軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

どうしてそうなった 3

あの後、クラスメイト達の協力もあり、教室はなんとか見られる状態になった。教師にはひとまず魔法の練習をしていたという、苦しすぎる言い訳をすることにする。

廊下に溢れていた野次馬達にはテレーゼが『黙っていてくれるわよね?』と笑顔で声を掛けたところ、全員がぶんぶんと首が取れてしまうのではないかというくらい、深く頷いていた。最早、彼女こそがこの世界のヒロインだと思う。

流石の脳筋ヴィリーは、あれほどの攻撃を受け続けていたにも関わらず無傷だった。ラインハルトにも怪我はなく、被害にあったのは私の頬だけのようで本当に良かった。

そして落ち着いて皆の話を聞いた結果、私がラインハルトに対して紛らわしいことを言ってしまったことが原因で、この事件が起きたことが発覚した。

「ごめんね、私のせいで……」

「いや、俺のせいだな」

「本当だよ! おのれ!」

その後ヴィリーと教室内を土下座周りした私は、この世の終わりのような顔をしたラインハルトを連れて教室を出た。

もう授業が始まるけれど、それどころではなさそうだ。授業をサボってしまうのは、吉田と体育倉庫に閉じ込められた以来だった。あの時は事故だったけれど、自らサボるのは初めてで、なんだか落ち着かない気持ちになる。

それでも少し冷たい手を引けば、ラインハルトは大人しく後をついてきてくれて、やがて人気のない裏庭に着いた私は草原に並んで座ろうと声を掛けた。

いつもの彼の距離感ならば、私のすぐ隣に座りそうなものだけれど、今は人ひとり分空けた隣に腰を下ろしている。

「ラインハルト、大丈夫? 本当にごめんね」

「……レーネちゃんが謝るの、おかしいよ」

「そんなことない、私が無駄に乙女ぶったせいで……」

元はと言えばもちろんヴィリーが悪いものの、ピュアで素直で誰よりも優しいラインハルトに対して、今後はしっかり言葉を選ばねばならないと私は深く深く反省をした。

「レーネちゃん、本当にごめんね。嫌いにならないで」

「嫌いになんてなるわけないよ!」

そんなラインハルトは、体育座りのような体勢で両腕に顔を埋めている。どうやら私が怪我をしてしまったことに対して、かなりの罪悪感を感じ、本気でへこんでいるらしい。

あんなの怪我をしたうちに入らないと言っても、彼は無言のまま、首を左右に振るばかり。

「紛らわしい言い方をしてごめんね、ラインハルトは悪くないよ。私のために怒ってくれたんだもの」

大切な友人が無理矢理キスをされたような素振りをし、汚されたなどと言って口をゆすいでいれば、怒るのも当然だ。

そして友人思いすぎるラインハルトに、私はいたく胸を打たれていた。とは言え、気持ちは嬉しいものの彼の立場が悪くなるのは絶対に嫌だった私は、美しい青髪に手を伸ばす。

そっと頭を撫でると、ラインハルトの肩が小さく跳ねた。

「でも、暴力はいけないと思う。私もヴィリーを箒で思い切り叩いたから、まったく人のことは言えないんだけど」

「……レーネちゃんのこととなると、だめなんだ」

「えっ?」

「レーネちゃん以外、全部どうでもよくなる」

どういうことだろうと首を傾げる私に、彼は続けた。

「僕にとって、レーネちゃんは世界の全てだから」

「…………」

思っていたよりも話のスケールが大きすぎて、流石の私も戸惑ってしまう。大袈裟だよと笑いとばせないくらい、ラインハルトの声はひどく切実なものだった。

けれど、ほんの少し助けた私が全てだと本気で思ってしまうくらいに、様々なものに押さえつけられていたラインハルトの世界は狭く、小さなものだったのかもしれない。

「僕は、レーネちゃんにずっと笑っていてほしい」

「ラインハルト……」

「誰よりも幸せになってほしい。痛いことも苦しいことも辛いことも悲しいことも、全部なくしてあげたい」

「…………」

──私は今まで誰かから、こんなにもまっすぐで、強い気持ちを向けられたことがあっただろうか。

もちろん兄や友人達だって、私を好いてくれていることは分かっている。それでもラインハルトが私に向けている好意は、他とは比べ物にならないくらいに大きい気がした。

そんなラインハルトの言葉は、すごく胸に響いた。前世で早くに両親を亡くした私は、こんなにも自分を思ってくれる人がいることが嬉しくて、救われるような気持ちになる。

「ありがとう。ラインハルトの気持ちはすごく嬉しい」

「……本当に? 気持ち悪いと思ってない?」

「そんなこと思うはずないよ。それに私も、ラインハルトには幸せになってほしい。嬉しいことや楽しいこと、好きなものや大切なものをたくさん見つけてほしいと思ってる」

前世の私も、小さくて狭い世界で生きていた。

けれど今の私の世界は広くて輝いていて、毎日がとても楽しくて幸せで、大切なものや大好きな人達で溢れている。

「僕はレーネちゃんさえいれば、嬉しくて楽しいよ」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、それだけじゃもったいないよ。私も手伝うから、一緒に探していこう?」

だからこそラインハルトにも、同じように思える日が来てくれたら何よりも嬉しい。そんな気持ちを込めて柔らかな髪を撫でていると、不意に腕をぐいと掴まれた。

そして、そのまま縋るように抱きしめられる。ラインハルトの長い髪が首筋や耳に当たって、くすぐったい。

「……レーネちゃんは、眩しいね」

「そうかな?」

「うん。眩しくて、時々すごく遠く見える」

ラインハルトは「それでも」と続けた。

「僕、頑張るから。レーネちゃんの言う通りに頑張るから、これからもそばに居てもいい……?」

「もちろん。私だってラインハルトと一緒にいたいもの」

そう答えれば、私を抱きしめる腕に力がこもる。

不器用でまっすぐなラインハルトが、愛しく思えた。弟がいたことはないけれど、こんな感じなのかもしれない。

「…………!?」

そんな中、何気なく視線を上へと向けた私はひゅっと息を呑んだ。悲鳴を上げなかっただけ、誉めて欲しい。

この場所はユリウスの教室の真下だったようで、窓際の席に座る兄は頬杖を突き、笑顔で私を見下ろしていたからだ。

その目は、全く笑っていない。シスコンの兄に男性と抱き合う姿を見られてしまったのだから、当然だろう。

(う わ き も の)

ユリウスの形の良い唇がそう動き、目眩すら覚える。

今日は本当に災難続きだと思いながらも、私はあやすようにラインハルトの背中をぽんぽんと叩き続けた。