軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

107 共同作戦会議

百七

セントポリーの街の宿『食道楽三昧』の二階。多くの飲食店が軒を連ねるそこの待合室には、ソファーに腰掛け談笑しているセロとアスバルの姿があった。

「特別ゲストを連れてきたぞー」

先頭を行くゼフは、そんな二人に向かってそう声をかける。

「これは、奇遇ですね」

「おお! 誰かと思えば!」

声に反応した関係のない数名の視線が集まる中、振り向いたセロとアスバルは、そこにあったミラの姿に驚きながらも笑顔を浮かべた。

「元気そうじゃのぅ。よもやこのような場所で会うとは思わなかったわい」

ミラもまた、そんな二人に微笑みかける。短く刈り揃えられた赤い髪の野性味溢れる男がアスバルで、古代神殿ネブラポリスに同行した一人だ。彼とは対照的に、赤い長髪をした中性的に見える男は、エカルラートカリヨンの団長セロ。彼はミラと同じく元プレイヤーである。

「私も驚きです。とはいえこの街は人が集まりますからね。こういった偶然が多いのかもしれません」

「たしかにそうじゃな。物が集まれば人も集まる。加えてダンジョンも豊富じゃからのぅ」

宿の売りでもある食堂街にある多くの飲食店。ミラは、そこに集まる種族も職業もばらばらな客達を見回しながら同意する。

貿易国であるセントポリーには、大陸中から多くの人や物資が流れてくる。尚且つ、実は街の周辺にはダンジョンも多く存在するのだ。必要な道具は直ぐに揃い、狩れる場所も豊富。特に冒険者にとっては、かなり条件の良い街だろう。

「ところで、ミラさんはどのような用事でこちらに? 例の日付と何か関係があるのですか?」

そうセロが口にした例の日付という言葉。それはかつてミラがセロ達に頼んだ、九賢者の痕跡を探してもらうための手がかりの事である。

そして現在の用事といえば、九賢者である五十鈴連盟の総帥を国に連れ戻すという目的のために、五十鈴連盟に協力してキメラクローゼンと戦っているという、少しややこしい状況でもあった。

「うーむ、半々、じゃろうか……」

悩んだ末にそう答えた直後、ミラは何かを思い出したように「そうじゃ」と声を上げ、かつてセロ達に頼んだ日付の書かれたメモを取り出して、そこに視線を落とす。

「お主等に頼んでおった内、二一三二年六月十八日の分じゃが、自己完結したのでな。外してくれてよいぞ」

その日付こそが、五十鈴連盟の総帥ウズメこと『七星のカグラ』がこの現実となったゲームの世界に降り立った日であった。幸か不幸か、何かとあくが強い者が揃う九賢者ならば、この現実となった世界に現れた時、騒動を起こす確率が高く、またそれが手がかりとなりうる。

カグラの件は、ある意味偶然でもあったが無事に見つかった。なのでもうその日付は調べる必要がないのだ。

「そうでしたか、分かりました」

そう言ってセロは懐からメモを取り出し、そこに斜線を一本引いた。

「して、わしがここに来た理由じゃが。はて、ここで話してよいものか……」

周囲に目を配らせてから立ち上がったミラは、「お主が判断してくれ」とセロに言ってから、キメラクローゼンについての事を簡単に耳打ちした。空の民の男から聞いた、セントポリーのどこかにキメラクローゼンの本拠地があるらしいという事をだ。

話を聞く内にセロの表情が真剣味を帯びていく。

「なるほど。どこに目や耳があるか分かりませんし、それはここで話さない方がよいでしょう。ですが、またとない朗報です。場所を変えましょう。是非詳しく聞かせてください」

状況を理解したセロは、そう言って立ち上がる。公にはされていないが、国や組合の上層部ではキメラクローゼンの事が大きな問題となっていた。このまま精霊達を害し続けていると、いずれ精霊が人に報復を始めるのではないかと。

しかも、その原因であるキメラクローゼンは国の捜査網にもかからず、実体を確認出来ない雲をつかむような存在なのだ。

そんなキメラクローゼンの本拠地がこの街の近くにあるのだという。その情報は、人だけでなく精霊の事も憂うセロの信念を燃え上がらせたようである。

「うむ、いいじゃろう」

キメラクローゼンの本拠地に関して、セロに教えたのには理由があった。ミラとアーロンだけで『国のどこか』という曖昧な情報をもとに本拠地を探り当てるとなると、どれだけ時間がかかるか分からない。そして、キメラが大きく動き始めた今、時間がかかればかかるほど不利になっていく恐れもあった。

