軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

マルチタスクはもう嫌だ 2

彼の名前は 小田原(おだわら) 茂(しげる) 。

都内のマンションに住む32歳。同居人は嫁と二人の子供。

日中は正社員として多彩な業務に従事している。

悪い言い方をすれば、人手が足りない組織で様々な仕事をあれもこれも押し付けられている。

カレンダーを埋め尽くす会議と定例。襲い来る細々とした定常業務。もちろん同僚も多忙であり、昼食時に周囲を見渡せば仕事をしながら食事をする者ばかり。それとなしに雑談を始めても得られるのは空返事と愛想笑いだけ。

ひとつの納期を乗り越えたかと思えば次の納期が迫る。

タスクを整理する間に新たなタスクが生まれることなど日常茶飯事。

当然、残業時間は多い。

最近は会社がうるさいから月末には調整が大変。

家では疲れて眠るだけ。

子供と話す時間も作れず、なんだか最近嫌われ始めているような気がする。

土日などにリビングでグッタリしていると、新婚時にはあれほど愛らしかった妻が羽虫を見るような目で見てくる。仕方なしに寝室へ行くと「あなた、本当に何もしてくれないよね」と痛恨の一撃。やれやれと身体に鞭を打って家事に手を出せば「邪魔だからあっちへ行って」と拒絶されチェックメイト。

「あれ、俺今何やってるんだっけ」

仕事中、ふと我に返って呟くことも増え始めた。

そんなどこにでもいる一般的なサラリーマン。それが小田原茂である。

小田原茂には趣味がある。

会社では多忙、家では羽虫。

そんな彼が安らげる唯一の場所それが通勤電車。

吊革を握り、ただ黙って虚空を見つめる時間。

頭を空っぽにしていられるその数分間が、とても心地良い。

楽しい時間は一瞬。

電車を降り、会社に向かう数分間はとても憂鬱だ。

小田原茂は現実逃避であちこちに目を向ける。

そして、普段と違う張り紙に気が付いて足を止めた。

「……真のプログラマ塾?」

ダサい。

しかし小田原茂は詳細に目を通した。

理由はシンプル。

ちょうどプログラミングを学びたいと思っていた。

ここ数年、社内で内製化というワードが頻出している。

これまで外注に頼り切りだったシステムを自社製に切り替えようという動きだ。

これによりプログラミングは専門外だった小田原茂も無関係ではいられなくなった。実際、業務で手を動かす機会も増え始めている。このため、どこかで時間を取って学びたいと考えていた。

しかし、プログラマ塾ほど胡散臭いものはない。

まずプログラマを確保するのは至難の業である。ただでさえ数が少ないうえに誰もが多忙なのだ。教師として用意できるのは、学生アルバイトもしくは開発案件を取れないフリーランスが関の山であろう。そして、ビジネスとして展開することを考えるならば、深い知識を一部に教えるのではなく、浅い知識を大勢に教えるのが合理的だ。必然、塾で得られる知識はネットで調べれば手に入るレベルとなる。

だからこそ、彼は次の文章に目を止めた。

未経験NG

今困っている方だけご相談ください。

「珍しいな」

先ほど述べた通り、ビジネスとして成功させるためには受講者の母数を増やす必要がある。あえて大半の顧客を切り捨てる塾など目にしたことがない。

「……二十万か」

まあそんなものかなと思える金額。

もちろん、決して安くはない金額。

「おお、無料体験もあるのか」

日本人はとにもかくにも無料という言葉に弱い。

手軽にダウンロードできる無料アプリで一回数千円のガチャを狂ったように回した経験が、きっと多くの方にあるだろう。

お一人様、一回限り、無料。

小田原茂は「未経験NG」という珍しい文言に興味を惹かれ「初回無料」というありきたりな文言で心を決めた。

そして金曜日の午後。

ちょうど有給を消化したいと考えていた小田原茂は、半休を取得して、足を運んだのだった。

「すみません、真のプログラマ塾……? って、こちらですか?」

「はーい、ちょっと待ってくださいね」

女性の声。

直ぐにドタバタ足音が聞こえて、現れたのは――

「ええっと、小田原さんかな?」

「…………あ、はい、そうです」

ああ、これは、間違えたな。

強烈なコスプレ衣装を見て、彼は内心、そう思った。