軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

何事も挨拶から

兄の登場に驚いたらしい吉田に、半ば突き飛ばされる形で離れると、私は姿勢を正してユリウスに向き直った。

こういう時なぜか思わず正座をしてしまうあたり、私はまだまだ日本人だと実感する。

「レーネちゃん、また違う男に目を付けたんだ」

「そっちこそ、どこに目を付けてるんですか」

「あはは、冗談だよ。色々と大丈夫?」

差し出された兄の手を取り、立ち上がる。軽々と引き上げられ、少しだけ驚いてしまう。

「そっちの彼は?」

「彼は吉田と言って、私が閉じ込められた際に巻き込まれてしまって……あ、こちらは兄です」

「ヨシダくん、ごめんねレーネのせいで」

「俺は吉田ではありません」

「あ、そうなの?」

やがてユリウスは無造作に床に投げ出していた私の鞄を拾うと「帰ろっか」と言って歩き出した。

さりげなく、そして当たり前のように鞄を持ってくれるあたり、スマートで出来る男だ。

「うちの馬車、乗っていく?」

「いえ、まだ待っていると思うので大丈夫です」

兄が馬車を待たせている方向とは逆らしく、彼とはここで別れることになった。

「吉田、本当にごめんね。また勉強教えてね」

「二度とごめんだ、バカめ」

彼はそう言い放つと、くるりと背を向けた。やはり怒っているのだろうか。そもそもあんな場所に私達を閉じ込めた人間が悪いのだけれど、巻き込んでしまった罪悪感はある。

そんな私に、彼は「1つだけ言い忘れていた」と続けた。

「問8、間違えていたぞ。正解は水魔法だ」

それだけ言うと、片手を軽く上げて吉田は歩いていく。

「吉田、ありがとう……!」

格好いい去り方が過ぎる。過去、乙女ゲームではメガネキャラを後回しにしていたことをひどく悔やんだ。

彼からの好感度を上げるつもりが、うっかり彼への好感度が爆上がりしてしまった。なんたる不覚。

結局、彼の本名を聞きそびれたことには気付かないまま、私は兄に手を引かれ再び歩き出した。

「あれ、もしかしてヨシダくんのこと好きになった?」

「正直なところ、親友になりたいと思ってる」

「そっか。なれるといいね」

可笑しそうに笑うユリウスと共に、街灯で照らされた静かな道を歩いていく。なんだか、不思議な気分だった。

やがて馬車へと辿り着き、以前のように向かい合って座ると思いきや、何故かユリウスは私の隣に腰掛けた。訳がわからず、そっと距離を開ければすぐに詰められてしまう。

「近いんですけど」

「近づいてるからね」

あまりの至近距離に、彼は睫毛まで長く綺麗な銀色だということに気付いてしまったくらいだ。

相変わらず兄が何をしたいのか分からなかった私は、ずっと気になっていたことを、尋ねてみることにした。

「私のこと、好きじゃないでしょ」

「嫌いではないよ」

ユリウスはきっと、私のことを何とも思っていない。私だけじゃなく、実は彼は何もかもに興味のないタイプの人間だと思っていたのだけれど。

こんな時間に、わざわざ家から学園まで探しにきてくれたことに対して、私は内心ひどく驚いていた。

やがて彼は爽やかな笑みを浮かべ、私の頬に触れて。

「でもお前は、俺以外を好きにならないでね」

そんなことを当たり前のように言ってのけた。思わず、私の口からは「は?」という間の抜けた声が漏れてしまう。

「むしろ困るのは、レーネの方だし」

「どういうこと?」

「とにかく、明日は今日の分まで練習しないと」

「……それはありがたいけど」

先程の言葉の意味がわからなすぎる。血の繋がった兄とのルートなど、流石にないだろう。ブラコンになれとでも言うのだろうか。

とは言え、今日はそんな訳の分からない兄に救われたのも紛れもない事実だった。

「……ねえ、ユリウス」

「うん?」

「探しにきてくれて、ありがとう。嬉しかった」

吉田も言っていたけれど、あの場所をすぐに見つけ出すことは間違いなく無理だろう。きっと兄は、かなり長い時間私を探してくれていたに違いない。

だからこそ素直にお礼を言えば、彼は少しだけ驚いたような表情を浮かべたものの、やがて形の良い唇で弧を描いた。

「本当、何で来たんだろうね」

◇◇◇

「おはようございます」

「…………」

それからまた、数日が経った。今日も今日とて、セオドア王子に挨拶は欠かさない。もちろん返事はないけれど。

彼だけに挨拶をするのは不自然だと思い、ランダムに通りすがる生徒に挨拶をしていたところ「挨拶バカ」というあだ名を付けられていることを知ったのは、つい昨日のことだ。

ユリウスがお腹を抱えて笑いながら教えてくれた。私じゃなければ、普通に泣いていると思う。

ちなみにそんな中、すれ違った吉田に挨拶をしたところ、普通に挨拶を返してくれてうっかり好きになるかと思った。

「あ、やべ。入れすぎた」

「ちょっと!」

そして今は、魔法薬学の授業中だ。教師が適当に決めた二人一組で班になり、実験をすることになっている。

私は先週から初日に席を尋ねた赤髪イケメン、もといヴィリーと組んでいるけれど、わりと温厚な私がキレかけてしまうくらいには、彼は適当すぎる男だった。

前回の授業では、手順を無視した彼のせいでカエルの内臓を顔に浴びこの世界に来て初めて泣いた。絶対に許さない。

「もういい、私がやるからヴィリーは何もしないで」

「悪いな」

「本当にね」

ちなみにこんな彼もランクはBだ。知識が壊滅的だというのに、圧倒的な魔力量と技術により高ランクなのだという。

魔法だけならば、学年トップクラスの実力らしい。

「こういうの、本当に向いてないんだよな」

「あっそう」

「……お前、ほんと雰囲気変わったよな、こないだまで常に俯いて滅多に喋らなかったのに」

「へえ」

生温く独特の臭いがする内臓の感触を思い出し、再び怒りが込み上げてくる。そんな私を見て、彼は眉尻を下げた。

「なあ、まだ怒ってる? こないだの」

「それはもう」

「悪かったって。お詫びにこれやるよ」

そう言うと彼は突然ノートの端をびりっと雑に破り「レーネを助けてあげる券」と書き込むと、私に手渡した。

「なにこれ?」

「お前が困ったとき、助けてやる券」

「ええ……」

予想外のお詫びの品に、毒気も抜けてしまう。仕方なく受け取り許してやることにした。悪い奴ではない、多分。

……そして、この紙切れがとんでもなく役に立つ日が来ることを、やはり私はまだ知らないのだ。