軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

お名前をお伺いしても宜しいですか?

私はどうやら、記憶喪失らしい。

転んで打ち所が悪かったみたいで、ここ10年の記憶が色々抜けてしまっているみたい。

自分の名前や家族、邸の使用人達、学園の友達の事は覚えてるから最初は全然実感なかったんだけど、

皆に私がこの国の王太子の婚約者だったと聞いて、もうそりゃびっくりしたわよね。

そんな重大なこと全然覚えてないなんて、余程打ち所が悪かったのだわ。

王様や王妃様の顔も思い出せない。

何より私が未来の王妃候補だったなんて信じられない!王妃なんて無理無理無理っ。

妃教育も受けていたらしいんだけど、一つも覚えていないもの。そんな人間が王妃として国を守れるわけないわ。恐れ多すぎる!

だから記憶喪失を理由にして、婚約解消してもらったの。実際王太子の顔も覚えてないし。

記憶喪失の私なんかより、もっと上に立つに相応しい人が王妃になった方が世のため人のためだわ。

それから、幼馴染だというジュリアンの事も忘れてしまっていた。彼の母と私の母が親友同士らしくて生まれた頃からよく一緒に遊んで育ってきたらしい。

そんな長い付き合いなのに全然覚えてないの。不思議よね。申し訳ない気持ちでいっぱいだけど・・・。

最近ジュリアンは毎日のように邸に来て私の為に好物のアップルパイを持ってきてくれる。

とっても美味しいから嬉しいんだけど、毎日食べると太ってしまうわ。とジュリアンに告げたら、

「太ったとしてもセイラは可愛いから大丈夫」

って、蕩けるような笑顔で恥ずかしいことサラッと言うのよ!私は毎回茹で蛸のように顔が真っ赤になってしまう。

あまりに恥ずかしくて両手で顔を覆っていたけど、指の隙間からチラッとジュリアンを見てみた。

艶やかな栗毛で、少し目にかかるくらいのサラサラストレートな髪。瞳は澄んだ草原を彷彿とさせる綺麗な緑で、鼻筋がシュッと通っていて、形の良い少し薄めの唇をしている。

肌なんて毛穴が見えない程ツルツルで、そして近衛騎士を目指していたからか、ちょっと日焼けしてるし、筋肉質な体躯をしている。

まあ、一言で言うと、

男らしくてカッコいい。

そんな人に、毎日毎日可愛いと言われたら意識せざるを得ないわけで、私なんでこんなカッコいい幼馴染の事忘れちゃったのかしら。

これだけカッコよかったら、幼児時代とか絶対可愛かったと思うの。

それが思い出せないのが悔やまれる!!

「どうした?急にテンション下がって」

「・・・ごめんねジュリアン、全然思い出せなくて。思い出したくていつもいろいろ考えるんだけど、さっぱり何も浮かばないの。薄情よね私。生まれた頃からの幼馴染なのに」

「なんだ、そんな事か。いいよ無理に思い出さなくて。こうやって俺と会ってまた一から思い出作ってくれたらそれでいい」

「ジュリアン・・・」

「そ、それに、俺は薄情だなんて思ってない。思い出しても思い出さなくても、お、俺が、セイラを好きな事には変わりないかりゃっ・・・──いっ」

「・・・・・・・・・・・・」

────体躯の良い、顔面偏差値の高い男が、顔を耳まで真っ赤にさせて私を好きだと言い、最後にしくじって舌噛んで涙目になっている。

何これ。

拷問?

可愛いが過ぎるんですけど!

「・・・・・・・・・な、なんか、言えよ・・・」

「何かって何!」

私までまた顔真っ赤になって、どうしたらいいのか分からなくて目の前のアップルパイを頬張る。

アップルパイはやっぱり美味しくて甘酸っぱい。

そんな私達の様子を、少し開けていた扉の隙間から、ニマニマしたお母様と不服そうな顔をしたお父様が覗いていたとはつゆ知らず。

こうして一つずつ、私はジュリアンとの思い出を積み重ねていった。

そして、私が目覚めてから1ヶ月後、やっと学園に行くお許しを得た。

進級して直ぐに転んでしまったから、既に5月半ばを過ぎてしまった。

でもジュリアンが毎日授業のノートを持って来てくれて教えてくれたから、授業の遅れはないと思う。

──多分。

「セイラ」

1か月ぶりに制服に身を包んだ私を、ジュリアンが迎えに来てくれた。

これから毎日登下校を一緒に行ってくれるらしい。

お母様もお父様もジュリアンを信頼してるから、お言葉に甘える事にした。

ジュリアンと一緒にいられる時間が増えるのは嬉しいし。

馬車の窓から学園が見えて来た。

久しぶりに友達に会えるのが楽しみ。

数人のお友達からお見舞いの手紙とお花を頂いたから、お礼にウチの料理人が作ってくれた焼き菓子をランチの時にでも渡すつもり。

「楽しそうだな」

ジュリアンが優しい顔でこちらを見ている。

「ええ。お友達と久しぶりに会えるのが楽しみだわ!」

嬉しくてジュリアンに笑顔で返すと、一瞬目を見開いて、それから急に顔が真っ赤になった。

「ジュリアン?どうしたの?」

「ちょ、ちょっと待って・・・っ」

両手で顔を隠して焦っているジュリアンを凝視する。何かしら?私何か恥ずかしい事でも言ったかしら?

