軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

103 パトロンガーS

百三

幻影回廊での作戦を終えたあと、ミラ達はそのままワゴンに乗り込み、五十鈴連盟の本部に向けて一足先に飛び立つ。クモ達は念のために、幻影回廊を調べてから帰還するそうだ。

夜が徐々に深くなり始める時間。四人はワゴン内で今後の作戦会議を繰り広げていた。会議内容は、本部に情報を届けたあとの行動に関してだ。

既にセントポリーに行く気満々な四人は、誰がどこをどう探るかという話で盛り上がる。

そんな時だった。突然、聞き覚えのある鈴の音がワゴン内に鳴り響いたのだ。

「ふあ! なに!?」

尻尾をぴんと逆立てたサソリは、慌てたように周囲を睨み、そのままヘビのローブに潜り込んだ。大きな音が苦手なようだ。

「この音は……」

そんなサソリを横目に、ミラは音の出所である押入れのふすまを開いた。すると更に音は大きくなり、サソリの尻尾がぴくぴくと痙攣し始める。

「いつの間に置いてあったのじゃろう」

押入れの奥にあった箱を開くと、そこにはじりりと音を響かせる黒い通信装置が入っていた。銀の連塔の自室にあったものと同じ形式のものだ。

形状としては電話が近いだろうか、何となく使い方が分かる、そんな装置だ。なのでミラは、呼び鈴に応え受話器を手に取った。

『あ、やっと繋がった。おーい、聞こえるー?』

騒がしい音が止むと同時に、聞き覚えのある声がワゴン内に響く。それはミラの良く知る人物、ソロモンの声だ。

「え? なに!? 誰の声!?」

ヘビのローブから顔だけを覗かせてサソリが喚く。

「通信装置か。こりゃすごいな」

ミラが手にしている受話器、そしてここに居る誰のものでもない声。アーロンはこの二点だけで直ぐに原因に思い至る。どうやらそれが何か、しかもどれだけ高価なものか知っているようだ。

『あれ? なんかいっぱい声がする? おーい』

「聞こえておるぞー。五十鈴の連中も一緒でのぅ」

振り返ったミラは、ワゴン内の顔ぶれを眺めながら受話器を口元に近づけて答えた。

『そっか、なるほどー。了解了解、一緒に行動中ってわけだね。えっと、そこにいるミラに色々と提供しているパトロンガーSです。よろしく』

ワゴン内に随分と軽い調子の自己紹介が響く。その気楽さにアーロンは愉快に笑い、ヘビはといえば怯えるサソリに通信装置について説明していた。

「して、何用じゃ?」

押入れを大きく開け放ち、その二段目にひょいと飛び乗り腰掛けると、ミラは足をぶらぶら揺らし寛ぎの体勢をとる。

『いやね、こないだのあれ覚えてる? 君を襲った逆恨み君』

「ああ、覚えておる覚えておる」

逆恨みで襲ってきた人物。それは陰の精霊武具で全身武装していた、アルカイト学園魔術科のカイロスだ。丁度似たような装備であった相手と戦ったばかりのミラは、考える間もなく思い至る。

『え、覚えてた。これは意外だったよ。でもまあ、話は早いか。あの精霊武具の出所が判明したよ』

「ほぅ! 早いのぅ。して、どこじゃ?」

名前を覚えるのが苦手なミラが、まさかの即答である。電話口のソロモンの声は、それはそれは驚きに満ちていた。だがミラは、そのような反応など意に介さず、精霊武具の情報に興味を示す。

陰の精霊武具とキメラクローゼンの関わりが、ほぼ確定的になった今、その情報はより核心に迫れる可能性を秘めたものだ。非常に旬なその報告に、ミラは急かすように先を促す。

