作品タイトル不明
過去と現在と、未来の邪悪
◆◇【 現在の世界 ~皇泉院絢人~ 】◆◇
これは、原作開始の時間軸より前の出来事だ。
しかし経緯や状況を確認せずともわかる。
割って入る直前の虎葉を見れば――わかった。
虎葉のそばには、すでに玲雄奈がついている。
低温で刺すような目でガラの悪い男たちを睨みつつ、玲雄奈が言った。
「絢人様」
「――虎葉を連れてけ、玲雄奈。ここは、オレが始末をつける」
「差し出がましいようですがあえて確認を。わたしにお任せくだされば、この場の解決は可能でございます。絢人様のお手を煩わせることもないかと」
「オレが、やる」
「かしこまりました――それでは、虎葉様」
「ぁ――お義兄、様……」
玲雄奈に促され、その場を去ろうとする虎葉。
立ち去りにくい顔をしている。
しかし絢人の〝命令〟だからだろう。
今は素直に従ってくれるようだ。
もしかしたら――今からここで起こることは。
虎葉にあまり見せたいものでは、ないかもしれないから。
去ろうとする虎葉を視線で追うタレ目の男が、
「おいてめー誰が勝手に、ここ離れていいなんて――、……っ!?」
言葉の途中で――ぐいっ、と。
虎葉を追いかけようとしたタレ目の男の腕を、絢人は掴む。
視線を前方――茶髪の男とタトゥー入りの男に、固定したまま。
「がっ……!?」
掴んだ腕を引っ張り、自分の前方に引き倒す。
タレ目の男は地面に転がされたあと、目を血走らせて絢人を睨んだ。
「て、てめぇ……ッ」
さっきの睨みで他の二人には 牽制(けんせい) がきいたらしい。
虎葉たちを追おうとする気配はない。
絢人はそれを確認し、引き倒した男に視線を戻す。
「あぁ……悪ぃな。そんなつもりはなかったんだが、中身の入ってねぇ菓子の袋みたいに軽すぎて――つい、引き倒す結果になっちまった。ま、これはテメェが軽すぎんのが悪ぃわけだが……」
首をわずかに傾け――凶笑にて、絢人はタレ目の男の顔を上から覗き込む。
そして、煽り気味に言う。
「まるで――テメェの人生みたいな、軽さだ」
「んだとぉ……ざ、ざっけんじゃねぇぞゴラァアッ!?」
跳ね起き、闘争心剥き出しに絢人と相対するタレ目の男。
男は、両手のこぶしを前へ突き出した。
怒りに染まっていたタレ目の男の顔は、嗜虐的な笑みへと変わっている。
「 岩(がん) ・ 石(せき) ・ 拳(けん) !」
「…………」
「勘違いしたアホどもの高い鼻を打ち砕いてきた、このおれの最強武器だ! てめぇさっき〝絢人様〟とか呼ばれてたよなぁ!? ここに来ててそんな呼ばれ方ってことは――どうせ世間知らずのお坊ちゃんだろぉ!? ……舐めやがって! 金と権力で勘違いした金持ちがよ!? 調子こきすぎだ! 金と権力が通用しねぇ世界ってもんを、教えてやる!」
他の二人の男はしばし押し黙り、成り行きを見守っていた。
が、調子が戻ってきたらしい。
「お……おー、やっちまえヨシポン! ヨシポンたちはおれのボディーガードも兼ねてっからな! そして……これは正当防衛だぜ! はーい皆さーん! これもおれのチャンネルの企画の撮影っす! 撮影許可も取ってます! 世の中に先に出回ると困るんで、撮影はご遠慮くださーい!」
一部の野次馬に、
「あれって、カラDじゃない?」
「えっ嘘ぉ!? カラDきてんの!? マジ!?」
こう囁き合う者たちがいた。
……文脈からして。
一部界隈で有名な人気動画配信者なのだろう。
それなりに〝なぁんだ撮影かぁ〟な雰囲気が広がってくる。
しかし、と前々から泉アヤトは思っていた。
配信者から〝配〟を取ると〝信者〟になるのは、なんだか面白い。
(とはいえ逆に、周りから動画企画と思われた方がこっちとしてもやりやすい……)
なんてことを考えていると―― 懐(ふところ) に、タレ目の男が飛び込んできた。
男は前屈み気味に脇を締め、逆手に握った左右のこぶしを交互に繰り出す。
不格好だが、ボクシングのインファイトの形に近いだろうか。
