軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

127 五十鈴連盟セントポリー支部

百二十七

ローズライン公国を発ち数時間後。丁度昼時の飲食店が賑わう頃、ミラはセントポリーの南地区を歩いていた。

中心地の商業区と違い、海岸線に近く街の外れにあるそこは閑散としており、多くの工場や倉庫などが軒を連ね、華やかさとは無縁の場所だった。

(お、ここじゃな)

もはや工業地区といってもいいだろうその場所で、ミラは大きな建築群に紛れるようにしてぽつりと佇む、小さな石木造りの平屋を見つけた。

そう、そこが五十鈴連盟のセントポリー支部である。

立地に言い得ぬ悪意を感じながらも、ミラはその扉を叩く。

「はい、何か御用でしょうか?」

少しして扉が開くと、そこから一見地味な女性が顔を出した。

「えっと、迷子、かな?」

まるで会社員のような制服に身を包み、黒縁眼鏡を掛けたその女性は、ミラの姿を認めるや否やそう言って微笑む。

周囲の威圧感ある倉庫や工場に比べ、五十鈴連盟の支店は素朴で親しみやすい外観をしている。そのため、迷子の子供が時折助けを求めに来る事が多く、ミラを見て女性は今回もそうだろうと思ったようだ。

「迷子などではない。ここの支部長に話があって来たのじゃ」

迷子に間違えられたからか、ミラは僅かに険のある目で女性を見上げた。

「私が支部長だけど、どんな御用事かな?」

目線を合わせるよう屈んだ女性は、これまでと一転して真面目そうな表情を浮かべ、ミラの事を真っ直ぐに見つめる。それは落ち着いた眼差しだが、見極めようとする鋭い光が宿っていた。

「そうじゃったか。ならば話は早い。『森に光、精霊に安らぎ』じゃ」

「……分かった。入って」

ミラが言うと、女性は姿勢を戻し周囲に視線を巡らせ、静かにそう告げた。

女性に続きミラは促されるまま支部に足を踏み入れる。

「私は、支部長のマティ。で、貴女の名前は?」

マティと名乗った女性は振り返りそう言いながら警戒するようにもう一度外を確認してから、扉を閉めて施錠する。随分な念の入れようだ。

「わしは、ミラじゃ」

いつも通り簡潔に答えたミラは、ふと室内を見回しつつ、「にしても、支部という割りになんとも普通じゃな」と続けて口にする。

五十鈴連盟セントポリー支部。そこはどう見ても、一般的な民家と変わりない様子だった。玄関の先に広がるリビングには、小さな食卓と調理場が備えられている。扉は四つあり、内二つはお手洗いと浴場に繋がっているようだ。

そこは見れば見るほど、組織の支部、または事務所という気配が感じられなかった。それこそ、平凡な民家そのものであり、表に看板が掲げられていなければ、誰も支部だとは思わなかっただろう。

「ここには、私だけしかいないの。だからまあ、勤めやすいようにしてもらったのよ」

五十鈴連盟の支部はどこもそうなのだろうか。そう考えたミラだったが、どうやら違ったようである。

マティの話によると、セントポリー近辺には元より精霊が少ないため、五十鈴連盟の活動内容である精霊の棲める環境保護に人手がかからないからという事だ。

そのため支部の維持は一人で充分であり、住居兼用という形になったそうだ。

ならばこの支部は何をしているのかと問えば、荒野を多くの精霊が住めるような環境に整えられないかの実験が主らしい。

マティは元々、植物学者だったらしく、草木の育たぬ荒野に森を造るのが夢だったそうだ。その熱意を五十鈴連盟に買われ、支部長になったのだという。

荒唐無稽に思える夢だが、実現すれば精霊達の住処の拡大に繋がる。それはつまり、五十鈴連盟にとっての夢でもあるのだろう。

当然、支部の存在理由はそれだけではなく、実働隊同士の連絡や情報交換のための拠点としても利用されているそうだ。しかし大陸の端に位置するためメンバーは滅多に訪れない。

「あの合言葉は、通信の要請だったわよね。こっちにきて」

マティは時々合言葉を忘れそうになると笑ったあと、そう言って奥の部屋の扉を開けた。見た目は普通の民家だが、そこはやはり五十鈴連盟の支部、その部屋には地下に続く隠し階段があった。

案内されるままついていけば鉄の扉が姿を現し、その先の部屋には通信機らしき装置が置かれていた。

「それじゃあ私は上にいるから」

言うが早いか、マティは扉を閉め戻っていった。

五十鈴連盟実働部隊が情報交換や通信をするために誂えられた隠し部屋。壁やソファー、テーブルなどはグレーで統一されているが、唯一、通信機だけは黒であった。

(見た目は博物館で見た昔の電話に似ておるが……。はて、そういえば発信はどうするのじゃろう?)

