近づくミラは、途中、もしかしたらとお手洗いの扉の前で耳を澄ませる。今の見た目をもってしても変質者に見えてしまいそうな様相ながら、ここにはいないと確信したミラは、いよいよ脱衣所のドアノブに手を掛け、再び耳をそばだてる。

「音は……せぬな」

脱衣所から音は聞こえない。それを確認したミラは、大丈夫だと分かっていながらも、少しだけ期待しながら扉を開く。

やはりというべきか、そこには誰もいなかった。

「ぬ……これは……」

流石はマリアナか、脱衣所は綺麗に整理整頓されている。そんな脱衣所の一角をふと見れば、『ミラ様用着替え』などという棚が作られており、色分けされた可愛らしい下着が無数に収められていた。

何ともいえない表情を浮かべそっと棚から目を逸らしたミラは、何事も無かったとばかりの足取りで奥に向かう。

そして、静かに浴室の戸を開いた。

「まあ、そうじゃろうな」

いけないと思いつつも、あわよくば、などというラブコメの主人公的な出来事を期待していた心を振り払い、ミラは誰もいない浴室を見回す。だが同時に、ここで毎日、などという妄想に身悶えつつ、ミラは今更ながら思い出した。

仙術士の技能である《生体感知》で確認すれば早かったと。

そんな単純な事を忘れてしまうほど、ラブコメ脳に染まっていたのかと苦笑したミラは、早速周囲を探ってみた。

その直後。

「おかえりなさいませ。ミラ様」

ミラが真後ろに一つの反応を感知するのと同時、心地良く優しいマリアナの声が、ふわりと響いたのだ。

「たーだいまぁー!?」

妄想に耽った直後に、本人登場。その事からくる後ろめたさで余計に驚いたミラは、素っ頓狂な声をあげて、慌てたように振り返る。

そこには、いつも通りのマリアナがいた。最後に会ったのが一ヶ月ちょっと前。けれどミラは、それ以上の、とても懐かしいような感情を抱き、久しぶりの再会に少しだけニヤニヤする。

「どうかなさいましたか?」

あからさまに挙動不審なミラを前に、小首を傾げるマリアナ。

「いや……なんでもない。わしの留守中に、問題はなかったか?」

どうにか取り繕いながら、ミラは自身から話題を逸らすべく、そうマリアナに問うた。

「はい。大きな事は特に。ですが、一つだけ挙げますと、ここ最近ルナの寝つきが悪いのです。夜になると空を見つめ、小さく鳴いておりまして」

そう口にしたマリアナだったが、ふとミラの事を見つめ、「ですが、きっともう大丈夫でしょう」と、微笑みを浮かべた。

「ぬ。そうなのか?」

「はい。ミラ様がお戻りになりましたので」

寝つきが悪いと聞き、病気か、それとも暮らす環境が変化した影響かと心配になったミラだったが、マリアナの優しい笑みは、それを軽く晴らしていくものだった。

一週間ほど前。マリアナはペットショップの店員に、ルナの事で相談したそうだ。しかし、ピュアラビットは余りにも珍しいため前例がなく、分からなかったという。

ピュアラビットのような、普通より遥かに賢い動物は、他の動物達がみせる仕草や状態などによる症例が当てはまらない事が多いらしい。

ただ一つその店員から、ピュアラビットのように賢い動物というのは他にも多くいるため、それらを専門に扱う者に聞いてみるもの手だというアドバイスを受けたそうだ。

その帰り道で偶然ルミナリアに出会い、表情が暗いと見抜かれたマリアナは、ルナの事を話した。するとルミナリアから、心当たりがあるという答えが返ってきたという事だ。

なんでも、警邏庁に新設された部署に、その方面に明るい者がいるのだとか。

「先日、ルミナリア様が、その方から話を伺ってきてくださいまして。どうやらルナは、親が恋しいのではないかという事でした」

マリアナは、どこか微笑ましそうに「きっと、長くミラ様に会えなかった事が寂しかったのです」と言って、そっと頬を綻ばせた。マリアナには、そう思うだけの心当たりが沢山あったようだ。

ミラが座っていたソファーや眠っていたベッド、着替えた服など。気付くとミラの名残があるものの傍にばかりいるルナの事を、マリアナは見ていた。なので、言われて直ぐに気付けたのである。

そしてマリアナは、ようやく帰って来たミラを前に、確信を持って、もう大丈夫だと感じていた。その感情は、そこに共感出来るものがあったから生じたものだが、本人は気付いていない様子だった。

「きゅいーー!」

ルナは今、補佐官室にいるという事で早速会いに来たミラは、扉を開けた直後、青い真ん丸の突進を受けた。どうやらルナはミラの気配を感じ取り、扉前で待機していたようだ。

「相変わらず、甘えん坊さんじゃのぅ」

そのままルナを抱き止めたミラは、ふかふかな青い毛並みを優しく撫で付ける。するとルナは、「きゅいきゅい」と嬉しそうに声をあげ、目一杯甘えるように、ミラの胸元に顔を埋めていく。

