軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

119 ヨハンの頼み事

百十九

「つまるところ家族さえ無事ならば、お主に憂いは無いという事じゃな?」

ミラはこれまでの話を簡潔に総括して出た結論を言葉にする。

精霊に対する強力な武具の基盤となる素材を生成していた錬金術師のヨハン。彼は、それが人道に反する事だと理解していた。しかし妻と娘を人質にとられ、無理矢理に従わされていたのだ。

とすれば、その妻と娘さえどうにかなればヨハンは堂々と人道に則り、素材の生成を中止する事が出来る。するとキメラクローゼンに提供される対精霊武具もまた作れなくなるというもの。人類よりも上位である精霊を相手に、キメラクローゼンが優位に戦えているのはこの武具の存在が大きいだろう。その生産を止められれば、相手の勢いを大きく削ぐ事になるはずだ。

更に、基盤の生成に携わっていたヨハンを味方につけて、その知識を活用すれば、対精霊武具の弱点も発見出来る可能性がある。五十鈴連盟としては、是が非でも迎え入れたい人材であった。

「二人が無事帰ってくれば、私は喜んで君達の組織に手を貸すと約束しよう」

ヨハンはミラの言葉の真意を理解し答える。そして真っ直ぐ発せられたその声には、仄かな願いもまた込められていた。

「ならば、最善を尽くそう」

「きっと見つけ出すから」

ミラとサソリは改めてヨハンに向かい合うと、力強く約束を交わすのだった。

「ようやく見えてきた光だ。約束の印として、あとで幾つかの資料を提供しよう」

嬉しそうにそう口にしながら、ヨハンはテーブル脇の椅子に腰掛ける。

「ほぅ、資料か。それは助かるが、どのような資料じゃ?」

ミラもまた適当な椅子に腰を下ろすとそう言いつつ、五十鈴連盟の本拠地で仕入れたオールシーズンオレを取り出し口をつけた。

「黒霧石についてまとめたものだ。あれの加工品は精霊を蝕む以外にも、混ぜたものによって様々な効果を現す。その効果をあらかじめ知っておけば、相手にした時、対処も容易なはずだ」

「なるほどのぅ。それは確かに有用じゃな」

「すごい! アレの秘密が分かるって事だ!」

ヨハンの説明に納得するミラ。その背後に立つサソリもまた、これまで不明だったキメラクローゼン達の武器の核心に迫る情報に興奮気味だ。

黒霧石について、五十鈴連盟はまだほとんど情報を持っていない。そして幾度かの遭遇戦で、サソリはその厄介な効果に苦しめられ、とり逃した経験もある。

もしサソリのように精鋭ではない戦闘員が、いざその使い手と戦闘になった際、思いがけない痛手を被る結果となるだろう。だが事前にそれが知れるならば、五十鈴連盟にとっては大きなプラスに働くはずだ。

「それと、妻と娘を無事助け出してくれたのなら、メルヴィル商会と交わした取引のリストも提供しよう。キメラの連中が使う主武装の素材の取引資料だ。上手く使えば商会の外道共も道連れに出来ると思う」

ヨハンは更に成功報酬を積み上げる。それはミラ達にしてみれば、キメラクローゼンとメルヴィル商会を結びつける、うってつけの材料である。だがそれには一つ、問題もあった。

「それは助かるが、良いのか? お主も罪に問われる事になるやもしれぬぞ」

そうミラが言ったように、資料にヨハンの名がある以上、理由はどうあれ追求は免れないだろう。情状酌量の余地はあるが、それでも分かっていながらヨハンが引き継ぎ作り出したものは、感情で無視出来ないほど多くの犠牲を生んでいる。ゆえに法による罰は下らなくとも、それに関係する何かに裁かれるだろう。

「構わない。それだけの事をした自覚もある。だが一つ我が儘を言わせてもらえるなら、妻と娘は巻き込まないようにしてほしい」

ヨハンは居住まいを正しミラ達を見つめたあと、深く頭を下げた。

「うむ、善処しよう」

「私も出来る限りの事はするよ」

ミラとサソリもまたヨハンに真っ直ぐ向かい合い、誠意を込めてそう口にする。

「ああ、助かる」

顔を上げたヨハンは満足そうに頷いて、そして僅かに微笑んだ。

問題は、妻と娘をどうやって助けるかである。しかしヨハンは、二人がどこにいるのか知らないらしい。だが届く手紙の筆跡は確かに妻のものであるから、必ずどこかで生きている。そうヨハンは希望も込めながら話す。