ミラは部屋の一番奥に佇み、その電話に似た黒い通信機の前で唸る。通信機自体は、ソロモンがミラのワゴンにこっそり設置していたものと、ほぼ同一だ。しかし、ミラは思い出す。そういえば受けた事はあるが、かけた事はなかったと。

「ふーむ……」

何度目になるか分からない唸り声をあげながら、ミラは試しに受話器を取る。受話器を取ってから番号を回すというのが設置式の電話の基本である。

「まったく……。説明書とまでは言わぬが、ボタンに発信とでも書いておいて欲しいものじゃ。気が利かぬのぅ」

ミラは通信機に幾つか見えるボタンを睨みながら、そう一人ごちる。

「そもそも最近の若者は、デザインだなんだとそればかりで、機能性というのを忘れておる」

元いた世界の愚痴まで零し始めるミラ。いぶし銀な男に憧れる余り、性格も若干年寄り臭いところもあったようだ。

とその時である。

『……ちょっとっ……おじいちゃんってばっ……。もう繋がってるから。ぷふっ……! それね、受話器を持ち上げれば、自動で繋がるように、なってるんだよ! くふふっ』

堪えきれないといった様子で、受話器からカグラの声が響いたのだ。

「な……なんじゃと……!?」

『やめてよ、おじいちゃん。耄碌したみたいだからっ』

ぼやきの一部始終を聞かれていたと知り、愕然とするミラ。対して通信先のカグラは笑いが止まらないようで、噴き出すような声が受話器から繰り返し聞こえてきた。

ミラは、不貞腐れたようにむすりと唇を尖らせて受話器を置き、通信を切る。

暫くして、通信機のベルが鳴り響いた。

『ごめん、おじいちゃん。だって、あれは卑怯だよ』

受話器を取ると、若干落ち着いたと思われるカグラの声がした。

「出て直ぐに、お主が何か言えば良かっただけじゃろうに。まったく……」

『だからごめんって。それで、ふふ、慣れない機械を使ってまで連絡してきた用件はなに?』

まだ不貞腐れ気味のミラが恨み言を口にする。だがそこに怒りの感情は微塵もない。それはただのふざけ合いに似た、友人同士の軽口のようなものだ。カグラにもまた悪びれた様子はなく、いつも通りといった口調だ。

「ふむ。特急便というのを要請しようと思うてな」

そう言ってからミラは、エカルラートカリヨンの助力についても含め、これまでの状況を手短に説明するのだった。

『なるほど。分かったよ。お手柄だねおじいちゃん! その場所だと、大体五、六時間かな。急いで配達員を送るね』

「うむ、待っておるぞ」

最後にそう言葉を交わし、ミラは受話器を置く。どうやら特急便というのは、要請ごとにカグラが受け取り要員を支部に送るというシステムらしい。

(さて、ここで待っているというのも暇じゃな。折角ここまで戻ったのじゃから、アーロンとセロ達にも報告しておこうかのぅ)

そう考えソファーから立ち上がり階上に戻ったミラは、五、六時間後にまた戻るとマティに声をかけて五十鈴連盟のセントポリー支部をあとにする。

商業地区に赴いたミラは賑わうそこで、どうしたものかと悩む。宿『食道楽三昧』に立ち寄ったものの、知り合いは誰もいなかったからだ。

思ってみれば時刻は昼時を過ぎたあたりで、誰もがまだ情報収集に勤しんでいる時間であった。

(まあ、急ぎでもあるまい。折角じゃから、わしも少し捜査に協力するとしようかのぅ!)

仕方が無いと早々に判断したミラは、誰かに偶然出会える事を期待しつつ、探偵気分で街に繰り出していく。

とはいえ任務である事はしっかりとわきまえているミラ。浮かれ過ぎる事無く、至って真面目に探偵ごっこに興じる。

そうこうして数件目。術具屋に来店……潜入し、客達の会話を盗み聞きしていた時、ミラの耳に興味を惹かれる話が入ってきた。

「そろそろ、あのオークションの日だが、金は貯まったのか?」

「ああ、どうにかな。待ち遠しいぜ」

大柄な男が二人、小声でそんな事を口にしているところを、物陰に身を寄せて聞いていたミラ。

(ほぅ、オークションか。物が集まるところには人も集まる。ならば情報もまた集まるじゃろう)

短絡……直感的にそう考えたミラは、オークションについて調べる事に決定する。

「のぅのぅ、ちと訊きたいのじゃが」

ミラは手始めに大柄な男二人に話しかけ、先程口にしていたオークションについて問う。だが男二人は、ばつが悪そうな表情を浮かべると、何の事だか分からないとはぐらかし、足早に立ち去ってしまった。

(どういう事じゃ? わしが可愛いから緊張していたという様子でもなかったしのぅ。ふーむ、公に口に出来ない何かがあるという事じゃろうか)

つまり、オークションはオークションでも、頭に闇が付くオークションではないか。男達の態度からそう予想したミラは、術具店の一角でほくそ笑む。

(闇オークション。実に魅惑的な響きではないか!)

