作品タイトル不明
第17話
王妃宮の客間。
磨き上げられた卓に紅茶が用意され、クラーラは王妃の向かいに静かに座っていた。
王妃は紅茶を口に運び、穏やかに微笑んだ。
「クラーラ嬢、最近は第二王子とよく顔を合わせているそうね」
クラーラは少し驚いたように目を瞬いた。
「……孤児院の件で、殿下がご協力くださっております」
「ええ、聞いているわ」
王妃は頷く。
「ルシアンは優しい子でしょう」
「はい。とてもお優しくて、よく周りをご覧になっておいでです」
「昔から、困っている人を放っておけない性格でね」
王妃はどこか楽しげに言った。
「そういう方には、傍で支えてくれる方が必要なのよ」
クラーラは一瞬言葉に詰まり、それから静かに答えた。
「……殿下は、わたくしのような者が支えるまでもなく、十分にお力のあるお方です」
「そうかしら。王族というのは、案外孤独なものなの」
クラーラは視線を落とした。
「……そのようなこと、考えたことがございませんでした」
「ええ。ですから、善意を持った方が傍にいてくださると、私は安心するのよ」
王妃はふとクラーラを見た。
「あなたのような方が」
クラーラの指先が、かすかに止まる。
「……恐れ多いお言葉です」
少し間を置いてから、クラーラは顔を上げた。
「ですが、わたくしにできることがあるのでしたら、孤児院のことでも何でも、お力になれればと思っております」
王妃は満足そうに微笑んだ。
「ええ、それで十分よ」
◆
王妃の私室。
窓際の席で、王妃は紅茶を口に運んでいた。
その時、侍女が静かに告げる。
「第二王子殿下が、数日王都を離れられるそうです」
王妃の手が、ほんの一瞬だけ止まった。
だが、すぐにカップを置く。
「そう。理由は?」
「エルヴァン公爵令嬢の療養に同行なさるとか」
「……クラリス嬢が?」
「はい。領地へ戻られるそうで、殿下が見送りを兼ねて同行されると」
王妃はしばらく黙っていた。
それから、ふっと微笑む。
「仲がよろしいのね」
侍女は答えない。
王妃はゆっくりと紅茶を飲んだ。
「クラリス嬢は、少し気が強い方だと思っていたけれど。やはり、年相応に可愛らしいところもあるのね」
穏やかな声だった。
だが、その瞳は静かに考えていた。
――なるほど。
王都にいるのが辛くなったのだろう。
クラリスが自分から動いたというのなら、それはそれで都合がいい。
「まあ、よいでしょう」
王妃の表情は変わらない。
「療養は大切ですもの」
◆
数日後。
クラリスは再び第二王子の政務室を訪れていた。
目元はまだ少し赤い。
だが、前回よりは落ち着いている。
侍従が下がると、クラリスは静かに口を開いた。
「殿下、日程の件ですが」
ルシアンは書類から顔を上げる。
「調整は済んだ。三日後に出る」
クラリスの肩が、わずかに緩んだ。
「ありがとうございます」
ルシアンは書類を一枚脇へ避ける。
「王都を空ける間の政務は振り分けた。急ぎの案件は宰相府に回す。
孤児院の件も、しばらくは別の者に引き継がせる」
クラリスの睫毛が、かすかに揺れた。
「……そうですの」
ルシアンはそこで初めて、ちらりとクラリスを見る。
「何か問題があるか」
「いいえ」
クラリスは首を横に振った。
「……領地ですが、南の方になります」
「どの辺りだ」
クラリスは地図を広げた。
少し身を乗り出し、指先で一点を示す。
「この辺りです。王家の離宮の近くでして」
ルシアンの手が止まる。
クラリスは気づかないまま続けた。
「街道から少し外れていますので、人の出入りも多くありませんの。森と湖に囲まれていて、空気も澄んでおります」
ルシアンは地図を見たまま動かない。
クラリスはなおも言葉を継ぐ。
「もともと静養には向いた土地ですの。屋敷の周りもひらけすぎておりませんから、人目を気にせず過ごせますわ」
ルシアンの指先が、地図の端で止まった。
「……離宮の近くか」
「殿下?」
ルシアンはそこでようやく視線を戻した。
「いや、問題ない」
そう言った声は、ほんの少しだけ低かった。