「奥さんと娘さん。女性二人の監禁場所かぁ……。うーん、どっかで……」

腕を組み尻尾をゆらゆらと揺らしながらサソリが呟く。ミラはオールシーズンオレを飲み干すと顎先に指を沿え、眉間に皺を寄せて唸る。と、その時だ。

「ところで、娘は今いくつじゃ?」

何か気付いた事でもあるのか、ミラはヨハンに向けてそう問いかけた。

「歳か? なら今年で八歳になるか」

成長していく娘を見守れないのが辛かったのだろうか、ヨハンはどこか遠くを見るような目で、せつなそうに答えた。

対してそれを聞いたミラは「ふむ、八歳か」と、答えを繰り返しながら口端を吊り上げていく。

「あの場所やも知れぬな」

娘が八歳ならば条件が一致する。記憶と情報を統合し出た結果に満足したミラは、不敵に微笑みそう言った。

「分かったの? ミラちゃ──」

「それはどこなんだ!?」

突然勢い良く立ち上がったヨハンは、サソリの声を無視してそう一気に捲くし立て、縋りつくかのようにミラへ迫った。その必死な姿は、夫であり父でもある証といえるほど強く、そして悲哀に満ちていた。

サソリはそんなヨハンを、ただ黙って見つめる。

「そこは、メルヴィル商会の管理する倉庫街じゃよ。センキの遺跡入り口の隣に、女物の洗濯物が干されていた倉庫があった。監禁されていたのだと考えれば、あの不自然さも納得じゃろう」

ミラはゆっくりとそう説明しながら、落ち着かせるようにヨハンの肩に手を当てて席に押し返す。

「あ、あの子供パンツか!」

サソリもまたはっきりとその場所、その状況を思い出したようで、もっとも印象に残っていたらしい言葉を口にする。

「調べてみる価値は、大いにあるじゃろうな」

もはや確信を得たとでもいうかのように、ふんぞり返ったミラは、それはもう自信満々な様子であった。

メルヴィル商会とキメラクローゼンが関係している倉庫街。センキの埋葬地入り口近くは巡回も多く警備も厳重であり、確かに監禁して見張るには最適ともいえる場所だ。

「まさかそんな所に……」

確定ではないが妻と娘の居場所が分かった。それはヨハンにとって喜ばしい事だ。しかし彼は震える手を膝上に置き唇を噛み締める。そして「どうやって救い出せばいいんだ……」と呟き俯いてしまう。

メルヴィル商会の管理する倉庫街は、ローズラインでも一番と言われるほどに厳重な警備が敷かれているので有名だった。超一流の盗賊も手を出せない難攻不落の施設なのだという。

だがミラは、そんなヨハンに「お主がそんなでどうする」と叱咤を飛ばす。

そして分かっていない様子のヨハンに、言い聞かせるよう簡潔に説明した。なぜ倉庫街にあったその場所を、自分達が知っているのかと。

「あの場所に潜入したのか!?」

ミラの話を聞いた直後、ヨハンは驚きと共に希望で瞳を輝かせる。そして再び身を乗り出し、これまた再びミラに落ち着けと押し返された。

「諸事情があってのぅ。まあ、そういう事じゃからな。行って帰ってくるくらいならば問題はないじゃろう」

「結構な反則技だけどね。ただ問題は鍵かな。監禁ならやっぱり鍵がかかってるよね。私が開けられるタイプだったらいいんだけど」

ミラのあとを次いで一番の懸念を口にしたサソリは、ポーチの中の開錠道具を一瞥して、難しそうな表情を浮かべる。

センキの埋葬地の入り口が隠された倉庫は、王城の宝物庫と同等の錠がかけられていた。もしかしたら、監禁部屋もまた同じかもしれないのだ。そうなるとお手上げである。

「いざとなれば力ずくでどうにかするという手もあるがのぅ。まだまだ探る事もあるじゃろうし、出来れば穏便に済ませたいところじゃな」

鍵は鉄壁だが、倉庫自体はそうでもない。いざとなれば窓を破ればいい。だがそうすれば、人質の脱走に直ぐ気付かれるだろう。そうなれば、即座にこの屋敷に手が回るはずだ。かといって、先にヨハンを連れ出した場合、もし倉庫街のその部屋がハズレだったとすれば、今度は妻子に危険が及ぶ。可能性は高いものの、人命に関わる事である。慎重に進める必要があった。

「そうだ。あれが使えるかもしれない」

話し合いをしている最中、ふとヨハンが立ち上がる。そして部屋の隅にある厳重そうな箱を開け、そこから更に小さな箱を取り出して持ってきた。

そしてヨハンはその箱をテーブルに置くと、その蓋を開いて見せる。

「これは、なんじゃ?」

「なにこれ?」

箱の中を覗き込んだミラとサソリは、共に眉根を寄せて首を傾げる。そこには十五センチほどある黒くて平たい金属の棒が一本と、一枚の紙片が入っていた。

「これは私の父が作り出したもので、特殊な術式が組み込まれた開錠ツールだ」

ヨハンは箱から金属の棒を取り出すと、その端を抓み見え易いようミラとサソリの前にまで腕を伸ばす。そして数秒後、その金属の棒の黒い表面に小さな光の線が走ると同時、先端が数十にまで枝分かれする。同時に注目していたミラとサソリは「おお!」と声をあげた。