『思ったより食いつきいいね。まあいいか。えっとね、僕の努力も知ってほしいから順序立てて説明するよ』

そう前置きして、ソロモンはカイロスとその両親を喚問した結果を語った。

まず、全身分揃えられた精霊武具は、全て別々の商人から買い付けたものだと分かった。

それら商人達に関連性はない。だが、精霊武具の仕入れを幾つも辿っていくと、最終的に3つの商隊に行き着いた。するとどうだろう、そこに共通点が現れたという。

その共通点とは、三つの商隊がメルヴィル商会の傘下であったという事だ。

メルヴィル商会。行商を中心に長く商売を続けている商会で、商業組合の中では十年前まで中堅に位置していたそうだ。だが、ここ数年でみるみる業績を伸ばし、長い歴史と実績を誇る三大商会にも迫る大商会に成長する。

メルヴィル商会は主に武具を取り扱っているようで、独自にその武具の流通を詳細に調べたところ、不自然な点が見つかった。

それは、仕入れた武具の一部が、メルヴィル商会を通すと精霊武具に変化するというものだ。しかもそれは、一度の取引で半分以上が変わっていたらしい。

だが、商隊に卸す時はそのまま通常の武具として扱われ、行商の途中途中で少しずつ精霊武具として捌いていたので目立たなかったという事だ。

この辺りは疑いを持って深く追求しなければ判明しない、行商の闇の部分であると話す。

『という事で、このメルヴィル商会ってかなり怪しいよね。で、思ったんだけど、もしかして今君が関わっている件と繋がりがあるんじゃないかな』

怪しいと締め括りながらもソロモンは、そう言葉を続ける。調べた結果判明した情報から、ソロモンはキメラクローゼンとの関係に辿り着いていた。

「うむ。濃厚じゃな」

ミラはそう答えてから、お返しとばかりに任務中に得られた情報を詳細に話して聞かせた。天秤の城塞、そして幻影回廊で見た一連の件についてだ。

それは極秘任務の情報漏洩ともいえた。だがアーロンとヘビは特にそれを止める様子もなく、サソリは二人が動かないのならそれが正解なんだろうと口を噤んだ。

『なるほど。確かに濃厚だ。それにセントポリーっていえば、メルヴィル商会の本店がある隣国でしょ。なんだかもう真っ黒だね』

ミラが説明を終えると、ソロモンは確信したようにそう言った。

「ほぅ、隣同士じゃったか。それは怪しさ満点じゃな」

『でしょ。本店のある国はローズライン公国っていって商業が盛んなんだけど、貴族のほとんどが商人で、今は政権争いの真っ最中。で、次期大公に一番近いのが、メルヴィル商会筆頭、エルヴィス・メルヴィル。ちょっと言いにくい名前だよね』

どこか冗談めかすような声がワゴン内に響く。そしてその情報は確かなようで、アーロンは楽しげに「興味深いな」と呟いた。中堅から次期大公にまで数年で上り詰めたメルヴィル商会。そしてその影に見え隠れするキメラクローゼン。探ってみる価値は大いにあるだろう。

「して、用件はそれだけか?」

『うん、それだけー』

「なんじゃ珍しいのぅ。またあれこれ言ってくると思うたが」

いつの間にか通信装置をワゴンに仕掛け、わざわざ連絡をとってきたくらいだ。何か面倒事でもあるのだろうと思っていたミラだったが、どうやらそうでもないらしく拍子抜けする。

『今回は忠告みたいなものかな。今の時点ではまだ、キメラとメルヴィル商会が繋がっているかも、って事までしか分かってないよね。つまり、どちらが 親(・) かは不明ってわけ。もし君達が、この事を知らずにキメラと戦い倒した場合。そのキメラが 子(・) であったなら、メルヴィル商会はトカゲの尻尾のように切り捨てて次の子を生むだけだろうから』

「ふむ、いたちごっこじゃのぅ」

キメラクローゼンを失えば弱体化は免れないだろう。だが生み出した親であるならば、その技術や知識を持っている確率は高い。大元が潰れない限り、いくらでも繰り返す事が出来るのだ。