身長差があるので、こういう攻撃を選んだのかもしれない。
「おらおらおらおらおらおらおらぁ! おらっ――、……ぁ――ぃ、痛ぁッ!?」
タレ目の男が一歩引き、顔を苦しげに歪める。
絢人は無抵抗のままパンチを腹に何回か受けた。
そう――作中情報を信じて。
タレ目の男が赤くなった自分の手の甲を重ね、困惑顔で絢人を見上げる。
「な……なんだこいつの腹――か、硬ぇ……っ!?」
急いでタレ目の男は後ろを振り返り、タトゥー入りの男を見て言い放つ。
「き……気をつけろ! こいつ――卑怯にも、服の下の腹んとこに鉄板かなんか仕込んでるぞ! 小賢しい金持ちバリアだ!」
「…………」
当然、何も仕込んでなどいない。
皇泉院絢人の腹筋が――ただ異様に、硬いだけ。
「せーとー、ぼーえー……」
絢人はあさっての方向を見上げ、ぶっきらぼうに呟く。
タレ目の男が、改めて絢人の方を振り返った。
「は?」
彼の顔面には、高く大きな絢人の影が、覆い被さっている。
「――成立だな」
言うと同時に絢人のてのひらが、タレ目の男の側頭部を殴打した。
直後――ぐりんっ、と。
タレ目の男は白目を剥き、糸の切れたマリオネットのようにくずおれた。
「あぁっヨシポン!?」
カラDという名らしい茶髪の男が当惑し、絢人を睨みつける。
彼の手にはスマホが握られていた。
「……傷害罪だ! 待ってろよぉ……今、緊急で動画――」
――メキィッ――
絢人の手が、茶髪の男の手ごと――
スマホを、 折(・) り(・) 曲(・) げ(・) た(・) 。
「へ? ぃ、痛っ……あ――あぁぁああああ買い換えてまだ二週間の、お、おれのスマホぉぉおおおお――――ッ!? ……ぐふぅっ!?」
茶髪の男が、宙を舞った。
皇泉院絢人の前蹴りによって。
「ぐはっ!?」
地面に転がる茶髪の男。
絢人が一歩、そちらへ近づく。
茶髪の男が尻餅をつき、恐怖した顔で絢人を見上げる。
絢人は凶悪な笑みと共に嗜虐的な視線を飛ばし、
「緊急で…… な(・) ん(・) だ(・) っ(・) て(・) ?」
絢人は片手をポケットに突っ込み、茶髪の男にさらに歩み寄る。
「……つーかテメェら、クク……頭に血がのぼったからって手が出んの早すぎだろ。怖すぎてつい、 が(・) む(・) し(・) ゃ(・) ら(・) に(・) 抵(・) 抗(・) し(・) ち(・) ま(・) っ(・) た(・) ぜ(・) 。テメェらみてぇな雑魚がイキってんのは、マジでホラーだよな」
地面に尻を密着させたまま、茶髪の男が「ひっ」と後ずさりを始める。
「ひぃぃ……バ、バケモノッ!」
「バケモンとはまあ、大した言い草だな」
「ていうか、お、おれが誰だかわかって――」
「こっちの台詞だ、カス野郎」
ガッ、と地面を蹴る絢人。
すると土が、茶髪の男に降りかかった。
男はまるで散弾銃から自らを守るみたいに、身体を丸める。
「……ふー」
絢人は気怠くため息をつき、茶髪の男を見おろす。
そう――途中で、思い出した。
岩石拳がどうたらという男が、攻撃する直前くらいに。
どこかでこの三人組の顔を見た気がしたのだ。
もちろん『えすぷり』の作中で。
で、思い出した。
(こいつら作中……確かシーズン2で、繁華街の女の子に絡むイベントに登場したやつらだ……)
それは、作中主人公の矢満田すみれが絡まれるイベントでもある。
すみれは絡まれたその女の子を助けようとして、巻き込まれる。
そしてこいつらは――クズども。
作中で、こんな風にはしゃいでいた。
『この前のおれの大ファンとかいう女、マジでおれと結婚できると思ってたみたいでさ!? んなわけねーだろ! おれがおまえ選ぶ意味がどこにあんのって話! ATM以上なわけねーだろっての! 勘違いっぷりが面白くてそれ正直に伝えたら、SNSで〝【告発】〟とか言って、おれにされたこと暴露とかしてんの!』
『え? それでどーしたんだよ、カラD? やばくね!?』
