作品タイトル不明
悪帝のお昼ごはん
別荘のリビングで、絢人は体勢をちょっと崩してソファに座っていた。
それにしても、と思う。
(な、なんて座り心地のいいソファ……)
ちなみに体勢をやや崩しているのは、絢人っぽさの演出である。
管理人はいくつかの説明を玲雄奈にし、そのまま自宅に戻った。
自宅はこの別荘がある広い敷地内にあるそうだ。
なので連絡すれば、すぐに来てくれる。
玲雄奈は今、荷物の整理や別荘内の部屋や設備の点検などをしている。
念のため、とのことだ。
虎葉は――おそらく今、着替えをしている。
(着物のままっていうのも、窮屈そうだしね……)
持ってきた荷物以外にも様々なものが別荘には用意してあった。
黒薔薇の来訪は急遽決まったはずである。
なのにこうも素早く準備ができるものなのか、と。
絢人も内心、びっくりである。
初めて都会に来た地方民みたいにならないよう、視線を緩く家の中に飛ばす。
この別荘は所有期間が長く、築年数的にはそこそこ古いそうだ。
しかし、まったく古式ゆかしい雰囲気はない。
リフォームとかを定期的にやっているせいだろうか?
新築の宿泊用高級ヴィラと言われても、普通に信じてしまいそうである。
清潔で、家の内外含め敷地内の管理も行き届いているようだ。
週に管理人が何度か来ているらしく、それがやはり大きいのかもしれない。
(家って、人がまったく使わないとどんどん古くなっていくっていうしなぁ……)
二階へと続く階段の方を見る絢人。
(そういえば虎ちゃん、着替えるのを遠慮している風だったけど……いや――)
遠慮している――というよりは。
躊躇、しているようだった。
皇泉院虎葉は基本的には作中だと着物姿である。
着物のデザインとしては大体、3パターンくらい。
もちろん学園では制服だし、就寝時は着物姿ではない。
私服姿だって別にゼロってわけじゃない。
が、着物キャラとして認識されているくらいには着物姿が多い。
作中だと、確か着物姿メインな理由は明かされていない。
見落としがなければ、設定資料集にも載ってなかったはず。
少なくとも――シーズン4最終話の時点では。
理由は、ちょっと気になるところではあるが。
ただ、
(移動中はぼくたちに気を遣わせないようにしてたけど、けっこう窮屈そうだったからなぁ……はぁ、新幹線も広いグランクラスにしてあげていれば……ごめんね、虎ちゃん……)
だから。
ちょっとくらい気持ち楽な格好をしても、いいと思うのだ。
なので絢人は拒否権を与えぬ形で着物以外にするよう、 命(・) じ(・) た(・) 。
虎葉の意思ではなく、絢人の命令。
これであれば、虎葉の立場なら着替えざるをえない。
(一応、他の着替えも持ってきてるってことだし……)
と、ちょうど虎葉が階段を降りてきた。
静かな足取りで一段、一段……。
俯きがちに、若干ながら照れ気味な様子。
それと――かすかに感じ取れるのは、
(……罪悪感?)
絢人はそれが微妙に気になるも、
「――お待たせ、いたしました」
鼻を鳴らし、虎葉に声をかける。
「着物よりは……ま、動きやすさって点じゃマシな方か」
ほんのりふんわり系なワンピース。
和の空気感が漂うのは、どこか割烹着風だからか。
はたまた、手に持っている落ち着いたトーンのオシャレな巾着のせいか。
いずれにせよ、
(……可愛い!)