『で、これが逆の場合。利益が減少するとはいえ、メルヴィル商会はもう親がいなくても問題ないくらいに育っているから、むしろ世間的に真っ黒な部分を切り離せた程度にしか思わないかもしれないよね。しかもキメラのノウハウが伝わっていたら、今度は親になりかねない』

「そうじゃのぅ。つまり両者の繋がりを確定付けて、もろとも潰さねばならぬという事じゃな」

『そういう事』

十分に考えられる事態だ。関係しているならば、片方だけどうにかしても意味はない。根本から絶つには、キメラクローゼンとメルヴィル商会を同時に処断しなければいけないのだ。

「しかしのぅ。どうやって証明するべきじゃろうな」

繋がりの確定。その方法に悩むミラは、そのまま後ろに身を倒して押し入れ内に寝転がり、そこにあった毛布に顔を埋めた。言いながらも既に考える気はなく、方法をソロモンに丸投げする構えだ。

『やっぱり潜入してみるのが一番じゃないかな。キメラとのやりとりの記録、精霊武具の加工云々に帳簿もろもろ。このあたりを見つけられれば合格かな』

「そう都合よく見つかるかのぅ」

受話器を手にしたままそう口にして、ミラはごそりごそりと蓑虫の如く毛布に包まっていく。

『まあ、絶対とはいえないね。ただ、探してみる価値は十分あると思うよ』

「ふむ。確かにそうじゃな」

毛布からひょっこりと顔を出して頷くミラ。そして足だけをふらふらと揺らしている気の抜けきったその姿を、アーロン達が暖かく見つめていた。

『それでだね。証拠を見つけたら、是非イーバテス商会に提供してほしいんだ。話はこっちで通しておくからさ』

「商会の問題は商会同士でという事じゃな」

『まあそういう事。君達が武装組織のキメラクローゼンと戦うのは問題ないけど、メルヴィル商会は、あくまで商会とはいえローズラインの次期大公候補。つまり国が相手って事だね。社会的な影響と今後を考えれば、キメラとの関連性を明確にして法的に処分するのが最良なんだ。そこでローズライン公国の大公候補第二位のイーバテスに協力してもらおうってわけ』

ソロモンの言うとおり、どのような大義名分があろうとも次期大公ともなれば国とほぼ同義だ。そして一国に対しての戦闘行為は『限定不戦条約』により全て禁止されている。五十鈴連盟が武力をもってメルヴィル商会を制しようとすれば条約違反とみなされる事もあり、危うい立場になるだろう。

だが、同国の勢力であるイーバテス商会なら確定的な証拠さえあれば、武力を行使する事無く法で追い詰める事が出来る。そしてイーバテス商会は、その手柄と対抗馬の消失によって次期大公の座を不動のものとするだろう。

「なるほどのぅ。そうして恩を売るという訳か」

ソロモンの意図を理解したミラは、暗い押入れの中で口端を吊り上げにやりと笑う。

『あ、分かっちゃった? 彼とは前から何かと付き合いがあってね。今回は良い機会なわけだよ』

「随分とぶっちゃけるのぅ。ここにもう三人いるという事を忘れてはおらぬか」

『大丈夫大丈夫。だって、僕は謎の提供者パトロンガーSだからね。それに聞いてごらん、そっちに害はないでしょって?』

どこか楽しげなソロモンのその声がワゴンに響けば、ミラは押入れの中でむくりと起き上がり、どうなのかと窺うようにアーロン達へ顔を向けた。

「正直使われているようで癪だが、うちじゃその点の伝手がない。確実にメルヴィル商会を失脚させるには、願ってもない申し出だな」

アーロンは大きく頷き、そう口にした。

表向きは慈善団体であり部外者という立場の五十鈴連盟。対して、自国で確かな発言力を持った商会。同じ証拠を提示するならば、明らかに後者の方が国での影響が大きく、そして上手く利用出来るだろう。

