軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

80 落城

「攻め込んできたですと!?」

翌日正午。

第二王子派全軍は、ランバージャック伯爵家のミスリル合金武装兵の到着を待ってから、一斉に王城へと総攻撃を仕掛けた。

「狼狽えるな! 戦力差は決定的! 時間を稼げ! 篭城せよ! 援軍が到着するまで堪え切れば我々の勝ちだ!」

取り乱すジャルム第三騎士団長にバル宰相が喝を飛ばす。

しかしながら、宰相はその数分後、ミスリル合金武装兵の存在に気が付く。

ランバージャックの兵は一寸の隙間なく隊列を組み、まるでアメーバのように動いて第一王子派の兵士たちを王城へと押し込む。

装備の差は如実に露呈した。敵を一撃で切り伏せるミスリルの剣と槍に、二撃も三撃も耐えるミスリルの防具。そのうえ非常に軽量で素早い動きが可能という優れもの。そんな装備をした兵士が二千人もいるのだ。通常の兵士が相手では、勝負にならなかった。

「魔幕、用意! ……斉射!」

活躍は、援軍だけではない。特に顕著な働きを見せたのは、第一宮廷魔術師団だった。

その身軽さを活かして後方へと回り込み、魔幕――すなわち、《壱ノ型》を一斉に乱れ撃つ。斜め45度から豪雨のように降り注ぐ【魔術】に、敵軍は俄かに恐怖を覚えた。防ぐ方法が誰にも分からない今、尻尾を巻いて逃げ出すよりない。

また、何より効果的なのは、その雨が「なかなか降り止まない」のだ。《弐ノ型》や《肆ノ型》などの準備時間がかかる【魔術】と違って、《壱ノ型》は準備時間もクールタイムも非常に短い。隊列を組んで代わる代わる撃つことで、第一宮廷魔術師団は“止まない雨”を実現した。一発一発が豆鉄砲ならば意味はないが、ここで彼らのINT値底上げが効いてくる。結果、その威力は決して無視できない程に深刻なダメージと化していた。つまりは、負傷兵が一気に増加したのだ。これは死者が多数出るよりも厄介な状況だった。

「クソッ! 一時撤退! 隊列を組み直し、大きく回り込んであの魔術師団の側面を突け!」

敵軍の指揮官が苦し紛れの指示を出し、何とか立て直そうと画策する。

そうしてバラついたところへ……彼らを更なる恐怖が襲った。

「!?」

剣を掲げ、指示を出したばかりの指揮官の右腕が、一瞬にして吹き飛んだのだ。

何が起きたのか、誰にも理解ができない。

「そ、狙撃だ……!」

指揮官が掠れた声をあげる。その時点で、最早、隊列など意味をなさず、彼らは恐怖のあまり腰が引けた。

それもそのはずだ。一撃で防具の上から腕を肩ごと吹き飛ばすような威力の【弓術】で、見えない位置から狙撃をされるなど……どう足掻いても地獄でしかないのである。

そう、誰もがこう考えたに違いない。「次は頭だ」と。

《飛車弓術》九段《桂馬弓術》九段の“複合”――シルビア・ヴァージニアの一撃だった。

「撤退! 撤退!」

……そして、終には。第二王子派が、王城をぐるりと取り囲む形となる。

開戦から2時間とかかっていない。必要最低限の駒でぴったりと寄せ切るような、華麗な終盤戦であった。それはひとえに、ウィンフィルドの指揮によるものだろう。

「何処にこんな兵力を隠していたというのだ! これだけの兵士を武装させる量のミスリルを一体何処で手に入れたッ!」

宰相は目の前で起こっている現実を受け入れられず、逃避するように頭を抱えた。

彼の言う、その常軌を逸した量のミスリルは、僅か1ヶ月少々でセカンドが収集したものだとも知らずに。否、ミスリルを集めていたこと自体は知っていた。だが、これ程の量だとはとても思えなかったのだ。

「援軍はまだかァッ!!」

痺れを切らし、自身の通信を何度も何度も開く。そして何度も何度も催促する。

だが……彼の援軍要請に対しての正式な返答は、未だ一つもなかった。

待てども、待てども、返信はなかった。

「…………そうか」

ここで、ようやく気付く。

見捨てられたのだと。

「………………何故……何故だッ……ああああ、がああッ……!」

はらわたが煮えくり返る。声にならない声を出し、苦しみ悶えた。

援軍が来れば、勝てるのだ。帝国が援軍を寄越せば、ミスリルの武装兵など屁でもないのだ。

なのに、なのに、なのに――!

