軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ふたりきりの日々 1

見慣れない綺麗な部屋のベッドの上で布団を被り、私は頭を抱えていた。

「も、もう無理、本当に無理、家で落ち着けないのは生きていく上でしんどすぎる……」

なぜ私がこんなにも苦しんでいるかというと、何もかもユリウスのせいだ。

──ユリウスと急遽ウェインライト伯爵邸を出て新居に引っ越しをしてから、丸一日が経つ。

交流会後のパーティーで私達の血が繋がっていないこと、恋人同士であると公表した結果、伯爵夫妻がそれはもう激怒し、今に至る。

最初は同棲みたいだと浮かれていたものの、ユリウスとの距離感があまりにもおかしいせいで、私の心臓は既に限界を迎えていた。

伯爵邸ではお互いの部屋くらいでしか触れ合うことがなかったけれど、この屋敷では常に二人きりのため、周りの目を気にすることもない。

その結果、所構わず朝から晩までぴったりとくっつく生活になっている。

『レーネちゃん、もっとこっちにおいでよ』

『結構です! もう十分さっきから密着しておりますので』

『俺はまだまだ足りないんだけどな』

逃げてもそんなことを言うユリウスに捕まってしまい、自分の部屋にいる時間以外はずっと抱きしめられているという由々しき事態だった。

しかも、それだけではない。

『ねえ、こっち見て』

『うん? どうし──っ』

『……ごめんね、キスしたくなって』

そんなやりとりも珍しくなく、たった一日で私はもう両手で白旗を上げていた。

もちろんユリウスのことは大好きだし、触れ合いたいとも思う。それでもいきなりキャパを超えた接触が続けば、異性に免疫のない私の身が持たない。

「このままの生活が数ヶ月も続いたら、そのうち心臓が爆散して死ぬのでは……?」

いつまでも慣れる気がしないし、勉強に集中できる気もしない。その上、明日からの学園への登校のことを考えると、とてつもなく憂鬱だった。

私達が恋人であることは周知の事実になっているだろうし、大勢の前で公開キスなんてものをしてしまった以上、注目の的になってしまうだろう。

どうしよう、いやもうどうしようもないと唸っていると、ノック音が部屋に響いた。

「レーネ、今日の夕食はどうする?」

「あっ、何でも大丈夫です!」

「了解、一緒にレーネの食べたいものを食べに行こうか。準備ができたら降りてきて」

「はい! ただいま!」

返事が大きすぎたせいか、ユリウスがくすりと笑った声がドア越しに聞こえてくる。

のそのそとベッドから這いずり出て、身支度をしていく。

「この辺りの柄のないワンピースだと良い感じかな」

昨日、屋敷の周りをユリウスと散歩したところ、この辺りは貴族が多くないみたいで、あまり目立たないようシンプルな服装に着替えた。

「……でもユリウスと一緒だと、意味がなくなるんだよね」

「なに? 俺、なんかしちゃった?」

ユリウスもシンプルなシャツとパンツ姿だったけれど、なんというか顔やオーラ、その存在全てから上位貴族のオーラが溢れ出ている。

案の定、二人で外に出て途端に超絶目立ってしまい、もう気にしないことにした。手を繋ぎながら、優しい橙色の灯りに照らされた町並みを歩いていく。

「見慣れない場所って、なんだかワクワクしない?」

「あはは、そうだね。分かるかも」

王都内でもこの辺りは初めて歩く場所で、これからここで暮らしていくのだと思うと、なんだか不思議な感じがする。

やはり、初めて一人暮らしをした時のドキドキ感によく似ていた。歩いていくうちに、この辺りは平民向けの食堂が多いことに気付く。小屋のような小さなお店、家屋と食堂を兼ねているようなものなど、家庭感溢れるものばかりだった。

「やっぱりもう少し街中の方に行く?」

「ううん、私はここで食べていきたいな」

私が指差したのは、お世辞にも綺麗とは言えない小さなお店だ。店の前に立てかけられている古びた木の板には、少し癖のある字で書かれたこの国の家庭料理名が並んでいる。

「え、ここに入るの?」

「私の勘がここは絶対に美味しいと言ってるから、信じて」

高級でお洒落なお店しか行ったことがないであろうユリウスは、困惑した様子を見せていた。

「こんばんは、二人なんですが入れますか?」

けれど私はせっかくの機会だし、大丈夫だからと言って手を引き、店内へ足を踏み入れた。

前世で仕事終わり、死にかけの状態で駆け込み、よく夕飯を食べていたお店に雰囲気が似ていたのだ。

「……美味しい」

「ねっ! このお魚なんて、ふわっふわ!」

結果、老夫婦が営む小料理屋の料理はどれもすごく美味しかった。ユリウスも美味しいと驚いていて、笑みがこぼれる。

遅い時間だったこともあり、お客さんは私達が最後だったようで、おばあさんは料理を運んでくる際によく話しかけてくれた。日替わりでメニューは変わるそうで、事前に言えばリクエストも受け付けてくれるらしい。

「またおいでね、あったかくして寝るんだよ」

「はい、とっても美味しかったです! お土産までありがとうございました」

私達が近所で二人暮らしを始めたと話したところ、帰りには「私達じゃ食べきれないから」と余りものでお弁当まで作って持たせてくれた。

その優しさや温かさで胸がいっぱいになりながら、また絶対に来ようと決めて店を後にした。少し肌寒さを感じる中、再びユリウスと手を繋いで帰路につく。

「美味しかったし、素敵なお店だったね」

「そうだね。色々と初めてのことばかりだったよ」

普段、食事をしているお店とは比べ物にならないほど安価な値段にも、好意から無料でお弁当を持たせてくれたことにも、驚いているようだった。

「……なんかいいね、こういうの」

ユリウスの声音や横顔からは、心からそう思っているのが滲み出ていて、笑みがこぼれる。

純粋な好意というのはとても心が温かくなるし、幸せな気持ちになった。

「レーネとじゃなかったら、一生行くことはなかったと思う。ありがとう」

「こちらこそ! もっと一緒に色々なところに行こうね」

この国の貴族と平民の生活には大きな差があり、元の世界ではただの一般人だった私にとっては貴族の暮らしの方がまだ慣れないことの方が多い。

そんな私の感覚や経験が、少しでもユリウスの世界が広がるきっかけになれば嬉しいなと思う。

「あそこにあるカフェも気になるんだよね。巨大ケーキってどれくらい大きいんだろう」

「いいね、次の休みにお腹を空かせて行こうか」

憧れていた恋人同士の何気ない会話や楽しい時間に、胸が弾む。

平和で穏やかで、すごく幸せだと感じていた──けれど。

「ねえ、今日こそは一緒に寝ようよ」

帰宅後、眩しい笑顔でそんなことを言われ、全く平和で穏やかなんかではなかった。