「これこれ、ルナ。くすぐったいではないか。まったく……可愛いのぅ!」

会えなかった反動からか、ルナだけでなくミラもまた随分と自制が効かなくなっていた。

それから暫くの間、ミラはルナと大いに戯れ、そんな二人をマリアナは温かい目で見守っていた。しかし、その目には、ルナに対する多少の羨望が混じる。

人と小動物の差。スキンシップという点において、その気安さの違いは大きく深い。

マリアナはひっそりと、いつかルナのように、などと願いながらルナ用に買い揃えたオモチャ一式を、さりげなく持ってくる。そして、一緒になってルナと遊ぶのだった。

ミラは、マリアナが自在に操る猫じゃらしのようなものと、迫るそれを華麗に回避するルナの姿を眺めながら苦笑していた。とんでもなく、タフだなと。

遊んでいる内に、その内容は徐々にヒートアップしていき、今はまるで試合のようなルールのもと、マリアナとルナの一騎打ちなどという状況になっていた。だが、マリアナがいうには、これでいつもの遊びだそうだ。

猫じゃらしのようなもの──ラビットハンドでルナに触れれば、マリアナの勝ち。十回のアタックを避けきればルナの勝ちといったルールらしい。

「インドアとは思えぬほど、激しい遊びじゃのぅ……」

流石はピュアラビットといったところか、ルナの俊敏性は桁外れであり、補佐官室の中を縦横無尽に飛び回っている。ミラは、それを目で追いながら、ふとある違和感を覚えた。

それは補佐官室の内装についてだ。

はてと疑問を抱きながら、女の子の部屋、なんて考えも巡らせつつ、ミラは補佐官室を見回した。そして即座に、揃えられていた風水関係の小物が随分とさっぱりしている事に気付く。しかも、所々にルナの足場になりそうなものまで設置されているではないか。

ルナが随分と器用に駆け回っているなと感じたが、それは部屋中の足場と、邪魔になりそうな小物が片付けられていたからであった。

マリアナは、徹底的なこだわりをみせる風水を片付けてまで、ルナのための遊び場を用意し、面倒を見てくれていたようだ。

「仲良くやってくれていたのじゃな」

少しやりすぎな気もするが、大いに遊びまわる一人と一匹を見つめ、ミラは感慨深げに呟く。

そうして、ミラが一人和んでいる内に、二人の試合が動きをみせた。

マリアナのアタックを誘うように立ち止まったルナ。しかしそれに翻弄されず、じっくりと間合いを詰めていくマリアナ。

直後、七発目のアタックを囮にしたマリアナの、八発目のアタックがルナに命中した。

「きゅいー」

くるりと回ってぱたんと仰向けに倒れたルナは、降参のポーズをとる。マリアナは、そんなルナのお腹を容赦なく撫で回し「私の勝ちです」と誇らしげに宣言した。

「あのルナを捉えるとは……」

ちなみに初挑戦のミラは、ルナに完全敗北していた。そして、マリアナだけでなく、ルナにまで慰められる始末だ。

そんなミラだったが、次は、仙術技能全開でやってやるなどと意気込んで、マリアナからラビットハンドを受け取り、ルナと相対する。

そして、完全な実戦モードで挑む事、五分と少々。ミラは五回目のアタックで、見事ルナを捉える事に成功した。

「ふぅ……。これが、わしの、実力よ……」

「流石、ミラ様です」

ソロモン等が見たら、確実に大人気ないと笑うところだったが、マリアナはいつも通りの様子でミラを称賛する。

本来は、姿を捉える事すら困難であるピュアラビット。俊敏性だけならば、自然界最速ともいわれるピュアラビットを、慣れや反復による学習ではなく、純粋に実力で追い詰めたというのは、実は相当な事であるのだ。

しかし、そのような事など知った事ではないミラは、肩で息をしながら、降参ポーズのルナを存分に可愛がっていた。

と、そんな時だ。ふとミラの腹が、きゅるりと音を立てる。

「む……。もう、こんな時間じゃったか」

ルナと遊び続ける事、数時間。気付けば外はすっかり日が落ちて、夜の帳に覆われていた。

「急ぎ、夕飯の支度をいたします。ご希望は、ございますか?」

どうやら、ミラの腹の虫が聞こえたようで、即座に反応するマリアナ。

「そうじゃのぅ。今日はがつんと食いたい気分じゃな」

思えば王城で朝食を摂ったきりであり、昼をすっかり忘れていたミラは、腹具合に導かれるまま、がっつりメニューを所望した。

「畏まりました。直ぐにご用意いたします」

マリアナは丁寧に一礼したあと、素早くエプロンを取り替えて、補佐官室を飛び出していく。ミラの自室に向かったのだろう。

「さーて、ひとっ風呂浴びながら待つとするかのぅ」

今のやり取りは、ちょっと夫婦っぽかった。そんな事を思い、にんまりしながらルナを抱き上げたミラは、帰宅が楽しみな夫という稀有な気分に満たされつつ、自室に戻っていった。