宰相は怒りのあまり、自身の奥歯を噛み締め砕いた。握りしめた拳から、じわりと血がつたう。

「おのれェええええええッ!!」

「みんなどいてー」

城門の外では、エコが場違いなほどに朗らかな声で呼びかけていた。

包囲していた兵士が、予定通りエコの道を空ける。

エコは、城門へと向かいながら《飛車盾術》を発動できるように準備する。これは防御の【盾術】ではない。攻撃の【盾術】である。

前方へと全てを跳ね除けながら突進し、STRにVITの値を加算した火力で倍率攻撃を行うスキルだ。彼女の《飛車盾術》は九段。倍率は250%。その威力は、計り知れない。

「へんしんっ!」

その上で《変身》を用いる。ランクは初段。バフ効果は、全ステータス280%。

ざわりと、敵味方問わず騒然とした。《変身》スキルを初めて目にする者たちの驚きである。エコの場合は土属性変身。見るからに強固なゴツゴツとした岩石の鎧に身を包んだエコの姿は、まるで武者鎧を着た子鬼のようであった。

「いきまーす!」

「いつでも構わん!」

エコが合図を出すと、その遥か後方で、いつの間にか位置についていたシルビアが返事をする。彼女もまた《変身》していた。準備しているスキルは《飛車弓術》九段《桂馬弓術》九段《火属性・参ノ型》九段の複合【魔弓術】――現時点での、彼女の最高火力であった。

「行くぞっ!」

「りょーかい!」

シルビアが射る直前、エコは満面の笑みで《飛車盾術》を発動し、城門へと突進する。二人きりでリンプトファートダンジョンを何周もしていただけはあり、コンビネーションは抜群であった。

「マズい」――たった二人の攻撃にもかかわらず、直感的に危機を察知した第一王子派の兵士たちは、弓を一斉に射った。

本来ならば、近付くことさえ難しい矢の雨。だが……エコの突進は、その大盾に当たる全てを木っ端微塵に吹き飛ばし、決して止まることはない。それが《飛車盾術》の恐ろしさであった。

「どっかーーーん!」

「!?!?」

シルビアの放った【魔弓術】の着弾とほぼ同時に、エコの突進が城門へとぶち当たる。

城壁そのものが揺れるような衝撃……城門は、轟音とともに跡形もなく破壊された。

有り得ない! 生身の人間が一撃で城門を崩すなどできるわけがない!

誰もがそう思い、そして、目の前の凄惨な光景に否定される。

一方が元落ちこぼれ女騎士で、もう一方は元王立魔術学校の落ちこぼれ獣人だったと聞いて、それを信じる者など、ここには一人もいないだろう。

「全軍、突撃!」

こうして、城門はいとも簡単に破られる。

通常ならば、何十人もの兵士が攻城兵器を用いて、夥しい数の矢や魔術と煮えた油や投石などを受けながら、何度も何度も城門に叩きつけて、やっとの思いで破れるだろうものが。たった二人の、それも一撃で、何の被害もなく、破れてしまったのだ。

籠城戦は、宰相側に有利なはずであった。いくら何でも数日は持ちこたえられる予定であった。しかし、こうも一瞬で城門が、それも真正面から破られるなど、一体誰が予想しただろうか。

……否。昨日、セカンドによって訓練場の壁が崩された段階で、宰相は何らかの対策を講じておくべきだったのだ。そう、たった一日で対策できるものならば。

スピード勝負……ウィンフィルドの言葉通りの、相手に受けの余裕を与えない超速の急戦。丸根鷲津の両砦に攻め入られた織田信長が夜も明けぬうちに清洲城を飛び出し、それから僅か半日と経たぬうちに豪雨に乗じて田楽狭間の今川本隊へと奇襲をかけ討ち取ったような、まさに電光石火の戦いであった。