ほんとは〝似合ってるじゃねぇか〟とか、言ってあげたいのだが。
さすがにここでその発言は絢人らしくない。
絢人は手にしたスマホに視線を落とし、
「つーか、そろそろ昼飯でもいい時間だな……」
(ちょっと早いかもだけど、この時間なら大抵のお店は開いてるっぽいな)
実は、事前にランチのお店は調べていた。
虎葉の好物の一つはお 蕎麦(そば) 。
資料集のプロフィールにもそう書いてある。
だからランチは、お蕎麦が食べられる店に連れていってあげたかった。
タイミングよく玲雄奈が戻ってきたので、
「玲雄奈、そろそろ昼飯に出るぞ。今日は――蕎麦の気分だ。おまえもそれでいいな?」
虎葉に尋ねる。
「あ――は、はいっ! もちろんですっ……」
緊張のせいか、あせあせしながら彼女は答えた。
ここで〝いいか?〟と問うのは絢人らしくない。
二人には選択権など与えず、自分の食べたいものを食べる――
これこそが、皇泉院絢人らしさである。
が、実際は虎葉の好物に最初からロックオン状態。
玲雄奈が一礼し、
「かしこまりました。よろしければ、席を確保できるか店の方にわたしが――」
「必要ねぇ。候補はいくつかピックアップしてある。どこも入れねぇってことも、ねーだろ」
実は第一候補が、予約不可のお店なのである。
(意外と予約できないお店も多いんだよなぁ。まあ、仮に入れそうになくても観光がてらメインストリート的なところを歩きながら他のお店に移動、ってのも悪くないかな……)
昼食については移動中、
〝行ってからオレが決める〟
玲雄奈には、こう伝えてあった。
絢人はソファから立ち上がる。
「じゃ、行くか」
▽
管理人さんの運転で、絢人たちは軽イ沢の旧メインストリートへ。
そこが軽井沢で有名な〝旧銀座通り〟がモデルなのは言うまでもあるまい。
絢人たちは三人で、その通りのとっても緩やかな坂を歩いていた。
本日は快晴。
通りのずっと先には緑の山々が覗いている。
見上げれば気持ちの良い春の青空が広がっている。
春めいた微風を肌に感じるだけで、リラックス効果すら期待できそうだ。
まあ泉アヤトとしては、
〝わー、ネットの旅系動画で見たあの場所だー〟
が、最初の感想だったが。
「…………」
石畳を踏み、通りを歩く三人。
そして、
(や、やっぱり目立つんだなぁ……この三人組……)
絢人の身長が高く、単に視認性で目立つのもあるだろう。
しかしそれ以上に、原案の花園会内にも推しがいる男性陣二名。
着物ほど目立たないが大和撫子な雰囲気の美少女。
タレントのぶらり旅風テレビ企画にでも見えたのだろうか。
さっきは〝テレビの撮影ですか?〟なんて声もかけられた。
ただ、気持ちはわかる。
オーラがある――とでも言おうか(自分で言うのも妙な感じだが)。
虎葉などは外国の観光客さんにすれ違いざま、
「ヤマトナデシコッ」
なんて声をかけられていた。
虎葉は顔を赤くし、ぺこり、と無言で頭を下げていた。
観光客さんはそれを見て、微笑ましそうにニコニコしていた。
(虎ちゃんはいっつも、ほっこりさせてくれるなぁ……)
反応が初々しい、というか。
是非ともそんな虎葉に好物のお蕎麦を食べさせてあげたい。
この素晴らしい軽井沢(モデル)の地で。
(目星をつけたお店……虎ちゃん、気に入ってくれるといいんだけど……)
ちなみに今回、玲雄奈の好物は候補に入れなかった。
なぜなら彼のプロフィールの食べ物の好物欄には、
〝絢人様のお好きなものなら、すべてです〟
こう書いてあるため、判断不能なのである。
(今度、あえて個別に挙げるなら何が好きか聞いてみよう……)
今回は虎葉優先、というのもある。
その虎葉は照れ照れモードが引っ込むと、周りをきょろきょろ見始めた。
車での移動中もさりげなく目を輝かせていたのを、絢人は見逃していない。
遠慮してか、虎葉は言葉には出さない。
でもこの小洒落た商店街風の通りは確かに見てるだけで目に楽しい。
お土産屋さんやカフェ、食べ歩きできる飲食物もたくさん売っている。
歩いているだけでも、本当に楽しい場所だ。
(ほんと、雰囲気がいいよね……あぁ、初めて来たけどいいなぁ。キャラさえ許せば、二人とあれこれ感想を言い合いながらこの坂をのんびり歩きたい……記念撮影とかも、しまくりたい)
しかしもちろんそんなのは、悪帝のキャラではない。
できるのは、せめて歩行速度を自然と虎葉に合わせるくらい。
(虎ちゃん……せめてその曇りなき 眼(まなこ) に、この美しく楽しい風景を焼き付けてね……絢人様は、ゆっくり歩くから……)
とはいえ、歩いていれば当然のごとく先へは進むわけで。
目的の蕎麦を出すお店にはそれなりにすぐ到着した。
調べた時お店の雰囲気がなんか好みだったので、絢人はその店を選んだ。
ただ、いざ着いてみると蕎麦というよりメインは甘味処系な雰囲気である。
(うっ……自分の感性優先でよく調べず選んでしまったのは、失敗だったかも……?)
