軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

音楽祭に向けて 3

「へえ、今日はヨシダくんに勉強教えてもらったんだ」

「うん。吉田先生は教え上手で助かる」

「俺もいつでも見てあげるのに」

「ありがとう! 分からないことがあれば聞くね」

夕食後も自室で勉強を続けていた私の元に、ユリウスがやってきた。吉田とヴィリーと勉強をしてきた話をしたところ、兄からすると二人は「無害」にカテゴライズされるらしく、勉強を頑張っていて偉いと褒められた。

「でも、珍しい3人だよね。どんなことを話すの?」

「色々あったけど、今日はあき──…」

勉強をしながら会話をしていたせいで、うっかりそこまで言いかけてしまった私は慌てて口を噤んだ。

秋休みのことは絶対に兄に隠し通さなければ。私がエレパレスに行くとバレれば、間違いなく止められる。

会ったことのない相手に会いに行くという理由なんて信じてもらえないだろうし、エレパレスにはセシルもいるのだ。色々と面倒なことになるに違いない。

「あき?」

「う、うん。秋が近づいてきたねって」

「……ふうん」

あまりにも苦しい言い訳に、たらりと冷や汗が流れる。私とヴィリーと吉田の三人で、季節のうつろいについて語り合っているところを想像すると、なかなかにシュールだ。

背中越しに、明らかに納得していないユリウスの声が聞こえてくるけれど、気づかないふりをしてペンを走らせた。

「そう言えば、秋休みもそろそろだね。何する?」

「えっと……」

一緒に過ごす前提の問いかけに、どきりとしてしまう。もちろん気持ちは嬉しいものの、今回ばかりは断るしかなかった。

「ごめんね。実はもう、クラスの友達とかと出掛ける予定で埋まってるんだ」

「クラスの友達って誰?」

「その、ヴィリーとか」

ギリギリ嘘は言っていない。いざ秋休みになった時、泊まりについてはどう説明しようかと頭を悩ませていると、ユリウスはソファから立ち上がり、私の側へとやってきた。

後ろからするりと身体に腕を回され、肩に顎を乗せられる。今日も兄は驚くほど良い香りがして、うっかり心臓が跳ねた。

「酷いな、俺はレーネと過ごすの楽しみにしてたのに」

「ご、ごめんなさい」

「本当にね。あ、こことここ、間違ってるよ」

恐ろしく良い声で、耳元で話すのはやめてほしい。そんなユリウスは溜め息をつくと、間違えていた部分を指差して教えてくれた。

この一瞬で複数の間違いを見つけた兄に、感服してしまう。さらりとなんでも出来てしまうユリウスは、本当に格好いいと思う。自慢の兄だ。

「あーあ、それなら俺も旅行にでも行こうかな。クラスの奴らに誘われてるんだよね」

ユリウスが友人と出掛けるというのは、珍しい気がする。

何より泊まりがけで出掛けてくれれば、私が数日家を空けていてもバレないに違いない。この家にはわざわざ私のことをユリウスに話す人間など、一人もいないのだから。

「絶対それがいいよ! すごく楽しいと思う!」

「やけに乗り気だね。そんなに俺にいなくなってほしい?」

「そ、そういうわけじゃ……でも、ユリウスが友達と遊びに行っているの、見たことないなって」

「お前さ、アーノルドしか友達がいないと思ってるでしょ」

心外だと言って笑うと、ユリウスは私の頬をつつく。

「最近はレーネを最優先にしてるだけだよ。元々はそれなりに友達とも遊んでたし、出掛けてたから」

「そうなんだ……」

そんなにも優先してくれていたというのは、とても嬉しい。その一方で、秋休みも私と一緒に過ごすのを楽しみにしてくれていたのかと思うと、胸が痛んだ。

ペンを置いて顔を上げると、私は身体に回っていたユリウスの片手を取り、ぎゅっと握りしめた。

「本当にごめんね。秋休みの後は、私もユリウスを最優先にするから、たくさん遊ぼうね!」

するとユリウスは一瞬驚いたようにアイスブルーの瞳を見開いたけれど、すぐにくすりと笑った。

「ありがとう。そのまま一生そうして」

「重いよ」

「レーネは本当にかわいいね」

どうやら喜んでもらえたようで、兄の機嫌が良くなったのが見てとれた。ユリウスは初めて会った時よりも、なんだか分かりやすくなった気がする。

いつも笑顔ではあるものの、最初は何を考えているのか、本当に笑っているのかすら分からなかったのだ。

「とにかくユリウスも旅行、楽しんできてね! あ、そうだ。旅先のお土産とかほしいな」

「分かったよ。レーネも俺に何か買ってきてくれる?」

「もちろん。遊びに行った先で買ってくるから、交換しよっか! いつもお揃いのものだったし、たまには違うものがいいよね」

「お揃いでもいいのに。なんでも大切にするけど」

そうしてお土産交換をすることになり、胸が弾む。

──自身が一級フラグ建築士になっているなんてこと、想像できるはずもなく。エレパレス行きもなんとかなりそうだと、この時の私は安心しきっていた。