決死の籠城は、呆気なく切り崩される。大きく空いた城門の大穴からミスリル合金武装兵が城内へと雪崩れ込み、その突撃を誰も止めることはできなかった。

そして。王城は、瞬く間に、落とされた――。

「やってくれたなぁ」

豪華絢爛という言葉ではきかないほどに煌びやかな広い一室で、ある男がそう独り言つ。

誰もが羨む美貌。完成された肉体美。その部屋にまるで劣らない存在感の男である。

「メルソン、どう思う」

「私は援軍を送るべきだと考えておりましたので」

「はっはっは、存じている。だから余はこうしてお前に聞いているのではないか」

男の対面に座るのは、男と親子ほど歳の離れたうら若き女。男とよく似た雰囲気を持つ、絶世の美女であった。

「王国の従属化は失敗に終わりました。であれば、方向を転換する必要があるかと」

「ほう。早くも次を見るか。申してみよ」

男は実に面白そうに、また愛し子を甘やかすように、女の言葉を促す。

「私ならば、王国を懐柔し神国を落とします」

「如何にして懐柔する? 今回の一件があった、王国は余を警戒しているぞ」

「簡単な話です。私が婚儀を結べば良いではありませんか」

一瞬の沈黙。男はそれまでの笑みを消し、女と向き合った。

「良い案だ。しかしお前は、王国如きにくれてやれるような娘ではない」

「勿体ないお言葉です」

「余が褒めていると思うたか? 違うぞ。マインとかいうしょんべん臭い小僧がお前の婿となっただけで王国を落とせるなどと考えているのだとしたら、ぬるい」

「何故です。相手は若くとも一国の王ではありませんか」

「ど阿呆。此度の一幕、お前は何も理解しておらんようだ」

「それは……父上が援軍要請を拒否なされた理由と何かご関係が?」

「影の報告はお前も聞いただろう」

「……まさか、あのような戯言を真に受けているわけでは」

「はははっ! 言うようになったな。まあ、見ていろ。お前にとっては良い勉強となる」

「承知いたしました。父上がそう仰るなら」

「神国は二度と王国に手出しできなくなるぞ。これは見ものだな」

「楽しそうですね、父上」

「然様な男が余に喧嘩を売ったのだ。これを楽しまず何とする」

* * *

「あー、気が重い……」

辺境領への道すがら。

俺は一人、うじうじと悩んでいた。怒らせてしまった友達にどう謝ろういつ謝ろうと考えて悶々とするように。

そう、最後に《魔召喚》をしたのは、一体いつだっただろうか。

彼女が仲間を殺しかけたあの事件以来、だったか。

ついつい、後回しにしてしまっていた。どう接すればいいのか分からないがゆえに、きっと無意識に避けていたんだな。彼女のことを。

だが、時は来た。それだけだ。

とうとう俺は覚悟を決めなければならない。

甲等級ダンジョン『アイソロイス』地下大図書館の常闇で生まれた世にも珍しき黒炎狼の突然変異種、暗黒狼の魔人――あんこ。

気の遠くなるような日々を費やして手に入れた俺の切り札であり、何をしでかすか分からない特大の地雷でもある。

正直言って、少し怖かった。

何が怖いのか自分でもよく分からないが、再び顔を合わせて言葉を交わすのが無性に怖いのである。

長らく謹慎させていた罪悪感か、道具として使わんとする背徳感か、はたまた、本能的な恐怖か。それとも……薄々感付いていた、彼女の“重すぎる愛情”か。

まあ、それもこれも、会って話してみなければ分からない。

「……喚ぶかー」

悩み始めて3時間ほど。ついに決断する。

幸いにも現在は深夜。夜通しの移動の最中である。

俺は道端で止まり、セブンステイオーを降りた。

薄暗い林道、月明かりのみが辺りを照らす中。深呼吸一つ……《魔召喚》を発動する。

直後。虚空で闇が捻じ曲がったかと思えば、暗黒が黒衣を纏った妖艶な女性の姿を形作り、その全貌を現した。

糸のように細められた目と、優しげに微笑む口は、特定の表情を感じさせない。そして彼女は、無言のままその場で跪き、頭を垂れた。

「…………」

静寂が訪れる。

数秒後、思い至った。「俺の許可なしに自由な行動をとるな」と、あの時そう命令したままであった。

……あんこは、これほどの長い間、放置されていても、俺の命令を、律儀に守っているというのか。

ゾクリと俺の背中を何かが撫ぜると同時に、疑問が浮かぶ。一体何が彼女をそうさせるのか。思えば、俺は彼女のことをあまりよく知らない。

「待たせてすまなかった。喋って構わないぞ」

俺が許可を出すと、あんこは更に深く頭を下げてから、恭しく口を開いた。

「嗚呼、 主様(あるじさま) 。愛しの主様。お会いしとう御座いました」

そして、また、沈黙が流れる。

……それだけか? 扱いづらいと長らく放置していた相手に対して、愛していると、会いたかったと……本当にそれだけなのか?