不安になる絢人。
しかし、
「……並んでいますね」
絢人の機嫌を気にする様子で、玲雄奈が言う。
(この行列……)
甘味メインだとしても、普通に人気のお店なのではあるまいか――
(なら――ハズレってことはないはず。よし……やっぱりここにしよう!)
チッ、と絢人は舌打ち。
「仕方ねぇな。ま……たまには行列に並ぶってのも、貴重な体験だろ」
口ではこう言ったものの、
(ぼく基準で言えば、こんなん行列ランクで言えばE級ですよ……あ、E級といっても実は〝EXTRA〟の意味で〝E〟でしたとかじゃなくて、普通に上からS、A、B……と 下(くだ) って、普通に低ランクって意味で)
要するに泉アヤト的には、大した行列ではない。
ガチの人気ラーメン店で並んだ時なんて――この比じゃなかった。
某たこ焼き店のセールの時だって、物凄い行列を並んで待った。
それこそ食事以外なら『えすぷり』関係で一体、どれほど並んだことか。
(虎ちゃんを待たせちゃうのは悪いかもだけど……でも――なんだか楽しんでるみたいだから、いっか)
そして待つこと十数分、思ったより早く入店できた。
直近で食べ終えたくらいの客が意外と多かったらしい。
入店した時、一瞬だけ店員さんが絢人を見上げてフリーズした。
けれど、
「し、失礼しましたっ」
そう謝って人数を確認したあと、素早く席に案内してくれた。
(わかります……ぼくがここで働いてても、急に皇泉院絢人が現れたらどぎまぎしちゃいます……普通に……)
頼んだのは――にしん蕎麦。
以前から興味はあったのだが、実はまだ食べたことがなかった。
この機会に食べてみようと思ったのである。
すると――玲雄奈も虎葉も、同じものを頼んだ。
玲雄奈はともかく……虎葉はそれでいいのだろうか?
ただ、虎葉はどちらかというと嬉しそうだった。
(もしかすると……)
絢人と同じものを頼むこと自体、嬉しいのかもしれない。
で、このチョイスは――結論から言って、大正解だった。
初めて食べるので比較対象はないが……無茶苦茶、美味しかった。
(うーむ……甘味がメインかと思いきや、お蕎麦もしっかり美味しい……これは、アタリのお店ですな……)
そして、三人とも食べ終えた――その時。
正面の席に座る虎葉が何かそわそわしているのに、絢人は気づく。
(何か言いたそうだけど……どうしたんだろう?)
