軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

春の避暑地にて

そうして――目的地に、到着。

(か――)

「軽井沢……」

正確にはアニメ内だと〝軽イ沢〟と表記されている。

〝場合によっては、あえて現実そのままの地名や固有名詞を使わない〟

これは花園会が嘘をまぜたい時などに使いがちな手法。

ただし舞台のモデルが軽井沢なのは間違いない。

ちなみに泉アヤトは元の世界で軽井沢を履修済み。

……ネットの旅行動画で。

画面越しに、疑似体験として旅行気分だけは味わった。

だから、

(実際に来たのは、生まれて初めてだなぁ……)

アニメ内世界と 思(おぼ) しき世界で〝実際に来た〟と言っていいものかどうかは、議論の余地があるだろうけれど。

(なんか駅も観光地仕様なのか、ちょっと空気感が違う気もする……)

絢人たちはすでに改札を抜けていた。

そこから通路が左右にのびている。

絢人の背後には荷物を軽々と持っている玲雄奈。

それから先ほどその玲雄奈に、

『槇嶋様っ……わ、私も何か持つのをお手伝いいたしますっ』

あせあせそう願い出るも、やんわり断られた虎葉。

(お、あそこでピロシキ販売している。美味しそう……)

「絢人様、あちらに別荘までの車を手配しておりますので」

(あれ? そういえば――)

「黒薔薇は?」

「それが……少々、ご到着が遅れているようです」

チッ、と絢人は舌打ちする。

「呼びつけといて、当人は来てねぇのかよ」

そんなわけで一度、まずは別荘の方へ行くことに。

(荷物も置いてきたいし、あと虎ちゃんがあの着物のままだとちょっと窮屈かもしれないからね。ちょうどよかったかも)

それに到着後すぐに黒薔薇とご対面だと、虎葉もしんどかっただろう。

車は自分たちの到着に合わせて来るよう、すでに玲雄奈が連絡済みだという。

「伝えた時間ぴったりに到着したようです」

運転手からメッセージが来たらしい。

絢人たちは駅の北口から出て、階段をおりる。

(虎ちゃん、着物だと歩きにくいかもだからいつでも転倒をフォローできるようによく注意しておこう……)

しかし杞憂に終わり、そのまま車寄せのロータリーに無事到着。

ちなみに移動中、

「やばい、あの二人ビジュ強すぎじゃない?」

「わかる……ロケとかで来てる俳優……?」

「一緒にいる着物の子、かわいーっ」

なかなかに注目を浴びる、三人組であった。

(しかしスタイルのいいイケメン二人組と、着物姿の和風美少女の組み合わせ……何も知らない人から見たら、どういう関係の三人に映るんだろうか……、――お、あの車っぽいな)

高級そうな車からご年配の女性運転手が出てきて、ドアを開けてくれる。

彼女が小型リモコンを操作すると、パカッ、とトランクが開いた。

玲雄奈は運転手と二言三言交わしたあと、

「絢人様と虎葉様は、お先に車内へ。わたしは荷物をトランクに――」

彼がそう促した――その時だった。

「おやおや――――これは、これは。この時期に悪帝がここにいるなんて、珍しいところで、珍しい相手に会ったものだ。フーン……しかも 義妹君(いもうとぎみ) を連れているとは、さらに珍しい光景だねぇ」

あっ――と。

絢人は、心の中で反応した。

(この声――)

ドアにかけていた手で、バンッ、と絢人はそのままドアを閉める。

虎葉は先に車内に乗り込ませていた。

絢人は、まだ車外にいる。

大丈夫だとは思うが、虎葉に何か心ない言葉をかけられたらたまらない。

そう判断しての、ドア閉めだった。

(……まあ虎ちゃん相手に、そんなひどいこと言うキャラじゃないとは思うけど。ただし――)

