軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

皇泉院虎葉

……居眠り、してしまった。

むくりと起き上がる。

通知音。

スマホを出す。

玲雄奈から、メッセージが入っていた。

『ただいま所用で出かけております。お眠りのようでしたので、時間を置いての連絡といたしました。何かご用がございましたら(一ミリの遠慮もせず)ご連絡ください』

(通知音が睡眠の妨げになると思ったわけかぁ……ん? 玲雄奈さん……絢人が目覚めるくらいの時間を予想して、今の時間に送ってきた……? いやいや、まさか……)

エスパーじゃないんだから。

と言いつつ、タイミングが完璧すぎる……。

(血の通ってない冷酷な男って意味でアニメでは〝マシーンみたいな執事〟とか言われてたけど……別の意味でマシーンみたいだよ、玲雄奈さん……)

「ん?」

タブレットの通知ランプがピコピコ光っている。

確認すると追加の資料データが送られてきていた。

「…………」

働きすぎ、ではないのか。

有能すぎ、ではないのか。

というか、

(こんな有能な人にここまで信奉されてる絢人って、ほんとすごいんだなぁ。さすが皇泉院絢人……ますます、好きになってしまった――っと)

立ち上がり、引き戸の方に向かう。

予定通り屋敷の中でも見学しよう。

見慣れた景色もあるがアニメでも屋敷のすべてが映ったわけではない。

また、敷地内には洋館エリアもあったはずだが……。

一瞬、足が止まる。

こんなすごい屋敷の中を――勝手に歩いてもいいのか?

しかし心配には及ばないことに、すぐ気づく。

今の自分は皇泉院絢人なのだ。

自由に歩き回るのを咎める者などいまい。

片手で障子戸を開ける。

ピカピカに磨かれた板張りの廊下。

絢人は左手側の廊下を進み――

「絢人、様」

聞き覚えのある声に、ふと足を止める。

振り返ると――そこには着物姿の女の子がいた。

黒曜石の瞳。

日本人形みたいな艶のある長い黒髪。

髪や瞳との対比が鮮やかな 白雪(はくせつ) の肌。

着物の上からでも細身なのがわかる。

決して小柄すぎるわけではない。

が、高身長の絢人と比べるとひどく小さく見える。

否――態度が。

萎縮した居住まいが、彼女を本来以上に小さく見せている。

(と、虎ちゃん!?)

皇泉院 虎葉(とらは) 。

絢人の義妹である。

そして――虎葉は、絢人から嫌われている。

少なくともアニメ内描写においては。

思わぬ虎葉の登場に、逡巡しかける。

が、らしくないと思いちょっと威圧的な態度を取る。

やっぱり少し――心が痛むけれど。

でも原典であるアニメには、忠実に。

「なんだ? 待ち伏せでもしてやがったのか?」

「い、いえっ……」

狼狽のまじった――消え入りそうな、か細い声。

「このオレを呼び止めるほどの……用事、なんだろうな?」

「あの……」

虎葉は、小さな袋を胸に抱きしめていた。

袋の口を赤い紐で縛ってある。

虎葉は小動物のように縮こまって、小刻みに震えている。

表情もまるで、怯えているかのようで――

(あれ? ていうかあの袋……どこかで、見覚えが――)

◇◆【 オリジナルの世界(シーズン?) ~皇泉院虎葉~ 】◆◇

「これ、を……絢人様に、食べていただきたいと……思い、まして」

今にもかき消えそうな声で言い、袋を恐る恐る差し出す虎葉。

絢人は露骨に面倒そうな顔をした。

恐怖をぐっと押さえ込み、虎葉は言葉を続ける。

「クッキー、です……自分で、作りました……甘すぎないので、絢人様のお口にも……合うかと」

冷めた視線で虎葉を見下ろす絢人。

「クッキー? ……どういうつもりだ?」

「仲直りを、したいの……です」

いつぶりだろうか――

この人に、自分から話しかけたのは。

そして今は。

無視されなかったことだけで、安堵している自分がいる。

「はぁ? 仲直り? テメェ……どうかしてんのか? そもそも、オレとテメェがいつ喧嘩した?」

「絢人様と……少しでも、仲良くなりたいのです……私の何かに怒っていらっしゃるのは、承知しております……なんでも、おっしゃってください……直しますから、だから――」

今にも泣き出しそうな自分を抑えるため、ぎゅぅ、と目を瞑る虎葉。

彼女の目には、押し込めきれなくなった涙が浮かんでいる。

クッキーの袋を差し出す両手は、情けないほど震えていた。

これが――精一杯の、勇気だった。

虎葉にとっての。

「せ、せめて……ひと口だけ、でも……絢、人さ――」

パァンッ!

