作品タイトル不明
学園祭 3
ひとまず私がうさ耳を身に付けてみると、ユリウスは口元を手で覆い「え、かわいい」と驚いたように褒めてくれて、気恥ずかしくなる。
「本当にかわいい、こっち向いて」
「……ど、どうも」
「こんなうさぎがいたら、檻に閉じ込めちゃうのにな」
「怖いよ」
こういうアイテムひとつで、さらにお祭り気分になり浮かれてしまう。ユリウスが何度も褒めてくれたのも、やっぱり嬉しかった。
「…………」
一方のユリウスは猫耳を手に持ったまま、なかなか身に着けようとはしない。
やはり無理に私に合わせてくれただけで、抵抗がありそうだ。そもそも猫耳を着けるようなキャラではないことだって、分かっていたのに。
「あの、あまり無理は──う、うわあ……」
けれど、そっと猫耳をつけたユリウスの破壊力に、私は思わず数歩よろよろと後ずさってしまう。
近くにいた店員の女子生徒が膝から崩れ落ち、視界から消えた。気持ちは痛いほどに分かる。
「かわいい! ユリウス、すっごくかわいいよ!」
「レーネにかわいいって言われるの、新鮮だな」
悪くないかも、なんて笑うユリウスは本当にどんなものでも似合ってしまうのだと思い知らされた。
あまりのギャップ萌えに胸が苦しくなり、私は俯き何度か深呼吸を繰り返すと、再びユリウスを見上げる。
「でも、まさか着けてくれるとは思ってなかったから、結構びっくりしてる」
「……まあ、正直ものすごく恥ずかしいよ」
ヴィリーやアーノルドさんならきっと着けてくれるだろうけど、てっきりユリウスは「子どもじゃないんだから」くらい言って嫌がると思っていたのだ。
「でも、俺も付けた方が喜ぶかなと思って」
「……私が?」
「他に誰がいるわけ? ほら、そろそろ戻ろっか」
困ったように微笑んだユリウスは、再び私の手を引いて歩き出す。その横顔は少しだけ赤くて、やはり私のために無理をしてくれていることが窺えた。
初めて会った時の私達が今の姿を見たら、倒れてしまうに違いない。そんなことを考えるとつい笑みが溢れ、胸の奥がくすぐったく、温かくなる。
「きゃあああ! ユリウス様が、ね、猫耳を……!」
「わ、わたくしもう、死んでもいいわ……」
そのまま手を繋がれて廊下に出ると、女子生徒達が悲鳴を上げ、一気に視線が集まっていく。
「まあ、お似合いでかわいいカップルね」
一般客からはそう見えるらしく、そんな声も聞こえてくる。私は聞こえないふりをしたけれど、ユリウスの口角が上がったのが見えて、また落ち着かなくなった。
こんなにも優しいユリウスはきっとすごく良い恋人になるんだろうな、なんて考えてしまい、慌ててぶんぶんと首を左右に振る。
少しだけ遠回りをしながら戻り、やがて私達の出店が見えてきて、私は改めてお礼を伝えることにした。
「ユリウス、ありがとう! すっごく楽しかった」
「そっか。それはよかった」
正直な気持ちを伝えれば、ユリウスも嬉しそうに笑うものだから、やはり心臓が大きく跳ねる。
「ひえっ……」
そんな中、入り口の前には先程以上の長蛇の列ができていて、我ながら恐ろしくなった。
列に並んでいた女子生徒達は、ユリウスを見るなり悲鳴を上げ、廊下はちょっとしたパニック状態になる。
慌てて中へと入れば、アーノルドさんに出会した。
「あれ、ユリウス。随分かわいい格好してるね」
「お前は見なくていいよ」
「レーネちゃんも、とってもかわいいウサギさんだね。食べたくなっちゃうな」
「アーノルド、本当いい加減にしてね」
恐ろしいことをさらりと言うアーノルドさんにユリウスは冷めきった目を向け、ぐいぐいと顔を押し退ける。
一方のアーノルドさんは何故か嬉しそうだった。
「じゃ、今度は俺が休憩に行ってくるね」
「はい! 行ってらっしゃい」
そうして猫耳を取ったユリウスに改めてお礼を言って別れ、私も午後から頑張ろうと気合を入れた。
◇◇◇
「レーネ、どうしましょう。大変だわ」
あと一時間ほどで1日目の営業が終了という頃。
裏でのんびりゴミの仕分けをしていると、突然ミレーヌ様が慌てた様子でやってきた。明らかに緊急事態といった様子で、どきどきしてしまう。
「ど、どうかしたんですか?」
私の前で足を止めたミレーヌ様は、静かに口を開く。
「なくなったのよ。全て」
「えっ?」
「お茶葉からお菓子まで、全部売り切れたの」
「ええっ、本当ですか!?」
絶対にこんな量は捌けないはず、余ったら分けて持って帰ろうワハハと話しながら大量に用意したのだ。
1日も持たずなくなるなんて、信じられなかった。
「今ジェレミーが店内と廊下に並ぶお客さんに謝って、帰してくれているわ」
「出すものがないんだから、そうなりますよね。私も今から手伝ってきます!」
「ええ。お客さん側も水でもいいからお金を払う、って言ってくれてはいたのだけれど……」
「さ、流石にそこまでぼったくりはしたくないですね」
水にまで高額を払おうとするなんて、恐ろしすぎる。
とは言え、それほど熱意のあるお客さんが多いとなると、あっという間に売り切れてしまうのも納得だった。
「明日はどうする? ちなみに今の売り上げはこれね」
「ええと、いちじゅうひゃく……ええっ!?」
ミレーヌ様に見せてもらった数字を見た私は、あまりの驚きで椅子ごとひっくり返りそうになってしまう。
信じがたいものの、あれだけの量が売れたとなれば当然の結果だった。これで優勝しないわけがない。
「これはもう十分かと……もうお店は終わりにして、明日はみんなで学祭を楽しむのに専念しますか?」
「それが良さそうね」
「はい! ひとまず皆に頑張ってくれたお礼を伝えて、明日はそれでいいか聞いてみましょう」
ただの茶葉やお菓子ならば用意できないこともないけれど、ミレーヌ様が用意してくださった珍しく美味しく高級な茶葉だからこそ、強気な価格でいけていたのだ。
練習や準備期間を考えると、1日で終わってしまうのはもったいない気はするものの、まずはみんなの意見を聞くことにした。