作品タイトル不明
ヒロインの矜持 2
恐れていたことが、あっさり現実となってしまった。
「……お前、今何をしたんだ?」
「ふ、普通に矢を放っただけです……」
一部始終を見ていた吉田も、かなり驚いている。三人も武器を握る手を止め、同じような顔で私を見ていた。
それもそうだろう、私よりもずっと強い三人の攻撃でびくともしなかったのに、私の矢ひとつで簡単に折れたのだから。誰が見たって異常事態だ。
それでも、三人の攻撃により限界が近づいており、たまたまタイミングが良かっただけかとも思ったけれど。
「あれ、やっぱり俺じゃダメみたいだ」
角が折れ苦しむベヒーモスにアーノルドさんはすかさず同じ場所に攻撃をしたものの、やはり変化はない。
確認の意味を込めて私は再び矢を放ち、掠った結果、なんとまたもや欠けたことで、予想は確信へと変わる。
「いや、いやいやいや……ないない……うそ、うそだ」
現実を受け入れられない、受け入れたくない私の口は脈絡のない否定の言葉ばかりを紡ぐ。だって、こんなのどうかしているとしか思えない。
ベヒーモスの弱点の角には、 私(・) の(・) 攻(・) 撃(・) し(・) か(・) 効(・) か(・) な(・) い(・) なんてこと、絶対に信じたくなかった。
けれど心のどこかで納得もしていた。アンナさんの話と辻褄が合うし、めちゃくちゃご都合感のあるヒロイン特効だと。こんな雑な見せ場、欲しくなかった。
その上、当たらなければ意味がないのだ。今の感覚からして、矢が当たりやすくなっているといった、一番欲しいオプションは付いていないようだった。
とは言え、戸惑っている場合ではない。きっと私があの角を両方折らないと、この戦いは終わらないはず。
いきなり責任重大すぎて私の心臓は先程からずっと、嫌な大きな音を立て続けている。
そして私よりもずっと頭の良いみんなは、理屈は分からずとも、今すべきことを瞬時に理解したようだった。
「ユリウス、レーネを連れてきてちょうだい。絶対に怪我はさせないように」
「分かってる」
ミレーヌ様の言葉に同意し、私の側へやってきたユリウスは、私の手を取った。その手のひらは今朝とは違い傷だらけで、胸が締め付けられる。
「本当は俺達で何とかするつもりだったんだけど、そうはいかないみたいだ。一緒に頑張ってくれる?」
「う、うん! もちろん!」
「ごめんね。絶対にレーネは俺が守るから」
私は深く頷くと、ユリウスの手をそっと握り返す。やがてユリウスは吉田へと視線を向けた。
「ヨシダくんもお願いできるかな」
「もちろんです」
今はアーノルドさんがベヒーモスの相手をしており、私達はミレーヌ様の元へと駆け寄る。
「理由は分からないけれど、何故かあの角にはレーネの攻撃しか効かないみたいね。お願いできるかしら」
「はい、頑張ります!」
「ありがとう。とにかく私達はレーネが少しでも狙いやすくなるように、あいつの動きを止めましょう」
「うん、そうだね」
「分かりました」
四人同時に両手足を攻撃し、ベヒーモスがダウンした瞬間を狙うことになった。様子を見ていた限り回復能力も高いため、タイミングは本当に一瞬だろう。
私はユリウスの少し後ろで、弓を構える。
──最初の矢は、間違いなく良い場所に当たった。
それでも先が少し折れただけだったということは、単純に威力が足りなかったのだろう。大蜘蛛を倒した時のように、魔力をしっかりと込める必要がありそうだ。
難易度がさらに上がったけれど、やはりやるしかないと腹を括る。ベヒーモスには何の属性が一番効くのか分からないし、ここは火魔法でいくことにした。