「――――ぁ」

差し出された袋を――絢人は、はたき飛ばした。

袋はそのまま勢いよく壁に叩きつけられ、衝撃で紐がほどける。

ぼろっ、と。

床に落ちた時、開いた袋の口から砕けたクッキーが床の上に飛び出した。

「テメェよ……いちいち、オレの神経を逆撫ですることしかできねーのか? クッキー? 仲直り? くだらねぇにも、ほどがある……」

「あ、絢人――様……も、申し訳っ――」

「泣けばそこで終わりと思ってるところがまず気に入らねぇんだよテメェは。陰気くせぇ…… 厳正(げんしょう) のおかげで皇泉院を名乗れてるだけの、まがいもんが」

――わかっている。

自分は、置いてもらっているだけなのだ。

皇泉院の現当主たる皇泉院厳正。

彼が、妻の他に愛した女。

虎葉はその女の娘。

そして、厳正の血は継いでいない。

皇泉院の血は、入っていない。

実の父は他界し、虎葉は母と二人で暮らしていた。

父がいなくなってからは、生活がとても苦しくなった。

そこへ手を差し伸べてくれたのが――厳正だった。

厳正は、かつての母の同級生だったのだそうだ。

でも――母が病気で死んで。

自分の引き取り手が、誰もいなくて。

けれど。

どんな力が働いたのかは、まるでわからないけれど――

厳正が、皇泉院として招き入れてくれた。

今でも覚えている。

お葬式が終わって。

母の親族が自分をチラチラ見て、母の悪口を言って。

自分のことならともかく。

優しかった母を悪く言われるのが――悔しくて。

でもこんな自分には、何も言い返せなくて。

そんな時、だった。

『――グチグチグチグチ……うぜぇんだよ、テメェら――』

親族たちに向かってそう言い放ったのが――

皇泉院、絢人だった。

これはあとで聞いた話だけれど。

皇泉院の方でも母と厳正の関係が露呈し、ひと 悶着(もんちゃく) あったらしい。

本当は、厳正は葬式への参列すら許されぬ状態だったそうだ。

厳正の妻である皇泉院 黒薔薇(くろばら) が、猛反対したためだと聞いた。

では――なぜ厳正が葬式に来られたのか?

絢人が、

『その葬式……見学に行ってみてぇ。連れてけよ、厳正』

そう望んだおかげだと、のちに知った。

絢人の望みに、彼の母である黒薔薇が折れたのだとか。

この頃の黒薔薇は皇泉院において、まだそこまでの絶対的存在ではなかった。

虎葉は、そのように聞いている。

けれど今、黒薔薇は――

魔境の黒き絶対者として、 君臨(くんりん) している。

そして――彼女に意見できる者は現在その魔境において、ただ一人。

当主であり夫である厳正でさえ、今では何一つ黒薔薇に意見が通らない。

今、黒薔薇に唯一”口をきける”のは――息子の、皇泉院絢人のみ。

その傾向は、黒薔薇の力が今ほど強くなかった当時からあったようだ。

当時の厳正には、まだ虎葉を引き取る意思を押し通すくらいの力はあった。

が、すでに黒薔薇に逆らえぬ空気は作られつつあった――とか。

つまり絢人だけが――黒薔薇への強い影響力を保持したまま、今に残ったのである。

当時の絢人は、葬式の場に現れるなり親族たちを―― 蹴(・) 散(・) ら(・) し(・) た(・) 。

『人んことごちゃごちゃ言ってるがな――テメェらの方は、それほど上等な人間か? あー? ずぅぅぅっと、誰にも後ろ指差されねぇ生き方をしてきたわけだ? ご立派に? あ? んだよ――おい? 顔ぉ背けてんじゃねーぞ、庶民どもが』

