軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

変わらずにはいられない 2

「なんですって?」

ジェニーの整いすぎた顔が、怒りに染まっていく。

それもそうだろう、過去の私は散々「お似合いだと思うよ」「頑張って」なんて言っていたのだから。

──けれど、今なら分かる。私が記憶喪失だと告げた直後、今まで会話すらしていなかったらしいユリウスが「これからは俺が助けてあげようか」なんて言い出したのも、私を利用するためだったのだと。

『お前は、俺以外を好きにならないでね』

『むしろ困るのは、レーネの方だし』

そんな過去の言葉もそうだ。いずれ結婚するつもりだったからこそ、恋愛をして他の誰かを好きになってしまえば面倒なことが起きたり、私が辛くなったりするのが目に見えているからだろう。

春のランク試験の時だって、自身の成績を顧みずに私のことを助けにきてくれたのも、私が退学になればジェニーとの結婚がその時点で確定してしまうからだ。

何もかもが繋がり、心臓が早鐘を打っていく。

私を助けてくれていたのも、優しくしてくれていたのも全部、利用するためだったのだ。そう思うとほんの少しだけ寂しいような悲しいような、傷ついたような気持ちになってしまう。それでも。

今のユリウスが私を大切に思ってくれていることだって、分かっている。

だから過去のことなんてもう気にしないし、ユリウスの力になりたい。今までの様子を見るに、兄には相当深刻な事情がありそうだった。

何より私自身、死亡BADを回避するためにもSランクにならなければいけないのだ。

ユリウスだって本気で私との結婚を望んでいるわけではないだろうし、きっと両親と繋がっているジェニー相手だと不都合があるからだろう。

その辺は兄のことだから、いずれ上手くやってくれそうではある。ひとまず私がジェニーに勝つのが先決だ。

「私、絶対にSランクになるから」

「はっ、夢を見るのは勝手ですからお好きにどうぞ」

ジェニーは鼻で笑うと、前髪をかき上げた。

「でも急にどうしたんです? どうせ結局、お兄様のことが好きになったんでしょう」

「えっ……いや、それは、その……」

「あんなに完璧な男性なんて、他にいないもの」

勝手にジェニーは納得した様子をみせているけれど、全然違うので待ってほしい。

ただ、ユリウスの力になりたいなんて言っては彼の今後の計画に支障が出るだろうし、他に言い訳も思いつかなかった私は、適当に誤魔化しておくことにした。

「ま、まあ、そんなとこ……かな……」

「記憶喪失前のお姉様が知れば、卒倒するでしょうね」

「……どうして私とユリウスって、仲が悪かったの?」

「さあ? でも、お兄様のせいで母親が死んだと言って泣いていたのは見たわ」

「えっ……」

またもやとんでもなくヘビーな設定が出てきて、たらりと冷や汗が流れる。ウェインライト家、本当にいい加減にしてほしい。昼ドラを超えている。

かなり気になるもののジェニーはこれ以上知らないようだし、こんな話を直接ユリウスに聞けるはずもない。流石に元のレーネの勘違いだろうし、ひとまず忘れることにする。

やがてジェニーは鬱陶しいとでも言いたげな顔をすると、息を吐いた。

「話はそれだけなら、そろそろ出て行ってください」

「あ、うん。色々教えてくれてありがとう。お茶もごちそうさま」

返事もなかったけれど、私は「お邪魔しました」と言ってジェニーの部屋を後にすると自室へと戻り、ベッドへ倒れ込んだ。

移動疲れや衝撃的な話を聞きすぎたせいで、心身ともに疲労してしまったのか、眠気が込み上げてくる。そのまま目を閉じると、私は夢の中に落ちていった。

◇◇◇

「ニュシア草とリマム……リマムアルーヤの花の実を合わせて煮込むと、魔法耐性の強い液体が生成できる……リ、リマムマ……リマムマヤ……」

翌朝、私は早起きをすると早速机に向かっていた。とにかく勉強をしなければ、何も始まらない。むしろ始まらないどころか終わるのだ。

ユリウスが帰ってくるまで、あと3日ある。部屋にこもってひたすら勉強をしていようと思っていた、のに。

「ただいま、レーネちゃん」

何故か兄は予定よりも早く帰宅したようで、爽やかな笑みを浮かべて私の部屋へとやってきた。

「な、なんで」

「アーノルドが可愛がってた馬の子供が産まれそうだって連絡が来たらしくて、帰るって言い出してさ。じゃあ俺もって着いてきた」

動物がたくさんいるというアーノルド王国では、そんなこともあるのだろう。

なんだかいつもよりも兄がキラキラして見えて、首を傾げつつごしごしと目元を擦ってみる。

「早くレーネに会いたかったし、ちょうど良かったよ」

「さ、さようで……」

「勉強してたんだ、えらいね」

そう言って、後ろから覗き込んできたユリウスの髪がふわりと首筋に触れて、どきっと心臓が跳ねた。

顔が熱くなり、指先ひとつ動かせなくなる。今までこんな風になったことなんて、一度もなかったのに。

「……ち、ちかい」

「なに? その可愛い反応。いつもは距離感バグがなんとかって言って、ぐいぐい押し退けるのに」

ユリウスはくすりと笑うと「着替えてくるね」と言い、私の部屋を出て行く。ほっとして一気に力が抜けた私は、倒れるように机に突っ伏した。

「まずいまずいまずいドキッじゃないほんと違う間違えたいつも通りいつも通りいつも通り……」

想像以上に「いつも通り」の難易度が高すぎる。

結局のところ、ユリウスを兄だと思って過ごしていたとはいえ、その期間はたった5ヶ月弱なのだ。そもそも限界があったのかもしれない。

ユリウス・ウェインライトという人は信じられないくらいに顔が良く、スタイルも頭も良く魔法だって何でも使いこなせるチートな存在なのだ。それはもうモテる。

それでいて私にだけ優しくて甘いなんて、意識するなという方が無理がある。

私はユリウスのことを誰よりも格好いいと思っていたし、実の兄だと思っていた時ですら、何度もうっかりときめいてしまっていたのだから。

『もしも本当の兄妹じゃなかったら、どうする?』

『……うーん、普通に好きになってたかもしれない』

『本当に? 兄妹じゃなかったら俺を好きになる?』

『うん。でも、もしもの話だよ、もしもの』

『あはは、そうだね。もしも、ね』

そんな過去の会話が蘇ってきてしまい、やっぱり今まで通りになんてできそうにないと、私は頭を抱えた。