軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1話

もし自分の悪口を言われていたら、あなたはどうする?

黙って耐える? 泣く?

わたくしは――

王太子の婚約発表から、わずか数日後の昼下がり。

サロンには新興貴族の令嬢たちが集まり、淡い菫色の紅茶をくるくると回していた。

「クラリス様、王太子殿下に見限られても、結婚できるのかしら」

「完璧すぎる女は愛されないって、本当にそうなのね。ふふ」

「それに、あの性格じゃあ――」

薄い笑いが、砂糖の欠片のように卓上で砕けた。

そんな時、扉が音もなく開いた。

深紅のドレスが、室内の温度をわずかに下げる。

(新興貴族の末端の末端の……)

「殿下の婚約発表に招かれなかった皆様、ごきげんよう。まあ、たいへん楽しそうなお茶会ですこと」

最初に笑っていた令嬢が、慌ててカップを持ち上げる。

金の縁が震え、紅茶の輪が波打った。

「こ、これは失礼を……エルヴァン公爵令嬢。お耳障りな話を、失礼しま――」

「“王太子に捨てられた哀れな女は結婚できるのか?”――そう仰っていたのは、こちらでして?」

クラリスは卓の端に立ち、扇をゆるく伏せた。

まつ毛の影だけで、室内の呼吸が揃う。

「いいですわ、“情報格差”だなんて――お気の毒ですもの。

わたくしが、代わりにお応えして差し上げますわ」

白磁の皿が、ごく小さく鳴った。

誰も答えない沈黙ほど、雄弁なものはない。

クラリスは自らカップを取り、一口含む。

(ふん。人のいない場所でしか悪口の言えない……相変わらず低俗ね)

香りを確かめるように目を伏せ、それからゆっくりと微笑を深めた。

「確かに、残念ながら王太子はわたくしを“相応しくない”と仰って婚約を破棄されました。

ええ、さすが殿下ですわ。――ご自分の力量を、よくご理解されていらっしゃいます」

扇がぱちりと開き、金糸の花が静かに綻ぶ。

「そんな時――第二王子は、わたくしこそご自身の婚約者に相応しいと見初められ、

わたくしにプロポーズをしてくださいましたの」

部屋の空気の色が変わった。

砂糖は溶け、紅茶は甘すぎる沈黙に変わる。

「そ、それは……いつから?」

「ご存じなかったの? 殿下の婚約披露パーティーで、わたくしも発表しましたのに。

その程度のことも仕入れられなかったの?」

「そ、そんな……聞いていませんわ!」

「信じられない……第二王子殿下が……!」

「で、でも、兄弟でそんなこと……!」

令嬢たちは口々に囁き、目配せを交わす。

顔色を失ったひとりが、取り繕うように笑った。

「ま、まあ……その……本当におめでとうございますわ、クラリス様」

「ありがとうございます。……無理に言わなくてもよろしいのですよ?」

クラリスは静かに微笑み、紅茶の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。

「わたくしは、人の粗探しをなさる方々とは違って、心優しいの」

その思いを胸に、扇をそっと手に取る。紅茶の香よりも冷たい決意を纏って――。

「これから貴女方は大変でしょうから、わたくしにお気遣いくださるより、ご自身を心配なさってくださいな」

その声には、刺すような冷たさではなく、透き通るような優雅さがあった。

まるで紅茶の表面に落ちた氷の欠片のように。

「よくご理解されましたか? 完璧な者同士が結ばれる摂理というものを」

誰も何も返せない。

卓上の花が、沈黙の中で小さく揺れただけだった。

クラリスは扇を閉じ、優雅に立ち上がる。

「どなたかは、わたくしがイレイナ様をお手伝いするだろうと仰っていましたが――」

唇の端が、ゆるく持ち上がった。

「それは全くあり得ない話ですから、ご期待なさらないでくださいな」

そう言い残して、クラリスは去っていった。

クラリスが去ったあと、誰かがかすれた声で呟いた。

「……あの方、本当に第二王子の婚約者に?」

「ええ……でも、第二王子の一時の気まぐれでしょう」

「王太子殿下の愛のほうが本物ですもの……きっと大丈夫ですわ」

誰も、自分の言葉を信じてはいなかった。

翌週には、新興貴族たちの屋敷から、侍女や書記官が一人、また一人と姿を消した。

出仕表の欄が白く空き、印章の数だけ沈黙が増えていく。

「第二王子に旧貴族派が着くとなれば……先の見えない新興貴族の屋敷で働き続けるのは、いささか“賭け”が過ぎますわね」

“愛の改革”と称された新しい時代は、まだ始まらないうちから、音もなく崩れ始めていた。

(うふふっ……どの家門から崩れるかしら♡?)