軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

新たな変化 1

夏休みまで残り一週間となり、私は今年もしっかり心を浮き立たせながら毎日を過ごしている。

──去年の夏休みはユリウスとウェインライト伯爵領へ行き、俺様従兄弟のセシルとその姉の美女であるソフィア達と過ごすところから始まった。

ユリウスと抜け出して王都へ帰還した後は、吉田邸での吉田姉との戦い、ラインハルトとのお出かけ、クラスメート達との集まり、ユリウスやアーノルドさんとのテレーゼのお家でのお泊まり、そして王城でのガーデンパーティーという、とても一夏とは思えない濃い時間を過ごした。

全てが良い思い出で、間違いなく人生で一番最高の夏休みだったけれど、今年はさらに楽しくて素敵なものになるという確信がある。

「なるほどね、姉さんは夏休みが楽しみすぎて最近ずっとご機嫌なんだ。かわいい」

「うっ……」

そんな中、放課後のカフェテリアにて、私の向かいに座るルカは両肘をつき、さらりとそう言ってのけた。

我が弟ながら、十五歳とは思えない余裕と眩しさかわいさに今日も目眩がする。

桜色の髪とたくさんの派手なピアスがよく似合い、超絶整った顔立ちをしたルカは、今この瞬間も近くの席に座る女子生徒達の視線をかっさらっていた。

「ねえルカ、お姉ちゃんはそう言ってもらえてすごく嬉しいんだけど、誰にでもかわいいなんて言っちゃだめだからね。アーノルドさんみたいな大人になっちゃうよ」

「分かった。大好きな姉さんにしか一生言わない」

「ぐっ……そ、そうじゃなくてですね……」

にっこりと微笑みながらそう言ってのける弟の沼は今日も深く、溺死しそうになる。以前はあのジェニーまで手のひらの上で転がしていたし、将来が恐ろしい。

ルカはテーブルの上に置いていた私の手をきゅっと両手で掴むと、私とよく似た桃色の瞳でうるうると見上げてくる。

「じゃあ俺は? かわいい? かっこいい?」

「ルカは世界一かわいいよ! そしてかっこよさもある奇跡の存在、世界遺産、天使!」

「良かった。姉さんも一生、俺以外には言わな──」

「お前さ、いい加減にしなよ」

ルカの声に重なるようにして、そんな低い声が聞こえてきて顔を上げる。

そこには呆れた表情でこちらを見下ろす、ユリウスの姿があった。

「は、俺と姉さんの時間を邪魔すんなよ。どっかいけ」

「レーネ、本当にこれがかわいく見える? 心配だな」

「うざ」

「お二人とも落ち着いてください」

相変わらずユリウスとルカは犬猿の仲で、顔を合わせるたびにこうして言い合いをしている。

とはいえ、喧嘩するほど何とやらというし、意外と二人は気が合うのではないかと思っていた。もちろん口に出せば二人ともに怒られるため、黙っているけれど。

すると不意にするりと背後から首筋に腕が回され、耳元で甘ったるい声が響く。

「ねえねえレーネちゃん、俺みたいな大人ってどういう意味? 気になるなあ」

「ひっ」

「お前もいい加減にしてくれない?」

ユリウスはすかさず私に抱きついたアーノルドさんを引き剥がすと、どいつもこいつも油断ならないと大きな溜め息を吐いた。

そんな仕草すらも絵になっていて、隣の席に座る女子生徒は頬に手をあて、その一挙手一頭足から目を離せずにいるようだった。

「今日もレーネちゃんは人気で妬けるな」

「どの口が言うんですか」

そう言ってぴったり私の隣に座った誰よりもモテるユリウスは今日も美しく、こんな綺麗な人が自分の恋人だなんて非現実的すぎる。

やっぱりまだこの関係に慣れなくて恥ずかしくて、さりげなく座っている位置をずらして離れたところ、腰に腕を回され抱き寄せられる。

余計に距離が縮まり、悪手だったと後悔した。

「逃げるの禁止ね」