「そのようじゃな。ならば、証拠さえ押さえればあとは任せてしまってもよいのじゃな?」

アーロンだけでなくヘビも同意するように頷くのを確認したミラは、受話器に向かってそう言いながら、また押入れにもぞもぞと戻っていく。ちなみに、サソリはずっと難しい顔をしたままだった。

『もちろん。君達がキメラと憂いなく戦えるようにすると誓うよ』

そう断言するソロモンの声は通信機を介していてもなお自信がはっきりと窺え、そしてその背後にある強大さもまた垣間見せる風格を滲ませていた。

「分かった。ならばメルヴィル商会とやらも探ってみる事にしよう。ああ、それと最後に一つ伝えておく。K 2132、6、18は親じゃった」

了承したミラは、ポーチから取り出した紙に視線を落とすと、そのまま続けて暗号めいた言葉を口にした。アルファベットと数字は、かつてソロモンから送られてきた手紙にあった、九賢者のイニシャルと、この世界に降り立った日付。つまりその暗号は、五十鈴連盟の創設者はカグラ、という意味だ。

『そっか、なるほど。把握したよ』

どうやら、伝わったようだ。通信機ごしでありながら、今度の声には驚きの色が浮かんでいた。

『親の件はこっちでも動いてみるけど、継続してよろしく。それじゃあまた、何かあったら連絡するねー』

事実を知った事で色々な策略を追加で思いついたようだ。急に忙しそうな口調になると、一方的にそう告げて、あっけなく通信が切れた。

思いついたら即行動。それがいつものソロモンである。

「というわけじゃ。勝手に約束してしまったが、良かったかのぅ」

受話器を戻し箱を閉めたミラは、押入れの中からひょいと顔を覗かせる。

「大丈夫。悪くない取引」

「ああ、問題ないだろう。それに関連性の疑いがある以上、放っておくわけにはいかないからな」

ヘビとアーロンに異論はないようだ。というよりも、かなり乗り気であった。

今回もたらされた情報の精度は極めて高いと感じたからだ。そこに確たる根拠はない。ただ二人には、通信相手の正体が誰なのか薄々と見えていたようである。

まずなにより通信機だ。いつの間にと呟いたミラの言葉。それはつまりミラが知らない内に設置していたという事だろう。しかも、かなり高価な代物だ。そしてそのような事が出来る人物。この時点で、随分と正体が絞られる。

更に、一つの商品からそれを売った商人を探し当て、そこから大元まで辿り取引状況を把握するなど、貴族でもそう易々と出来る事ではない。

次に、商会との繋がりがありその筆頭が大公になる事で得をする人物。

最後に、アルカイト王国より使者として派遣されてきたミラという存在そのものだ。

「答えに導かれているようで、癪に障るがな」

アーロンは、そう小さくぼやく。ソロモンは本当の名を名乗っていない。だが、交わされた会話にそれを隠す気は全く見受けられず、むしろ仄めかすような色もあった。

結果、アーロンとヘビは、自然とその正体を思い描くに至る。こうしてソロモンはイーバテス商会だけでなく、五十鈴連盟にも恩を売ったのだ。

とはいえ五十鈴連盟に大きな損は無い。それどころか敵の喉元に喰らいつける牙を手に入れたようなものである。癪に障ろうが、利用しない手はないだろう。

「セントポリーとローズライン。目的地が二ヶ所になったのぅ」

ミラはそう言いながら押入れの二段目より、ひょいと飛び降りて襖を閉めた。ミラにとって、貸し借り云々といったやり取りは興味の範疇外だ。単純に調べる必要のある場所が増えただけという認識であった。

「そうだな。二手に分かれるか」

我関せずなミラの様子にアーロンは小さく微笑み、妥当な提案をしてみせる。

そうして四人は顔を突き合わせ、早速先程の情報も踏まえて作戦会議を再開するのだった。