俺は身震いするような謎の快感を得た。怒らせてしまったと思っていた友達に謝ったら実はもう全然怒っていなかった時のような感覚。いや、それだけじゃない。安心の裏には、絶対服従の女を手に入れたというような邪な悦びもあった。都合の良い女。つい甘えてしまいそうである。

しかし、それでは駄目だ。駄目なのだ。俺は確固たる精神で誘惑を跳ね除ける。

「本当の気持ちを話せ、あんこ。俺とお前は、腹を割って話し合う必要がある」

しゃがみ込み、あんこと目線を合わせて、語りかけた。

あんこは驚いたような顔をしたのち、眉をハの字にして、目を潤ませながら、一つずつ言葉を紡ぎ始めた。

「私を殺してくださるのは主様のみ。私を生かしてくださるのは主様のみ。私は主様をどうしようもなく愛しております。それだけなのです。主様が神の呪縛から解き放ってくださった今、私の全ては、それだけで満たされているのです」

「それはつまり、俺がお前をテイムしたから、お前は俺を愛すると、そういうことか?」

「違います! 主様だからこそ愛しているのです。他の誰でもない、主様だからこそ!」

熱烈な告白。とても嬉しい。嬉しいが……どうも納得いかない。愛しているから絶対服従なのか? 愛しているから我慢するのか? あんこはそれでいいのか?

「……腑に落ちぬというお顔で御座いますね、主様。よいでしょう、私も腹を決めました。とことん語ることといたします」

俺の表情を読み取ったあんこが、少しだけ口を尖らせてムキになったような顔で言う。ちらと目に付いた口元の黒子が何ともセクシーだった。

「まず、主様は一つ勘違いをしていらっしゃいます。私をテイムできる者ならば誰でも私が愛するとお思いなら、それは大間違いで御座います。ではその私をテイムできる者とやらを今すぐこの場に連れていらしてくださいまし! お解りでしょう。然様に偉大なお方は後にも先にも主様のみ。唯一無二なのです」

「お、おう」

「次に。主様は、私を待たせてすまなかったと、謝罪されました。何故です! 私は主様の道具として扱われることに一切の不満は御座いません。むしろ甚く気持ちが良いのです! もう少しお傍に置いていただきたいと願う気持ちも勿論ありますが、それを押して尚、暗黒狼であるこの私が放置されているという事実への快感が勝るのです!」

「お、おう……」

「使役されているというだけで天にも昇る思いなのです! 御身に仕えているというだけで絶頂なのです! 嗚呼、主様! 私は主様のあんこで御座います! それだけでよいのです! ゆめゆめお忘れなきよう!」

「わ、分かった。分かった。納得した!」

ものすごい迫力で詰め寄られる。もうただただ首を縦に振るしかなかった。

もしかしたら、俺はとんでもないパンドラの箱を開けてしまったのかもしれない。

「嗚呼、納得していただけたようで何よりです。主様、是非このあんこを道具としてお使いください。何ものをも屠る矛となりましょう。何ものをも遮る盾となりましょう。どうぞ、主様の御意のままに」

あんこは陶酔したような表情で、すりすりと身を寄せてくる。

……なるほど、本当に納得した。

思えば、俺がこいつに何か命令した時は、いつも蕩けた表情をしていた。命令されるのが、使役されるのが、その言葉の通りに快感なのだろう。アイソロイス地下大図書館で暗黒狼という最強の存在として数百年に渡り孤独に過ごしてきた彼女は、自身より強い存在に使役されているという状況に強い悦びを覚えている。それがたまたま俺だったんじゃない。俺のような二人といない頭のおかしいやつの登場を何十年何百年と待っていたんだ。そして現れた。彼女にとっての、この世でたった一人の頼るべき相手が。そして順当に“ねじれた”。依存などという言葉ではくだらない、深く濃密な愛だ。命だ。魂だ。彼女は俺に全身全霊を賭けている。

「……あ……」

唇が触れようかというところで、体を離す。残念そうな声を漏らすあんこは、何故だかこれまでよりも何倍も魅力的に見えた。

「そう寂しがるな。悪いようにはしない」

彼女のその暴走気味のねじれた感情は、主人である俺が全て受け止めてやらなければならない。それが彼女をテイムした者の責任、ひいては彼女を2168回も半殺しにした男の責任というものだろう。

忌避すんのはもうやめだ。都合の良い決めつけや勝手な思い込みもやめた。彼女を下手に刺激しないようにとやっていたそれらは全くもって無意味だった。彼女とも、真正面から向き合う。それでいい。それがいい。

俺たちは、互いの吐息がかかるような距離で、囁き合うように言葉を交わす。

「頼みたい仕事がある。大仕事だ」

「はい、何なりと」

「……その前に」

「主様、嬉しゅう御座います。嗚呼、あんこはこの上なき果報者です……」

あんこは、俺に最後まで言わせまいと、更に顔を近づけて、瞳を潤ませながら囁いた。

「どうか、私に手ほどきしてくださいまし」