前回の感覚を思い出しながら全力で魔力を込めれば、ぶわりと矢尻が燃え上がる。
ミレーヌ様の合図を皮切りに四人はベヒーモスの両手足を狙い、凄まじい攻撃を連続して繰り出していく。
私は呼吸を整え、ひたすらタイミングを待つ。
「──っ!」
やがてベヒーモスの動きが止まり、今しかないと思った私は息を止め、思い切り矢を放った。
矢はしっかり右側の角の真ん中を貫き、ごとんと大きな音を立て、角の上半分は地面に転がり落ちた。
「や、やった……!」
安堵したのも束の間、ベヒーモスの断末魔の絶叫が木霊し、あまりの轟音に全身が痺れるような感覚がする。
「グルアアアアァァアア!!」
「ひっ……」
ベヒーモスは痛みや苦しみから力の限り暴れ回り、地震みたいに地面が揺れ、思わずバランスを崩した私の腕をユリウスが掴み支えてくれた。
「今の、すごく良かったよ。惚れ直しそう」
「じ、冗談言ってる場合じゃないから!」
「あはは、本気なのに」
ユリウスはそう言って笑うと私から手を離し、血が滴る長剣を再び構える。
状況が状況なだけに黙っていたけれど、剣を振るう姿は誰よりも綺麗で格好良かった。
「本当、暴れんぼうさんだなあ。俺、もうあちこちが痛いし後はヨシダくんに任せようかな」
「無理を言わないでください」
「私だっていい加減、魔力が切れそうよ」
「二人とも情けないね」
「ユリウスの魔力量が異常なのよ。それに自分だって、右手はもうボロボロなくせに」
「あ、バレてた?」
呆れた顔のミレーヌ様の言葉で、先程ユリウスの剣から滴っていた血はベヒーモスだけのものではないと気付いてしまった。みんなの限界も、確実に近づいている。
「ま、俺も体力は無限じゃないから、次で決めたいな」
私もきっと今の威力の攻撃は、あと一度が限界だ。魔力が切れるだけでなく、手も痺れ始めていた。
「レーネ、行けそう?」
「うん、大丈夫」
こくりと頷き、私はベヒーモスに向き直る。
「グルァァァア!」
「アーノルド、吉田、しっかり押さえて!」
「それは分かってるんだけど、すごい力で……いてて」
「くっ……!」
ベヒーモスは私が最も危険だと判断したのか、私を殺そうと躍起になっているようだった。全身の血が凍りつきそうなほどの殺気を浴び、生理的な涙が滲む。
もちろん怖いし、今すぐ逃げ出したくてたまらない。
それでも、これまでレーネ・ウェインライトとして必死に積み重ねてきた努力と、みんなが──ユリウスがついているという安心感が、私を支えてくれていた。
震えを押さえつけるようにきつく唇を噛むと、私はもう一度弓を構えた。
ありったけの魔力を込めれば、矢は轟々と燃え盛っていく。腕の痛みは無視して、私は弓を引き絞った。
吉田はエクセレントナイトソードでベヒーモスの左脚の腱を切り、アーノルドさんは鞭で右脚を千切れそうなほど締め付けている。
ミレーヌ様は巨大な槍で左腕を貫き、ユリウスは長剣を振り切り、右腕を完全に切り落とした。
「グァァア……グオォオオオ……!」
そしてベヒーモスが身体を強ばらせた隙──みんなが作ってくれたチャンスを逃さず、矢を解放する。
「レーネ!」
「っお願い──!」
ユリウスの声と同時に放った矢は角の根元に命中し、ばきばきとヒビ割れた末、散らばっていく。
ベヒーモスの巨体はふらつき、地面に倒れ込んだ。先程までの勢いは失っており、ひどく弱々しい。
「……や、やった…………?」
どっと押し寄せる安心感により腰が抜け、私はTKGを握りしめたままへなへなと地面にへたり込む。
「ありがとう。後は俺に任せて」
そう言って口角を上げたユリウスは地面を蹴り、のたうち回るベヒーモスの胸元に深く剣を突き立てた。