皇泉院絢人相手となれば、この後の流れは容易に想像がつく。

絢人は気分を害した調子で、

「チッ……テメェも来てやがったとはな。せっかくの休みにまで、どーしてテメェみてぇなヤツの顔を拝まなくちゃならねぇんだ」

「ひどい言い草だなぁ――まあ、悪帝らしいが」

振り向く絢人の視界に飛び込んできたのは――

「せっかくだ悪帝――その可愛らしい義妹君、おれに紹介してくれないか?」

わずかに前屈みになり、窓越しに車内を覗き込もうとする 白(・) い(・) 男(・) 。

絢人は身体を割り込ませ、虎葉をロックオンするその男の視線を遮った。

そして――静かに刺す目で、鋭く見おろす。

「覗きとは相変わらず趣味が悪ぃな、蛇野郎」

白い男は屈んだまま、ふっ、と受け流すような笑いを漏らした。

彼はそのまま上半身をのばし、流れるように絢人を見上げる。

薄いブラウンの丸いサングラスに絢人の姿が映り込んでいる。

身長は絢人の方が高い。

けれどその白い男には、絢人に見おろされている――そんな感覚はあるまい。

むしろ皇泉院絢人を、 下(・) か(・) ら(・) 見(・) お(・) ろ(・) し(・) て(・) い(・) る(・) ――そう言わんばかりの態度。

色素の薄いホワイトに近い髪。

光の加減で薄い赤にも見える瞳。

肩の上くらいまである、ゆるふわウェーブの髪。

細身ですらりとした長身。

美形、と呼んでまず訂正の余地を差し挟まぬであろう風貌。

白を基調とした、カジュアルだが品と質のよいゆったりした服装。

彼は作中やファンの間で、こんな風にも呼ばれる。

〝 白蛇(くちなわ) 〟や〝 白騎士(ホワイトナイト) 〟と。

が、やはり最も通った異名はこれであろう。

作中でも、作外でも。

〝 善帝(ぜんてい) 〟

そう、彼こそが白鐘学園〝五帝〟が一人。

善帝―――― 白鐘(しろがね) 司(つかさ) である。

そして――皇泉院絢人の、作中最大の宿敵。

「へー……聞いてた話とずいぶん違うみたいじゃないか、悪帝。義妹君とおまえが仲良しだなんて話、おれは聞いたこともなかったけどね」

「あの白鐘司が人ん 家(ち) の事情にいちいち口を挟むくらい暇な人間だってのも、聞いたことはなかったが」

「まーどこぞの悪帝と違って、白鐘司は要領がいいんでね。というより余暇の一つくらい作り出せないってのは、それこそ無能の証明だと思うがねぇ」

「他人の貴重な時間を奪ってる自覚がねぇ無能には、言われたくねぇ話だな」

「…………」

「あ? なんだ――どうした? まさか……白鐘司ともあろう男が、ビビって声も出ねぇってか? クク……だとしたら、お笑い草も極まるってもんだがなぁ?」

「……今日は、やけに付き合ってくれるじゃないか。どういう風の吹き回しだ、悪帝? 何を――企んでる?」

(えっ? ……、――あ、しまった!)

絢人の中の人は、気づいた。

本来の絢人は確かに、宿敵の司に対してイヤミっぽいことを言う。

けど――自分から長々とは、絡まない。

大抵は”追い払われる”みたいにして、絢人がその場を去る。

ただし絢人側としては〝七面倒臭い相手だから構うだけ損〟という感じで、去ってゆく。

司の異名の一つは、白騎士(ちなみにこの異名は作中ではなく、作外で用いられている)。

つまり、守ってくれるナイトさま。

守る?

誰を?

決まっている――

アニメ『えすぷり』の主人公である、矢満田すみれをだ。

そう。

皇泉院絢人の立場からすると、白鐘司はチクチク言葉で刺してくる宿敵。

互いの家の規模や影響力は、ほぼ同格。

そして両家は対立しており、作中でもそれがよく火種になる。

が、主人公のすみれ視点だと一転して司はとても頼りになる味方となる。

主人公と絢人の間に揉め事が起きた時、どこからともなく現れて助けてくれる。

ゆえに――白騎士。

姫を守る騎士に喩えられ、ファンの間ではそう呼ばれている。

しかしつまり―― と(・) い(・) う(・) こ(・) と(・) は(・) 、である。

泉アヤトがアニメを見る時、感情移入するのは皇泉院絢人にだけではない。

もちろん皇泉院絢人は大好きだ。

だけど『えすぷり』自体が、そもそも大好きなのだ。

そのため、実はイヤミを返しながらも中の人は――

〝うわぁあああああ――本物の、白鐘司! 生で憧れのアイドルとかを見た時って、こうなるのかも!? すごい! 目の前にあの白鐘司がいて、喋ってる! しかも――〟

絢人と、作中みたいな会話をしている。

これはもうファンとしては 垂涎(すいぜん) のひと幕であろう。

ファンとして皇泉院絢人は大好きだ。

が、絢人と関わるキャラたちとの関係性もまたアヤトは好きなのである。

たとえそれが――敵対的なものであっても(ただし、ただ邪悪なだけのキャラはNG)。

(けど、この絢人と司の会話に感動しすぎて……つい、面倒臭がって会話を打ち切るいつもの絢人らしくない行動を取ってしまった……)

会話は絢人っぽくできたはずだ。

しかし基本は、司がダル絡みして、それを鬱陶しがる絢人が悪態を残しその場を去る――

これが『えすぷり』での定番の流れ。

(食ってかかるような会話の流れは、まずかったな……)

「チッ……おい行くぞ、玲雄奈」

すでに荷物を詰め込み終わった玲雄奈が、一礼する。

「……かしこまりました」

頭を絢人に下げつつ、氷点下の視線が司やその周囲に向けられている。

白鐘司にも執事ポジションのキャラがいる。

彼がどこかで目を光らせているのは確実であろう。

玲雄奈は多分その司の執事も警戒しているのだ。

司の執事がそばにいないのは、司があまり彼を従えている状態が好きではないためである。

――それにしても、と絢人は思う。

(ここまでの道中それっぽさがなかったから、忘れてたけど……玲雄奈さん、怖い。身内だけじゃなくなると、こんなに雰囲気変わるものなんだ……)

