軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

家族ごっこ 1

『大嫌い! ユリウスお兄様なんて、本当に、嫌い……っ』

『……そう』

『っお母様を、返してよぉ……!』

「…──夢、か」

朝から最悪な夢を見てしまったと、溜め息を吐く。ゆっくりと身体を起こした俺は、汗ばんだ前髪をかき上げた。夢だと分かった途端、安堵してしまった自分に呆れてしまう。

例え夢だったとしても、実際にあった過去の出来事だということに変わりはないのに。

彼女の記憶が二度と戻ることがないよう祈りながら、ベッドから降り、まずは汗を流すことにした。

「おはようございます、お兄様。今日は遅かったんですね」

「うん、おはよ」

その後、遅めの朝食をとりに食堂へと向かえば、俺を待っていたらしいジェニーの姿があった。面倒だと思いながらも笑顔を浮かべ、向かいの席に腰を下ろす。

あまり避けたり冷たくしたりしては、父から文句を言われるのが目に見えている。今後の計画に支障が出ては困る上、ジェニーの八つ当たりがレーネに向くのも避けたかった。

「昨晩も、遅くまでお勉強なさっていたのですか?」

「まあね」

「お兄様は努力家で流石です。そう言えば、先日──」

適当に相槌を打ちながら、食事を続ける。一方のジェニーは、嬉しそうにくだらない言葉を吐き出し続けていた。

確かレーネは今日、王城でのガーデンパーティーに参加する予定だったはず。きっと今頃は大好きな友人達と共に、楽しく過ごしているのだろう。

「今夜はイェイツ家の夜会に行かれるんでしたよね?」

「うん、よく知ってるね」

「今朝もお父様が褒めていらっしゃいましたよ。優秀なお兄様がいれば、我が家は安泰だと」

「……それはそれは」

俺がこの家を乗っ取ろうとしているなんて夢にも思っていない愚鈍な父親は、完全に俺を信用しきっているらしい。

どうか愚かなままでいてくれと願いながら、不愉快すぎる朝食の時間を過ごしたのだった。

◇◇◇

やがて夕方になり、夜会の支度を終えて屋敷を出ようとしたところ、ちょうど帰宅したらしいレーネに出会した。

俺が贈った淡いブルーのドレスを身に纏ったレーネは、俺の顔を見るなり嬉しそうに微笑んだ。

「ユリウス、ただいま! どこかに行くの?」

「おかえり。少し知り合いの夜会に顔を出してくる」

「そっか、行ってらっしゃい。気をつけてね」

「ありがとう」

昨日までのレーネは、俺が避けていることに気付いたようで元気がなかった。けれど今の彼女の笑顔はいつもと変わらず明るいもので、どうやらもう気にはしていないらしい。

友人さえいれば、俺は居なくても良いのかもしれない。俺が一番だなんて言葉も結局は勘違いなのではないか、なんて考えと共に、裏切られたような気持ちになってしまう。

「……本当、歪んでるな」

突き放しているのは俺なのに、自分勝手にも程がある。思っていた以上に、俺は彼女に執着しているのかもしれない。

くだらない独占欲を抱え、馬車に乗り込む。やがて会場に足を踏み入れると、一瞬にして大勢の人間に囲まれた。

「ユリウス様、お会いしたかったわ」

「次期ウェインライト伯爵様、いらしていたんですね」

「最近もご活躍されているそうで」

笑顔を貼り付け愛想を振りまき、丁寧に対応していく。目的のためには、社交界での足場作りも欠かせない。

──ずっと、あいつらが何もかもを失い絶望する顔を毎日のように想像しては、糧にしていた。あの日から俺は、それだけの為に生きてきたはずなのに。

最近は、そんな想像を一切していなかったことに気が付いてしまう。それが何故なのかも、とうに分かっていた。

「……絆されすぎたかな」

「ユリウス様?」

「いえ、何でもありません」

そうして挨拶回りを済ませ、休憩がてら夜風に当たろうとバルコニーに出れば、そこにはよく見知った顔があった。

「あれ、ユリウスも来てたんだ」

そう言って、へらりと笑うアーノルドの隣へ向かう。

「お前はサボってばかりいないで、少しは頑張りなよ」

「俺はいいんだよ」

アーノルドは、社交の場に積極的に出ようとはしない。たまに顔を出したと思えば、こうして適当に時間を潰しているだけ。

才能に溢れ、誰にでも愛されるこの男ならば上手く生きていくのだろう。それを自覚した上で、色々と手を抜いていることも分かっていた。

「ユリウス、元気ないね」

「そう見える?」

「うん、旅行の最終日からずっとだよ。レーネちゃんを襲っちゃったこと、気にしてるんだ?」

「まさか」

別に、罪悪感を抱いているわけじゃない。ただ、手を出してしまったことで俺を意識したレーネが頬を染めている姿を見た瞬間、兄妹ごっこを続ける自信がなくなっていた。

記憶のない間の自分が妬ましくもなり、兄のままではいられない気がして、頭を冷やす為に距離を置いている。

「全部言えばいいのに。ダメなの?」

「……もう、やめようかな」

もう十分、兄妹ごっこには付き合ったはずだ。いつか親類の誰かから話を聞き、事実を知る可能性だってある。

こんな真似をしていたこと自体、俺らしくもない。

「レーネちゃんだって最初は戸惑うだろうけど、どんな形でもユリウスのことは大切だと思うよ」

「だと良いんだけど」

「さっさと吐き出して、楽になっちゃえばいいのに。ユリウスは格好良いから、きっと好きになってもらえるよ」

「お前が言うとムカつくね」

レーネがアーノルドの顔を好いていることを思い出し、苛立ちが募る。そんな俺を見て、アーノルドは楽しげに笑う。

「レーネちゃんのこと、そんなに好きなんだ?」

「さあ?」

この感情が何なのか、俺にとっての彼女が何なのかは分からない。こんなものが恋や愛だとも思えない。ただ、レーネにとっての一番は俺が良いし、誰にも渡したくなかった。

屋敷へと戻ってすぐ、レーネの部屋のドアが少し開いていることに気が付く。たまたま閉め忘れただけだろうと思っていると、その隙間からは床に倒れるレーネの姿が見えた。

すぐに駆け寄り、抱き上げる。その顔は火照っていて、身体もかなり熱い。かなりの熱があるのは間違いないだろう。

そのままベッドへと運び、すぐにメイドを呼んで看病するための道具を用意させる。そうして冷たいタオルを額に乗せれば、辛そうな表情がほんの少しだけ和らいだ気がした。

「……本当、何やってるんだろうね、俺」

朝まで側で様子を見ることを決め、本当に自分らしくないと思いながら、そっと柔らかな髪を撫でる。

とは言え、正装を着たままでは落ち着かず、ひとまず着替えて来ようと立ち上がった時だった。

「っおかあさん……おとうさん……」

「──レーネ?」

そう呟いた彼女の目からは、一筋の涙が零れ落ちていた。