幸いにして、セロ達は信頼出来る存在だ。ミラはそう感じていたからこそ、情報を開示して協力を仰ごうと考える。

そして、セロもまたそんなミラの意を汲み取っていた。

こうして秘密の話し合いのために、場をセロの部屋に移す事となった六人が階段に向かい歩き出した時である。

「おお、ミラの嬢ちゃん。もう戻ってたのか」

丁度帰ってきたアーロンと、階段で鉢合わせた。二階に上る途中のアーロンは、かなり歩き回ったのだろう随分とくたびれた様子だ。

「ふむ、丁度良い。一緒に来てくれぬか」

ミラは好都合だとばかりに笑みを浮かべ、上の階を指差した。アーロンは現在、キメラクローゼンの本拠地に関する情報を集めている。今日の成果の情報交換ついでに、セロ達に面通しをしてしまうのもいいだろう。ミラはそう考えた。

「ん? ああ、分かった」

アーロンはミラと共にいる面々を一瞥してから頷き答えると、ゴール間近で延長された階段の先を見つめ苦笑する。

ミラ達は宿の五階にあるセロが宿泊している部屋の一室でテーブルを囲っていた。有名ギルドの団長だけあり部屋はそこそこ大きく、七人いてもまだ席には余裕がある。それでいて内装は至って簡素だ。

「まずこの者は、現在作戦を共に遂行しておる冒険者のアーロンじゃ」

ミラは、エメラが全員にお茶を配り終えたところを見計らいそう紹介した。同時にそこにいる全員の視線がミラの隣りに座るアーロンに集中する。

「アーロンだ。よろしくな」

アーロンは、それぞれの視線を真っ直ぐ見つめ返してから、ゆっくりとそう口にした。

「で、この者達は……」

「ギルド、エカルラートカリヨンの団長セロと、そのメンバーだろう」

ミラが今度はセロ達を紹介しようとしたところ、アーロンはそれを待たずに言い当ててみせる。

「なんじゃ、知っておったか」

「そりゃあ有名だからな。というより、ミラの嬢ちゃんが知り合いだったっていうのが驚きだ」

アーロンはゆったりと背もたれに身体を預け腕を組みながら当然だというように答え、パトロンガーSと名乗る者を含めたミラの人脈に呆れ返る。

「ちょいと前に縁があってのぅ。して独断ですまぬが、この者達にキメラの本拠地について話そうと思う。それであわよくば手を借りようと思っておるのじゃが、どうじゃろう」

今回の件は、いわば事後承諾である。本来は作戦を共にするアーロンに相談してから情報を開示するかどうか決める事だが、ミラは既に一つだけセロに伝えている。だがアーロンはといえば、独断などまったく意に介さず「そりゃ名案だな」と即答した。

エカルラートカリヨンといえば冒険者の間では非常に有名なギルドであると共に、人徳に至っては特にずば抜けた評価を誇っている。それもこれも前提に団長のセロの人格があり、類は友を呼んだ結果だろう。

キメラクローゼンに対抗する五十鈴連盟にとって、エカルラートカリヨンは良き理解者と成りうるのだ。これはミラが繋いだ有力な縁である。

加えてメンバーも多く、一度に広範囲を捜索出来る事だろう。一日中歩き回ってくたびれ果てたアーロンにとってみれば、頭を下げて助力を願いたいほどの相手だった。

「では、俺から説明しよう」

アーロンは残った体力を振り絞り願いを込め、五十鈴連盟の事も含めてセロ達に詳細を説明した。

「私は絶対に手伝います!」

アーロンの話を聞き終わると同時、真っ先にフリッカが声を上げる。術士であるフリッカは精霊の存在がより近いため、キメラクローゼンの所業には人一倍の憤りを感じていたからだ。

「うん、私も手伝うよ」

フリッカに続けてエメラも協力を申し出る。彼女はもともと、ダンジョンに行こうとする子供二人に無償で付き合うようなお人好しだ。そんなエメラの気質は精霊に対しても変わるものではなく、キメラクローゼンと戦う事も厭わないという意思を示していた。

「そういう話なら、オレの出番じゃん」

「ここで動かなけりゃ男じゃねぇな」

ゼフとアスバルもまた、そう言って参加を表明する。やはり、似たような気概の者達が集まっているようだ。

「という事ですので、我々エカルラートカリヨンは、五十鈴連盟を全力で支援しましょう」

その場にいる全員の意思が揃ったところで、団長のセロがそれを纏め協力を確約した。

「おお、そうか。ありがたい」

一人で走り回る事から解放されたからだろうか、アーロンは心底安堵した顔で礼を言った。

こうして五十鈴連盟とエカルラートカリヨンの共闘が決まり、そのまま作戦会議が始まる。キメラクローゼンに感づかれないようにという事を最優先に、捜査する方法と場所を密に話し合う。

