軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

記憶 1

振り返った先には、ジェニーの姿があった。

「……どうしたの?」

「少しだけ話をしませんか?」

「二人で? 少しならいいけど……」

暗い表情を浮かべる妙に深刻な雰囲気があって、断る気にはなれなかった。そもそもジェニーが私に話をしようなんて言うことも、滅多にないのだから。

先日の取り乱した様子や伯爵邸で暮らしている頃からジェニーの様子がずっとおかしいことも、気がかりだった。

ユリウスとルカは馬車で待ってくれているだろうし、十分くらいなら平気だろう。

「カフェテリアに行きましょう。今なら空いていますから」

校内の誰でも立ち入れる場所なら安全だろうし、ジェニーの後をついていく。

もう閉店間近なせいもあって、私達以外にお客さんはいないらしい。ガラス張りの窓からは夕陽が差し込んでいて、赤く染まるカフェテリアには私達の姿しかない。

「どうぞ」

「ありがとう、お金は……」

「いりませんよ、それくらい」

言われた通り空いている席に座ると、ジェニーがホットココアを差し出してくれた。

小さく笑う姿に少しだけ安堵しながら、渡してくれたココアを受け取る。私がいつも飲んでいるものをどうして知っているんだろう、偶然だろうかと少しだけ不思議に思った。

「……いただきます」

向かい合って座ったものの、静まり返っているカフェテリア内でジェニーと二人きりというのは想像以上に気まずいものだった。

姉妹とは思えない空気の重さに、ひとまず間を持たせるようにココアをがぶ飲みしてしまう。ジェニーはそんな私をじっと温度のない目で見つめている。

「あの、話っていうのは……?」

それでもユリウスをあまり待たせるわけにはいかず、本題を切り出した。

「お姉様はもう、お兄様を諦める気はないんですよね」

「うん、そうだね」

ユリウスとはこの先もずっと一緒にいるつもりでいるし、卒業時にSランクを目指すことに変わりはないけれど、伯爵家の訳の分からない決まりに従うつもりもない。

するとジェニーは呆れたような笑みを浮かべた。

「頑張って、なんて言ったくせに」

ジェニーが言っているのは、私がこの世界に来た当日に交わした言葉のことだろう。

『私が絶対に、お兄様と結婚すると言っているんです』

『あ、そうなんだ』

『美男美女でお似合いだと思うよ、頑張って』

当時はユリウスを実の兄だと思っていたし、好きになるなんてことも想像すらしていなかった。

「あの言葉が嘘になったのはごめんね。記憶喪失で何も分からなかったし、自分の気持ちも想像がつかなかったから」

「…………」

「でも、どうするのかを決めるのはユリウスだよ。伯爵夫妻でもジェニーでも、私でもない」

はっきりとそう言ってのけると、ジェニーはぐっと薄い唇を噛み締めた。

「うるさい! 貴族の家に生まれたのなら、家の決まりを守るのは当然でしょう!」

「ジェニーだって、本当はこんなの嫌なんだよね?」

「…………っ」

私の言葉に、ジェニーが息を呑んだのが分かる。

きっと図星なのだと思うと、ジェニーに同情する気持ちが大きくなった。元のレーネもあの家の被害者だけれど、少し立場が良かっただけの彼女だって同じなのだろう。

「あの家を出たいなら私もできる限りの手伝いはするし、ジェニーの気持ちを聞かせてほしいな」

「…………」

「ユリウスもジェニーと話がしたいって言ってたよ」

ユリウスだってジェニーの境遇は理解できるだろうし、味方してくれるはず。

「……私、は……」

目を伏せて手のひらをきつく握りしめるジェニーは、ひどく葛藤しているようだった。

本音を話したいという気持ちと、私を信じられない気持ち、長年従ってきた両親を裏切れないという気持ちがせめぎ合っているのかもしれない。

急ぐようなものでもないし、今すぐに答えを出す必要もない。ゆっくり考える時間があった方がいいと思った私は、少しだけ残っていたココアを飲み干した。

「今日はもう行くから、続きはまた──っ」

立ち上がろうとした途端、強い眩暈がして、咄嗟にテーブルに手をついて身体を支える。

立ちくらみだろうかと収まるのを待ったものの、より酷くなっていくばかり。

このままでは倒れてしまう気さえして、助けを求めようと視線を向けた、けれど。

「……ようやく効いてきたんですね」

なぜかジェニーは、無表情でそんなことを言ってのけた。

「どういう、こと……?」

「お姉様の飲み物に、薬を入れたんです」

「……え」

信じられない言葉に、息を呑む。

けれど確かに私が今しがた飲んでいたココアは、ジェニーが用意したものだった。カウンターで買ってから、こっそり薬を入れることも可能だろう。

けれどまさかジェニーがそんなことをするなんて想像もしていなかったため、ほとんど全て飲んでしまっていた。

「薬って、何の……」

「思い出したくない記憶を、無理やり戻す薬なんですって」

どくん、どくんと心臓が大きく脈打ち、嫌な汗が背中を伝っていく。

ジェニーがなぜその薬を私に飲ませたのか、容易に想像がついた。

──ユリウスを嫌い、ジェニーに怯える元のレーネに戻らせたいからだ。

けれど実際の私達は入れ替わっているのであって、記憶喪失なわけではない。

だからこそ問題はないはずで、これは妙な副作用のようなものだと信じたかった、のに。

「う、あっ……」

動悸と共にだんだんと割れるように頭が痛くなってきて、きつく目を閉じる。