「…………っ」

「姉さんに触るな、嫌がってるだろ」

「恋人同士が触れ合って何が悪いのかな、レーネは俺のことが好きなんだよ」

「だっる、姉さんほんとこいつはやめなよ」

再びユリウスとルカは言い合いを始め、今しがた感じた胸の高鳴りも一瞬にして消えていく。

普段は大人なユリウスも、ルカを相手にすると幼くなるのが意外だった。

「ほら、ユリウスもその辺にしなよ。ルカーシュくんはまだ赤ちゃんみたいでかわいいんだから。よちよち」

「……姉さん、なんか俺この人すごく嫌だ。こわい」

隣の席に腰を下ろしたアーノルドさんによしよしと撫でられたルカは、一瞬にして大人しくなる。

いつだって余裕たっぷりだと思っていたルカにも、苦手な相手がいるらしい。

「それで、弟くんと何の話をしてたの?」

「夏休みの話だよ。みんなで行く旅行にルカも行かない? って誘ってたんだ」

今年の夏休みは新二年生組のみんなとユリウス、アーノルドさん、ミレーヌ様と一緒に隣国へ旅行に行く計画を立てている。

ルカも先ほど一緒に行きたいと言ってくれて、十人という大所帯での旅行になりそうだ。

ユリウスは「そっか」と言うと、形の良い唇で綺麗な弧を描いた。

「俺も夏休みが楽しみだな」

「あれ、ユリウスがそういう風に言うのって珍しいね」

アーノルドさんは物珍しげな様子で、ユリウスを見つめている。

私もユリウスが夏休みを楽しみにしていることを、とても嬉しく思っていたのだけれど。

「レーネと約束したんだ。ね?」

「約束……はっ」

少しの後、ユリウスが何のことを言っているのか理解した途端、顔が一瞬で熱くなった。

『じゃあ夏休みの間に、キスさせて』

『約束ね』

『大丈夫、したいと思わせるから』

先日のデビュタント舞踏会の帰り道で「夏休みの間にキスをする」という、とんでもない約束をしてしまったのだ。

約束は約束だし心の準備をしようと思っているものの、さっぱりできる気配はない。

「そ、そうですね……」

「そうだよ」

頬杖をついて楽しげな笑みを浮かべるユリウスから顔を逸らすと、私はルカへ視線を向けた。

「と、とにかく急いで予定を立てるから、何か分かったらすぐ伝えるね!」

「うん。でも夏休みに入ったら、姉さんとあんまり会えなくなるの寂しいな。里帰りもしよ? お泊まりで」

「いいの? 私もお父さんに会いたいから嬉しい!」

「やった、約束ね」

ルカに差し出された小指に自身の小指を絡めると、ユリウスがまた溜め息を吐く。

「レーネ、一泊だけだよ」

「は? 三週間はいるけど」

「ふざけないでくれるかな」

再びユリウスとルカの言い合いが始まったものの、以前とは違い泊まり自体はあっさり許してくれたことに、なんというか余裕のようなものを感じた。

やはり、以前とは関係が変わったからだろうか。

「レーネちゃんは本当に愛されてるね」

「はい」

アーノルドさんの言葉に対し迷わず頷けたことに自分でも驚きつつ、幸せを感じた。

『何故お前は自分も心配されていたとは思わないんだ』

『お前は自分が想像しているよりもずっと、周りから大切に思われていることを自覚したほうがいい。お前の為でもあるし、周りの人間に対しても失礼だ』

以前吉田にそう言われたように、過去の私なら違った反応をしていたに違いない。

本当に周りの人たちに恵まれていて、そのお蔭で良い方向に変われていることを実感し、胸が温かくなる。

「俺もレーネちゃんが大好きだよ。結婚する?」

「お前さ、俺にかまってほしくてやってない? そろそろ本気で殺すよ?」

「まじで三年っておかしい奴しかいないの? 本当に姉さんが心配なんだけど」

「…………」

そんなエモーショナルな気持ちをアーノルドさんによってぶち壊されてしまいながらも、私は来たる夏休みに思いを馳せたのだった。