その会議は途中で、夕食も挟みつつ夜遅くまで続いた。

「折角知り合えたんだし、風呂で親睦を深めようぜ。今の時間なら、空いてるだろうしさ」

作戦もまとまり食事も終えると、ゼフがそう言って立ち上がる。時間は夜の十時を少し過ぎたあたりだ。だが、この宿の浴場は清掃時間以外はいつでも利用出来るようになっているので、むしろ少し遅い方が人が少なく広々と寛げるそうだ。

「そりゃあいい。これから共に戦線を張る事になるわけだからな」

「そうですね。どうでしょうか、アーロンさん」

同意するようにアスバルが立ち上がると、セロもまた頷き続く。新たな仲間と大きな浴場で存分に語り合う。そうして親睦を深めるというのが冒険者達の間ではお決まりのようだ。

「いいな。行くか」

アーロンは当然の如く答え、セロ達と共に風呂に向かった。

そんな男勢を、怪しい笑みを浮かべながら見送ったフリッカ。風呂での語らいは冒険者のお約束。そしてフリッカは思ったのだ。そういえば、ミラとはまだ一緒にお風呂に入っていないと。

「では折角ですし、冒険者として私達も親睦を深めましょう」

そう本心を隠して振り向いたフリッカ。だがミラに注がれたその視線は見事斑色に染まっており、情欲まみれである事を雄弁に語っていた。

直後にフリッカは椅子ごとロープで縛られる。それはエメラの鮮やかな技術による見事な拘束だった。

「それじゃあ、私達もお風呂はいろっか」

ロープに緩みがないか確認してから、エメラはそう当たり前のようにミラを誘う。

「うむ、そうじゃな。行くとしよう」

ミラは瞳の奥に宿る小さな怪光を隠したまま、ゆっくりと立ち上がる。馬鹿正直に感情を出して警戒されるのは二流。なのでフリッカのようなへまはしないと平静を装うミラ。だがその結果、遊園地に行く前日の少女のような、期待に満ちた表情になっていた。

「お願い待って絶対に手は出しません約束します後生だからー!」

部屋を出て行こうとする二人に、フリッカは泣き叫び懇願する。椅子をガタガタ揺らして勢い余り横転し、それでも縋るように「約束しますー!」と繰り返す。その姿は、標的となっているミラの目から見ても、哀れであった。そしてエメラは、若干引き気味だ。

「まあ、ほれ、ああ言っている事じゃしな」

見るに見兼ねてミラがそう口にすると、エメラは大きくため息をついてから「なんか、ごめんね」と呟いてフリッカの拘束を解く。

「約束だからね」

「天地神明に誓います」

釘を刺すエメラの言葉に、騎士の如く跪いたフリッカは、今までにないくらいの実に真剣な顔で宣誓を口にした。

ミラとエメラは、大人しくなったフリッカと共に、宿の一階へとやってきた。玄関口とは正反対にある浴場前の広間は、遅めの時間と相まって随分と静かで、簡素な衣服の宿泊客が疎らにいるだけだ。

広間に併設されている土産物の店は、飲食店と違い既に閉まっていた。侘しくもありつつ、どこか楽しくなる、不思議な時間帯である。

浴場は男湯と女湯で分かれている。こっそりと興味深げに女湯へ目線を向ける男性客達を尻目に、ミラは堂々と戸を開き花園へと足を踏み入れた。男では決して越えられぬ境界線。それを軽やかに跨いだミラは、そわそわした様子の男性客達に対して、『これがわしとお主等の差じゃよ』と圧倒的上から目線でほくそ笑むのだった。

脱衣所で服を脱ぎながらミラは、エメラとフリッカにどれどれと顔を向ける。すると、ある意味当然の如くフリッカと視線が交わった。だがそれはほんの刹那であり、場合によっては気のせいとも思えるほどの一瞬だ。

とはいえフリッカの事である、偶然ではないのだろう。実際、今でも隙を窺うように彼女は視線を巡らせている。とはいえミラはといえば、そもそも裸を見られる事に対しての羞恥心がほとんどない。フリッカにくまなく観察されたところで、なんとも感じず、むしろ若干興奮するかもとさえ思っていたほどだ。ただただ熱烈すぎる接触が面倒というだけだ。