これは怪しさが絶好調だと睨んだミラは、ワーズランベールを召喚して光学迷彩を発動。人相が悪い人物を独断と偏見で選び、彼等の会話に聞き耳を立てた。

時には調査という名目で不法侵入を繰り返し、闇オークションについての情報を探る事、約一時間。様々な事が判明する。

まず、開催は一週間後。

そして、この闇オークションの出品者は、ほとんどが冒険者だという話だ。

ダンジョンや冒険中に入手した、余り大っぴらには取引出来ないようなギリギリの品を金銭に換えるのがオークションの目的らしい。

ただ、中にはギリギリではなく、完全に違法な品も混ざっていた事があったそうだ。それは呪いの術具であったり、聖獣に分類される素材や禁書、使用禁止の毒物などなど。

だが運営が優秀なのか、千人規模の大きなオークションであり、過去に十数回は開催されているものの、一度も取締りが入った事がないという。

そして主催者の正体を、誰も知らないようだった。

(きな臭いのぅ。これは徹底して探る必要がありそうじゃ)

冒険者達がなにやら絡んでいると判明したため、今度はそちらを中心に調べるべく、ミラは更に行動範囲を広げていく。

数十分後、遂に会場となる場所まで探り当てたミラは、光学迷彩にものをいわせ、私有地に堂々と足を踏み入れ奥に入り込んでいた。使用時間が僅かな完全隠蔽を温存しての光学迷彩だが、それでも充分に実用的で、ミラは誰に気付かれる事もなく実に得意げだ。

そしてミラは、郊外に並ぶプレハブ小屋の前で立ち止まった。そこには四人ほど暮らせるだろう大きさの小屋が十棟並んでいる。

見たところ、近くの倉庫群を管理する倉庫番達の休憩所兼住居のようだが、仕入れた情報によれば一番右端の小屋に広大な地下室があり、そこが会場となるようだ。

見回してみれば、そこには倉庫作業など似つかわしくない小奇麗な格好をした者達がちらほらと見受けられた。

オークションの運営に携わっている者達だろうか。そう推察したミラは、中でも一番偉そうな恰幅のいい男の後をつけてプレハブ小屋に潜入する。

小屋の中は、至って平凡なワンルームだった。

だが、男が壁の装飾を押し込むと床に隠し階段が現れる。そして男が下りた途端に閉じてしまった。

(ふーむ。最近なにやら、隠し○○というのに縁があるような気がするのぅ……)

直ぐに操作すると先を行く男に気付かれるかもしれない。そう考えたミラは、そんな事を思いつつ暫く待ち、《生体感知》で良く確認してから隠し階段を下りていく。

辿り着いた地下室は、地下施設といった方が的確だろうというほど広大であった。

(なんと……。これは精霊の光ではないか)

石材でしっかりと固められた通路は、外と大差ないくらいに明るい。見上げてみれば、ミラはそこにある照明から光精霊の力を感じた。

光精霊を利用した照明具。センキの埋葬地の入り口で見たそれと同じものを目にしたミラは、確信めいたような表情を浮かべ、にやりと口端を吊り上げる。

(これはもしや、当たりやもしれぬぞ)

施設内は、ちらほらと人の姿もあり、時折すれ違う。

ミラは探偵気分から一転、気付かれないように泥棒の如く抜き足差し足で施設を検分して回る。

一室には、オークションの出品物が集められていた。中には、一見して分かるもの分からないもの含め、実に黒い品も交ざっていた。

更にミラは、より詳しい情報を得るため、闇オークションの関係者らしき者達の会話に耳を澄ませ、同時に何者なのかを 調べていった(・・・) 。相手からは見えず、それでいて正面から顔を確認出来るからこその方法である。

(ぬ? あ奴は……)

用心深く通路を進んでいたところ、ミラはどこかで見覚えのある男の姿を目にして立ち止まる。

どことなくいけ好かない美青年といった容姿の男は、ミラに気付く事なく通り過ぎていった。

(アイザック・マイヤー? ……そうじゃ、確かあの時)

調べて分かった男の名は、アイザック・マイヤー。そう、アンジェリークを救出し、メルヴィル商会の倉庫街から脱出する際にすれ違った魔術士であった。