心当たりが何もなくて首を傾げると、更にジュリアンが唸り声をあげた。

「こんな間近で、笑顔・・・っ、首傾げて上目遣いとか・・・っ、何だよ拷問かよ・・・っ、俺を試してるのか・・・っ」

「え?何?ジュリアン聞こえなかった。もっと大きい声で話してくれる?」

「何でもない!」

「?・・・そう?」

そんなやり取りをしてるうちに馬車は学園に到着した。ジュリアンが先に降りて手を差し出し、私をエスコートしてくれる。

そして2人で校門をくぐり抜け、

学園内に入った時──、

「セイラ!」

名を呼ばれて振り返る。

そこには目が覚める程の綺麗な青年が立っていた。銀髪に透き通った蒼い瞳が神秘的な感じさえ醸し出している。

「良かった・・・っ、ずっと公爵邸に会いに行ってたんだけど、全然通してくれなくて、手紙も何度も送ったんだ。ずっとずっと会って話がしたかった!」

綺麗な男の人が泣きそうな顔で近づいてくるけど、私には何を言っているのか全然分からなくて、そもそもこの方が誰なのかも分からなくて・・・

何て声をかければいいのか迷っていると、ジュリアンが前に出て私を背に隠した。

すると、一気に綺麗な青年の纏う空気が変わる。

「・・・ジュリアン。そこをどけ。僕は今セイラと話をしているんだ」

「できません。セイラがつつがなく学園生活を送れるよう公爵に護衛を任されておりますので」

「公爵が?」

私達の剣呑な雰囲気に周りの生徒がひそひそと騒ぎ出す。

これはまずいのでは?

よく分からないけど場所を移した方が良さそう。

私はジュリアンの後ろから一歩横に出て顔を出した。

そして、小声で彼に話しかけた。

「あの・・・、申し訳ありません。お名前をお伺いしても宜しいですか?」

「・・・・・・!?」

「すみません。私最近ケガをして記憶を失っていまして、どうぞご無礼をお許しくださいませ。ここでは人目もありますから、お話なら別の場所で伺います」

上品な佇まいからして、きっと高位貴族の方よね?

だから私は頭を下げながら場所を移す事を提案したのだけど、目の前の綺麗な青年は顔を崩して先程よりも更に泣きそうな顔をした。

え?なんで!?

私何か言い方不味かったのかしら?

アワアワと慌てふためいていたら、ジュリアンが私の手を握ってくれて「大丈夫。セイラは何も悪くないよ」と言ってくれたので安堵した。

でも次の瞬間に、

また一瞬にして緊張感に包まれる。

「セイラに触るな!」

────え?

何言ってるのこの人?

その言葉に私が目を見開いて固まっていると、隣のジュリアンから黒いオーラが出始める。

「マシュー殿下、もうセイラは貴方の婚約者ではありませんよ。今後は彼女の事は家名でお呼びください」

「僕は婚約解消を了承していない。だからセイラと話をしたいんだ」

「公爵からは特に貴方を近づけるなと命を受けているのでご期待には沿えません。どうしてもと言うなら公爵にまずお話を通してください」

2人の間に光線がバチバチいっているような幻覚が見えそうだ。

というか、ちょっと待って?

今ジュリアン、マシュー殿下って言った?

「え!?もしかして私の元婚約者様?」

驚いて声を上げると綺麗な青年の顔がパァッと明るくなって私に笑顔を向けて、

「思い出してくれたんだね、セイラ!」

と嬉しそうに返されたんだけど、その逆で、全く微塵も覚えていないので私の顔から血の気が引く。

どうしようこれ。

不敬罪になるのかしら。でも覚えてないのに嘘つくのもダメだわ。だって王族に嘘つくのは罪に問われるのだもの。

私の不安を感じ取ったのか、ジュリアンが私の手を再びギュッと握り返した。

その様子にまた殿下の眉の間に皺が寄る。

───大丈夫。ジュリアンが守ってくれる。

「申し訳ありません、王太子殿下。私、貴方のことは何も覚えておりませんの。どうかご容赦くださいませ」