軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

121 再びの倉庫街

百二十一

修理費を支払い宿をあとにしたミラとサソリは、未だ賑わう夜の繁華街を抜けて、再び郊外の倉庫街に降り立つ。

そして前回と同じように完全隠蔽の効果で魔力感知の装置を抜け、警備網を難なく突破していた、そんな時。

「ところでミラさん。言いにくいのですが、行使出来る力があと僅かしかありません」

完全隠蔽があれば、どんな潜入工作も楽勝だとミラが高を括っていたところで、ワーズランベールがふとそう口にしたのだ。

「なんじゃと!?」

突然の告白にミラは戸惑い、声をあげる。対してワーズランベールは、申し訳なさそうに理由を述べた。

ワーズランベールの説明によれば、そもそも完全隠蔽は存在そのものを世界から隠すという、能力というより裏技に近いものだそうだ。そしてその特殊性に加え、契約して間もないため、能力に著しい制限がかかっているらしい。

マナの親和性などにもよるが、それでも回復するには、かなりの時間がかかるという事だった。

時間が経ち経験も積んで契約の繋がりが強くなれば使用時間が延び、回復期間も短くなる可能性は高いという話だ。しかし今の状態では、一日で一分ほど回復すれば良い方だろうという事だった。

ただ、音を消すだけや、姿を隠す、魔力や気配を消すなど、どれか一つだけならば、ミラのマナを糧に幾らでも行使出来るそうだ。

そして最後に、どうしても必要になる時に備えて、僅かでも残しておいた方がいいとワーズランベールは進言した。

「ぬぅ……急がねばならぬな」

完全隠蔽。五感による知覚と、魔力や気配といったもの全てを遮断し隠蔽してしまうという反則級の能力だったが、それゆえに常用出来るものではないようだ。

ただ一先ず、親子を連れ出す程度の時間は、まだあるだろうという事である。

こればかりは仕方ないと納得したミラは、少しでも多く時間を残すため、更に急いで倉庫街を駆け抜けていった。

進み続ける事暫く、ミラ達は巡回兵が増量されたエリアに足を踏み入れる。センキの埋葬地の入り口が隠されていた区画だ。

と、そこから先は、どうにも場所の記憶が曖昧なミラに代わり、サソリが先頭になった。

そして幾つかの通路を越えて、迷う事無く一つの倉庫に辿り着いた。窓から中を覗いてみれば、子供パンツが干してあるのが見える。確かにこの場所で間違いないようだ。

ミラは《生体感知》によって、そこに大人と子供がいる事を確認する。深夜なので当然だろうか、二人は眠っているようで動く様子はない。

「やはり、ここは怪しいのぅ」

部屋の中を見回しながら、ミラがそう呟く。ただ、絶対にここだとは言い切れなかった。キメラクローゼンは、親しい者を誘拐して言う事を聞かせる等という卑劣な手段を使うような連中だ。もしかするとこの倉庫にいるのは、ヨハンとはまた別の被害者の親類縁者という事も考えられるのだ。

だがそれはもう、ミラ達には判断出来ないものであった。なので、取る手段は一つだけである。

ミラ達はそのまま扉の前に移動する。扉にはやはり鍵がかかっているようで、周囲を見回し巡回を確認してから、サソリは開錠を試みた。完全隠蔽の効果がまだあるので、周りを気にする必要もないのだが、警戒するのはサソリの職業病らしい。

「うーん。あっち程じゃないけど、こっちも結構難しいかな」

センキの埋葬地入り口のあった倉庫を一瞥しながら、サソリがそう呟く。向こうに使われていた錠は王城の宝物庫と同程度の鉄壁さだそうだが、どうやらこの倉庫もまた、ランクは下がるようだが相当に厳重なようだ。

しかし、そんな難解な錠を前にしても、サソリに諦めた様子はなかった。むしろ嬉々とした表情で、ヨハンに渡された箱を開け始めている。それは、錬金術師特製の開錠ツールが入った箱だ。

どうやら、早く使ってみたかったらしい。サソリは金属棒を手にすると、一緒に入っていた説明書を仄かな街灯の光にさらして目を通し始めた。

「よし、理解した!」

一分ほどだろうか、サソリは手早く説明書を畳み箱に入れ、腰に下げた物入れに戻す。

直後、サソリの表情が一変して引き締まる。そしてサソリは、手にした黒い棒を鍵穴に差し込み、沈黙したまま微動だにせず、ただただ神経を研ぎ澄ませ集中した。

黒い棒の先端は多岐に枝分かれして、錠の複雑な構造の中へと潜り込んでいく。そしてその一本一本が錠内の構造を収集し、手を通してサソリへと伝える。それは本来、専門の道具を複数用いて、ようやく把握出来るものである。

