軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第5話

クラリスを茶会に呼ぶという行為は──

公爵家の“後光”を一時的に借りるのと同義である。

彼女が椅子に座るだけで、その集いは格を持ち、

主催者の名誉も、家門の株も、未来の縁すら底上げされるのだ。

「クラリス様、またお手紙きましたよ〜♡」

マリアの声が弾む。

今朝だけで届いた招待状の束が、献花のように積み上がっていた。

クラリスは扇を傾け、穏やかな笑みを浮かべた。

「ありがとう、マリア。

さて……明日はリドラ嬢の茶会だったかしら?」

「はい♡ でも……あの方、初めてですよね?

身分は新興の男爵位ですが……

なのにご参加なさるのですか?」

自分の名が場に与える重みは、彼女自身がいちばん理解していた。

だが──

「ええ。“どうしてもお越しくださいませ”と、

泣きつくほどの熱意があるもの。

丁寧な必死さは嫌いではなくてよ?」

クラリスは封書を軽く揺らし、柔らかく笑った。

彼女は、誘いが誠実であれば

爵位が低かろうと新興貴族だろうと構わず参加する。

マリアは胸に両手を当て、とろけそうな声を漏らした。

「さすがクラリス様♡

お優しい……いえ、器が違いますわ……!」

クラリスは紅茶を啜った。

その姿だけ切り取れば慈悲深い淑女だが、

(さて……今度はわたくしのどんな話題で

盛り上がるつもりかしら?

──主役というのも、なかなか骨が折れますわね)

実際のところ、

信者たちが自分の話題で熱狂するのを見るのが好きなだけである。

リドラ男爵令嬢の茶会は、惨憺たるものだった。

席次は滅茶苦茶。

菓子は湿り、香りも飛んでいる。

椅子の配置は、酔った兵士が並べたほうがまだ整うだろう。

肝心の主催者リドラは

「クラリス様が来てくださった♡」とただ浮かれるばかりで、

茶会を運営する気配すらない。

クラリスは扇を閉じ、涼やかに思う。

(……まぁ、新興貴族ならこんなものね)

似た経験なら腐るほどある。

以前、別の令嬢は失敗のあと、

『クラリス様にどうしてもお会いしたくて……!』

と泣き崩れられたこともあった。

(おもてなしの心を受け取るのが“上級者”の務め。

茶会とは形ではなく、気持ちですもの)

──茶会が終わり、リドラは感極まって頭を下げた。

「クラリス様、来てくださりありがとうございました!」

「こちらこそお招きありがとう。

今度、わたくしの茶会も開くの。よければいらっしゃいな」

(仕方がないわね。

“一流の茶会”とは何か、わたくしが身をもって教えて差し上げるわ。

なんて……わたくし優しいのかしら)

「ありがとうございます! 予定確認しておきます!」

「……」

(“予定を確認”?

普通は他の予定など蹴り飛ばして来るものよ……)

だがクラリスは飲み込んだ。

(わたくしは優しい女。これくらいでは怒りませんわ)

──しかし、その優しさは即座に裏切られる。

招待状を出しても返事はない。

そして当日、当然のように来ない。

クラリスの胸で、ピキ、と冷たい音がした。

さらに追い討ち。

「クラリス様……リドラ嬢が言いふらしています……

“クラリス様が特別に来てくれたのです♡”って……」

「“すごく盛り上がりましたの♡”とも……」

クラリスの扇が止まる。

(……なめられたものね)

空気が氷刃のように張り詰め、

そばにいた令嬢が震えた。

「お、教えてよかったのでしょうか……?」

「ええ。ありがとう。

お願いがありますの──少し、力を貸してくださる?」

令嬢は蒼白のまま頷いた。

リドラも参加する、別の令嬢の茶会。

クラリスが現れた瞬間、

集まった令嬢たちの背筋が一斉に伸びた。

「ごきげんよう、皆様」

その気配だけで、全員が悟った。

──今日は“何か”が起こる。

「あっ、クラリス様〜♡」

呼び出された理由を理解していないのは、

リドラただ一人。

茶会が始まったが、張り詰めた空気のまま。

だがリドラだけが笑っている。

クラリスは扇を伏せ、静かに口を開いた。

「ねぇ皆様。

最近“わたくしの名前”を

やたらと利用している方をご存じかしら?」

その場の令嬢たちが、一斉に蒼白になる。

ただ一人、リドラだけが首を傾げた。

「え?誰だろ?」

クラリスは淡々と告げる。

「茶会に呼んで差し上げたのですけれど……

招待状の返事もなくて。ですからどんな方か思い出せないの。

──ああ、ただ“とても酷かった”ことだけは覚えていますわ」

その言葉に、令嬢たちは内心で悲鳴を上げた。

リドラはにこにこしながら言う。

「ひどい茶会!?そんなの最悪ですね、クラリス様!」

クラリスはにっこり微笑む。

「まぁ、どうせ“本人は”自覚しないでしょうけれど。

それより──あなた方」

令嬢全員の背筋がぴん、と伸びる。

「こういう方を“なぁなぁ”で甘やかすから、

社交界の質が落ちるのですわ。

あなた方まで同類に見えてしまいますのよ?」

令嬢たちは蒼白でぶんぶん頷き、

リドラまで意味も分からず頷いた。

「……よろしくてよ」

それは処刑宣告よりも重い一言だった。

翌週。社交界の噂はすぐ広がる。

「……あの子、クラリス様の逆鱗に触れたみたい」

「距離置きなさい。巻き込まれるわよ」

夜会では、リドラの周囲だけぽっかり空く。

家門は事の重大さを悟り、リドラを庇うどころか一切の口出しを控えた。

──巻き込まれれば、家そのものが傾きかねない。

(なんで……?クラリス様、優しかったのに……?)

だが、誰も教えない。

“空気を読めない者は排除される”──それが社交界だ。

一方クラリスは、別の夜会で令嬢たちに囲まれ

満足げに微笑んでいた。

「ごきげんよう」

「クラリス様♡」

「今日もお美しい……!」

(そうそう。こうでなきゃ♡)

深紅の瞳が、満足げにきらめいた。