そうこうして服を脱ぎ終わったミラは、エメラとフリッカの着替えをじっくり直視してから、悠々と浴室に歩いていく。半裸のフリッカは着痩せするタイプなのだろう、胸元はエメラよりも圧倒的だった。

浴室は、そう特筆するようなものはないようだ。あえて挙げるとするならば、時代を思い起こさせる銭湯のような内装だろうか。一番奥に大きな石造りの湯船があり、壁一面には森の中の花畑の絵が大きく描かれていた。

手前側は全て洗い場だ。入って直ぐ左を見れば、そこにはサウナと水風呂も完備されている。ミラが足を踏み入れた浴場は、贅沢ではないが心落ち着く憩いの空間となっている。

広さもそこそこあり、三十名ほどは同時に入浴出来るだろう。だが今は時間が時間だからか、浴場に入浴客は数えるほどしかいなかった。

「風呂は良いのぅ」

「そうだねぇ」

湯船で大いに全身を伸ばし寛ぐミラ。その隣りでエメラは、のんびりとした口調で同意する。ミラの正面に陣取り、ただただ大人しく湯に浸かっているフリッカは、入浴時、エメラに眼鏡を取り上げられたため涙目であった。

「それにしてもミラちゃんが、あの『千変不倒のアーロン』さんと一緒だったのは驚いたよ」

そうエメラは、ちょっと興奮気味に言う。聞けばアーロンは冒険者の中でもかなりの有名人のようだ。質実剛健で確かな経験に裏打ちされた実力は、多くの国からも認められており、仕官の誘いも多いのだという。

「なんと、そんな大物じゃったのか」

感心したようミラが言った時、「ミラの嬢ちゃん程じゃないがな」と、浴室の壁の向こうからアーロンの声が響いてきた。見ればなるほど銭湯らしく、男湯と女湯を隔てる壁の上に少しの隙間があった。

「なにを言うておる。わしはただの冒険者じゃよ」

「そうだな。そういう事にしておくか」

湯船から上がりつつ、ミラが男湯に向けて僅かに声を張り上げれば、多少の笑い交じりでアーロンの声が返ってくる。

そんな短い会話を挟みながら、ミラは適当な風呂椅子と桶を手にして洗い場に向かう。その途中ふと見上げれば、壁の上の隙間からのっと顔を覗かせた者がいた。

その者ゼフは、ミラに見つかると一変して好色を潜め、真顔で見詰め合う。

「なんじゃ覗きか? まったく、若いのぅ」

洗い場に風呂椅子と桶を置きながら、口端を吊り上げ不敵に微笑んだミラは、まるで修学旅行の男子のようなゼフの思考と、それを実行する行動力にむしろ感心する。

「あー……えっと。結構大きいんですね」

突然敬語になったゼフは、初めてのお見合いのような様子で、真面目そうにそう言った。

「確かお主は、もっと大きな方が好きなのじゃろう?」

「はい、手から零れるくらいが好きです」

挑発的な笑みを浮かべつつ、ミラが両手で胸を寄せ上げてみせれば、ゼフはきりりと敬礼しながら馬鹿正直に答える。

「まぁ、わし以外に見つかるでないぞ」

実に素直な夢を見るゼフの気持ちを大いに理解し応援するミラは、それでいて魅惑の花園の中にあり、優越感を漂わせてゼフに忠告した。

「その心遣いに、感謝いたします」

紳士の如く流暢に礼を述べたゼフであったが、その直後、頬を引き攣らせ固まった。怒気を孕み桶を構えたエメラが、獲物を見つけた狩人宛らな目でゼフを見据えていたからだ。

ゼフが考えていた言い訳を口にしようとしたその時、浴場に乾いた音が鳴り渡り、続けて苦しげな呻き声が小さく響く。

(南無)

ミラは壁の向こうに消えていったゼフの、せめてもの冥福を祈るのだった。

「ミラちゃん、ミラちゃん。今日は親睦を深め合う日なんだから、私に任せて」

洗い場に腰掛けたミラのもとに、何事もなかったようにそう言ってエメラがやってきた。そして背後に立ち、手早くミラの髪を洗い始める。曰く、洗い洗われるのが、親睦を深める冒険者達のお約束であるそうだ。

エメラはミラを、ミラはフリッカを、フリッカはエメラを交互に洗う。洗われている最中、フリッカが悶絶していたのはいうまでもないだろう。

こうして存分に親睦を深めたミラ達であった。