その情報は通常、一つ一つ精査していくものだ。それにより、ダミーなどを見分けるのである。

だが特製の開錠ツールは、それら情報を一度に伝える。心得のないものにとっては全く理解出来ないのは当然、ある者にしてもその情報量は膨大で、捌ききる事は不可能だろう。

しかしサソリは違った。それらの情報を全て制御してみせたのだ。

それから数十秒が経過した時、サソリは深く息を吐き出してから振り返り、「造作も無かったよ」と言って自慢げに口端を吊り上げる。

見れば確かに、扉が僅かに開いていた。

「見事なものじゃ」

ミラがそう賞賛を送ると、サソリは隣の倉庫を見ながら「今なら向こうも開けられる気がする!」と、自信満々に笑った。

扉の先は、ワンルームマンションといった様相になっていた。明かりが窓から差し込む街灯の光だけなため、室内は暗くて見えにくい。だが、判る範囲だけでも、生活に必要なものは概ね揃っているように見えた。引き篭もりにとっては、夢のような空間かもしれない。

そんな部屋の片隅、窓から死角になる辺りにベッドがあり、そこにこの部屋の住民の反応があった。

「では完全隠蔽を解いて、部屋全体の防音を頼む」

ミラは扉をしっかりと閉めた事を確認すると、残り時間節約のためワーズランベールにそう指示を出す。静寂の精霊だけあって、音を消すくらいならば時間制限はないのだそうだ。

「分かりました。では、切り替えます」

ワーズランベールは、そう答えたあと少しして完了の合図をミラに送った。見た限り変化は無いものの、効果の程は確かである。だがやはり地味な能力だなと、ミラは口には出さず心の中で呟いた。

合図を受けたミラとサソリは、そっとベッドの傍に向かって歩き出す。まずは目的の人物かどうかを確認するためである。

と、その時だった。

「っ……!」

小さく、だが骨に響きそうな鈍い音が、静かな室内に立った。同時にミラが脛のあたりを押さえてぴょんぴょんと飛び回る。暗闇の中、見えないテーブルに脛を打ちつけたのだ。良くぞ声を出さなかったと、サソリは涙目のミラに無言で賞賛を送った。

そんなアクシデントを挟みながら、ベッドの隣に辿り着く。見れば予想通り、女の子と三十前後の女性が並んで眠っていた。

(ぬぅ、上手く見えぬな……)

眠る二人の顔を覗き込んで注視したミラだったが、暗くて顔がはっきりと認識出来ないからだろうか、その名前を 調べる(・・・) 事は出来なかった。

こうなれば、直接聞いた方が早いだろう。たとえヨハンの妻と娘でなく別の被害者の家族だったとしても、それはそれでキメラクローゼンに協力させられている者を知る事が出来るのだから。

そしてもう一つの可能性、キメラクローゼンの関係者だった場合でもまた、情報源確保の好機である。

ミラはサソリと一度頷き合ってからゆっくり手を伸ばし、女性の肩に触れそっと揺すった。

一回、二回、そして三回目で女性が身じろぎする。そこから更に四回目、ようやく瞼を薄っすらと開いた。

「んん……。アンネ? どうしたの?」

まだぼんやりした様子でそう呟いた女性は、隣で眠ったままの娘の姿を一目見たあとに、はてと首を傾げる。娘に肩を揺さぶられたと思ったが、気のせいだったのだろうかと。

「こっちじゃ」

娘を見つめたまま、その頭をそっと撫でる女性に、ミラは驚かさないよう努めて優しく声をかけた。だが、やはりというべきか、状況から考えてもそれは難しいだろう。ミラの声が届くと同時、女性は跳ねる直前くらいに背筋を震わせる。

「え……?」

そして恐る恐るといった様子で振り向いた女性は、ミラと目が合った途端、そう小さく声を漏らした。

真っ暗な部屋へ微かに差し込む明かりは、ミラの髪を銀糸のように煌かせ、透き通るような白い肌を闇の中に浮かばせながら、浮世離れした可愛らしい少女の顔をそっと照らしていた。

闇の中でもなお栄えるミラのその姿は、それこそ天使と見紛うほどである。そんなミラの姿に、女性は余りにも突飛な状況にあるにも関わらず、見惚れてしまっていた。

だが、それは長くなかった。その直ぐ後ろの闇の中に怪しく浮かぶサソリの光る猫目を見た途端、女性は表情を一変させたのだ。

「んぐっ!」

女性が目を見開き開口したところで、ミラはその口を塞ぐように手を当てた。防音にはなっているので気付かれる事はないが、騒がれると落ち着いて話が出来なくなってしまうからだ。