青ざめ俯く参列者たちを絢人は 凶笑(きょうしょう) で見下ろし、

『ククク……んだよ? 誰一人声を大にして、娘ん前で直接言わねーのかよ? 笑えるなぁ? 直接じゃなく陰口なら、ゴミクズなテメェの悪者感が薄らぐってか? ゲラゲラゲラッ! そいつはなぁ? 悪者じゃなく 邪(・) 悪(・) っていうんだよ……ククク――これだ! こういう小物が極まったアホどもが 雁首(がんくび) 揃えててよぉ!? こうして蹴散らせると思ったから、このオレがいちいち足を運んでやったんだよ!? こういう雑魚を潰すのがなぁ、やっぱり楽しくてよぉ!? なぁ!? ほら――なんとか言えよ、雁首どもッ!』

虎葉があんなに〝強い言葉〟を聞いたのは、生まれて初めてだった。

けれど――なぜかあの時、嬉しかった。

死に際、母は。

寂しそうに……けれど、どこか達観した顔で言った。

〝あの人は……厳正さんはきっと、わたしのお葬式に来てはくれないわね……ふふ……でも、仕方ないか……皇泉院だもの、あの人は。むしろわたしの方が、申し訳なくてね……〟

来てくれたよ。

お母さん。

母が愛した厳正が来てくれた理由を、あとで知って。

皇泉院絢人のおかげだと――知って。

だけど……絢人は決して、優しいだけの人ではなくて。

でも――少しでも、近づきたいと思って。

多分。

きっとこれは。

憧れ、なんだと思う。

クッキーの入った袋を叩きのけたあと、絢人は背を向けた。

「雑魚に、用はねぇ」

吐き捨てるように、絢人は刃物のような言葉を重ねた。

「その貧乏くせぇゴミ、しっかり片しとけ……ひとかけらでも残ってたら、わかってるな?」

「……は、はい。申し訳、ございませんでした……絢人様……しっかりと、お掃除しておきます……」

泣いちゃ、だめだ。

涙は、見せない。

自分は――まがいものだけれど、皇泉院なのだから。

皇泉院を、名乗っているのだから。

強く、ならなくちゃ。

そうだよね――お母さん。

〝病気になっちゃったけどね……お母さん、勇気だけは持っていたいの――わたしの心はそう簡単に負けないぞ、ってね〟

今回は勇気を出して、がんばってみたよ。

……だめだったけど。

でも……また、作ろう。

もっともっと、美味しそうに作ろう。

お 義兄(にい) 様に興味を、持ってもらえるように。

あと――泣くのは、自分の部屋で独りになってから。

そう……独りに、なってから。

弱さを見せる私をきっと――お義兄様は、嫌いだと思うから。

◆◇【 現在の世界 ~皇泉院絢人~ 】◇◆

(そうだ……思い出した。この、シーンって――)

アニメの過去回想にあった、あのシーンだ。

自分は、このシーンをアニメで見ている。

(とすると、あの袋の中身はクッキー……)

虎葉回の時に差し挟まれた、彼女の過去。

とても――辛い過去。

そして、彼女が強くなりたい理由を説明する回だった。

皇泉院の人々からの当たりが強いアニメ世界の虎葉。

そんな虎葉は主人公の矢満田すみれと仲を深めることで明るさを取り戻し、さらに、少しずつ皇泉院の呪縛からも解放されていくのだが――

(あのエピソード……そっか、シーズン1より前の時間軸で起こったことだったのか。アニメだと時期は〝過去〟ってだけで、正確な時期は明言されてなかったからなぁ……)