絢人らしく、促してみる。
「どうした? なんか言いたいことがあるなら、さっさと言え。そんな何か言いたいことがあるみたいな様子を見せといてだんまりは、マナー違反だからな……あと――つまんねぇ気ぃ回して、嘘はつくなよ?」
ちょっと厳しい言い方でごめんねと内心謝りつつ、
(このくらい言わないと虎ちゃん、遠慮して当たり障りのないこと言いそうだし……何か力になれるなら、ちゃんと聞いておいてあげたい)
すると――虎葉は両手を膝に置き、身を縮めた。
次いで彼女はキュッと両目を閉じると、耳まで顔を赤くした。
……かなり緊張しているのがわかる。
何か、決意を固めた感じだ。
そして、
「あ、あのっ……」
まるで一世一代の愛の告白でもするみたいに、思い切った様子で――
虎葉はそれを、口にした。
「蕎麦団子っ――た、頼んでも……よろしいでしょうかっ!?」
「…………」
普段、大声を出し慣れていないためだろう。
声がだいぶ 掠(かす) れ気味なおかげで、声量自体はかなり小さいものだった。
だから店内で大声を出し注目を大いに集める――とは、ならなかった。
けれど――
相当な勇気を振り絞っての、告白だったのだろう。
返答を待つ間。
虎葉は目を閉じたまま、緊張ゆえか、引き結んだ口を微細に波打たせていた。
(虎ちゃん……そんなの――)
いいに、決まってるでしょ!?
何を遠慮してたの――この子はっ!?
「チッ……んなもん、そんな思い切って聞くもんでもねーだろうが……」
絢人は、そう返答する。
すると虎葉は目を見開き、そして、糸が切れたように細い息を吐き出した。
が、すぐにハッとして巾着から何か取り出そうとする。
「も、もちろんお代は私がっ……」
「いいえ、虎葉様。支払いはこちらでいたしますので、そこはどうかご安心を」
そう言って巾着の口にかけた虎葉の手にそっと自分の手を重ねたのは、玲雄奈。
「槇嶋、様……」
「虎葉様は皇泉院の名を冠する 方(かた) でございます。支払いは皇泉院からしますので、わたしが処理いたします。でなければ、わたしが叱られてしまいます」
虎葉は「ぁ……」と口を開き、かしこまる。
「そ、それは……はい、いけませんね。かしこまりました……それでは、すみません……ご、ごちそうになります……」
絢人は〝ナイス玲雄奈さん〟と心の中で感謝しつつ、手を上げて店員を呼ぶ。
「もしかすると以前食ったことがあるのかもしれねぇが、食った記憶がどーもな……せっかくだから、オレも食う。体験としてな。もちろん、玲雄奈も食うだろうな?」
「絢人様から勧められたものを断るなど、ありえるはずがございません」
絢人は立てた三本指を店員に示し、
「蕎麦団子、三つ」
店員が「ありがとうございます」と戻っていく。
(まあ、ぼくが食べたいってのもあるけど……)
何より虎葉だけ注文してしまうと彼女が、
〝自分だけ申し訳ない〟
そんな罪悪感を抱いてしまうかもしれない。
ならば、絢人や玲雄奈も頼めばその心配はなくなる。
また、虎葉だけだと慌てて食べそうな気がするのだ。
待っている絢人たちに悪いと思い、急いで食べ終えようとしそうなのである。
だから――絢人はゆっくり食べ、自分が最後に食べ終わるようにする。
絢人が食べ終えていない間なら、虎葉も気を遣わず、しっかり味わって食べられるだろう。
(うん、行列も今はないみたいだから……もうちょっと店内でゆっくりしてても、大丈夫そうかな……)
そうして蕎麦団子が来て、虎葉が上品に、そっとひと口食べる。
すると――彼女は目を丸くし、手で口もとをおさえた。
とても感動した顔をしている。
(よっぽど食べたかったんだなぁ……)
虎葉が嬉しそうだと――つい、自分も嬉しくなってしまう。
(くっ、それにしても……虎ちゃんが店内に入った時の様子、もっと観察しておけばよかった……ッ!)
気づいていれば、さりげなく自分からデザートを勧められたかもしれないのに。
心の中でそう反省しながら、絢人も蕎麦団子をひと口囓る。
(けど、結果的に甘味メインのところでよかったのかも……ていうか、虎ちゃんが和風の甘味を好きなのは作中では特に触れられてなかったし、設定資料集にも書いてなかったなぁ。新発見だ……、――あ)
「…………」
この蕎麦団子、美味しい。