「使いこなせれば、どのような錠も破れるはずと父が話していたが、見ての通り作りが複雑過ぎて容易には扱えない代物だ。だがそれなりの心得があるものが手にすれば、最低限の性能くらいは引き出せるだろう」

そう言ってヨハンは、金属の棒を元の状態に戻し箱に入れると蓋を閉め、じっとサソリに目を向ける。

「一応解説書もついているからな。持っていってくれ。役に立つかも知れない」

ヨハンはそう言葉を続け、その箱をサソリに差し出した。扱いにくい代物とはいえ、話通りならばその性能は破格であり、監禁部屋の鍵がなんであっても破れる可能性があった。そしてそんな貴重品を渡すとなれば、いよいよ今回の好機に賭けるヨハンの気迫が窺える。

「ありがとう、使わせてもらうね」

サソリはそう答えて、箱と一緒にヨハンの覚悟も受け取った。

「ところでだな。一つ聞きたいのだが、なぜ私とキメラが関係あると分かった? これは常に私の傍にいる弟子ですら知らない事だぞ」

話し合う事で互いの人間性が垣間見え、双方に信頼が芽生えてきた時、ふとヨハンはそんな事を口にした。確かにヨハンが言うとおり、弟子であるミレーヌは関係性どころか、そもそもキメラクローゼンの存在も知らない様子だった。

「その、弟子から辿ってきたのじゃよ」

なのでミラは、そう前置きしてから、ここに来るに至った経緯を簡潔に説明する。

独自の調査によって、メルヴィル商会が管理するセンキの埋葬地とキメラクローゼンの関わりが浮かび上がった。

そしてそのセンキの埋葬地の入り口が倉庫街にあると当たりをつけ潜入して、入り口を発見する。

奥まで入って調べてみれば、そこにミレーヌがいた。強力な精霊武具を身に着けていたので、キメラの幹部かと思い捕縛した。

だが話を聞いてみたところ、幹部どころか構成員ですらないと分かる。だが彼女から、師匠が黒霧石の加工品をメルヴィル商会に卸していると聞く。そして、今度はその人物であるヨハンに狙いを定めた。そう話す。

「その後は知っての通り、この状況じゃ。ちなみにじゃな。先程話した監禁部屋らしき場所というのは、この時の潜入で見つけたものじゃ」

最後にミラはそう付け足し締め括る。ヨハンはといえば「なるほどな」と得心したように呟いてから、ふと目付きを鋭くして二人を見据えた。

「話は分かった。ところで、そのミレーヌは今どこにいる。それとマスクを付けていたはずだが、それはどうした?」

言い終える前に席を立ったヨハンは、そのまま窓際に歩み寄り、壁に張り付くようにしてカーテンの隙間から、外を窺い始める。

「彼女は、私達が泊まっている宿に軟禁しているよ。マスクは変装に使って……、多分ベッドの横に置きっ放しかな」

ヨハンの行動の真意は分からないが、サソリは素直にそう口にした。するとヨハンは、「それはまずいな」と言って今度は書棚の前へ足早に向かう。そして棚から書類の束を引っ張り出し席に戻ると、それをミラに差し出す。

「これが約束した妻と娘救出の手付け代わりだ。それといいか、ミレーヌが付けていたマスクには、場所を特定する特殊な術が施されている。多分今頃、キメラの追跡者が君達の宿に向かっているはずだ。急いで戻った方がいい」

そう捲くし立てるヨハン。彼の表情は落ち着いたようでいて冷静を装っているような、焦りの色が浮かんでいた。

「なんと!」

「そんな機能があったんだ……」

精霊武具にばかり目がいっていた二人は驚き、勢い良く立ち上がる。

ミレーヌの傍にはヘビもいる。易々と遅れはとらないだろうが、やはり相手にもよるだろう。

ヘビの力を信じながらも、不安を隠せないサソリ。だがミラはといえば、場所を特定する術というのが初耳であり、そのGPSの如き術に驚き興味を惹かれていたりした。

「多分、向かったのは最低でも二人だ。それと出来る事なら、ミレーヌはそのまま匿ってやってほしい」

再び窓際に張り付いたヨハンは、外を覗きながらミレーヌの身を案じ、そう願いを口にした。

「うん、大丈夫。任せて」

元よりそのつもりだったサソリは、はっきりとそう言葉にして強く頷き答える。

「ありがとう。ああ、それと妻の名はアンジェリーク、娘の名はアンネだ。私は取引の書類を纏めておくので、助け出せたら受け取りにきてくれ」

「アンジェリークとアンネじゃな。必ず助け出し戻ってこよう」

ミラがそう返すと、ヨハンは安堵の色を顔に浮かべ仄かに微笑んだ。それは正に、夫であり父であり、そして覚悟を決めた揺るぎない男の表情そのものだった。

そんなヨハンの力強い意思を受け取って部屋を出たミラとサソリは、音も気配も、全ての痕跡を隠したまま、屋敷を飛び出した。