『そしたらおれのファンにSNSで”自己顕示欲強すぎ!”とか”他責思考の厄介ファン”とか言われまくって総攻撃されたあと、アカウント消して逃亡! あれ、マジで腹抱えて笑ったわ!』
『えーでも、けっこうランク高い女だったじゃん! もったいね~』
『女なんか、とっかえひっかえでいーんだよ! 真実を告発しておれを攻撃しよーとしても、バカなファンがSNSでおれを守ってくれるしな!』
『カラD、無敵か!』
『おう、無敵よ! つーか他の女配信者とかに手ぇ出すのも飽きてきたから、こちとらそろそろ芸能方面とか狙ってくつもりよ!』
『女泣かせまくってもノーダメで人生やれるのマジ強いわー。一生、ついていきやす! おこぼれくだちゃい!』
『なんだよその語尾、ウケるわ~!』
……とか、だった。
あのシーンで自慢げに話しているのが――なんだかむかついた。
内容も、むかついた。
(いやまあ……創作物の中の話では、あるんだけど……)
ちなみに。
作中だと彼らは、偶然すみれを見かけた” 暴帝(ぼうてい) ”によってボコボコにされてしまう。
(ただ……)
正直――制裁が、ぬるい気もした。
だからだろうか?
もちろん、虎葉のことが一番ではあるけれど……
殴り倒したい――やり込めたい、と。
つい、こうも思ってしまった
(というか、できれば……)
もう女の子に今後、悪さができないよう――
ここで叩き潰して、しまおうか――なんて。
と――
「……ぶっ殺す」
残っていたタトゥー入りの男が、ファイティングポーズを取っていた。
もちろん絢人もその男の剣呑な空気感には、気づいていた。
「逃亡しねぇのは、見上げた根性だが……」
この男だけ他の二人と、雰囲気が違う。
別に泉アヤトは暴力の世界の住人ではない。
けれど――何か。
オーラみたいなものが、タトゥー入りの男だけ違う。
それがわかる。
(格闘技か何か、やってるのかな……)
それから……
タトゥー入りの男も絢人と同じく、その周囲の変化に気づいている。
黒服姿の女たち。
いつの間にか、周囲に増えていた。
彼女たちはこの光景を撮影をしようとする者に、
「撮影は、ご遠慮ください」
そう声をかけている。
さらに絢人を隠すように、人の壁を作っていた。
しかしタトゥー入りの男は関係ないとばかりに、踏み込んでくる。
放たれる素早いジャブ。
が、絢人は危なげなく 躱(かわ) す。
今ので、想定以上に絢人の反応が良いと悟ったか。
タトゥー入りの男は一度、バックステップで距離を取ろうと――
ガッ!
絢人のハイキックが、タトゥー入りの男のこめかみに――ヒット。
バックステップで後退しきる前にハイキックが、 距(・) 離(・) を(・) 殺(・) し(・) た(・) 。
タトゥー入りの男は前のめりに倒れ……沈黙。
「…………」
泉アヤトには当然、こういった喧嘩の経験などない。
だが……見えた。
感じた。
何か軌跡のような――光の線が。
スローモーションめいた時間の中で。
そして……感覚に従って、自然とハイキックが出ていた。
決まる、と。
こう思った瞬間にはもう、蹴りがヒットしていた。
感覚が、伝えてくれる。
これは皇泉院絢人の持つ特殊感覚みたいなものなのだろうか?
悪帝。
彼は――五帝の一人であると同時に。
白鐘学園において最強と称される四名〝カルテット〟の一人でもある。
(さすがは、悪帝……もう、戦う感覚そのものが無意識に 染(し) みついてるのかも……)
だからおそらく〝中身〟が自分でも、やれた。
で、スッキリした。
正直言って――作中の彼らには、むかついていたから。
そして……視線を そ(・) こ(・) へ、向ける。
そんな季節ではないから、その揺らめきは幻覚だろうと思うけれど。
陽炎めいた揺らめきの向こうに――彼女がいた。
遠目に……
しかし遠くとも、美しき棘の 園(その) にも似た強烈な存在感を放ち、こちらを見ている。
やはり、黒服の女たちは彼女の手配か。
(そうか……)
どうやらもう、到着していたらしい。
皇泉院絢人の母親にして、ラスボス候補の一人――
皇泉院、黒薔薇。