「これ、を……絢人様に、食べていただきたいと……思い、まして」

消え入りそうな声で言い、袋を恐る恐る差し出す虎葉。

――同じ展開だ。

これはもう、あのエピソードで完全に決まりである。

ぐっ、と恐怖を押さえ込む顔で――虎葉が、言葉を続ける。

「クッキー、です……自分で、作りました……甘すぎないので、絢人様のお口にも……合うかと」

「クッキー? ……どういうつもりだ?」

思わず。

アニメと同じ台詞が口をついて出た。

ほとんど、無意識に。

当然のように返される、言葉のキャッチボールのように。

「仲直りを、したいの……です」

「はぁ? 仲直り? テメェ――」

〝テメェ……どうかしてんのか?〟

次に続くのは、この言葉。

そう。

覚えている。

このやり取りの台詞は、完全に。

だけど。

でも――、……

「――――」

次の言葉が、続かない。

今ここにいる〝絢人〟は、虎葉の想いがわかる。

彼女がこれまで何を思ってきたのかも。

今、何を思っているのかも。

決して積極的ではない彼女が。

どれほどの勇気を出して〝これ〟を、しているのかも。

何よりあの過去回想はやっぱり見ていて――切なくて。

あと……皇泉院虎葉は。

同じなんだ。

自分と。

同じ――

絢(・) 人(・) に(・) 、 憧(・) れ(・) る(・) 者(・) 同(・) 士(・) な(・) ん(・) だ(・) 。

「…………」

しばらく絢人は、沈黙していた。

そして、

「……仲直りとかわけわかんねーことは、ともかくだ。そのクッキー……もし不味かったら、ただじゃ済まねーぞ」

ハッと。

虎葉が、顔を上げた。

「食べて……いただけるの、ですか?」

「あ? テメェ……オレに食わせるために作ったんじゃねーのか?」

「あ、いえ! はい! お義兄――絢人様に、食べていただきたくて――それだけのために、作ってきたのです! あの、どうか……これ……」

ぎゅぅ、と目を瞑る虎葉。

彼女の目には、押し込めきれなくなった涙が浮かんでいる。

クッキーの袋を差し出す両手が、震えていた。

作中と同じように。

これが――皇泉院虎葉がようやく出せた、精一杯の勇気。

知っている。

絢人は、チッ、と舌打ちした。

「食ってほしいんならよ、紐くれぇ解いてから渡せ」

「あ――はい! 申し訳ございません、ただ今っ……」

キャラの維持だけは最低限、しなくてはならない(ごめんね虎ちゃん)。

けれど、この申し出をアニメの通りに拒否するのは――

あまりに、心が痛む。

できない。

人がイイだけが取り柄と言われるような、自分みたいな人間には。

(何より――虎ちゃんには幸せになってほしいんだよ……! ようやく幸せになるかと期待してたら、シーズン4であんなことになってるし! あの展開はあんまりだよ、花園会! あーしかし……虎ちゃん、和風清楚美人すぎる! かわいい!)

ちなみにファンからは〝 幸薄(さちうす) カワイイ〟などとも言われている。

「あの、紐を……ほどきましたので……」

「紐一つほどくのにどんだけかかってんだ……どんくせぇな」

「すみ、ません……」

「チッ」

キャラ維持で舌打ちしつつ、

(いいんだよ虎ちゃん!? 人にはさ、人それぞれのペースってのがあるんだから! ゆっくりでいいよ!?)

本当は、そう言ってあげたい。

は、ともかく――差し出された袋から一つ、クッキーをつまむ。

サイズは五百円玉よりちょっと大きいくらい。

綺麗な形だ。

フン、と興味なさげに鼻を鳴らして。

ひょい、と口に放り込む。

「…………」

(お、サクッと噛み切れる。そして、この苦さと甘さの間の絶妙なバランスのカカオテイスト……すごい……おいし、すぎるっ……)

虎葉は、合格発表を前にした受験生みたいになっていた。

否――彼女にとってはもはや、一世一代の大勝負なのだろう。

それこそ、世間のお受験と同じくらいには。

虎葉は、祈るように絢人の言葉を待っている。

自分から絢人を急かすようなことは、決してしない。

絢人は、無言のまま背を向ける。

踵を返す際――虎葉の手からクッキーの袋を、ひったくって。

「ぁ――」

背中越しに、虎葉が息を呑んだのがわかった。

「ま……食えねぇってほどの味じゃ、ねぇな」

「絢、人様……?」

「一応、もらっといてやる。ただな……このくらいで、満足してんじゃねーぞ?」

「ぁ――――――――、……は、はい!」

(今の声、もう完全に感極まってるよね!? よかった……! よかったね、虎ちゃん!)

「あ、ありがとうございます……絢人、様っ……」

あえて振り向いて確認せずとも。

背後で深々と頭を下げているのが、想像できる。

こうして――

虎葉の手作りクッキーは原作通り、はたき飛ばされることはなく。

憧れの義兄の胃へと、収まったのであった。

廊下を折れ、もう振り向いても虎葉の姿がないところまで来て。

ふと、思った。

(……ええっと)

過去エピソード、とはいえ。

(ストーリー展開――――)

…………オリジナルから、変えちゃった。