「ヨハンの妻、アンジェリークで相違ないか?」

女性の口を塞いだまま、その目を真っ直ぐ見つめたミラは、確信を持ってそう問いかける。寝ぼけたように女性が口にした娘の名前が、ヨハンに聞いた名前と同じだったからだ。

そしてそれは案の定正解のようで、その女性、アンジェリークは頷いて答えた。

「わしらはお主の夫、ヨハンに頼まれ救出に来た者じゃ。敵ではない」

ミラはそう言ってから、騒がないようにと続け、アンジェリークが再度頷くのを確認し、その手をゆっくりと離す。

「あの、夫は、ヨハンは無事なのですか!?」

ミラが一歩下がった直後、今度はアンジェリークが今にも泣き出してしまいそうな声で、そうミラに迫った。その手は振るえ、それでもどこか縋るかのようにミラの肩を強く掴んで放さない。

「うむ、大事は無い。だからほれ、落ち着きなさい」

ミラは、まるで子を宥めるかのように穏やかな声で囁きながら、アンジェリークの頭に手を添えた。

それから暫くして落ち着いたアンジェリークに、色々と話を聞く事が出来た。

どうやらアンジェリークは今がどのような状況なのか、本当の事を聞かされていなかったようだ。ただヨハンが実験に失敗して、その影響が妻子にあるかもしれないので、暫く隔離させてもらうと、実に大雑把な説明を受けただけで五年近くこの場に軟禁されていたのだという。

そんなアンジェリークに、ミラは現在判明している本当の状況を、簡潔に説明する。

キメラクローゼンという悪者とメルヴィル商会が手を結んでおり、その利を生み出すために重要なものをヨハンの父が生み出した。

しかし、その父が亡くなったあと、残された研究ノートからヨハンは父がどのようなものを作っているのかを知った。

それは精霊達を害するような余りにも非人道的な物質であり、その真実を知ったヨハンは、その物質を生成する事を拒む。

だが父亡きあと、その物質はもうヨハンでないと作れないため、悪者は強硬策に出た。

その結果、アンジェリークとアンネが人質にとられ、ヨハンは今、無理矢理その物質を生成させられている状態である。

「と、これが本人に直接会って聞いた話じゃ。そしてあの男の言葉を信じ、お主達を助け出すため、わし等がここに来たというわけじゃな」

そう説明を終えるとミラはゆっくりと一歩下がり、「もう大丈夫じゃ」と言って、自信たっぷりにふんぞり返った。

少し微笑ましく、それでいて不思議な安心感も内包する、どこかふてぶてしいミラの笑顔。それを見つめ、まるで救いの天使のようだと改めて感じたアンジェリークは、「はい」と口にすると、安堵したように柔らかく微笑み返した。

「ママー。なーにー?」

互いに小さな信頼が生まれた、そんな時だ。ふっと娘のアンネが目を覚ます。そしてむくりと起き上がったアンネとミラの目が合った。

ここで騒がれると面倒だ。だが、小さい子の口を塞ぐという手段もとれない。そう考えたミラは刺激しないよう、テーマパークのスタッフのように笑顔を作った。

「かたい」

アンネは、どうやらまだ夢の中のようだ。ぼんやりとミラを見つめたあと寝ぼけたようにそう言って反転、アンジェリークに抱きつき、またすやすやと眠りに落ちていった。

「……では、脱出するとしようか」

意識して笑顔を作るのは苦手だったようで、ミラはアンネの辛辣な言葉に心を抉られながらも、強く意思を保ち今後の作戦の概要を話し始めた。

それにあたり、まずワーズランベールの力について簡単に解説する。完全隠蔽の効果とその範囲、そして効果が無効になってしまう条件などだ。その最後の説明中、サソリはずっと苦笑いを浮かべていた。

作戦自体は、至って単純である。完全隠蔽の効果を保ったまま施設を脱出し、屋敷へ向かいヨハンと合流。そのあとは家族揃って、こちらで用意した隠れ家に連れて行き、事が済むまで匿う予定だ。

「状況が状況じゃからな、もう暫く不便をかけるかもしれぬが、我慢してくれ」

アンジェリーク達からすれば、軟禁された状態から、更に場所を移して軟禁が続くという事である。心苦しいところだが、ミラ達にとって、敵であるキメラクローゼンへの影響と、相手の動きを考えれば、こうする他はなかった。

「いえ、枷となる私達を切り捨てるという選択肢もあったはずです。ですが助けてくださるというのなら、私からは感謝しかありません」

キメラクローゼンの力を削ぐだけならば、アンジェリークとアンネの存在を気にせず、ヨハンだけ連れ出してしまえば充分だろう。しかしそうしなかった。そんなミラ達の心境を汲んでか、否、きっと心からだろう、アンジェリークはそう言って深々と頭を下げるのだった。