今の玲雄奈は、まさに作中通りの〝冷酷執事〟だった。

絢人は再び後部座席のドアを開けかける。

が、玲雄奈が代わりに素早く後部座席のドアを開いた。

「どうぞ、絢人様」

「……、――おい、悪帝」

そう声をかけてきたのは、司。

氷刃のような目つきをした玲雄奈が、視線だけで司を見据える。

「…………」

絢人は助手席のドアを開き、司を無言で睨み据える玲雄奈に言う。

「先に、乗ってろ」

「……かしこまりました。絢人様が、そうおっしゃるのであれば」

冷酷執事モードではあるけれど。

さすがに、絢人の言葉には従順のようだ。

(いやでも玲雄奈さん、いつでも飛び出せるような臨戦態勢だよな……あの雰囲気は、多分……)

こ、怖い。

やはり、冷酷執事……。

内心震え上がりながら、絢人は後ろのドア枠に手をかけて大仰に乗り込む。

そして、司を冷たく睨み据えた。

「次の登校日まで、もう二度とテメェと顔を合わせねぇよう祈っとくぜ。だから……このオレの前から、さっさと消えろ」

「……悪帝、今日は――具合でも……悪いのか?」

「はぁ?」

「あ、いや……、………」

あの善帝にしては珍しく素っぽい〝腑に落ちない〟みたいな表情である。

司が「……ん」と、手の甲を自分の額にあてる。

まるで、自分の中に生じた違和感のようなものと向き合うみたいに。

「クク……んだよ? 具合が悪ぃのは、テメェの方じゃねぇのか?」

司が、サングラスを外す。

彼はそれを胸ポケットにしまうと、前屈み気味になって目を細めた。

よく見えない――そう言わんばかりの顔で、絢人を見ている。

(――いや設定的にあなた視力いいでしょ、司さん……)

「そう、だよな……その口の悪さも……悪帝以外の、なにものでも……ない、よな……?」

(げっ、また会話を打ち切らずにいくつか減らず口を叩いてしまった……! しかも――)

下手すると何か、違和感を持たれている可能性がある?

(他の人には、キャラとしての違和感を持たれた感じは今のところなかったけど……やっぱり宿敵だからなのかな? ボロが出ないうちに、退散しよ……)

「オレが、それ以外の何に見えるってんだよ? クク……テメェ、長期休みのせいで目も思考も曇ったか?」

うん、と。

毒気を抜かれたように、あごに手を添えて頷く司。

「……その悪罵は、おまえそのものだな」

「うぜぇ以外の言葉がねぇ――おい、出せ」

すでに運転席で待機している運転手にそう言って、これ以上のコミュニケーションを拒絶するように、絢人は後部座席のドアを閉めた。

「虎葉」

少しだけ走ったあと。

車の中で、絢人は声をかけた。

「――は、はい……っ」

虎葉は――緊張している様子だった。

悪いことをしちゃったな、と。

アヤトはちょっと、申し訳なく思っていた。

(虎ちゃんに、怖い思いをさせちゃったかもしれないなぁ。ぼくのファン魂が暴走して、会話を引っ張ってしまったせいで……ごめんね)

絢人は窓の外に顔を向け、ぼそりと言った。

「……つまらねぇもんを見せて、悪かったな」

この発言は――正直、皇泉院絢人らしくはない。

口調はともかく、ポリシーからは外れた発言だ。

しかしひと言、虎葉には謝っておきたかった。

絢人らしさを少しだけ、犠牲にしても。

「ぃぇ……私は、あの……こんなことを言ってはご不快かもしれませんが、少し……嬉しかったのです」

「嬉しかった?」

「その……結果的にと言いますか、形としましては……絢人様が、なんだか私を……守ってくださったような、そんな気がしまして……、――ぁぁぃぇ申し訳ぁりませんっ……私の、勝手な解釈で……ただ……ぁの、ですので……」

震える声ではあったけれど。

虎葉の声がかすかに、ぬくもりを帯びる。

「こ……怖いと思うことは、ございませんでした……」

「……そうか」

素っ気なく言いながらも。

心の中では、絢人は感動していた。

(虎ちゃん、やっぱりいい子すぎる……、――ん?)

その時、窓の外に向けられていた絢人の視界が―― あ(・) る(・) も(・) の(・) を捉えた。

(あれ? 今の、って……)

白鐘司の髪よりも濃い色味の――サラサラで、艶やかな銀髪。

あれは、とても目立つ。

もちろん――

学(・) 園(・) で(・) も(・) 。

いや……見間違えようはずもない。

だって自分は、筋金入りの『えすぷり』ファンなのだから。

(一瞬だったけど……さっき車とすれ違った時に、歩いてたのって――)

五帝のうち、唯一の女子生徒――――〝冷帝〟。

( 久遠爾(くおんじ) 、エリサ……?)

どうやら……

五帝のうち三人が今日この日――この春の避暑地に、 集(つど) っているらしい。